オルガノイドとは?
オルガノイドとは?

2025/03/05
オルガノイド
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
オルガノイドとは?
オルガノイドとは、ES細胞やiPS細胞のような幹細胞を培養して作る、臓器や組織を模した極小立体構造物です。「ミニ臓器」や「ミニチュア臓器」と呼ばれることもあり、脳や肺、小腸、乳腺など、さまざまな臓器や組織のオルガノイドがあります。オルガノイドを使うことで、人体では直接研究できないことでも調べることができ、病気の仕組みの解明や治療薬の開発に貢献できると期待されています。
オルガノイドは細胞を立体的に培養したもので、小さいながらも構造や機能は人体の臓器や組織によく似ています。オルガノイドは臓器との類似性を生かし、実際の人体では直接調べることのできないようなことも研究することができるため、医療や創薬の発展が期待されています。オルガノイドの特徴や作製方法、応用例、今後の展開について、細胞分子工学研究部門AIST-INDIA機能性資源連携研究室の平野和己主任研究員と、細胞分子工学研究部門多細胞システム制御研究グループの小高陽樹主任研究員に聞きました。
オルガノイドとは
オルガノイドとは「臓器のようなもの」
オルガノイドとは、実際の臓器や組織に似た構造や機能をもつ細胞の集合体です。胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)といった多様な種類の細胞に分化する能力を持つ細胞を一定の条件で培養すると、複数の種類の細胞に変化します。それらの細胞が相互作用しながら自発的に集まると、あたかも実際の臓器や組織のような構造や機能をもつようになります。これがオルガノイドです。
脳オルガノイド
オルガノイド(organoid)は、英語で「臓器」を意味するorganと、「似ている、ようなもの」を意味する-oidを組み合わせた言葉で、「臓器のようなもの」という意味が含まれています。実際の臓器よりもはるかに小さいため、オルガノイドは「ミニ臓器」や「ミニチュア臓器」と呼ばれることもあります。
オルガノイド研究が最近になって注目され、発展している理由には、iPS細胞の発見が大きいでしょう。特に、遺伝子疾患の患者から作製したiPS細胞は遺伝子変異をもっているため、オルガノイドから疾患メカニズムに迫ることができるというわけです。
オルガノイドの作製方法
オルガノイドを作る方法にはいくつかありますが、ほとんどの場合、幹細胞の3次元培養を行うことが大きなポイントとなります。通常の細胞培養といえばシャーレ上で2次元的に細胞を増やしますが、オルガノイドの作製ではフラスコの中で細胞を緩やかに回転させながら培養します。こうして立体的な構造をもち、複数種類の細胞からなるオルガノイドを作ることができます。
3次元培養の様子。オルガノイドの入った培養プレートを、CO2インキュベーター内のシェーカーで撹拌しながら培養する
最初は大きさ100 µm程度の数千個の細胞から培養を始めますが、最終的には1~2カ月ほどでミリメートル単位の大きさになるまで細胞が分裂・成長します。例えば、私たちが研究している脳のオルガノイドの場合、数カ月培養すると神経細胞同士がつながり、神経活動が起きて神経ネットワークを形成します。
なお、オルガノイドを無尽蔵に大きくできるわけではありません。オルガノイドには実際の臓器のように心臓や肺の機能がないので、大きくなりすぎると中心部分に酸素や栄養が行き届かなくなり、内部から細胞が死んでしまうからです。私たちの身体では、酸素や栄養を届けるための血管が張り巡らされており、ここがオルガノイドとの大きな違いになります。そこで、オルガノイドに血管を伸ばしたり、工学的にチューブのようなものを入れたりする研究もあります。
オルガノイドの応用例
人体で直接研究できないことを研究できる
オルガノイドは、構造や機能が生体内にある実際の臓器や組織に似ているため、ヒトにおけるさまざまな生命現象を解明するための強力なツールとして使われています。
例えば脳の場合、ヒトで直接観察することはほぼ不可能です。マウスから得られる研究成果も多くありますが、マウス研究の成果がそのままヒトに応用できるとは限りません。ヒトの細胞を使った脳オルガノイドを調べることで、どうやってヒトの脳ができあがるのか、脳や神経系が変性して引き起こされる疾患がどのようにして起きるのか、より深く理解できます。
オルガノイドを使った研究には発生学や生理学、人類進化学、感染症・遺伝性疾患モデルの解明、さらにはバイオコンピュータの開発などがあります。その例を少しだけご紹介します。
ネアンデルタール人の脳を再現
ネアンデルタール人は約4万年前に絶滅しましたが、彼らと現生人類との間でどのような遺伝的差異があり、例えば脳機能にどのような違いがあるのか、関心がもたれています。
海外の研究*1では、ネアンデルタール人に特有の遺伝子をゲノム編集によって現在のヒトのiPS細胞で再現し、そこから脳オルガノイドを作ることでネアンデルタール人の脳の神経活性を調べようとしています。この研究から、現在のヒトに至るまでの脳の進化に関する手がかりが得られると期待できます。
ジカウイルスが小頭症を引き起こす仕組みの解明
蚊が媒介する感染症ウイルスの一つにジカウイルスがあります。ジカウイルスに妊婦が感染すると、胎児に小頭症という頭部が小さくなる先天性疾患のリスクが高まることが知られています。
脳オルガノイドにジカウイルスを感染させた研究*2では、脳オルガノイドのサイズが小さくなるという再現が得られ、さらにジカウイルスが神経幹細胞に感染して結果的に神経細胞の数が減ることもわかりました。このように、実際の脳で実験が難しいことも、オルガノイドを使って研究できるのが強みといえます。
計算するオルガノイド・インテリジェンス
脳は、わずかなエネルギーで高度な情報処理ができます。そこで、脳オルガノイドを計算資源として用いる「オルガノイド・インテリジェンス」の研究*3もあります。
他にも、薬の候補を探すためのスクリーニング、薬剤の安全性を確かめるための試験といった創薬研究、さらにはオルガノイドを直接移植する医療応用など、オルガノイド研究の分野は広がっています。
技術進歩に向けた取り組み
産総研における脳オルガノイド研究
私たちの取り組む脳オルガノイドを用いた研究の一つが創薬支援です。最近、早期のアルツハイマー病で症状の進行を抑える治療薬が登場しましたが、高額という課題があります。発症前からの予防治療という点では、より安価で日常的に摂取できる成分が望ましいはずです。そうした物質を、脳オルガノイドを用いて探そうとしています。
また、脳には神経細胞だけでなく、グリア細胞という種類の細胞も多くあります。中でもミクログリアという細胞は免疫を担当するのですが、神経幹細胞から作られるものではなく、胎児では血管を通じて脳の外部から運ばれてきます。つまり、脳オルガノイドには存在しない種類の細胞です。
私たちは、ミクログリアを脳オルガノイドに導入する技術を開発し、その特許を出願しています。ミクログリアは脳の発達に重要と考えられており、さらに炎症に関わります。そのため、ミクログリアをもつ脳オルガノイドを活用することで、脳のより正確な発達の解明や、神経変性疾患や脳梗塞、さらには慢性炎症による老化の理解にもつながると期待しています。
ミクログリア含有脳オルガノイドの免疫蛍光染色画像
(緑:細胞核、赤:TUJ1(神経細胞)、ピンク:IBA1(ミクログリア))
今後の展望
オルガノイドは遺伝性疾患やがんなどさまざまな疾患を再現できます。オルガノイドを疾患モデルとして活用することで、創薬に結びつくことが今後増えると考えています。
脳については、記憶力や認知機能の向上、ストレス軽減作用がある「ヌートロピック」とよばれる物質が注目されています。脳オルガノイドを用いて、健常者の脳の機能を高めるような物質の探索も行われるでしょう。
立体的なオルガノイドだからこそできる創薬やサプリメント開発に向けて、製薬企業だけでなく食品・飲料メーカーや素材メーカーなどからの相談が増えています。機能性成分が臓器や組織に与える影響についてより詳細に解析したいときにオルガノイドが十分に活用できると考えています。
*1: Cleber A. Trujillo et al., Reintroduction of the archaic variant of NOVA1 in cortical organoids alters neurodevelopment. Science 371, eaax2537 (2021). DOI: 10.1126/science.aax2537 https://www.science.org/doi/10.1126/science.aax2537 [参照元へ戻る]
*2: Jason Dang, Shashi Kant Tiwari, Gianluigi Lichinchi, Yue Qin, Veena S. Patil, Alexey M. Eroshkin, Tariq M. Rana, Zika Virus Depletes Neural Progenitors in Human Cerebral Organoids through Activation of the Innate Immune Receptor TLR3, Cell Stem Cell, Volume 19, Issue 2, 2016, Pages 258-265, ISSN 1934-5909, https://doi.org/10.1016/j.stem.2016.04.014. [参照元へ戻る]
*3: Cai, H., Ao, Z., Tian, C. et al. Brain organoid reservoir computing for artificial intelligence. Nat Electron 6, 1032–1039 (2023). https://doi.org/10.1038/s41928-023-01069-w. [参照元へ戻る]