2020年2月8日掲載
取材・文 中川 隆夫、ブルーバックス編集部
ご存知の通り、日本は「地震大国」。もはやどこで直下地震が起こってもおかしくありません。活断層がどこにあるのか、ハザードマップなどを通して調べている方も多いのではないでしょうか。
でも、「ここに活断層がある!」ということは頭でわかっていても、実感することはなかなか難しいもの。それなら、実際にずれた活断層を見てみて、正しく地震を怖がりましょう。
好評連載「ブルーバックス探検隊が行く」、今回は産総研で活断層調査をしている宮下由香里さんの研究室に突撃です!
「海溝型地震」と「内陸型地震」
地震が、津波を伴うような「海溝型(プレート境界型)」と、内陸直下で起こる「内陸型(活断層型)」に大別されるのはご存じだろう。
2011年の東日本大震災を起こしたような海の底からつづくプレート境界を震源とするのが「海溝型」。そして、1995年の阪神淡路大震災、2016年の熊本地震を起こしたのが「内陸型」だ。
日本列島は、東から太平洋プレートに、南からはフィリピン海プレートに、一定の力で押し続けられている。押された岩盤に蓄積された歪みが解放されるときに起こるのが地震だ。
海溝型地震は、日本列島がのるプレートとその下に沈み込むプレートとの境界で起こる。プレート同士が接しているぶん、貯まる歪みは大きくなり、地震周期も短い。
一方、内陸型地震は日本列島の地下の岩盤の中で起こる。押される圧力がじんわりとかかるため周期は長いが、10~20キロメートル前後と比較的浅いところで岩盤が壊れるため、直上の被害は大きくなる。
地震の規模や揺れの大きさを表す基準は同じだが、その様相はこのように少し違う。「海溝型」の周期が数百年の単位に対して、「内陸型」は数千年に一度。ゆえに「内陸型」の地震予測はより難しいと言われる。
活断層を追う女性研究者
産業技術総合研究所(産総研)の活断層評価研究グループのグループ長・宮下由香里さんは、この「内陸型地震」を起こす活断層を調査している。先日、熊本地震で割れ残った日奈久(ひなぐ)断層の調査を終えたばかりだ。その研究室を訪ねた。
部屋の壁には、全国の活断層の調査資料が一面にびっしりと並んでいる。95年の阪神淡路大震災以降、全国で活断層調査がさかんにおこなわれ、その詳細なレポートがすべて収まっているという。
全国、と簡単に言ってもその調査には時間とお金がかかる。大学や産総研のような研究グループの成果がこの「壁」となって成り立っているのだ。各地からの問い合わせがあれば、ここから資料が取り出されて、活かされる。
その資料を前にちょこんと座って話し始めた宮下さんは、きれいな岩石に惹かれてこの世界に入った。地下深くで生まれるガーネットなどの硬い鉱物が研究対象だったというが、人当たりはフワフワとして柔らかい。活断層の壁面を相手にしているような雰囲気ではない。
まず、2016年4月に起こった熊本地震の断層について聞いた。
「熊本には、布田川(ふたがわ)断層帯と日奈久断層帯という2つの大きな断層帯があって、布田川断層帯から枝分かれするように、日奈久断層帯が南の八代方面に伸びています。今回の地震では布田川と、日奈久の一部がずれてマグニチュード7.3の地震を起こしました。居住地の直下で断層がずれ動いたので、大きな被害になったのです」
この2つの断層、じつは以前から危険視されていたという。
「2013年の時点で国から長期評価が公表され、地元紙でも『発生確率は全国一』と報道されているんです。でも今回、現地に調査で入って地元の人に聞くと『そんなこと聞いていない』とおっしゃる。人に危機感を伝えることの難しさを痛感させられる一件でした」
宮下さんらが地震後3年間にわたって調査したのは、割れ残ったとされる日奈久断層帯だ。
「日奈久断層帯は、全長80キロメートルほどもある断層帯で、今回は北部の一部しか動いていないんです。断層が地震によって一度に動くのはだいたい20~30キロメートルと言われています。そして、お隣の布田川断層帯が動いて、歪みの状態が変わったと言われています。その意味で、残った断層の危険度が気になるところです。その調査を3年担当しました」
地表まで割れ動いたあとの断層ならば、その割れ目を掘っていけばいいのだが、地表からはわからない、動いていない断層はどうやって場所を特定するのか。全長80キロメートルとはいっても、調査のために地面を掘るのはたかだか10メートル四方だ。
「そこがプロの力量を問われるところです。一般に、活断層調査はまず空中写真を見て、断層がこのあたりにあるのかなぁと、あたりを付けます。山の尾根や、谷などの地形が一様にズレている場所があるんです。それを見つけるのが第一歩。これは数十年にわたって先人の研究者たちが脈々と続けてきました。
日奈久断層帯の場合は、すでに活断層の大まかな場所が分かっていますから、次に現地に行って調査ポイントを探るんですね。空中写真を見ると分かりますが、このあたりは山地と平野の境が一直線になっています。このスケールで見ると、分かりやすい断層帯です」
確かに。見ると山と平野の境が直線になっている。ここをごっそり掘ればいいのだろうか。
「調査のために掘る溝(穴)のことをトレンチと言いますが、トレンチ調査をするには数ヵ月にわたって土地を所有者からお借りすることになりますし、掘ったときにその断面にきれいな活断層のズレが出ないといけません。場所の特定はなかなか難しく、ものすごくプレッシャーを感じます」
「沢」の気持ちになって考える
ズレを目視で確認するためには、見た目の違う堆積物が層を作り、“シマシマ”になっている必要がある。そこで目を付けるのは、小さな沢のような流れが平野に出た扇状地だ。
沢の流れが激しいときや大きな川なら、たまるのは礫などの小石だが、沢の流れが穏やかなときなら、細かい砂や泥のような堆積物がシマシマを作り上げるからだという。
「どのあたりにシマシマの地層がありそうかは、沢の気持ちになって考えてみるんです。大雨のときはこっちに、普段ならこっちに流れ出るだろうな、断層がずれ動いて流路が変わっちゃったらこっちに……と、現地に立って考えると、見えてきます」
え? 沢の気持ちですか。
「そう言うとみなさん笑いますけど、まさに沢の気持ちなんですよ。微妙な地形の違いや水量で水は流れを変えます。堆積物も変わります。木の年輪と同じように、シマシマの模様が地中に現れると、地震によるズレは見つけやすいのです」
あたりを付けて、数ヵ所をボーリングしたのち、ようやくトレンチを掘る。
ところが今回、最初の掘削では、ズレが出なかった。ヘルメット姿にコンビニ弁当で、穴の底で格闘しながら数週間。地元の土木業者のおじさんから哀れみの眼差しを受けながら掘り進めた結果が、出なかったでは……。
「絶対に出ると断言して掘っているので、困りました。研究者の沽券にも関わるし、ここは掘っているときに3回も台風に襲われて苦労した場所で、どうしようかと……。
でも、掘るための重機を出し入れする坂の端に、それらしき跡を見つけて、そこをさらに掘り進めたら出たんですよ。いやー、クビがつながったワ、と胸をなでおろしました(笑)」
見事なシマシマの地層が,断層の右と左で、スパッとズレている。これぞ事件の痕跡ともいうべき証拠の発見だ。下のほうには7300年前に大爆発を起こした薩摩半島沖の海底火山・鬼界カルデラの火山灰層も見つかった。年代のハッキリしている堆積物は貴重な存在だ。
あの「タッキー」も地質調査に同行!
「鬼界カルデラの巨大噴火の調査には、タッキー(元俳優の滝沢秀明さん)も参加しているんです。タッキーのおかげもあって(笑)、この日奈久断層帯の地震は7300年前から7000年前の間に一回、そして3100年前から1000年前の間にもう一回あっただろうと推定。後に7300年より前にもう一回の活動を推定しました」
現時点での年代見積もりからさらに詳しく調べるために、10cm刻みで各地層を持ち帰り、その中に含まれる炭素から年代測定をする。こうして調査されたものが、専門家の審議などを経て、国の運営する「地震本部」のホームページに反映されるまでに数年ほどかかる。
時間がかかるのは仕方ないことだが、宮下さんが重要視しているのは、地元の人にどうやって分かってもらうかという点だ。
「トレンチ調査をおこなうと必ず、埋め戻す前に地元の人にお披露目するのですが、私はこれを積極的にやっています。
熊本の活断層のことを東京からいくら大声で言ったとしても切迫性に欠けます。やはり地元の人が知ってナンボなんです。
だから、公開日は地元マスコミにも宣伝してもらうし、チラシを作って配ります。熊本では3年も調査をしましたから、その間行きつけになった居酒屋の人や、お世話になった町内会やガソリンスタンドの人、それから地元小学校の子どもたちや消防士さんなど、数多くの人が見に来てくれました。
いくら地図の上で活断層の赤線を見ても実感はわかないけれども、目の前にズレた断層があればハッと気付いてもらえます」
子どもたちは、この断層は誰々さんの家の近くを通っているから今度地震がきたら危ないだとか、実感を持って受け止めてくれたという。
だが、過去に調査した活断層では、いまだに活断層の真上に避難場所があるところもあるという。それを宮下さんは危惧する。情報がちゃんと地元の人に届いていなければ意味がない、と。
今回の調査では、6ヵ所でトレンチ見学会をおこない、全部で2400人ほどが見学に訪れたという。
「1%」を軽視してはいけない
「日奈久断層帯は、周期を考えるとそれほど切迫性は高くないと感じてはいます。しかし同時に調査に入った地震研究者の間では、熊本地震以降このあたりの地震の回数が増えていることを危惧する人がいることも事実です。せめて避難場所が断層上にあるなんてことは避けて欲しい」
先ほど触れた「地震本部」のホームページには、南海トラフのように、海溝型の地震のリスク評価は、いまから30年間で70%とか90%の確率で起こると書かれている。それに対して、活断層型は、30年間で1%などと言われる。
地震の発生可能性を評価する長期評価は、古文書の記録や地質調査から地震の周期を推定し、最後の地震から計算して次の地震が同じ場所で何年後に起こりうるのか予測する。
活動周期から次の地震発生確率を算出すると、周期の長い活断層型は低くなってしまう。ここが活断層型地震の評価の難しさでもある。
宮下さんもこう言う。
「1%と言われたら、ほとんどの人は地震が起こらないと思ってしまいますよね。そこが悩ましいところです。地元で活断層の説明会をおこなっても、最終的に多くの人が、それで地震は起こるのか起こらないのか……という二択に行き着いてしまいます。
現実には、自分が生きているうちにそこで地震が起こるか起こらないかが重要だとしても、起きたときにどこへ逃げるのか。今後家を建てるときに、断層の上には立てないようにするといった対策は考えたほうがいいのです」
活断層の「古傷」を探す
そして、活断層型地震が「いつ起こるのか」と共に重要なことは「どれくらいの規模で起こるのか」だという。
「地震では、地下10~20キロメートルの岩盤が割れて地震エネルギーを放出します。単純に長い断層が連鎖して割れれば、それだけ大きな地震となり、被害も大きくなります。2016年の熊本地震ではおおよそ35キロメートルほどの断層が動きました。
一回の地震で、どれくらいの範囲がずれ動くかを想定しないと、揺れる場所や揺れの大きさを推定することができません。このためには、トレンチをたくさん掘って過去の事例をできるだけ多く集めないといけませんが、実際の調査地点は限られているので、地震の予測にどこまで反映できるのかは、難しいところです」
ところで、公表されている活断層以外に、知られていない活断層はないのだろうか。
「たくさんの研究者が全国の活断層を調べていますが、なかには活断層と言われていないのに、地震が多い地帯もあります。そこは、地表では見えにくく調べられていないだけで、じつは活断層があるかも知れません。
動く周期が数万年に一度と長い活断層もあります。そうすると、かつては地表に残っていた断層のズレの跡が、風化して分からなくなっていることも多い。
日本列島は2000万年前頃にユーラシア大陸から別れて、島になりました。さらには太平洋やフィリピン海プレートなどから押され続けていて、地下は引っ張られたり押されたりと、傷だらけです。地震は、その古傷を利用して割れる場合がほとんどです。
だからこそ、過去の古傷である断層の場所や、活断層の活動履歴を調査することに意味があるのです」
そもそも、「活断層」とはなにか
地震によって岩盤がズレ動いた場所を「断層」と呼んでいるが、そもそも「活断層」とはなんだろう。
「簡単に言うと、ここ数万年間に動いた痕跡があり将来も地震を起こす可能性のある断層、なんですね。いま、国が重点的に調査をしようと決めている活断層は、全国に100余りあります。知られている活断層は約2000と言われています」
将来、地震を起こす可能性を見積もるには、過去の地震履歴を見つけ出すしかない。
それは、海溝型も、活断層型も同じだ。ただ、地震の周期が短い海溝型は、古文書に残っている記録も存在する。他の調査法としては、陸地に残された津波堆積物をたんねんに調査することで、大きな地震が起こった年代を推定する。産総研でもこの調査をおこなっているグループがある。
ところが、内陸の断層が起こす、活断層型地震の周期は1000年以上。その痕跡を探すのは、地面を掘って確かめるしかない。近年、日奈久断層でおこなわれたようなトレンチは、年間で2〜3件しかない。予算が大きな壁となっている。
いま一番「危ない」活断層
そんななか、宮下さんがいまもっとも危険だと考える活断層を聞いてみた。
「ひとつは福岡県の警固断層帯だと、私は思います。2005年に福岡県西方沖の地震(M7)が起こりました。このときは,北西部と呼ばれる海底の活断層がズレただけで、南東に連続する陸地の活断層はそのまま残っているのです。周期から考えると、警固断層帯の南東部はすでに満期を迎えている可能性があります」
つい先日も、この断層近くの自治体で防災訓練をおこなうから、活断層の資料を提供して欲しいという依頼が来たそうだ。ところが、断層の直近にある公民館が自治体指定の避難所となっている。
「せめて、地元の活断層は知っていてもらいたい。産総研の「活断層データベース」でも調べられるし、文科省の『地震本部』のホームページにも情報があります」
知っていることと、知らないことの違いが命を守るか守れないかの差になることもある。断層があれば、地震はいつ起きても不思議ではない、のだ。
「ちょっと言い過ぎぐらいの危機感も必要だと思います。たとえ小さな断層でも、動けばその直上では被害がでます。備えておくことが重要です。
それと同時に、活断層が我々の生活に密着していることも知っておいてもらいたい。
京都盆地など多くの盆地は、活断層の活動が繰り返した結果としてあるし、京都と北陸を結ぶ『サバ街道』だって活断層のズレ跡が道になっているのですから」
日本列島2000万年の古傷と付き合っていくためには、きちんと知って正しく恐れ、準備することが大切なようだ。