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産総研マガジン:話題の〇〇を解説

計量トレーサビリティとは?

2024/05/15

#話題の〇〇を解説

計量トレーサビリティ

とは?

―正しく測るための国家計量標準にもとづく仕組み―

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    計量トレーサビリティとは?

    計量トレーサビリティとは、測定の基準となる「計量標準」を用いて計測器を校正することによって、その計測器を用いた測定結果が国家計量標準までさかのぼれることを言います。例えば質量を測定する場合、質量があらかじめわかっている「分銅」が計量標準です。国家計量標準の間の整合性は確認されているため、計量トレーサビリティが確保されていれば、どこでも、誰でも、どの計測器を使っても測定結果は一致するので、安心して計測器を使えるのです。

    経済がグローバル化し、製品、部品、サービスなどがあらゆる国から流れこみ、あらゆる国へ出ていく時代がやってきています。そういった経済活動をシームレスに実現するには、製品などの品質管理や性能評価のために実施する「測定」は、どこでも、誰でも、どの計測器を使っても、その計測器の性能に応じて一致する結果が得られなければなりません。これは当たり前のことではなく、世界的な協力関係と、各国の国家計量標準機関(日本では産総研 計量標準総合センター)での研究開発を基盤として実現されています。計量トレーサビリティは、この私たちが当たり前のように感じている状況を実現するための仕組みです。この計量トレーサビリティについて、計量標準総合センター 工学計測標準研究部門の首席研究員、倉本直樹に聞きました。

    Contents

    計量トレーサビリティとは

     質量測定はさまざまな分野で欠かすことできない評価技術です。その信頼性は、例えば、1キログラム分銅の質量を測定したとき、計測器の表示値が1キログラムからどれくらいずれているかを調べることなどによって評価できます。こういった「計量標準(分銅)」と「計測器」の目盛りの関係を明らかにする行為を「校正」といいます。

     では、校正に用いた1キログラム分銅の質量が本当に1キログラムかどうかは、どうやって確認したらよいのでしょうか。こういった心配をする必要がないよう、分銅の質量は、より正確な分銅を基準として校正されています。より正確な分銅はさらに正確な分銅を基準として校正されています。こういった校正の連鎖をさかのぼっていくと、各国の国家計量標準機関が開発・維持している質量の国家計量標準へとたどり着くのです。

     「計量トレーサビリティ」は、測定の結果がこのような校正の連鎖を介して、国家計量標準までさかのぼれる(トレーサブル)ことを意味する言葉です。こういった校正の連鎖にもとづく分銅を用いることで、計量トレーサビリティの確保された質量測定を実現することができます。もちろん、質量だけでなく、長さや時間、物質の濃度などにも、計量トレーサビリティを確保するための仕組み「計量トレーサビリティ制度」があります。(産総研マガジン「標準物質とは?」)

    国家計量標準を開発・管理する計量標準総合センター

     日本の質量の国家計量標準は、産総研の計量標準総合センター(NMIJ)が管理している「標準分銅群」です。標準分銅群は1ミリグラムから20キログラムまでのさまざまな質量の分銅から構成されており、それぞれの質量は国際単位系(SI)で定められたキログラムの定義にもとづき決定されています。

     この標準分銅群を基準にして、計量トレーサビリティ制度の校正事業者が持つ「標準分銅」を校正しています。さらに、この標準分銅を基準にして校正された分銅やはかりなどがユーザーに供給されています。ユーザーはこういった分銅やはかりを用いることで、計量トレーサビリティの確保された質量測定を実施することができるのです。

     なお、計量トレーサビリティを確保するためには、個々の校正の不確かさ*1が評価されている必要があります。不確かさは計測結果の信頼性を表す尺度であり、その評価は国際的に統一された方法で行います。

    日本国内の質量の計量トレーサビリティ体系図
    質量の国家計量標準「標準分銅群」を頂点とする、日本国内の質量の計量トレーサビリティ体系。

     計量トレーサビリティ制度は日本だけの制度ではありません。メートル条約*2加盟国の国家計量標準機関は、国際単位系(SI)に基づく国家計量標準を開発し、その国の計量トレーサビリティ制度の頂点としています。各国の国家計量標準の同等性は、一定期間ごとに国際比較によって確認されています。この仕組みによって、国が違っても同等の計測結果が得られるのです。(国際単位系(SI)についての詳しい解説はこちら

    質量の単位「キログラム」の歴史

     各国のトレーサビリティ制度の頂点となる国家計量標準は、それぞれの国の国家計量標準機関が、キログラムやメートルといった単位の国際的に定められた定義にもとづき開発します。より正確な測定を実現するために、測定に用いる単位の定義には各時代の最先端技術が用いられ、科学技術の進展とともに進化しています。

    キログラムの歴史
      キログラムの定義 定義を導いた研究開発・課題など
    18世紀以前   ・国や地方によってさまざまな単位が用いられ、情報の正確な共有やスムーズな貿易が困難であった
    18世紀末~ 水1リットルの質量 ・定義を導いた研究開発:ラボアジェらによる水の密度の高精度測定
    1889年~ 国際キログラム原器の質量 ・定義を導いた研究開発:当時の最先端冶金技術を用いた白金イリジウム合金製の分銅「国際キログラム原器」の製作
    1990年頃~   ・質量測定装置の高精度化が進み、国際キログラム原器の質量が変動している可能性のあることが報告された
    ・物理定数を用いてキログラムを定義するための研究開発が進展
    2011年   ・将来、国際キログラム原器を引退させ、原子の質量に関連する物理定数「プランク定数」にもとづく新しい定義に移行する方針が国際的に合意される
    2019年~ プランク定数 ・定義を導いた研究開発:NMIJなどの国家計量標準機関による最先端技術を用いたプランク定数測定

     ここでは単位の定義の進化の例としてキログラムを紹介します。

     キログラムの起源は18世紀末のフランスにさかのぼります。当時、多くの異なる質量の単位が使われており、正確な情報の共有やスムーズな商取引を阻害していました。この問題を根本的に解決すべく、国際的に統一された質量の単位を構築する提案がフランスで行われました。世界中の誰にとっても受け入れやすいよう、単位の基準としては水が選ばれました。フランス革命のさなか、化学者ラボアジェらが当時の科学技術を駆使して水の密度を測定し、水1リットルの質量としてキログラムは定義されました。ただし、測定上の利便性から、質量が水1リットルとほぼ等しい白金製の分銅「確定キログラム原器」が製作され、実質的な基準として用いられました。

     フランス国内で使われていたキログラムの利点がほかの国にも認められ、1889年からは国際的な質量の単位として使われるようになりました。そのときに新しい定義の基準になったのが、当時の最先端技術を駆使して作られた、白金とイリジウムの合金製の分銅「国際キログラム原器」です。つまり、世界に一つしかない、ある「分銅」の質量が厳密に1キログラムだったのです。

    キログラム原器の写真の写真
    「国際キログラム原器」の複製の一つ「日本国キログラム原器」。国の重要文化財です。産総研内の特別な金庫に収められています。詳しくはこちらの動画でも紹介しています「日本国キログラム原器の紹介

     国際キログラム原器はフランス・パリ郊外にある国際度量衡局で厳重に管理されていました。ところが、1990年頃に実施された調査の結果、表面の汚染などのため、この国際キログラム原器の質量が、非常にわずかですが、変動している可能性のあることがわかってきました。そこで、このころから分銅のようなモノではないものでキログラムを定義しようという提案が行われ始めました。新しい定義の候補となったのは、「アボガドロ定数」や「プランク定数」のような、世界中どこでも変わらず、時間とともに変化しない、普遍的な物理定数でした。ただし、当時、それらの物理定数の測定精度は、国際キログラム原器の質量の安定性より悪く、新たな定義の基準とするのには不十分でした。つまり、19世紀末につくられた分銅を、当時の最先端の測定技術が上回ることができなかったのです。

     そこで、NMIJを含むさまざまな国の国家計量標準機関が、それらの物理定数の精密測定にチャレンジしました。複数の国際研究協力によって徐々に測定精度が向上し、2011年には、将来キログラム原器を廃止しプランク定数を基準とする新たな定義に移行する方針が、国際的に合意されました。この合意をきっかけとして、さらに多くの国家計量標準機関がその国の威信をかけてプランク定数の精密測定に取り組みました。2017年までに非常に精度の高い8つのプランク定数の測定値が報告されました。そのうちのいくつかの精度は、国際キログラム原器の質量の安定性をしのぐものでした。これを受けて、2019年5月20日からはこの8つプランク定数の測定値から決定した「プランク定数の定義値」にもとづく新しいキログラムの定義が施行されています。(NMIJプランク定数にもとづくキログラムの新しい定義の解説ページ

     NMIJは定義改定にあたって採用された8つのプランク定数の測定値のうち、4つの測定に貢献しました。そのうち1つはNMIJがほぼ独立に測定したものです。科学の歴史に残る重要な値の決定に、日本の研究機関やその研究者の名前が今後も明確に残るかたちで貢献できたことは、日本の科学技術力が世界最高水準であることを裏付けます。また、新しい定義を活用した質量を正確に測定できる技術を広めていくことで、さまざまな分野で新しい技術開発が進展するでしょう。

    産総研NMIJが目指す計量標準の体系のイメージ図
    産総研NMIJが目指す計量標準体系のイメージ

    *1: 「不確かさ」
    1993年に導入された、測定結果の信頼性をあらわす比較的新しい指標です。同様の概念を表す言葉に「誤差」がありますが、誤差をどのように評価するかについては、国や技術分野によって異なるいくつかの考え方があり、混乱の原因となっていました。そこで、複数の国際機関が協力し、測定結果の信頼性の評価方法を国際的に統一するために、不確かさという指標およびその評価方法を新たに定めました。国際的に統一された方法で評価した不確かさを用いることで、例えば、どの国の、どのメーカーの計測器を使った測定結果同士でも、正しく比較できるのです。 [参照元へ戻る]
    *2: メートル条約
    メートル法にもとづく世界共通の単位系の確立とその国際的な普及を目的として、1875年5月20日に締結された国際条約です。この締結を記念して、5月20日はWorld Metrology Day(世界計量記念日)とされており、毎年、計量にかかる国際的なイベントが多数開催されます。この国際条約の事務局がフランス・パリ郊外にある国際度量衡局であり、国際キログラム原器の管理を行っています。日本は近代化にむけた取り組みの一環として、1885年(明治18年)にメートル条約に加盟しました。2024年5月現在、メートル条約加盟国は64カ国、準加盟国は36カ国です。(NMIJ解説ページ「メートル条約」) [参照元へ戻る]

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