ブルーカーボンとは?
ブルーカーボンとは?
2024/06/26
ブルーカーボン
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
ブルーカーボンとは?
ブルーカーボンとは、大気中の二酸化炭素(CO2)が海洋生態系によって取り込まれ、長期間、海洋に貯留される炭素のことをいいます。陸上の森林生態系に取り込まれる炭素を示すグリーンカーボンに対し、2009年に発表された国連環境計画(UNEP)の報告書で、初めて海洋を区別して定義されました。特に海草藻場、海藻藻場、干潟や塩性湿地、マングローブ林など生産性の高い豊かな沿岸海域は、ブルーカーボン生態系と呼ばれており、重要なCO2吸収源として注目されています。
ブルーカーボンは、広大な海洋が有するCO2吸収・貯留の自然のメカニズムです。さらに人為的な工程を加え、CO2の吸収速度や貯留容量の増大を図ることで、化石燃料などを使用したことによって排出されたCO2を回収・除去する、ネガティブエミッションの技術の一つとして注目されています。2050年のカーボンニュートラル目標達成に向けて、ブルーカーボンとネガティブエミッションの関係、カーボンクレジット制度の整備に向けた課題、産総研の取り組みなどについて、環境創生研究部門の鈴村昌弘に聞きました。
ブルーカーボンとは
ブルーカーボンとは、大気中の二酸化炭素(CO2)が海洋生態系に吸収され、長期間にわたって海洋内に貯留される炭素のことを指します。植物プランクトン、海草や海藻などの植物は光合成によって海水中のCO2を効率的に有機物として固定します。このとき、海水のCO2濃度が減少した分、大気から海水へのCO2の吸収が起こります。
地球上で生物が吸収する炭素のうち、55 %は海洋生物が担っています。特に注目すべきは、海洋面積のわずか0.5 %以下に過ぎない沿岸域が、海洋全体のCO2貯留ポテンシャルの80 %近くを占めるという事実です。さらに、沿岸生態系の面積当たりのCO2の吸収速度は、森林生態系に比べて5~10倍も高く、このような地球上で最も高い生産性が、ブルーカーボンが注目されている理由の一つです。
ブルーカーボン生態系とは、CO2の吸収源となる海洋生態系のことを指します。「海のゆりかご」とも呼ばれる藻場(海草・海藻)、干潟、マングローブ林など光合成をする生物が多く存在する海洋生態系がこれにあたり、特に注目を集めています。
光合成によって有機物として固定された炭素は、干潟、海草藻場、マングローブ林内の堆積物に埋没して長期間貯留されます。また一部は、例えば「流れ藻」あるいは海藻の出す粘液のような「溶存有機物」として外洋に運ばれ、さらに深い海に沈んでゆっくりと分解されながらも長い間海中に滞留し続けます。分解を免れて深海底に堆積したものもブルーカーボンになります。
さらに、水深500 mを超える海洋の中深層以深に運ばれた有機物は、たとえ分解されてCO2に戻ってしまっても、長期間にわたって大気と隔離されることから、ブルーカーボンに数えられると考えられます。
森林が貯留するグリーンカーボンと異なる点として、海草や海藻は短期間で枯れてしまうため、ブルーカーボンではその生物量自体を炭素の固定量としてカウントできないことが挙げられます。森林は長期的に木としてCO2を保持しますが、ブルーカーボンでは場所や生物量そのものではなく、そこから生み出される炭素の貯留メカニズムが重要になります。
ブルーカーボン生態系は、生産性ばかりでなく生物多様性も極めて高い生態系であり、産卵場所や仔稚魚の育成地として重要な環境を提供します。さらに、私たち人間にも水質の浄化、教育やレジャーの場の提供、生活文化の醸成など、コベネフィット(共通便益)をもたらすのです。
ネガティブエミッション技術とブルーカーボン技術
大気中のCO2を回収・吸収し、貯留・固定化することで、正味としてマイナスのCO2排出量を達成するために必要な技術や手法はネガティブエミッション技術と呼ばれます。大気中のCO2を物理化学的に直接回収する技術や、植物がCO2を吸収して成長する過程を利用する技術などが含まれます。また、CO2の大気中への放出を抑制する技術として、工場・発電所など大規模発生源から排出されるCO2を直接回収して地中深くに貯留するCCS技術(Carbon dioxide Capture and Storage、二酸化炭素回収・貯留技術) が知られています。(産総研マガジン「CCS/CCUSとは」)
海洋におけるネガティブエミッション関連技術も2つに分けて考えることができます。
一つは海洋が炭素を吸収・貯留する物理化学的な性質・能力を利用する技術で、海洋隔離・海底貯留、アルカリ化、再生可能エネルギーによる電気化学反応によるCO2固定といったものです。
もう一つは、特にブルーカーボン技術と呼ばれるもので、もともと海洋生態系が自然のプロセスとしてもつCO2を吸収する性質を、人為的に加速・増大させる取り組みです。藻場、干潟、マングローブ林の創生や大型藻類養殖など目に見える形で固定量を増加させる技術のほか、鉄散布や深層水人工湧昇などによって海洋を肥沃化させることで海洋表層の生産量を増大させる手段が検討されています。
まとめると、海洋における主なネガティブエミッション技術には次の表と図のように整理されます。なお、こちらに記載した全てが直ちに実現可能なわけではなく、例えば海洋隔離や海洋肥沃化など、現状では国際条約によって実施が規制・禁止されている技術が含まれています。
ネガティブエミッション技術 |
手法 |
特徴 |
物理化学的な貯留ポテンシャルを利用した技術 |
DAC(Direct Air Capture)+海洋隔離/海底貯留 |
陸上や海上で大気中のCO2を捕集し、液体CO2などとして海洋中深層や深海底に隔離する |
海洋アルカリ化 |
海水にアルカリ性の物質を添加し、海洋のCO2の溶解・貯留ポテンシャルを増大させる |
電気化学的回収・固定 |
再生可能エネルギーを使用して、CO2を海水から除去する化学反応を引き起こす |
海洋生態系を利用したブルーカーボン技術 |
沿岸ブルーカーボン生態系 |
海草・海藻藻場、干潟、マングローブ林など生産性の高い生態系を新たに創出する |
外洋大型藻類ブルーカーボン |
成長速度の速い大型藻類の養殖・沈降によって、炭素を効率的に深海に輸送する |
鉄散布による海洋肥沃化 |
鉄が不足している広大な外洋域に鉄を散布し、植物プランクトンの生産性を増大させることで、CO2の吸収を加速させる |
深層水人工湧昇による海洋肥沃化 |
栄養に富む深層海水をくみ上げて、海洋表層の生産性を増大させることで、CO2の吸収を加速させる |
微生物ポンプの促進・増強 |
植物プランクトンの作った有機物を微生物の作用により難分解化させることで、海洋中での滞留・貯留効率を向上させる |
国内外の動向とブルーカーボンクレジット
国内では、アマモ場など沿岸生態系の創出や大型海藻の大規模養殖によるブルーカーボン技術の研究プロジェクトが進行中です。アメリカやオーストラリアでは、生態系保全の観点からブルーカーボン分野の研究が積極的に行われており、ライフサイクルアセスメントなどを含む多面的なプロジェクトが進んでいます。ヨーロッパでは水資源に関わる経済活動、ブルーエコノミーの観点から、海藻養殖や海洋資源としての海藻の利活用に向けた取り組みが行われています。
海外では、ブルーカーボンのボランタリークレジット制度が整備されてきています。ボランタリークレジットとは、NGOなどの民間セクターが認証するカーボンクレジットの仕組みです。日本でもジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が、CO2の吸収だけでなく、それに伴う漁獲量の増加や水質浄化、生物多様性の増加などのコベネフィットも含めたボランタリークレジットを発行しています。
科学的知見に基づくクレジット認証のため、CO2貯留の速度やポテンシャルをより正確に見積るための海洋観測技術の開発や、ブルーカーボンの貯留メカニズムの解明に向けた研究が進められていますが、その定量化は難しいとされています。植物プランクトン、海草、大型藻類、マングローブなど光合成生産の出発点となる植物、有機物の堆積や外洋への流出、大気と海洋でのCO2の交換速度などプロセスは非常に複雑で、海域によっても異なります。この複雑さが、ブルーカーボンのCO2貯留量を正確に定量し、それを「クレジット」として認めることを難しくしています。最終的には、科学的な根拠に基づいて、自国や自社に不利にならない制度を提案し、それを公的なものに持っていくという戦略が求められています。
産総研の取り組み
産総研では、沿岸ブルーカーボン生態系を創出する目的で、鉄鋼産業からの副生物と浚渫土を利用して新たにアマモ場を作るという研究を行っています。
産学官連携の取り組みとしては、2023年12月よりENEOS株式会社等と連携して「産官学連携による大規模ブルーカーボン創出の検討」に参加しています。四方を海に囲まれ、領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせた面積及び海岸線の長さがいずれも世界第6位となる日本では、ブルーカーボンは多くの企業が取り組める可能性のある技術だと言えるでしょう。
産総研は、海底下へのCO2貯留や海底エネルギー・鉱物資源の開発といった海洋の産業利用について、海洋環境への影響の予測や評価にかかわる技術の開発に取り組んできました。海洋へのCO2貯留を大規模に加速するブルーカーボン技術についても、自然のプロセスを利用するとはいえ、海洋環境や生態系への影響を適切に評価する必要があります。産総研はその信頼性の向上に向けた取り組みを続けていきます。