水分・CO2・熱の吸着・放出を安価に実現
水分・CO2・熱の吸着・放出を安価に実現
2019/07/31
水分・CO2・熱の吸着・放出を安価に実現 鉱物生まれの高性能吸放湿材「ハスクレイ」
高い吸湿性能をもち、低温での機能再生が可能、繰り返し使える「ハスクレイ」。空調用吸湿材として開発されたが、低コストで省エネ効果が高いことから、現在は農業用ハウス内のCO2回収・施用システムや熱供給システムとして新たな活用が進んでいる。
多孔質材料で省エネルギーに貢献したい
1996年、名古屋工業技術研究所(現産総研中部センター)の若手研究者だった鈴木正哉は、「太陽熱から氷をつくる」という技術の存在を知って大きな衝撃を受けた。容器内の水を多孔質材に吸着させていくと、気化熱によって水の熱が奪われて冷却され、最終的には氷になる——という技術である。
当時、鉱物の性質に関する研究を行っていた鈴木は、太陽のエネルギーで水を冷却できるこの技術に感動し、自分も省エネルギーに有効な技術をつくりたい、という強い思いを抱くようになった。
「そこで使われていたのは、ゼオライトという天然に存在する多孔質の鉱物でした。であれば鉱物研究者である自分も多孔質材料で省エネルギーに貢献できるはずだ。そして、できればそれをライフワークにしたい。そう思ったのです」
その決意通り、鈴木は今も省エネルギーに貢献するための材料開発を続けている。
鈴木の注目したゼオライトには、吸湿した後に熱で温めて乾燥させることで吸湿機能が再生するという性質があり、何度でも繰り返し使うことができる。ただし、ゼオライトを再生するには200 ℃以上という高温で加熱する必要があり、そこが課題となっていた。できるだけ低温で加熱再生できれば使用するエネルギーが少なくて済むことはいうまでもない。1990年代後半以降、さまざまなメーカーが低温再生型の吸湿材料の合成にしのぎを削った。
産総研も、鉱物資源をもとにさまざまな多孔質材料の利用と合成を試みていた。そしてそこから生まれた成果の一つが、アロフェンという天然素材を用いた調湿タイルだ。室内の湿度が高くなると湿気を吸収し、湿度が低くなると自動的に放湿する画期的なタイルは、調湿建材 「エコカラット」として株式会社LIXIL(発売当時は株式会社INAX)から製品化されている。
空調用吸湿に最適な材料を探す
その頃、鈴木が研究していたのはアロフェンと似た性質を持つイモゴライトという鉱物だった。火山灰土壌に存在するナノチューブ状のケイ酸塩であるイモゴライトは、湿度90 %という高湿な場では自重の2倍もの水分を吸着できる。鈴木はこれがデシカント空調の吸湿部材(デシカントローター)に使えるのではないかと考えた。
デシカントというのは乾燥剤のことで、エアコンで空気を冷却する前に吸湿部材が空気中の水蒸気を吸い取る。冷やす前に空気を乾燥させるので、一般のエアコンに比べて冷却に使うエネルギーが抑えられる。家庭用エアコンはもちろん、産業分野でも、工業をはじめとして湿気を嫌うところは多く、吸湿材の高機能化は社会から求められていた。
しかしながらイモゴライトは天然で産出する量が限られているため、吸湿材として実用化するには大量に合成する技術が不可欠である。鈴木は大量生産技術の開発に取り組んだが、どうしても収量は上がらず、結局、生産量もコストも実用化レベルにすることはできなかった。
「どんなに性能が興味深くても、実験室レベルに留まっていて、実用化できないのでは意味がありません。やるべきことは、大量生産が可能で、コスト的に見合い、事業化につながる材料の開発ではないだろうか。そう結論し、医療分野以外のイモゴライトの研究を終え、別の材料を探す決断をしました」
2005年のことだった。
ハスクレイの誕生
イモゴライトの研究を踏まえ、新たな材料の探索にあたっては「豊富で安価な原料でつくれるもの」を前提とした開発を行うことにした。生産コストの目標は、吸湿材として広く流通しているシリカゲルと、高品質だが1 kgあたり1,000~2,000円と高価なゼオライトの間の価格で販売できることだ。
一方、性能面では、湿度60 %における水蒸気吸着量が100 ℃での乾燥重量を基準にして30 wt%(重量パーセント)を超え、かつ、幅広い湿度で吸放湿できるような性質をもっているものとなることを目指した。
多様な物質を検討しては合成し、評価を繰り返すこと2年。鈴木はとうとう性能・コストともに条件を満たす物質を発見した。ケイ酸水溶液とアルミニウム水溶液によって形成される、10 nmほどの粒状体である。鈴木はこの物質を「ハスクレイ(HASClay)」と名付けた。ハスクレイの名は、この物質が非晶質な水酸化アルミニウムケイ酸塩(HAS:Hydroxyl Aluminum Silicate)と粘土(Clay)の複合体だと考えられることに由来する。
「ハスクレイの水分吸着量は、湿度60%における吸着量が45 wt%と目標を大きく上回り、オムツなどで用いられるポリアクリル酸塩などの高分子吸着材並みに優れた性能を示しました。しかも高分子吸着材の場合、水分を100 %吸着すると再生することはできませんが、ハスクレイならどんなに水分を吸っても60~80 ℃という低温の熱源であたためるだけで大部分が放出され、繰り返し使うことが可能です。とても有望な材料だと思いました」
ビニールハウス内のCO2を常温・非加熱で回収し再利用
ハスクレイは水分だけではなく、二酸化炭素(CO2)も吸着できる。約10年前、その性質に注目して鈴木に相談を持ちかけたのが奈良県農業総合センター(現奈良県農業研究開発センター)だった。これをきっかけに、鈴木は農業分野でのハスクレイの活用に力を入れることになる。
一般に、農作物の収量とCO2の濃度には密接な関係がある。大気中のCO2濃度は400 ppm程度だが、これを1000~1200 ppmに増加させると光合成が促進され、例えばイチゴの場合、収量が約3割も増加するのだ。そのためビニールハウスで作物を栽培するときには、日中、CO2ボンベやボイラーを使用して、ハウス内にCO2を供給していることが多い。しかしCO2ボンベはコストが高く、またボイラーを使用する方法では、ボイラー燃焼によりハウス内の温度が上がりすぎてしまうため、ハウスの上部を開けて熱を逃がさなければならず、せっかく供給したCO2もある程度の量が熱と同時に逃げてしまう。効率が悪い方法だが、農業の現場では、必要に迫られ一定のロスに目をつぶってでも行わなければならない現実があった。
「さらに、気温が下がる夜間には、ハウス内の温度を維持するためにヒーターで加温することになります。昼はCO2のために、夜は加温のためにボイラーを使うので、燃料代の負担は農家に重くのしかかってきます。奈良県農業総合センターからの相談は、高性能な吸着材を用いて、燃料コストとCO2の排出量をともに削減できるシステムができないだろうか、ということでした」
検討したのは、夜間の暖房で排出されたCO2を吸着材に吸着させて回収し、これを昼間に放出して、ハウス内のCO2濃度を高める、というシステムだ。
「このとき、CO2を放出するためのさらなる追加熱源を必要としないシステムにしたかったので、CO2の濃度差を利用し、外気を送るだけでCO2を放出できるような仕組みをつくりました」
真空ポンプやヒーターは使わず、常圧・非加熱でいつでも運用できる、低エネルギーかつ高効率なシステムが完成した。
「現在ハウス栽培に使われている燃料の量は、私たちの想像以上に膨大です。例えば、野菜の中で最もビニールハウス栽培における収穫量の多いトマトでは、全国で延べ2,000 haを超えるハウスで燃料を使って栽培が行われています。そしてこれに年間21万 kLもの重油が使われているのです。これは石油コンビナートのタンク2つ分に相当し、CO2排出量は60万 tにも達します。吸着材を使ったCO2回収・再利用装置が広く使われるようになれば、燃料とCO2の削減に貢献できることは間違いないと思います」
大規模熱利用システムへ発展
ビニールハウスの中では水分のコントロールも課題となる。夜のハウス内は非常に湿度が高く、100 %となることがほとんどである。だが野菜は水滴がつくと傷みやすくなるし、病気にもかかりやすくなる、高湿すぎるのはあまりよいことではない。
「ハスクレイは吸湿・放湿が得意なので、もちろん余分な水分を吸い取るのに活用できます。しかし私は、ハスクレイが水分を吸着するときに出る熱も用いることで、省エネルギーな熱供給システムとして構築できたらもっとよいのではないか、と考えました」
例えば、夜間、ビニールハウスの中は温度が10~15 ℃、湿度が90 %になるとしよう。ハスクレイに水蒸気を吸着させることで、ハウス内の湿度を75 %程度にまで低下させる。同時に、そのときに発生する吸着熱によって空気を温め、40~50 ℃の温風として排出すれば、ハウス内の暖房に用いることができる。鈴木はそう考えたのだ。
そして、朝になったら外気を導入する。外気が湿度30 %、温度が25~30 ℃である場合、ハスクレイに貯められた水蒸気はその暖気に温められて放出される。すると今度は、蒸発するときの気化熱によって15~20 ℃の冷風が出てくる、というわけである。ハスクレイによって水とCO2を循環させ、加温・冷却、除湿・加湿、それにCO2の吸収と供給を実現する、多くのニーズを同時に満たす省エネシステムである。
このシステムをビニールハウスに導入し、温度が一定未満になると自動的に作動する加温機が何回稼働するか実験を行ったところ、システムを導入しないハウスでは1日13回稼働したが、システムを導入したハウスでは1日8回の稼働にとどまる、という結果になった。細かい条件などのデータは2019年秋以降からとり始めるが、加温機の稼働を3割程度は減らせると見込まれている。つまり、補助暖房として用いるだけでも、夜間の暖房に使う燃料がかなり削減できると予測できる。
このような吸湿・放湿と加熱・冷却を組み合わせた省エネルギーの熱利用システムは、一般の家庭やオフィスでのニーズも高く、応用が期待される。
鈴木が農業に力を入れるのは、一つに、農業分野がこの技術を切実に必要としていることがある。燃料コスト負担の問題はもちろん、湿度そのものがもたらす問題も深刻だからだ。例えば、スイートピーなどは花びらに水滴がつくとシミができ、商品にならなくなってしまうため、輸送時の箱の中を常に低湿に保っている必要があるという。イチゴ栽培などでも湿度が高いとカビが生えやすく、やはり湿度のコントロールは不可欠だ。
「農業は、1日でも暖房が止まると作物がダメになってしまう、継続性がなによりも重視される世界です。出荷するまでに数カ月かかり、失敗したらまた明日からやり直そうというわけにもいきません。私は農業の大変さに触れ、安価で安定的なシステムをつくることで貢献したいと思っているのです」
水蒸気もCO2も熱も吸着できるハスクレイは、農業だけでなく、鉄鋼・セメント業界をはじめ、多くの業界から注目されている。また、これまで未利用だった工場などの低温排熱を回収・貯蔵し、別の場所でその熱を放出して生産プロセスなどの熱源として使用するという、大規模な熱利用システムの実証実験も始まっている。
「水蒸気やCO2を吸着でき、低温で再生できるハスクレイを使うことで、環境に負荷を与えず、さまざまなことが実現できます。皆さんの抱える課題の解決に、ぜひハスクレイをご検討ください。ゼオライトやシリカゲルなど、さまざまな材料も組み合わせて、よりよいものを作れると考えています」
省エネルギー、省資源や環境配慮は地球規模の緊急課題だ。鈴木は産業界と協力して、ハスクレイ活用の場を大きく拡げていくことを熱望している。
地質調査総合センター
地圏資源環境研究部門
地圏化学研究グループ
研究グループ長
鈴木 正哉
Suzuki Masaya
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産総研
地質調査総合センター
地圏資源環境研究部門