天然の鉱石でCO2を吸収する「風化促進」の早期実用化を目指して
天然の鉱石でCO2を吸収する「風化促進」の早期実用化を目指して
2023/11/22
天然の鉱石でCO2を吸収する「風化促進」の早期実用化を目指して
いま、カーボンニュートラルの実現に向けた動きが世界的に加速しています。二酸化炭素(CO2)の排出量を削減するだけでなく、大気中のCO2を吸収してしまうネガティブエミッション技術のなかで注目されている技術のひとつが「風化促進」です。新しい技術が社会に受け入れられるには、どういうルール整備が必要か、クリアすべき課題は何かを見定めておく必要があります。産総研は、風化促進の技術開発および効果を最適化する評価基盤の開発を進めています。
どれだけCO2を削減できるか風化促進の効果を評価する
2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、工場や発電所から排出されたCO2を回収・貯留する技術が注目されています。しかし、こうした固定発生源から分離回収できるCO2の量は限られているため、それだけではCO2排出量をゼロまたはマイナスにすることはできません。そのため、どうしても排出せざるを得ない分のCO2を相殺する技術として、もともと大気中にあるCO2を回収・貯留するネガティブエミッション技術が注目されています。
その一つが「風化促進」です。まず、そもそも風化促進とは何なのか、どういう研究テーマなのかを森本慎一郎に聞きました。
「天然の鉱石は、そのまま放っておくと長い時間をかけてCO2と結合して炭酸塩になります。この現象を化学的な『風化』といいます。私たちは、この風化現象を人為的に早めてCO2を吸収させるため、玄武岩などの鉱石を細かく粉状に砕いて農地に撒いたり、工業的に炭酸塩を製造したりする研究を進めています。どれくらいCO2削減効果があるかを計測して分析したり、最も効果的に風化を促進できる方法を開発したり、砕いた鉱石を農地に撒いた時の植物育成効果を調べたりしています。最終的にはそれらの研究で得たデータを集約し、実際に社会で使うときにどのようなシステムを作るのが最適かを提案するシナリオをまとめようとしています」
多様性に富んだ研究チームの領域融合で道が開ける
「風化促進のプロジェクトは、地質、計測標準、評価などさまざまな専門家が協力しなければ進められないものです。地質データベースはどのような場所でどんな鉱石が取れるのかを知るのに必須ですし、コストを考慮した評価や、社会にこの技術が受け入れられるために何が必要かといった知見がなければ社会実装に至りません。産総研だからこそ、多様な技術を組み合わせる体制を組むことができました」と研究チームづくりに奔走した山本淳は言います。
異分野の研究者と一緒に研究を進めるメリットについて、地質の専門家としてゼロエミッション国際共同研究センターにも所属し、研究を進めている徂徠正夫に聞きました。
「最初は、時間スケールがあまりにも違いすぎることに戸惑いました。地質の世界では100万年経った玄武岩でもまだ若く反応が進んでいないという感覚ですが、風化促進の世界ではそれを人為的にたった1年でやろうとしているわけです。地質側からすれば『できるわけがない』というのが当たり前の発想ですが、今回まったく別の視点や技術を取り入れることで『できるのではないか』と考えるようになりました。日本は火山国なので玄武岩が比較的多く、風化促進のポテンシャルは十分あると思っています」
玄武岩を粉状になるまで細かく砕くことが風化促進の有効な手段であり、現在は超音波粉砕機を使った技術の開発をしています。こうした粉砕にかかるエネルギーやコストを削減することも重要な検討事項です。
また、吸収したCO2の計測については、長期間の野外暴露実験をするほか、実験室内で湿度・温度・pHなどの条件を変えながら測定したり、実際に土壌に散布して測定したりしてデータを収集しています。
世界に通用するガイドラインを発信するために
風化促進について、世界に通用するガイドラインはまだ存在しません。産総研が挑むのは、世界標準となり得るルールづくり。それに向けて徹底的なデータマネジメントを担ったのが森本です。
「さまざまな分野の研究者にどういう形で実験してデータをまとめてもらうか、そのデータをどのようにして計算に使うかなど、メンバーと頻繁に議論しています。それらのデータを積み上げて社会実装に最適な条件を導き出すことで、世界的な風化促進の推進に貢献するのが目標です」
森本は、社会実装で一番問題になるのは、社会受容性だとみています。そのため、植物育成効果の評価や、地域の住民の理解が得られる粉砕鉱石の撒き方の検討も重要です。同時に、散布後にどういったことが起こるかのリスクもきちんと評価した上で、リスクを最小化するルールも決めておく必要があります。
夢の技術で地球環境保全に貢献
風化促進プロジェクトは2022年12月にスタートしたばかりの新しい研究ですが、徂徠は「身近なところにある岩石を使ってCO2を削減できるのであれば、非常に夢のある技術です」と研究の醍醐味を語ります。
世界共通の課題であるCO2削減にどのように貢献していくか、森本に展望を聞きました。「風化促進は、CO2削減技術の中でも必要な設備が単純で簡単に始められる技術です。同時に、農作物の成長を促進できるので、農業を広げたり雇用が生まれたりする可能性も秘めています。どのような環境の国や地域でも取り組みやすいネガティブエミッション技術だと言えます。そういう視点で技術のグローバル化を図ることが、研究者としての使命だと思っています」
世界を見据えた取り組みの重要性については山本も「ゼロエミッション国際共同研究センターは、CO2削減に資するため世界の英知を集めてイノベーションを起こすことを目的としたセンターです。これは非常に難しいミッションであり、実用化に当たっては世界の方々と連携しなければなりません。そこまで見据えて、風化促進を地球温暖化対策に貢献できる技術に仕上げていく考えです」と語ります。
固定化したCO2の利活用まで含めたトータルシステムの設計を通して、産総研は地球環境保全を支えていきます。
ゼロエミッション国際共同研究センター
環境・社会評価研究チーム
研究チーム長
森本 慎一郎
Morimoto Shinichirou
ゼロエミッション国際共同研究センター
副研究センター長
山本 淳
Yamamoto Atsushi
地圏資源環境研究部門
CO2地中貯留研究グループ
研究グループ長
徂徠 正夫
Sorai Masao
産総研
エネルギー環境領域
ゼロエミッション国際共同研究センター
産総研
地質調査総合センター
地圏資源環境研究部門