「2050年カーボンニュートラル」実現への道
「2050年カーボンニュートラル」実現への道
2023/07/26
「2050年カーボンニュートラル」実現への道 企業と歩むゼロエミッション社会への複数シナリオ
気候変動問題の解決に向けて、世界各国が国を挙げて取り組みを進めている。日本も2050年までに「カーボンニュートラル」を実現する目標を掲げた。達成のためには将来を見越した周到なエネルギー政策やさまざまな技術開発が必要となる。しかし、どのように達成に向けて進めばよいのか、その道筋が曖昧なまま進むと、国、企業、研究機関、自治体など多種多様なプレーヤーの取り組みが集約せず、個々の頑張りに終わってしまう可能性もある。産総研ゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)は、独自のコンピュータ・シミュレーションモデルを駆使し、カーボンニュートラル実現に向けた複数のシナリオを検討し、論文として発表した。(2022/10/5プレスリリース記事)このシナリオは、さまざまな低炭素発電技術やネガティブエミッション技術を分析に加えることで、今後の取り組みに対する6通りの道筋を示している。この道筋を示すことで、企業が活動の方向性を決定するための重要なヒントとなることが期待される。
従来のエネルギーモデルではカーボンニュートラルへの道筋が描けない!?
2021年、政府はこれまでよりもさらに挑戦的な温室効果ガス(GHG)排出削減の目標を宣言した。2050年までにGHGの排出量を全体としてゼロにする ――つまり、カーボンニュートラルを実現することを世界に向けて発信したのである。
「この宣言を受けて、私たちは2021年から『日本の2050年カーボンニュートラル実現』に向けたシナリオ分析に着手しました。ところが、従来のエネルギーモデルでは、2050年にカーボンニュートラルを実現できるシナリオを示せないことが判明したのです」と、ゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)環境・社会評価研究チームの小澤暁人主任研究員は当時を振り返る。
小澤が進めるのは、「エネルギーモデル」を用いたシミュレーションにより、CO2排出量を削減するさまざまな新技術を考慮したシナリオを描く研究だ。新しい技術がいつごろ実現し、どの程度実際に普及するかを予想することは、技術開発の進行度合いや経済・社会的影響など不確実な要因をベースにしなければならない。そこで、不確実な要因を考慮したいろいろなケースをあらかじめ考え、それぞれのケースで目標を実現する道筋(シナリオ)を探っておく。そうすることで、不確実なことがあっても最終的に目標達成ができるのではないか、小澤はそう考えた。シミュレーションを行うにしても、目標を実現できるシナリオを示すことができなければ、2050年のカーボンニュートラル実現は単なる絵に描いた餅に終わってしまうかも知れない。
「産総研MARKAL」によるコンピュータ・シミュレーション
シナリオを描くために小澤は「産総研MARKAL」と呼ぶ、独自のエネルギーモデルをつかった。これは、国際エネルギー機関(IEA)が提供し世界各国で使われているシナリオ分析のためのエネルギーモデルを、日本の状況にあわせてカスタマイズしたものだ。
「エネルギーモデルをつかってシミュレーションを行うには、まずさまざまな計算条件をモデルに入力します。例えばエネルギー資源のコストや供給量の状況、いろいろな技術開発の進捗状況、あるいは国際的なCO2削減の目標などの社会的要因も計算条件に含まれます。これらの条件を設定することで、CO2排出制約がある中で将来の需要を満たすことができる、最適なエネルギー需給や電源構成の推移などが算出できます。目標とする将来像を設定し、それを実現する道筋を未来から現在へとさかのぼって検討する『バックキャスト』と呼ばれる手法です。モデルに入力する計算条件を変化させてシミュレーションすることで、複数のシナリオが得られます」
入力する計算条件は多岐にわたる。例えば鉄鋼業や化学産業など、多様な産業別データも含まれる。条件設定には学術論文や政府統計などの公開データも活用するが、製油所や発電所、化学プラントなどに出向いて、現場の技術者から話を聞いて情報を集めることも重要だ。コンピュータ・シミュレーションとはいえ、「机上」で完結するわけではない。
ネガティブエミッション技術を考慮することで描けたシナリオ
もともと「MARKAL」は、CO2の大幅削減に必要な技術を評価するために開発されてきたエネルギーモデルだ。しかし、小澤は研究を進めていく中で、従来のエネルギーモデルではカーボンニュートラルを実現するシナリオが描けないことを確信した。それは、従来の技術だけでは目標達成には不十分だということを意味する。
「以前のシミュレーションと同じ技術だけでは新たなシナリオは求められないかもしれないと、うすうす気づいていたのですがやはりそうでした。その原因は、従来のモデルではCO2を積極的に除去する『ネガティブエミッション技術』がほとんど考慮されていなかったことにあります。そこに気づいてから、特にネガティブエミッション技術に重点をおいて研究を進めました」
小澤らは「産総研MARKAL」モデルに、DACCS(大気中CO2の直接回収・貯留)やBECCS(バイオエネルギー由来CO2の回収・貯留)などのネガティブエミッション技術を組み入れるとともに、再エネ、原子力、CCS(CO2の回収・貯留)、水素に関する条件設定を最新の研究に基づいて見直した。(産総研マガジン「CCS/CCUSとは?」)
改訂版の「産総研MARKAL」モデルを使ったシミュレーションでは、見直した条件をもとに6種類のケースを設定した。
そのうち、基本となるベースケースでは、エネルギー起源のCO2排出量の合計は2015年以降ほぼ直線的に減少して、2050年にゼロに達する。そのためには、発電部門におけるCO2排出量をマイナスにしたり、産業部門からのCO2排出を相殺したりするために、2億1500万トンのCO2をDACCSなどネガティブエミッション技術によって除去する必要があることもわかった。
「最近では各国の研究機関でネガティブエミッション技術の必要性が真剣に議論されるようになっていますが、私たちのシナリオ分析がそこによい影響を与えることができていればうれしいですね」と、小澤は言う。
産総研内の意見交換で得た水素エネルギーの重要性
今回のシミュレーションのもう一つの特徴は、水素エネルギーの価値を評価に加えたことだ。水素エネルギーには、電力需給の調整役としての役割が期待されている。
6種類のケースそれぞれにおいて、エネルギー起源のCO2排出量が2050年にゼロになると想定した時、どのような電源がどのような割合で構成されているべきかをシミュレーションした。シナリオごとの電源の割合を示したがこの図だ。いずれのシナリオでも、2050年には国内でCO2を排出しない低炭素電源(再エネ発電、原子力発電、CCS付き火力発電、水素発電)だけが使われていることがわかる。
シミュレーションの中で、再エネ発電は今後の主力発電と位置づけられ、シナリオごとに49~62 %必要とされている。同時に、2023年時点ではまだ使われていない水素発電が、2050年には25~38 %と一定のシェアを持つことも予測されている。天候に左右される再エネ発電は不安定なため、それをカバーするための調整力電源が不可欠だ。このシミュレーションでは、火力、バイオマス、水素発電を調整力電源の候補として考えているが、「中でも水素発電は、低炭素な調整力電源として2050年には重要な役割を果たす」と見ている。
今回の前提条件の設定で、水素エネルギーの役割に着目した背景には、産総研の他の研究者たちとの意見交換があった。(産総研マガジン「水素エネルギーとは?」 )
「私自身、最初はそこまで水素エネルギーに関して知見がなく、自動車用はともかく、より大規模に水素を使うというイメージがありませんでした。しかし、産総研には水素エネルギーの製造、貯蔵・輸送、利用についての要素技術開発を進める研究者が多数います。そうした研究者たちと一緒に前提条件を検討する中で、『こんな水素関連技術もありますよ』と教えてもらいました。それらの意見をモデルに反映させて分析することで、水素エネルギーの役割が見えてくる――それは個人的に大きな気づきとなりました」
多様な分野の研究者のいる産総研には、エネルギーに関連する要素技術に関する知見が豊富にある。
「モデル開発をするうえでは要素技術の知識がかなり重要になってきます。将来、どのくらい技術コストを下げられ、性能が向上していくかといった情報の多くは、産総研内の仲間から最新の研究内容を教えてもらって得られたものであり、すぐに分析ツールに落とし込むこともできました。MARKALをツールとして使う際、多様な研究分野、多様な要素技術の最新の知見を、すぐに取り込めることが産総研ならではの強みです」
企業と歩むゼロエミッション社会への道
今回のシナリオは、カーボンニュートラルの実現――つまり日本のCO2排出を全体としてゼロにするためには、低炭素電源とネガティブエミッション技術の導入が必須であることを明らかにし、どのような技術をどのような規模まで開発・導入すべきか検討する基礎的な情報として使えるものだ。
実際に企業との共同研究もはじまっている。自動車業界では、トヨタ自動車株式会社、株式会社豊田中央研究所と共同研究をはじめている。
「未来のエネルギー技術が自社開発の製品・サービスに与える影響について関心が高い企業は多いですが、自社や関連業界以外の技術について、将来予測の情報を得ることは難しいと聞いています。一方私たちは、エネルギー技術に関する全体観は持つことができますが、ひとつひとつの技術開発がどの程度進んでいるかは、個別企業と協働しないと具体的なことがつかめません。論文では全体的な内容をまとめて発表しましたが、私たちの手元には、論文の元となった詳細かつ膨大なエネルギー関連データがあります。関心のある方には、それぞれの企業や業界にあわせて、シナリオを一緒に検討することもできます。多くの企業の方と一緒に考えながら、カーボンニュートラルの実現に向かって進んでいきたいと願っています」小澤は自らの役割と決意をそう語った。
ゼロエミッション国際共同研究センター
環境・社会評価研究チーム
主任研究員
小澤 暁人
Ozawa Akito
産総研
エネルギー・環境領域
ゼロエミッション国際共同研究センター