産総研マガジンは、企業、大学、研究機関などの皆さまと産総研をつなぎ、 時代を切り拓く先端情報を紹介するコミュニケーション・マガジンです。

環境DNAとは?

環境DNAとは?

2025/03/12

#話題の〇〇を解説

環境DNA

とは?

―ネイチャーポジティブを支える解析技術―

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    環境DNAとは?

    環境DNAとは、水や土壌、空気などの環境サンプルに存在するDNAのことです。生物は種によって異なるDNAの配列を持っているので、DNA配列を調べることで生物の種類を特定できます。その場所に生息する多種多様な生物の体からはがれ落ちた細胞や組織由来のDNAを調べることで、その場所にどの生物種がいるのかを把握できます。

    ある地域にどんな生物がどれくらい生息しているのかを調べるために、通常は実際に生物を採集・観察したり、微生物であれば顕微鏡で探したりします。しかし、これらの調査方法では手間と時間がかかってしまいます。一方で、環境DNAを調べれば大きな労力をかけることなく、ある生物が存在しているかどうかがわかります。短時間で多種多様な生物種を把握できるため、生物多様性を評価するためのツールとしても活用されようとしています。「環境DNA」やその解析技術について、地質情報研究部門海洋環境地質研究グループの井口亮主任研究員に聞きました。

    Contents

    環境DNAとは?

     私たち人間からは常に皮膚や毛髪など由来の細胞がはがれ落ちています。同様に多くの生物も細胞や組織片を環境中に落としています。こうした、生物のさまざまな細胞や組織片由来のDNAが水や土壌、空気などの環境サンプルに含まれているDNAを環境DNAと呼びます。

     たとえば、湖や海の水には、そのエリアに生息する多種多様な魚類などの細胞や組織片が漂っています。採水して環境DNAを抽出し、DNA配列を調べます。この結果を、DNA情報データベースと照合することで、抽出した環境DNAの持ち主である生物の種類を明らかにすることができます。

    環境DNA解析の流れ
    環境DNA解析の流れ

     環境DNAの利点は、生物を直接採集したり観察したりしなくても、その生物の存在の有無や、場合によってはおおまかな生物量も把握できることです。海洋にどのような生物がいるか知りたい場合、通常なら網などで採集したり、実際に海に潜って観察したりする必要があります。しかし、環境DNAのサンプルを得るには、水を採取するだけで済み、照合して調べるDNA情報のデータベースさえ充実していれば多様な生物を調べることができます。

     環境DNAから生物種を調べるというアイデアは2008年ごろから急速に広まり、近年では生物多様性の評価ツールとして最先端かつ強力な手法として注目されています。

    生物多様性の評価と企業活動への影響

     現代の企業活動において、生物多様性への影響を考慮することは避けて通れない課題となっています。

     気候変動対策の一つとしてカーボンニュートラルに取り組む企業が増えていますが、その理由はTCFD*1という国際的なタスクフォースが、財務に影響のある気候関連情報の開示を推奨しているからです。TCFDの生物多様性バージョンがTNFD*2であり、地域特性に応じて自然関連の情報を開示することが推奨されています。すでに日本でも世界最多の約130社が開示に取り組むことを表明しています。

     日本の企業では、統合報告書やサステナビリティレポートの中で、2022年ごろから環境DNAを分析して生物多様性を調べて開示するところが現れ始めています。今後、自然関連財務情報の開示に取り組む企業はもっと増えるでしょう。企業活動が生物多様性の増減にどう影響するかを評価するためには、まずは現在の生物多様性を把握する「環境ベースライン調査」を進めていく必要があります。

     企業活動の影響が、生物多様性へおよんでいる例としては、化学物質メーカーの事例があげられます。海外では生物多様性への影響を考慮して、ビーチで日焼け止めを使うことを禁止するところが出てきています。日焼け止めのような化学物質を扱うメーカーにとって、生物多様性への影響を評価するツールとして環境DNA解析は活用できる可能性があります。また、自然の魅力を打ち出している観光産業においても、生物多様性や貴重な生物種の評価のために環境DNA解析は有用な手段となるでしょう。

     こういった企業活動の持続的な成長と環境保全とを両立させようとするアプローチは「ネイチャーポジティブ」と呼ばれ、近年注目が集まっています。

    環境DNAの課題と将来

    環境DNAの課題

     環境DNAを解析する際には、DNA情報をまとめたデータベースと照合して生物種を特定します。DNA情報データベースの充実が、技術普及の鍵になります。また、DNA解析には生物の種類や分類群ごとに異なる「プライマー」が必要なことも課題です。魚類では、多くの種類の魚のDNAを検出することができるプライマーのセットがあり、魚類のDNA情報データベースも充実しています。ほかの生物種においてもプライマー開発やDNA情報データベースの拡充が課題となるでしょう。また、環境DNA解析で検出された絶滅危惧種の乱獲や密猟を防ぐため、生息地などの情報は慎重に取り扱う必要があります。

    高効率な生物多様性の環境ベースライン調査

     産総研の環境調和型産業技術研究ラボ(以下、E-code)では生物多様性の評価のための環境DNA解析に取り組んでいます。特に生物多様性が豊富な沖縄に注目して、環境DNAを解析したときには、沖縄南部24地点の採水をわずか3日で終えることができ、魚類を中心に約700種類の生物種の存在を明らかにしました。この効率の良さとスピードが環境DNA解析の強みです。環境DNA解析は、微生物解析にも使われています。微生物は環境変化に鋭敏なので、微生物集団(マイクロバイオーム)から環境の状況や変化を推定することも期待できます。(産総研マガジン「マイクロバイオームとは?」

    環境DNAの将来

     環境DNA解析はまだ新しい技術で、現在も進歩を続けています。生物種の存在の有無が調べられるだけでなく、たとえばある特定の生物種内の遺伝的多様性・地域間のつながりの評価や、堆積物中から環境DNAを解析して、過去の生物多様性を推定ができるようになると期待されています。また、環境DNA解析は文字どおりDNAを解析しますが、これを応用して環境中のRNAを解析する試みもあります。環境中のRNAはDNAよりも分解される速度が速いことから、RNAを解析することで、生物が置かれている環境をよりリアルタイムに近い状態で把握できるようになるでしょう。また、環境RNAは生物のストレス状態の評価にも使える可能性もあります。

     産総研は、環境DNA解析技術の実用化を進めていきます。ご関心のある方はぜひお問い合わせください。


    *1: Task Force on Climate-related Financial Disclosures、TCFDのこと。関連する取組みについての、経済産業省のウェブサイトはこちら[参照元へ戻る]
    *2: Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、TNFDのこと。関連する取組みについての、環境省のウェブサイトはこちら[参照元へ戻る]

    この記事へのリアクション

    •  

    •  

    •  

    この記事をシェア

    • Xでシェア
    • facebookでシェア
    • LINEでシェア

    掲載記事・産総研との連携・紹介技術・研究成果などにご興味をお持ちの方へ

    産総研マガジンでご紹介している事例や成果、トピックスは、産総研で行われている研究や連携成果の一部です。
    掲載記事に関するお問い合わせのほか、産総研の研究内容・技術サポート・連携・コラボレーションなどに興味をお持ちの方は、
    お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。

    国立研究開発法人産業技術総合研究所

    Copyright © National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST)
    (Japan Corporate Number 7010005005425). All rights reserved.