ストレス(応力)マップとは?
ストレス(応力)マップとは?
2023/07/05
ストレス(応力)マップ
とは?
―膨大な地震データをAIで処理し、地震研究に役立てる―
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
ストレス(応力)マップとは?
プレート運動や過去の地震、火山活動などといったさまざまな地球内部の活動によって、地球の内部はストレス(応力)を受けています。ストレスに伴って、地下の岩盤が急に壊れてずれ動くことがあり、これが地震になります。このストレスがかかる方向を調べ、それを日本地図上にプロットしたものが「ストレスマップ」です。地球内部の活動を調べる手がかりとして、どのようなタイプの地震が発生する可能性があるかという予測や、巨大地震による誘発地震の評価など、地震研究に使われ始めています。
「ストレスマップ」は、何につかう「地図」なのでしょうか。現時点では、研究者が地下にどのようなストレスが働いているかの手がかりとし、地震研究の基礎情報のひとつになることが期待されています。ここでいうストレスは、物体の内部に働く力のことで、応力とも呼ばれています。地下にどのようなストレスが働いているかを知る手がかりになるのが、無数に発生する微小な地震です。これらの微小な地震波形のビッグデータをAI技術をつかって処理することで、効率よくストレスの向きを知り地図の形でまとめることができました。膨大なデータと向き合い、「ストレスマップ」を作成したひとりである活断層・火山研究部門 地震テクトニクス研究グループの内出崇彦上級主任研究員に話を聞きました。
ストレスマップとは?
地震を特徴づける「ストレス」と「震源メカニズム解」
地球の内部は、プレート運動や過去の地震、火山活動などさまざまな活動によって常に「ストレス」を受けています。ストレスに伴って、地下の岩盤が急に壊れてずれ動くことがあり、これが地震になります。この、地震の原動力となるストレスがかかる方向を調べ、それを日本地図上にプロットしたものが「ストレスマップ」です。ストレスマップを作成するために、次の2つの言葉の理解が必要です。
まずは、「ストレス」です。ストレスは「応力」とも言われ、物体の内部に対して、押したり引っ張ったりする物理的に及ぼす力のことを指します。
次に、「震源メカニズム解」です。断層面の向きや断層の滑りの方向を表すものです。ストレスによって地殻変動が起こり、断層が作られます。
ストレス(応力)の推定
ストレスマップとして最終的に必要となる情報は、ストレス(応力)の方向です。これを導き出すために、断層面の向きや断層の滑りの方向を表す「震源メカニズム解」が必要です。例えば、逆断層の地震は水平方向に押し合うストレスがかかっていることがわかっているので、震源メカニズム解が分かればストレスの方向が推定できるのです。
では、震源メカニズム解はどう調べているかというと、その地点で発生した地震の波形を使っています。地震の揺れを示す波形で重要な意味を持つのが、「P波初動極性」です。P波(最初の揺れ)による震動が上方または下方のどちらに動いたかを表す「P波初動極性」を調べることで、その地点の断層面と断層滑りの方向、すなわち「震源メカニズム解」を決定することができるのです。
まとめると、その地点で観測された地震の「P波初動極性」を手がかりに「震源メカニズム解」を明らかにし、さらにそこからストレスの方向を推定しています。この解析手法は、「P波初動極性」から逆算(inversion)してストレスを解析するという意味で「ストレスインバージョン解析」といいます。
微小地震データをAIで解析
産総研では、日本列島全体で2003年から2020年の間に発生した地震のうち、内陸および沿岸海域の地下深さ20 km未満の場所で発生した微小地震(マグニチュード0.5~3.0)について解析をしました。
これまで、このような微小地震を対象にした研究では、データのノイズが多かったり判断がしにくいために、人手で大量の地震データを処理することが難しく、特定の地域に限定した研究ばかりでした。逆に、マグニチュード3以上の地震のデータを用いた研究では、全国を対象にできるものの数が多くはないため、地域ごとの細かい特徴が把握しづらいうえに、地震が起きていない地域では解析ができないという課題がありました。
このような課題に対して、微小地震波形のデータを深層学習と呼ばれるAI技術によって処理することで、日本列島全体で起きた微小地震の「P波初動極性」を読み取り、およそ22万件の「震源メカニズム解」を求めました。得られた「震源メカニズム解」をもとにストレスインバージョン解析を行い、緯度・経度ともに0.2度(約20 kmに相当)刻みの範囲でストレスがかかる方向を調べ、それを日本地図上にプロットしたものが「ストレスマップ」です。
AI技術を駆使することで、従来のように人手で解析をしていたときには考えられないほど大量のデータを高速に処理することができるようになり、日本列島を網羅するストレスマップを作ることができたのです。このストレスマップは、産総研の「地殻応力場データベース」で公開しています。
ストレスマップでわかること
ストレスマップの情報から、断層のタイプが地域ごとに違うことがみえてきました。中国地方より西側と中部地方の大部分では横ずれ断層型、近畿地方と東北地方の大部分では逆断層型の地震が起こりやすいことがデータからわかってきています。
また、政府の地震調査研究推進本部が基盤的な調査対象として選定している114の主要活断層帯に着目すると、熊本地震(2016年)を起こした布田川断層と日奈久断層、鳥取地震(1943年)を起こした鹿野-吉岡断層など、多くの活断層が現在のストレスで動きやすい方向を向いており、スリップテンデンシー(断層の滑りやすさ)が高いことも判明しました。
さらに、はっきりとしたメカニズムはまだ解明されていませんが、ストレスの方向と地形には、何らかの因果関係があるかもしれない、という特徴も観察されています。
地震研究へのストレスマップの活用可能性
ストレスマップは地震研究に役立つ情報であり、実際に使われ始めています。地表の痕跡が不明瞭で活断層の存在が知られていない場所でも地震が起きうることや、起きうる地震がどのようなタイプのものかを明らかにすることにも応用が期待されます。
また、海溝型地震が発生した後の、内陸部における直下型の地震活動を評価するうえでも、ストレスマップが役に立つと考えられます。直下型地震が誘発される可能性は、もともとかかっていたストレスと、大地震の影響で急激にかかるストレスの方向が一致しているかどうかということと大きく関係しているからです。
現在公開しているストレスマップでは、主に内陸部で発生した深さ20 km未満の微小地震を解析対象としました。今後は20 km以上の深さの地震や、海溝型地震などにも解析対象を広げてストレスマップの解像度をさらに高め、地震の発生予測やシミュレーションの精度向上に貢献していきたいと考えています。