陸と海から読み解く地質情報で地震対策を支える
陸と海から読み解く地質情報で地震対策を支える
2024/12/25
陸と海から読み解く地質情報で地震対策を支える 能登半島地震の発生から1年。現地を調査した研究者の思い
「令和6年能登半島地震」の発生から、まもなく1年が経つ。石川県や新潟県を最大震度7の激しい揺れが襲い、倒壊した建物の下敷きになるなどの直接の被害により200名以上が亡くなった。日本の地質調査のナショナルセンターである産総研の地質調査総合センター(GSJ)は、地震発生直後から情報収集を始め、能登半島地震に関する情報をまとめたウェブサイトを地震発生の2日後に開設し、その後も現地調査の結果などを公開している。産総研の研究者たちは、能登半島周辺でどんな調査を行ってきたのか。陸と海でそれぞれ調査を行ってきた2人の研究者に話を聞いた。
能登半島地震が発生──研究者は何を感じたか
2024年元日の午後、活断層・火山研究部門海溝型地震履歴研究グループ/連携推進室国内連携グループ長の宍倉正展は、家族と毎年恒例のお墓参りに出かけていた。午後4時過ぎ、能登半島で大きな地震が発生したことを携帯電話の通知で知った宍倉は、「また間に合わなかったか」と感じたという。
宍倉は、地形や地質に基づいて過去の地震や津波の履歴を探る研究をしている。具体的には、地震で隆起してできた地形や、地層に残る津波堆積物などを調べることで、いつ、どれくらいの規模の地震や津波がその地域で起こったかを明らかにしようとしている。
「間に合わなかった」と感じたのは、2011年3月11日に発生した東日本大震災の苦い経験があったからだ。東北地方太平洋沿岸の地層には、かつて巨大な津波が繰り返し襲来した痕跡が残されていた。そういった地質の情報からすれば、東日本大震災を引き起こした巨大な津波は決して「想定外」ではなかったのだ。東北地方を襲った過去の巨大津波に関する宍倉らの研究チームの調査結果は、国の地震調査研究推進本部(地震本部)を通して、2011年4月にも広く公表される予定だった。しかし、それよりも早く巨大な地震と津波が東北地方を襲ったのである。
2020年に宍倉は、能登半島で過去の大地震によって生じた大規模な隆起の跡(海成段丘)が見つかったことを、論文発表していた。さらに2023年には、能登半島北東部で起きたマグニチュード6.5の地震の調査結果に基づいて、将来、海成段丘をつくるようなより大きな地震が、能登半島で再び起きる可能性のあることなどをまとめた論文を執筆中だった。ところが、その論文が発表されるよりも先に、地震が起きてしまったのだ。
一方、地質情報研究部門海洋地質研究グループの研究グループ長である井上卓彦は、自宅でくつろいでいたときに能登半島地震発生の報を聞いた。陸の地質を主な調査対象とする宍倉に対して、井上は海底下の断層などの海洋地質を調査対象としている。能登半島地震の規模がマグニチュード7.6であると知った井上は、すぐに「この地域の地震としては最大級だ。かなり広い範囲の断層帯が連動してずれ動いたのだろう」と、推測した。そして、それは正しかった。能登半島沖の海底下に断続的に連なる長さ約150 kmもの断層帯が、いっせいにずれ動いていたのである。
地震発生の1週間後に現地調査に向かった
GSJは、能登半島地震の発生を受けて、すぐさま行動を開始した。能登半島周辺の地質情報を持っている研究者に声をかけてデータを集め、翌日には地震本部の地震調査委員会に資料を提出。そして地震発生の2日後(1月3日)には、地質情報などをまとめたウェブサイトを開設した。GSJはその後も現地調査の結果などを同サイト上で公開している。
地震発生の1週間後(1月8日)、宍倉は同僚とともに車で現地調査に向かった。石川県輪島市門前町の鹿磯周辺で、地盤の隆起の状況などを調査したのだ*2。鹿磯漁港では4 m近い隆起によって、港の岸壁がむき出しになり、海底があらわになっていた。宍倉が現地で見た状況は想像を超えるものだった。「日本各地を調査して、過去に起きた隆起の跡を数多く見てきました。しかし、4 m級の隆起はめったに起きません。さらに鹿磯周辺だけでなく、能登半島北部沿岸のほぼ全域が約85 kmにわたって隆起していました。世界的にもあまり見られない大規模な隆起現象が、まさに起きたばかりという状況を目の当たりにして衝撃を受けました」
地震発生直後の現地調査について、宍倉は次のように語る。「被災者の救助活動などが最優先であることは当然で、調査が被災地の負担になってしまってもいけません。ですが、地質に関する調査もなるべく早い時期に行うことが望ましいと考えています。なぜなら、地震によって生じた隆起などの地殻変動が、数日後に元に戻ってしまうこともありうるからです」
宍倉が沿岸の調査をしてから約4ヵ月後の2024年4月、井上らが能登半島周辺海域の現地調査に入った。陸での調査は、高さを測る「標尺」などを車に積んでいけば、現地調査ができる。一方、海洋地質を調べることが目的の井上は、船を手配して、音波で海底下の構造を調べる装置などを使って調査を行う必要がある。地震で沿岸部が広く隆起した石川県では多くの港が使用不能に陥っており、船による現地調査が簡単にはできない状態になっていた。
「船での調査は費用もそれなりにかかります。早期の現地調査の必要性を考慮して特別に所内で予算を手当てすることが決まり、思ったよりも早く現地調査を行うことができました」と井上は話す。新潟県の港を拠点にして、延べ10日間にわたって、能登半島沖の海底下の断層がどのようにずれ動いたかなどを調査した。その結果、幅広い範囲で海底下の断層がずれ動き、海底でも最大4 m程度の隆起が起きていることが確認できた*3。
能登で真っ先に行った断層調査が役に立った
GSJは、日本の陸地および周辺海域の地質を長年にわたって調査し、地質情報を整備してきた。GSJの地質情報は、国の地震本部が行う地震発生可能性の長期評価における土台の一つとなる。各省庁や国立研究開発法人、大学等がそれぞれ専門とする分野の調査・研究を行って報告し、国の地震本部を通して各自治体の対策に反映されるのだ。
井上が研究グループ長を務める海洋地質研究グループでは、日本の沖合の海洋地質図の作成を行っている。沖合の主要な海域についてはすでに地質図が完成しているものの、実はまだほとんど調査できていない領域が残っている。それは陸地に近く浅い沿岸域と呼ばれる海域だ。
島国である日本では、沿岸域に都市や集落が集中しており、社会生活を支える発電所などの設備も多数存在する。沿岸域の海底下にどのような断層が存在するかは非常に重要な情報なのだ。「地質情報の空白地帯である沿岸域をどうやって埋めるかが長年の課題となっていました。小型の船を使って海底を調査できる技術が開発されたことで、2007年から沿岸域の地質を調べられるようになりました」と井上は話す。
沿岸域の地質情報を調べることになり、真っ先に調査が行われたのが能登半島北部の沿岸域だ。2007年3月に石川県輪島市の沖合でマグニチュード6.9の大きな地震が発生したが、この地震の震源はまさに地震情報の空白地帯である沿岸域だった。地震発生当時、この海域にはどんな断層帯が存在するか、よくわかっていなかった。そこで沿岸域の地質情報を調べる最初の場所として能登半島北部の沿岸域が選ばれたのである。
2007年から2008年にかけて井上らが沿岸域の地質調査を行った結果、能登半島北岸沖に活断層が断続的に延びていることが明らかになった。このときに調査した活断層の情報は、能登半島で発生する地震の分析・評価に役立っている。沿岸域の地質情報の充実は地震の評価や防災計画を考えるにあたって非常に重要であり、GSJの重点プロジェクトとなっている。
2007年の能登半島地震をきっかけに、宍倉も能登半島で現地調査を行っている。宍倉が注目したのは「海成段丘(海岸段丘)」という地形だ。これは、波による浸食と地震による隆起が繰り返されることによって沿岸部につくられる階段状の地形である。先ほど、2024年の地震によって鹿磯漁港が4メートル近く隆起したことを紹介した。これは海成段丘の新たな「段」がつくられたことを意味する。能登半島の沿岸部ではすでに3段の海成段丘がつくられており、2024年の地震で4段目ができたことになるという。
3段の海成段丘ができているということは、過去に少なくとも3回は数mの隆起を伴う大きな地震が能登半島で起きたことを意味する。「ただし、1〜3段目がいつできたかは不明でした。そのため、隆起を伴う大きな地震が何年間隔で起きたのかはわかりませんでした。もし過去の大地震の発生間隔がわかっていれば、能登半島における地震の発生確率の評価などに活用できていたかもしれません」と宍倉は心残りをにじませた。
地質情報は地道な調査・研究の積み重ね
「実は地盤の隆起に関する情報は、地震の長期評価や防災計画にはまだあまり活用されていません」と宍倉は言う。地盤の隆起は直接人命に関わるような現象ではないことなどが、その理由だ。
各地の自治体は政府の地震本部の取り組みを踏まえて、さまざまな関係者と調整を行いながら防災計画を策定し、更新していく。多くのステークホルダーがいて、いくつものステップが積み重ねられるのが防災計画策定の難しいポイントの一つだ。それでも地質情報をまとめ、発信し続けていくことが大事だと宍倉は考えている。
「能登半島の海成段丘についてボーリング調査を行うなどして、隆起した時期を特定したいと考えています。隆起した時期がわかるようになれば、大地震が発生する頻度の情報につながるでしょう。今後は隆起現象の発生時期に関する情報が、防災計画の策定において重要な情報の一つになるかもしれないのです」
井上は、海洋地質図のさらなる充実を図っていきたいと話す。「海陸の境界である沿岸域の調査はまだ不足しています。例えば、日本最大の内海である瀬戸内海は地質調査があまり進んでいません。大型の船で調査するには瀬戸内海はやや浅い上に船の航行が多く調査がやりにくいという事情もありますが、現在わかっているリスクをもとに計画を立てるので、南海トラフや日本海溝がある太平洋側や、海底下を多くの断層が走っている日本海側の調査が優先的に進められています。一方、瀬戸内海は地震や津波の発生リスクが低いというイメージを持たれていますが、本当にリスクが低いかどうかを評価するためにも、きちんと調査することが必要だと思います」
日本は世界で最も地震が多い国の一つであり、今後も繰り返し巨大地震の被害に襲われることは間違いない。地震が発生する前に、次の地震に備えて防災計画を策定するとき、そして地震発生後にその地震を分析・評価するとき、地質情報は必須である。GSJの地質情報は、長年にわたる地道な調査・研究の積み重ねの結果だ。次の大地震に備えて、研究者たちは沿岸や海の調査地に出向いて研究を続けていく。
*1: 井上卓彦·岡村⾏信(2010)能登半島北部周辺 20万分の1海域地質図及び説明書.海陸シームレス地質情報集,「能登半島北部沿岸域」.数値地質図S-1,産総研地質調査総合センター[参照元へ戻る]
*2: 第四報 2024年能登半島地震の緊急調査報告(海岸の隆起調査)[参照元へ戻る]
*3: 第十一報 2024年能登半島地震の緊急調査報告(令和6年(2024年)能登半島地震に伴う海底活断層の上下変位)[参照元へ戻る]
*4: 地震調査研究推進本部の紹介 [参照元へ戻る]
*5: 宍倉正展, 越後智雄, & 行谷佑一. (2020). 能登半島北部沿岸の低位段丘および離水生物遺骸群集の高度分布からみた海域活断層の活動性. 活断層研究, 2020(53), 33-49. [参照元へ戻る]
活断層・火山研究部門
海溝型地震履歴研究グループ/
地質調査総合センター連携推進室
国内連携グループ長
宍倉 正展
Shishikura Masanobu
地質情報研究部門
海洋地質研究グループ
研究グループ長
井上 卓彦
Inoue Takahiko
産総研
地質調査総合センター
活断層・火山研究部門
産総研
地質調査総合センター
地質情報研究部門