バイオマーカーとは?
バイオマーカーとは?
2024/07/03
バイオマーカー
とは?
―健康診断や医薬品開発で使われる指標―
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
バイオマーカーとは?
バイオマーカーとは、疾患の診断基準となったり、治療の効果を判定したりするための検査項目や生体内の物質を指します。バイオマーカーは、一般の人が病院などで受ける検査のほかにも、薬や医療機器の開発段階で作用メカニズムや、医薬品を服用したことによる好ましくない反応を評価するためにも使われています。すでに生活習慣病やがんの分野ではバイオマーカーは多く使われており、今後は精神疾患などを客観的に評価できるバイオマーカーの登場が求められています。
健康診断で血圧やコレステロール値を測ったことのある人は多いでしょう。これらは、高血圧や動脈硬化リスクを評価するための「バイオマーカー」と呼ばれるものです。一言にバイオマーカーといっても、どの目的で何を調べるかによってさまざまな種類に分かれます。バイオマーカーの種類や、バイオマーカーを社会実装するための研究に求められていることについて、バイオメディカル研究部門の七里元督に聞きました。
バイオマーカーとは
バイオマーカーとは
バイオマーカーは1998年に米国の国立衛生研究所(NIH)によって、「病態生理学的な裏づけのもとに測定され、通常の生物学的過程、病理学的過程もしくは治療介入による薬理学的応答を評価しうる客観的指標」と定義されています。日本語では「生物学的指標」と訳され、疾患の診断基準や将来的な発症リスク、現在受けている治療の効果を評価するための検査項目や生体内の物質を指します。
例えば、血圧は高血圧のバイオマーカーであり、コレステロールの中でもLDLコレステロールは動脈硬化のバイオマーカーです。自宅で測る体温も、風邪にかかっているかどうかを測る立派なバイオマーカーの一つです。また、がんの治療に関わったことがある人は、腫瘍マーカーという言葉を聞いたことがあるかもしれません。がんがあるかどうか、治療の効果があるかどうかを判断するときに、腫瘍マーカーというバイオマーカーの数値を見ます。バイオマーカーという言葉を聞いたことがなくても、身近なところでバイオマーカーがすでに使われているのです。
指標の種類 |
検査項目例 |
生理学的指標 |
体温、心拍数、血圧、呼吸数、酸素飽和度などのバイタルサイン
心電図、脳波など生理的検査 |
生化学的指標 |
白血球数、赤血球数、血糖値、GOT、GPT、CRP、尿タンパク、遺伝子、腫瘍マーカーなど |
組織学的指標 |
組織染色画像など |
医用画像 |
レントゲン画像、CT画像、MRI、超音波画像、内視鏡画像など |
バイオマーカーの種類と望まれる分野
バイオマーカーは、目的によってさまざまな種類があります。
血圧やコレステロールなどの身近なバイオマーカーの多くは、疾患を同定する診断マーカーとして、あるいは疾患の経過を予測する予後マーカーに分類されます。そのほかにもバイオマーカーにはいろいろな種類があります。例えば代替マーカーは、ある試験薬が糖尿病の合併症への進展を抑えるかどうかを評価するときに使われます。合併症の発症そのものを評価するのではなく、血糖値などの代替となるバイオマーカーを測定して評価します。
バイオマーカーは、がんや生活習慣病といった分野ではすでに利用が進んでいます。今後、バイオマーカーの開発が求められている分野の一つに、うつ病をはじめとする精神疾患があります。
精神疾患の診断は、医師の主観的な問診によって行われており、客観性の高い評価方法はありません。また、精神疾患は体調不良を伴うこともあるため、最初から精神科や心療内科に行くのではなく、内科を受診する患者さんが少なくありません。精神疾患の診断に詳しくない内科医でも血液検査などの方法で精神的な不調を客観的に評価できる「心の病気のバイオマーカー」が実現すれば、よりスムーズな診断や治療につながるでしょう。同様に、小児科領域での発達障害についても画像を含めたバイオマーカーの開発が期待されています。ほかにも複数の治療薬のうち、どの薬が患者さん個人に有効かどうかを判断できるようなバイオマーカー(患者層別マーカー)があると、治療がよりスムーズになるのではと期待しています。
バイオマーカーの種類 |
バイオマーカーからわかること |
診断マーカー |
疾患の診断、疾患のサブタイプを同定する |
予後マーカー |
疾患の経過、再発、進展を予測する |
モニタリングマーカー |
疾患の進行や治療への反応を評価する |
薬力学マーカー |
薬物動態や薬剤の作用機序を評価する |
予測マーカー |
特定の治療による有効性や有害事象を予測する |
代替マーカー |
臨床試験の真のエンドポイントを代替する |
患者層別マーカー |
患者の層別化を行うもの |
安全性・毒性マーカー |
薬物の安全性、毒性を評価する |
感受性・リスクマーカー |
将来の疾患発症の可能性を評価する |
バイオマーカーの開発に求められること
バイオマーカーの開発に求められるものには、バイオマーカー探索、特異性の確認、指標となる分子を解析する技術、測定の簡易性・高精度・標準化の4つがあります。
バイオマーカーの探索では、疾患や病態を再現した動物を用いて、生体分子を網羅的に解析することが現在の主流となっている手法です。ゲノム解析だけでなく、タンパク質や代謝物なども解析して、疾患の有無でどの物質が変動するかを検証します。また、バイオマーカーが変動するメカニズムが判明していないと臨床現場では使用されませんのでこの点も重要です。
特異性の確認とは、そのバイオマーカーがある疾患においてのみ変化して、他の疾患では変化しないことを確かめることです。しかし、実際には、1つのバイオマーカーだけで判断できないことがほとんどなので、「医師による診察結果をサポートする」のがバイオマーカーの役割であると認識することが重要です。
有効なバイオマーカーが見つかった場合、対象のバイオマーカーを解析する技術も必要で、測定方法は簡便で高精度であることが、社会実装する上で必要条件になります。その際には、医療機関や臨床検査用試薬メーカー、臨床検査会社との連携による大規模な検証試験や、検査方法と診断基準を定める「標準化」も必要になります。
産総研の取り組みと展望
産総研のバイオマーカー研究
産総研ではさまざまなバイオマーカーの研究を行っています。すでに臨床現場で実用化されたものとしては、慢性肝炎や肝硬変などの肝疾患の進行度を評価する肝線維化糖鎖マーカー(M2BPGi)があります。
私たちの研究グループでは、精神的ストレスの診断に有用なバイオマーカーを探索しています。実験動物であるマウスにストレスをかけると、マウスはストレス性の胃潰瘍になります。このマウスの血中の脂質代謝物を網羅的に調べると、ある特定のアラキドン酸酸化物(12-HETE)が顕著に増加していることがわかりました。そこで実験により、ストレスによって特定の酵素が活性化し、12-HETEが増加するというメカニズムが明らかになりました。
つまりこの脂肪酸をストレスのバイオマーカーとして利用できるだけでなく、この脂肪酸が産生されるメカニズムに注目することで治療にも活用できる可能性があることがわかったのです。このように、単にバイオマーカーを探索するだけでなく、メカニズムまで解析してバイオマーカーと治療候補が一体となることが基礎研究では求められています。
また、最近ではMRIやCTなどの画像も画像バイオマーカーとする考え方があります。例えば、腫瘍の大きさの変化は治療中や臨床研究の段階でも、バイオマーカーとして利用できることがわかっています。また、メンタルの不調を表情から解析するAIの開発も進んでおり、これも画像バイオマーカーに分類できるでしょう(産総研マガジン「医療AIとは?」)。こういった画像バイオマーカーでは、解析プログラムや撮像する機器の仕様などの標準化が重要であり、標準化という点においては産総研が貢献できるのではないかと考えています。
医療機関、臨床検査用試薬メーカー、臨床検査会社との連携
産総研では、バイオマーカー探索技術そのものの開発や、バイオマーカーを測定する技術の開発、標準化に向けても取り組んでいます。
しかし、病院などで実際にバイオマーカーが使われるためには、医療機関で有用性を検証するための臨床試験が必要です。また、臨床検査用試薬メーカーと検査試薬を開発し、薬事承認を受けた後は、臨床検査会社が検査を請け負うことになります。特に開発段階では、医療機関や臨床検査用試薬メーカーとの連携が欠かせません。バイオマーカーの研究を通じて、関連機関との連携をより強化していきたいと考えています。こういった技術や取り組みに関心のある方は、ぜひお問い合わせください。