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標準物質とは?

標準物質とは?

2024/05/08

#話題の〇〇を解説

標準物質

とは?

―成分分析の物差しとなる基準―

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    標準物質とは?

    標準物質とは「均質かつ安定で使用目的に適した物質」と定義され、いろいろな物質の成分を分析する分析装置を最初に設定するとき「このシグナルの大きさが、この成分の濃度」と決めるために使うものです。コレステロールやメタン、エタノールなどさまざまな物質ごとに濃度が定められています。日本では産総研の計量標準総合センターが担う国家計量標準機関が、各国で標準物質の開発と供給を行っています。

    例えば何かの長さを測るときには、1メートルの物差しを基準にして長さを測ります。同じように成分分析のときにも、成分ごとに物差しのような存在である「濃度が決定されている標準物質」と比較して分析したい成分の濃度を測定します。標準物質は厳密に濃度が値付けされており、さらに国際比較によってその値付け技術を世界で確認しあうことで、どの国で使っても正しく成分分析ができるようになっています。標準物質について計量標準総合センター標準物質認証管理室の朝海敏昭室長に話を聞きました。

    Contents

    標準物質とは

     企業や研究機関では、何かの成分を調べることが多くあります。身近なところでは、キッチンの蛇口につける浄水器の性能を評価するときに「浄水器を取り付けることでこの不純物がこれくらい除去できる」という性能表を見たことがあるかもしれません。最近では、健康被害が懸念される有機フッ素化合物(PFAS)が河川などから検出された、という報道を見聞きすることが増えてきました。ほかにも、血液中のコレステロールを調べる検査や、スポーツで禁止されている薬物を検出するドーピング検査も成分分析の一つです。(産総研マガジン「五輪直前!ドーピング違反を追及する“特命”部隊が結成されていた!」)

     こうした成分分析のときに必要なものが標準物質です。標準物質は、成分分析における「基準となる物質」です。長さを測るときの物差し、質量を測るときの分銅にあたるものです。何かの長さを知りたいとき、物差しなしで正確な長さを知ることはできません。質量も、手に取って正しく何キログラムと言い当てることは不可能です。成分分析も同様に、その成分の濃度を知るためには、「この成分はこの濃度である」とわかっている基準と照らし合わせる必要があります。その基準が標準物質です。

     標準物質は、それぞれの測定装置を校正するときに使います。また、新しい分析装置を製造したり導入したりするときには、この装置で正しく成分分析できるかという妥当性の確認にも標準物質が使われます。例えば、分析装置を最初に設定するとき「このシグナルの大きさが、この成分の濃度」と決めるのに標準物質が必要になります。*1さらに、装置の性能が高くても、それを扱う測定者が正しく操作しないと正確な成分分析はできません。測定者だけでなくそれぞれの試験機関での運用方法で、正しく成分分析できているかというチェックをするときにも標準物質を使います。

     何かを「はかる」とき、長さは光の速さを基準にして1メートル、質量はプランク定数という物理定数を基準にして1キログラムが定義されています。

     標準物質の場合は、標準物質の生産者(産総研など)がさまざまな手法を用いて物質ごとに正確な濃度を決定しています。例えば、産総研が配布しているエタノールは質量分率として1.000 kg/kg±0.001 kg/kgです。ほかにも、純粋な物質ではなく、複数の成分が混ざった状態となっている標準物質もあります。例を挙げると、食べ物のひじき中の化学成分の濃度が値付けされた標準物質があります。この「ひじき粉末」にはヒ素が24.4 mg/kg±0.7 mg/kg、カドミウムが1.25 mg/kg±0.04 mg/kg、マンガンが22.6 mg/kg±0.5 mg/kgなどが含まれています。その他にも、固体や液体だけでなく二酸化炭素やメタンといったガスの標準物質もあります。

    ひじき粉末の認証標準物質と、塩化ナトリウムの認証標準物質の写真
    ひじき粉末の認証標準物質と、塩化ナトリウムの認証標準物質。

    標準物質のトレーサビリティ

     長さを測るときの物差しや質量を測るときの分銅には計量トレーサビリティという制度があります。

     ある「計量器」は「標準器」をもとにして作られ、その「標準器」はさらに別の「標準器」によって校正されます。これをさかのぼっていき、国家計量標準機関が所有する国家標準にまでたどり着けることを計量トレーサビリティといいます。日本の国家計量標準機関は産総研の計量標準総合センター(NMIJ)です。例えば長さでは、光の速さを基準にしてNMIJにある光周波数コム装置が国家標準となっています。質量では、NMIJにある1ミリグラムから20キログラムの標準分銅群が国家標準です。

     計量トレーサビリティは標準物質にもあります。使用目的、有効期限、取り扱い方法や保管条件、不確かさ*2と、どのように不確かさを確認したかを記載した標準物質認証書が付いている標準物質を、特に「認証標準物質(Certified Reference Material:CRM)」といいます。「認証標準物質」は、メートルやキログラムのように国家計量標準にさかのぼることができ、さらに不確かさが付随しているものを指します。

     「認証標準物質」の値付け技術は、国家計量標準機関で国際的な比較も行われています。例えば、ある機関が一定の濃度となるよう物質を調製し、それを各国の参加機関に配付して濃度を測ってもらいます。その結果を比較することで国家計量標準の同等性を確認しています。こうすることで、ある国のある分析装置を使った標準物質の値付けの結果と、別の国の別の分析装置を使った標準物質の値付けの結果は同じ数値であると担保できるのです。一定期間ごとに世界各国の国家標準と照合することで国家間の同等性を維持しています。

    標準物質の供給スキーム

    図

    pHを例とした標準物質の計量トレーサビリティ体系の概要。図最上部の、認証標準物質(国家計量標準)は「pHを実現する方法(Harned cell法)によって値付けされたpHの認証標準物質」です。認証標準物質の値付けは、対象の認証標準物質ごとに異なる方法で行われます。

     計量トレーサビリティに従った物差しや分銅は、すべてが国家計量標準機関にある国家標準を直接基準にしているわけではなく、国家標準によって校正された標準器をもとに精度が担保されています。これは標準物質にも当てはまることであり、専門の校正・分析事業者などが仲介することで、標準物質を必要とする人が入手しやすい仕組みになっています。金属・非金属イオン標準液やpH標準液、標準ガスなど、使用頻度や使用量が高い標準物質は、計量法トレーサビリティ制度(JCSS)をもとに校正・分析事業を担う企業などを介して供給されることで、標準物質を必要とする研究機関などで標準物質を簡単に入手することができます。

     一方、ニーズは高いものの使用量が少ない場合や特殊な標準物質については、NMIJから代理店を通した供給も行っています。また、NMIJが直接担う依頼試験もあります。

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    標準物質の歴史と未来

     産総研での標準物質の開発の歴史は、1996年に閣議決定された第1期科学技術基本計画にさかのぼります。その後、2001年から10年ごとに計量標準整備計画が策定され、その中で2010年度までに標準物質を約250種類整備すること、2020年度からは新たな需要に応じた分野で、標準物質の開発が続いています。ここでは、標準物質の開発の歴史を振り返ってみましょう。

    年代ごとの計量標準整備計画のテーマ
      整備計画の主なテーマ 開発された主な標準物質
    2000年ごろ~ ・初めて標準物質供給開始
    ・合金、高分子、有害金属を含む物質の開発
    ・EUの規制(RoHS指令)に対応した標準物質のニーズに対応
    ・日本初の標準物質(エタノール・トルエン)
    ・公害問題や健康被害を引き起こす物質(ベンゼン、エチルベンゼンなど)
    ・プラスチック中の重金属
    2010年ごろ~ ・食品分析用の組成標準物質の供給
    ・臨床検査やバイオ関連のニーズに対応した開発
    ・タラ魚肉、ひじき、白米、玄米、ミルク、大豆、など
    ・尿素、アミノ酸、DNA、RNA、など
    2020年ごろ~ ・先端材料等の分析用の標準物質の供給
    ・エネルギー関連のニーズへの対応
    ・医学分野で使われる標準物質の開発
    ・熱物性や表面分析の先端材料分析用の物質
    ・ナノ粒子、NMR分析用の物質
    ・LNGなどエネルギー関連の物質
    ・モノクローナル抗体溶液や、アミロイドβなど

     このように、時代のニーズに合わせて新たな標準物質が追加されており、今も新規の標準物質の開発が続いています。研究開発や医療現場、環境調査などにおいて成分分析は当たり前にように行われていますが、その検査数値が信頼できるのは標準物質があるおかげなのです。

     社会で行われている分析は多岐にわたり、現状すべての分析でここで紹介してきたような標準物質が利用できるわけではありません。産総研は国家計量標準機関として分析技術の開発を進め、これまで困難であった対象についても標準物質を供給できるように取り組みを進めてきました。今後も、海外の研究機関や指定校正機関や、認定・登録事業者などと連携した効果的な標準供給体制を確立し、分析結果の信頼性の確保に貢献していきます。

    図

    計量標準総合センター(NMIJ)における計量標準の取組みの全体像

    *1: 多くの分析装置が測定結果を示すシグナルは電流や電圧です。例えばある物質の濃度を測定するとき、分析装置の100 mAがこの成分の1 %といった形です。pHの場合は、-59 mVがpHで8、などと示されます。なお、標準物質は密度や配列など必ずしも濃度で表されるものだけではないので、このシグナルの大きさのことを標準物質の「特性値」と呼びます。[参照元へ戻る]
    *2: 不確かさ
    誤差とほぼ同じ意味を指す用語です。日本産業規格(JIS)では、誤差とは「測定値から真の値を引いた値」と定義されているのですが、単一の真の値は存在せず、人間が測るものについては原理的にも実際にも知ることができないものと考えられています。そこで、真の値があるかのような誤解を生む「誤差」という言葉ではなく、計量トレーサビリティの校正では不確かさという用語を使います。[参照元へ戻る]

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