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エピジェネティクスとは?

エピジェネティクスとは?

2024/08/28

#話題の〇〇を解説

エピジェネティクス

とは?

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    エピジェネティクスとは?

    エピジェネティクスとは、遺伝子を使うかどうかを制御するスイッチのオン・オフのしくみ、またはそのしくみに関する研究分野のことです。私たちの体は細胞が集まってできており、細胞には、その生物に必要な遺伝子がすべて含まれています。しかし、すべての細胞ですべての遺伝子が常に機能しているわけではありません。ある細胞で使っている遺伝子は、別の細胞では使っていないということがあります。こうした遺伝子を制御するしくみを知ることで、疾患の原因解明や治療応用につながります。

    エピジェネティクスの「エピ」はギリシャ語で「上」、「ジェネティクス」は英語で「遺伝学」を意味します。遺伝学が「遺伝子があるかどうか」に注目しているのに対して、エピジェネティクスは遺伝子があるという前提で次の段階の「遺伝子を使うかどうか」ということに着目しています。エピジェネティクスについて、身近な例から分子メカニズムや疾患との関係まで、バイオメディカル研究部門脳機能調節因子研究グループの波平昌一研究グループ長に聞きました。

    Contents

    エピジェネティクスの例

    三毛猫のエピジェネティクス

     身近なエピジェネティクスの例としてよく紹介されるのが、三毛猫です。三毛猫は、毛色が白、黒、茶色の3色がある猫です。この3色のうち、茶色をつくる遺伝子と黒をつくる遺伝子は、細胞の中のX染色体上にあります。メスにはX染色体が2本(XX)あり、三毛猫では片方のX染色体に茶色の遺伝子、もう片方のX染色体に黒の遺伝子があります。もし両方の遺伝子が機能したら、茶色と黒が混ざった濃い茶色の毛になってしまい、白と合わせて2色しかできません。

     実は、メスの細胞では、2本あるX染色体のうちどちらか一方だけが機能し、もう片方のX染色体は機能しないよう不活化されています。そのため、ある細胞では茶色の遺伝子だけが機能し、別の細胞では黒の遺伝子だけが機能するため、三毛猫になるのです。

     片方の遺伝子だけ機能し、もう片方の遺伝子が機能しない三毛猫は、遺伝子を使うかどうかのしくみであるエピジェネティクスの一例です。

    三毛猫の毛色の仕組みの図
    三毛猫の毛色の仕組み

    私たちの細胞の機能を決めるエピジェネティクス

     私たちの体は、神経細胞、白血球、腸の細胞など、見た目も機能も異なるさまざまな細胞が集まってできています。すべての細胞は受精卵が分裂してできたものであり、共通した遺伝子をもっています。どの細胞も、神経伝達物質をつくる遺伝子や、消化酵素をつくる遺伝子をもっています。

     しかし、皮膚の細胞で神経伝達物質がつくられず、神経細胞で消化酵素が存在しないのは、それぞれの細胞で使われている遺伝子と使われていない遺伝子があるからです。神経細胞では神経伝達物質をつくる遺伝子のスイッチがオンになっていて、消化酵素に関わる遺伝子のスイッチがオフになっているということです。エピジェネティクスによってどの遺伝子を使うかどうかが、細胞の種類ごとに制御されているのです。

     もし、エピジェネティクスによる制御がなく、あらゆる細胞ですべての遺伝子が機能するとしたら、白血球から消化酵素が分泌され、神経細胞が心臓のように拍動するなど、体が大混乱に陥ってしまうでしょう。

    エピジェネティクスの仕組み

     エピジェネティクスは遺伝子を使うかどうかを制御するスイッチのオン・オフのようなものと例えました。分子レベルでみると、エピジェネティクスのメカニズムはどのようになっているのでしょうか。

     DNAと聞いてイメージするものは、2重らせん構造だと思います。実際には、細胞の中でDNAはヒストンというタンパク質に巻き付いた状態となっています。そして、DNAやヒストンは、メチル基やアセチル基などによる化学修飾を受けます。メチル基との結合をメチル化、アセチル基との結合をアセチル化といいます。そして、メチル化やアセチル化を担う酵素がそれぞれメチル化酵素、アセチル化酵素です。

    ヒストン修飾の図
    DNAやヒストンにはメチル基やアセチル基などが結合している。これにより、遺伝子を使うかどうかが変わる。また、メチル基やアセチル基は酵素によって外れたり結合したりできるという柔軟性があり、この付け外しによって遺伝子を使う/使わないという状態をコントロールしている。
    図では遺伝子を使う状態が上で、ヒストンにアセチル基が結合してヒストン同士がまばらになることで、DNA上の遺伝情報が読み取りやすくなっている。反対に遺伝子を使わない状態が下で、アセチル基が外れることでヒストン同士が凝集し、DNA上の遺伝情報が読み取れなくなる。

     この化学修飾が、遺伝子という設計図における目印のような役割を果たします。目印をつけるだけなので、DNAの配列や遺伝子自体を変えずに、この目印があれば遺伝子を使う、違う目印があれば遺伝子を使わない、という使い分けができます。そのため、エピジェネティクスの厳密な定義は「遺伝子(DNA)の配列変化を伴わずに、子孫や、分裂後の細胞などに伝達される、その遺伝子機能の変化」とされています。DNAの修飾に関わるある酵素をつくれないマウスでは、胎児の段階で正しい体の形をつくることができません。受精卵からの体づくり、つまり胚発生の段階からエピジェネティクスは欠かせない現象です。

    エピジェネティクスと疾患

    生まれてからのエピジェネティクスと疾患

     エピジェネティクスが関係するのは発生だけではありません。むしろ、生まれた後、そして大人になってから病気と強く関係していることがわかってきました。がんや生活習慣病、精神疾患の中には遺伝子変異(DNAの配列変化)によって発症するものもありますが、遺伝子のスイッチのオン・オフであるエピジェネティクスの変化のほうが、疾患の発症に大きく関与していると考えられています。そして、エピジェネティクスの変化は環境の影響を強く受けます。

     エピジェネティクスにはメチル基やアセチル基などが関与しますが、これらは細胞の代謝によってつくられます。細胞が置かれている環境によって代謝状態が変わると、これら化学修飾基が生産される量が変わり、その結果エピジェネティクスの状態も変わる可能性があります。

     エピジェネティクスの状態に影響を与える環境要因には、食事や喫煙、飲酒、ストレスなどがあります。そのため、遺伝子が同じ一卵性双生児でも、エピジェネティクスの状態が同じであるとは限りません。ある論文では、3歳のときの一卵性双生児のエピジェネティクスの状態はかなり似ているのに、50歳になると大きく変わっていた、と報告されています。人生経験や生活習慣が、エピジェネティクスの状態を大きく変えるということです。

    治療薬とエピジェネティクス

     疾患の発症にエピジェネティクスが関わる一方で、エピジェネティクスの状態を変える治療薬もあります。てんかんや双極性障害に対するある治療薬は神経細胞の活動を抑えますが、ヒストン脱アセチル化酵素の機能を阻害してエピジェネティクスの状態を変える作用があることが近年わかってきました。こうした研究が進めば、より詳しい薬理作用がわかり、薬による副作用を軽減することにもつながると期待できます。

    エピジェネティクス研究の展望

     私たちは以前に、ヒストン脱メチル化酵素であるLSD1が神経細胞の発生に必要であることを発見しました。この作用はマウスの神経細胞では認められなかったことから、ヒト特異的な作用であることがわかります。このように、エピジェネティクス研究は脳の発達を理解したり、神経疾患治療に応用したりすることもできると期待しています。

     疾患の原因解明や診断、治療応用に向けては、今よりも効率よくエピジェネティクスの状態を調べる必要があります。そこで私たちは、エピジェネティクスの状態をより短時間、低労力で検出するための技術開発にも努めています。生化学的な手法だけでなく、産総研の情報・人間工学領域の研究者と共同で超解像度顕微鏡と人工知能を組み合わせ、未だかつて無い精度で迅速にエピジェネティクスの状態を捉える技術の開発にも取り組んでいます。

     今後は、エピジェネティクスに着目した診断技術を産学官連携しながら開発していきたいと考えています。また、何らかの機能性物質がエピジェネティクスに与える影響を調べたいというときにはぜひお声がけいただき、産総研の知見を活用していただきたいです。

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