吉野彰が語る「ゼロエミッション」とは?Vol.1
吉野彰が語る「ゼロエミッション」とは?Vol.1
2022/06/01
吉野彰が語る「ゼロエミッション」(Vol.1)
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
ゼロエミッションとは? Vol.1
ゼロエミッション(Zero Emissions)とは、「産業界における生産活動の結果、水圏、大気圏や地上圏などに最終的に廃棄される不用物や廃熱(エミッション)を、他の生産活動の原材料やエネルギーとして利用し、産業全体の製造工程を再編成することによって、循環型産業システムを構築しようとする試み」のこと。平成9年版の「環境白書」で、既に定義されています。
2020年10月、政府は「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること。では、「ゼロエミッション」とはどういう意味なのでしょうか。2019年にノーベル化学賞を受賞したゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)の吉野彰研究センター長に、vol.1では「ゼロエミッションとは何か?」、vol.2では「ゼロエミッション社会実現へ向けての取り組み」について聞きました。
Vol.2はこちら
カーボンニュートラル、ネットゼロと何が違うの?
ゼロエミッション社会とは?
2019 年10 ⽉に開催された「グリーン・イノベーションサミット」をきっかけに、2020 年10 ⽉の「2050 年カーボンニュートラル宣⾔」、2021 年4 ⽉の「2030 年の温室効果ガス46%削減」と、日本におけるゼロエミッション社会実現に向けたマイルストーンが示されました。
私たちの⽬指すゼロエミッション社会とは、経済活動で発⽣する⼆酸化炭素などの温室 効果ガスや、⼤気汚染物質、⽔質汚濁物質などの環境排出物、および廃棄物量が限りなくゼロとなるような社会のことです。
世間に流通する大量の環境関連用語
「ゼロエミッション」、「カーボンニュートラル」、「ネットゼロ」、「ビヨンド・ゼロ」、「ネガティブエミッション」など、昨今は環境に関連する用語が大量に使われています。これらを包括する大きな概念が「サーキュラーエコノミー」です。日本語に訳すと「循環型経済」で一方通行の「リニアエコノミー(線型経済)」から、持続可能な形で資源を活用する「循環型経済」を目指そうとするもので、世界の潮流となっています。
この循環型経済を達成するための重要な概念として、これらの言葉が日々ニュースや新聞で紙面を賑わせているのです。
簡単に分類すると、排出をゼロにしていく方向を目指している「ゼロエミッション」、大気中の二酸化炭素を除去する方向を目指す「ネガティブエミッション」、この2つを合わせて二酸化炭素排出の「実質ゼロ」を目指すのが「カーボンニュートラル」「ネットゼロ」と言われている概念です。もうひとつ、「ビヨンド・ゼロ」は、ネガティブエミッション技術がさらに普及し、⼆酸化炭素の排出量を全体としてマイナスにすることを意味します。ただ、これらの言葉は今後の社会の変化に伴って変化していくものです。厳密に分類するというより、今日現在は、概念的に捉えておいていいと思います。
ゼロエミッションと、カーボンニュートラル、ネットゼロの違いは?
上記で分類した概念を少し細かく見てみましょう。
「ゼロエミッション」は、その⾔葉の意味を狭く捉えれば、⼆酸化炭素などの温室効果ガスや、⼤気汚染物質、⽔質汚濁物質などの環境排出物を⼀切排出しないという意味です。 ⼀⽅、「カーボンニュートラル」は⼆酸化炭素やメタン、窒素酸化物などの温室効果ガスの排出を実質的にゼロにすることを意味します。
実質的にゼロとはどう意味かというと、電化・省エネではどうしても脱炭素化できない「プラス」の部分を、ネガティブエミッション技術の「マイナス」で相殺し、プラスマイナスゼロでニュートラルな状態になることです。「実質ゼロエミッション」「トータルゼロエミッション」「ネットゼロ」「ネットゼロエミッション」もほぼ同じ意味になります。
ゼロエミッション社会の実現可能性
ゼロエミッション社会の実現可能性は?
世界の各国も、ゼロエミッション社会の実現に向けさまざまな目標値を出しています。その中でも、日本の削減目標はトップレベルに近くかなり高度な目標設定がなされています。
これまでどちらかというと日本の産業界は、地球環境問題、カーボンニュートラル、ゼロエミッションという問題に関しては、受け身の防衛的な立場をとっていました。しかし、具体的な目標値が設定されたことで、産業界がビジネスチャンスだと前向きに捉える動きが出てきたことは好ましい変化です。
高い⽬標であり、達成は容易ではありませんが実現を可能にする基礎技術は出揃いつつあります。企業にとっても地球環境問題の場合、市場が⽐較的明確に見えている状況でもあります。意外とあっさり実現することもありえるのではないでしょうか。
ゼロエミッション社会実現に向けた課題
ゼロエミッションを達成するために必要な基礎技術はもう既にあります。例えば、再エネ電源で水を電気分解して水素にする技術は古典的な技術です。水素と窒素を反応させてアンモニアにする技術も導入が検討されている技術のひとつです。これ以上の高度な新しい発明・発見は必要ないかもしれません。
また、最大の関門である市場化に関しても、⽐較的明確に⾒えているといえます。世界がイノベーションを待っている状態です。
このように整理して考えると、解決していないのは事業化です。事業として成立させるためには、量産化に必要な工場設置など、大きな投資とさまざまな準備が必要です。コストの問題もクリアしなければなりません。スケールメリットとコストとをうまくバランスしながら事業化できるかどうか。ここが課題です。
ゼロエミッションに向かう取り組みがビジネスチャンスだと受け止め始められた今、産業界が本気をだし、開発のスピードが加速されることが期待できます。その中で、必要とされる技術の中心にケミストリー(化学)の分野があります。化学に関する技術は日本が得意とする分野です。日本からイノベーションが出てくることは十分期待できます。
ゼロエミッション社会実現への支援
⽇本で「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成⻑戦略」が策定されたのが2020 年12 ⽉。本戦略は、環境問題対策を「コスト」と捉えるのではなく、「成⻑の機会」と捉えており、「2050 年カーボンニュートラル」への挑戦を、「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策です。
これを受けて、総額2兆円の「グリーンイノベーション基⾦」が創設されました。今後成⻑が期待される14 分野について、研究開発・実証から社会実装までを⾒据え、官⺠で野⼼的かつ具体的な⽬標を共有し、企業等の取り組みに対して10 年間の継続的な⽀援が⾏われます。
こうした政策⾯での⽀援も⼿が打たれ始めていることも実現の可能性を⾼めるための⼤きな要素です。
産総研では、2019年10月の「グリーン・イノベーションサミット」をきっかけに、2020年1月29日に「ゼロエミッション国際共同研究センター」(Global Zero Emission Research Center, GZR)を設立しました。
GZRは、世界に先駆けて革新的技術を実現していくために、最先端の研究開発を担う国内外の叡智を結集するプラットフォームとして、開発を加速する拠点として活動しています。