宇宙用太陽電池を街中へ
宇宙用太陽電池を街中へ
2022/09/14
宇宙用太陽電池を街中へCO2削減目標達成に不可欠な超高効率太陽電池
搭載した太陽電池による発電だけで、1日50 km走行できる電気自動車。これは夢でも、遠い未来の話でもありません。2030年までの目標です。宇宙用の超高効率な太陽電池を、地上で使えるようにするための研究開発は、すでに大量生産に向けた装置開発のフェーズまで進んでいます。
世界一高効率なⅢ-Ⅴ族化合物太陽電池
再生可能エネルギーの代表として地位を確立した太陽光発電。日本各地でメガソーラー施設をみかけることも珍しくなくなりました。一方で設置可能な土地には限りがあります。日本のエネルギー政策において、太陽電池の変換効率向上と低コスト化の両立は重要な鍵となっています。
現在、世界で最も効率よく太陽光を電気エネルギーに変えられるのは、Ⅲ-Ⅴ族化合物材料を用いた多接合太陽電池です。Ⅲ-Ⅴ族化合物とは、ガリウム(Ga)、インジウム(In)、アルミニウム(Al)などのⅢ族元素と、リン(P)、ヒ素(As)などのV族元素からなる化合物のこと。“多接合太陽電池”とは、吸収波長の異なる材料(セル)を垂直につなぎ合わせ、太陽光の広範囲な波長を有効利用できるようにした太陽電池です。
ただし、超高効率であっても非常に高価なため、今までの用途は人工衛星など、太陽電池の設置面積を減らして積載重量をできるだけ軽くし、効率よくエネルギーを得ることが必要な宇宙での利用に限られ、残念ながら私たちの身の回りでは使われていません。そこで産総研は、宇宙で使われているような高効率の太陽電池を低コストで地上でも使えるようにする技術開発を行うことで、広く普及できるものにしようと挑戦しています。
世界初、HVPE法でアルミ系材料を成膜
地上で使えるようにするにはどうすればいいのか、多接合太陽電池研究チームの菅谷武芳に聞きました。
「現行の宇宙用太陽電池のコストは1 W当たり約7,000円ですが、私たちの目標はそれを約200円まで下げることです。コストを下げつつ高効率化を達成しなければなりません。コスト高の主な要因は大きく2つ。太陽電池を作る工程の一つの結晶成長を高速に行う手法が確立していないことと、結晶を成長させる基点になるガリウムヒ素(GaAs)基板が再利用できないことです。そのうち結晶成長について、従来よりも1/10の価格の材料で高速に成膜できるという試算があったハイドライド気相成長(HVPE)法という成膜技術に取り組んだのですが、技術的に大きな課題がありました」
菅谷の言う技術的な大きな課題、それは、HVPE法では太陽電池の高性能化に欠かせないアルミ系材料を成膜できないことでした。これまで誰も試してこなかったHVPE法による高品質アルミ系材料の太陽電池導入。この課題に挑んだのが、研究員の庄司靖です。
「金属塩化物を利用して結晶成長させるHVPE装置でアルミ系材料を使うと、一塩化アルミニウム(AlCl)が発生し、装置に使われている石英と反応して装置自体を損傷したり、成膜層に不純物が混入します。理論上は、反応温度を低くすれば石英との反応性が低い三塩化アルミニウム(AlCl3)が発生するため、そうした問題は起きなくなります。さらに、アルミ系材料の成膜が高速にできると、もうひとつの高コスト要因となっているGaAs基板の再利用技術にも使えることが予想できていました。そうは言っても、本当に実現できるのか、本当に装置が壊れないか、恐る恐る実験に着手しました。今後、HVPE装置で太陽電池を作れるかどうかがこの実験にかかっていたので、絶対に成功してブレイクスルーを起こそうという気持ちで臨みました」
その結果、HVPE法で高品質なアルミ系材料を成膜し、太陽電池に導入することに世界で初めて成功(2020/10/15 プレスリリース記事)。低コストで高性能化することができ、HVPE法を用いた太陽電池での世界最高効率を達成しました。高性能で小さく軽い太陽電池を低コストで作れる可能性を示せたことで、長距離移動可能な車載搭載太陽電池の開発を目指せるようになったのです。
スマートスタックで理想的な多接合を実現
コスト削減とともに重要なのがさらなる高効率化の達成です。そのために産総研オリジナルの接合技術「スマートスタック」の進化にも菅谷たちは取り組んでいます。
「スマートスタックは、複数の太陽電池セルの接合界面にパラジウムナノ粒子を配列させ、電気的・光学的にほぼ損失なく接合する技術です。重ねる種類を増やせば変換効率を上げやすくなりますが、実用化を考えると3接合が現実的なラインでしょう。トップセルはInGaP、ミドルセルはGaAsでほぼ固まっていますが、ボトムセルはいろいろ候補があり、私たちが一番有望だと考えているのが薄くて高性能な銅(Cu)・インジウム(In)・ガリウム(Ga)・セレン(Se)を原料とするCIGS系太陽電池です。CIGS系は表面の微小な凹凸が大きいため接合が困難でしたが、スマートスタックで接合することができました。この現時点でベストと考えられる3接合太陽電池を作製し、CIGSをボトムセルとした場合の世界最高変換効率28.1 %を記録。目標となる30 %台がみえてきました」
ユーザーの8割が充電レスで走れる夢の電気自動車
研究は現在、量産化に向けたHVPE装置の開発へと進んでいます。この、軽くて超高効率な太陽電池の大量生産が実現したら、どのような未来が訪れるのでしょう?
「まずは、成層圏を飛ぶ通信用の無人飛行機に搭載します。いわば“空飛ぶ通信基地局”です。これに太陽電池でエネルギーを供給し、災害時にも途絶えない安定的な通信の実現に貢献することが期待されます。
最終目標は、自動車に搭載することです。変換効率35 %を達成すれば、わずか面積3 m2の太陽電池を自動車に搭載することで、国内の約8割の自動車ユーザーが充電せずに1日走行できるようになると試算されています。2030年に市場に投入し、2050年には全ての電気自動車に搭載することを目指しています。
無人飛行機や車載用太陽電池の普及が進み市場が拡大することで、低価格化も実現できると見込んでいます。価格が安くなれば、例えばビルの壁面に張る、工場などの軽い屋根に載せるなど、別の用途にも広げていける可能性があります」
ゼロエミッション社会の実現に貢献する低コスト・超高効率の太陽電池。実用化への確かな道筋が見えた今、社会実装に向けて着々と研究が進んでいます。
本記事は2021年9月発行の「産総研レポート2021」より転載しています。産総研:出版物 産総研レポート (aist.go.jp)
エネルギー・環境領域
ゼロエミッション国際共同
研究センター
多接合太陽電池研究チーム
研究チーム長
菅谷 武芳
Sugaya Takeyoshi
エネルギー・環境領域
ゼロエミッション国際共同
研究センター
多接合太陽電池研究チーム
研究員
庄司 靖
Shoji Yasushi
産総研
エネルギー・環境領域
ゼロエミッション国際共同研究センター