パワー半導体(パワーデバイス)とは?
パワー半導体(パワーデバイス)とは?
2023/05/17
パワー半導体(パワーデバイス)
とは?
―カーボンニュートラル実現のキーデバイス―
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
パワー半導体(パワーデバイス)とは?
パワー半導体(パワーデバイス)は、直流を交流に変換するインバータ、交流を直流に変換するコンバータ、周波数変換などの機能を持つ電力変換器を構成する最も重要な半導体デバイスの総称です。このような電力変換は、高電圧・大電流を高速でON/OFFできるスイッチが必要になるため、半導体の性質を利用して電気信号により制御されています。従来の抵抗器が使われる変換方式よりも、熱エネルギーによるエネルギーロスが少なく、省エネに貢献することができます。今では電車や電気自動車、家電製品、照明器具、電磁調理器、コンピュータの電源部品など身近なさまざまな場面でパワー半導体が使用されています。
パワー半導体(パワーデバイス)は、電力変換器に使用されるキーデバイスとして、電気自動車(EV)やハイブリッドカー(HV)、新幹線をはじめ、冷蔵庫やエアコンといった家電などのモーターやコンプレッサーを搭載する製品にも搭載されています。また、太陽光発電で生み出した電気を家庭や商用で使用するために交流変換するパワーコンディショナーなどにも搭載され、社会インフラから身の回りの家電製品に至る幅広い分野でパワー半導体が活躍しています。パワー半導体の概要やその材料の特性、産総研での研究について先進パワーエレクトロニクス研究センターの田中保宣研究センター長に聞きました。
身近なものに不可欠なパワー半導体
パワー半導体とは
パワー半導体は、スイッチング動作により各種の電力変換を行うデバイスです。スイッチングという言葉が示すように、パワー半導体の内部では高速でスイッチのON/OFFを繰り返すことで、電流の直流を交流に(インバータ)、交流を直流に(コンバータ)変換します。また、周波数を変換したり、電圧を変換(レギュレータ)したりもできます。
電気自動車の例を挙げてみます。モーターの駆動は、発進時には滑らかにパワーとトルクが立ち上がり、減速時にも緩やかに回転数を落とす制御が必要になります。このように電流の直流と交流を制御するために、パワー半導体が必要になります。電気を使う電車やEV、家電製品、照明器具、電磁調理器、コンピュータの電源部品など身近な場面で活躍しています。
パワー半導体の構造と材料
パワー半導体は大まかにはダイオードとスイッチングデバイスに分けられます。そのうち、スイッチングデバイスとして使われるデバイスとしては、主にIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)とMOSFET(金属酸化膜電界効果トランジスタ)が挙げられます。それぞれ得意不得意があり、IGBTの場合、大電流・高電圧に対応する能力が高く、EVや鉄道車両用インバータ、太陽光発電用パワーコンディショナーなど、幅広い分野で活用されています。しかし、スイッチング特性に難があり、高速なスイッチング動作が苦手です。これは、電気が伝わる仕組みに、電子だけでなく、電子の移動によってできた穴「正孔」も寄与するので、スイッチング動作時の電流の切れが悪く大きな損失が発生してしまうためです。
一方、MOSFETは1,200 Vより低い電圧領域で広く活用されているデバイスで、高速なスイッチングが得意です。スイッチング電源などに活用されています。こちらは、電子だけが電気の伝導に寄与しています。
これらのパワー半導体デバイス作製には、これまでシリコン(Si)が基材として用いられていました。しかし、ここ10年で、シリコンと炭素の化合物であるシリコンカーバイド(SiC)を基材とするものが実用化されてきました。例えば、新しく作られる鉄道車両に搭載されるインバータには、SiCパワー半導体が搭載されるケースが急激に増えています。
SiCが使われ始めたのは、電力変換の効率を向上させるためです。従来のSiパワー半導体では達成できない、高耐圧、低オン抵抗を実現するための新たなパワー半導体の開発が求められはじめ、Siよりもバンドギャップが広いワイドバンドギャップ半導体が有望になっています。ワイドバンドギャップ半導体は、総じて原子同士の結びつく力が強く、絶縁破壊を起こす電界強度がSiと比較すると桁違いに高いことが特徴です。SiCのバンドギャップはSiの3倍程度広く、それに伴い絶縁破壊電界強度は10倍以上となります。Siと同じ耐電圧のパワー半導体をSiCで実現する場合、オン抵抗値を一桁以上低減できる計算になります。
SiCパワー半導体のメリットと課題
よりよい物性を求めて材料開発が進むにつれて、従来Siを基板とするIGBTが主に使われてきた大電力用途に、SiCを基板とするMOSFETが盛んに使われるようになりました。SiC-MOSFETは、大電力への適用能力の高さと高速スイッチング性能の両方を併せ持つスイッチングデバイスと言えるでしょう。
例えば、鉄道車両は在来線から新幹線(N700S系など)に至るまでSiCパワーモジュールが主変換装置として採用されることが多くなりました。このような、活用範囲の広がりとともに増え続ける需要に対しても、SiCは既存のSi半導体プロセス装置の多くをそのまま活用して製造できるので、対応が比較的容易です。
一方で、SiC-MOSFETの課題の一つとして、内蔵ダイオードの特性劣化が挙げられます。SiC-MOSFETの内蔵ダイオードの電気特性は、SiC中の結晶欠陥の拡張により劣化する現象が確認されており、内蔵ダイオードに電流を流さない工夫が必要になります。産総研では、「SWITCH-MOS」と呼ばれる特殊な構造を開発して、内蔵ダイオードの劣化を防ぎつつ、高性能化を両立させる新規デバイスを実用化すべく取り組みを進めています。
半導体産業の課題と産総研の取り組み
SiCパワー半導体の普及がこの先も飛躍的に進んでいくことは間違いありません。しかし、課題もあります。
そのひとつは製造プロセスです。半導体はシリコンやSiCの基板「ウエハ」から製造がはじまりますが、SiCのウエハを十分に供給する体制が日本には整っていません。材料となるSiCウエハのシェア上位はすべて海外メーカーです。日本国内にSiCウエハを供給する能力が足りていないのは、パワー半導体産業の脆弱な部分かもしれません。
さらに高性能なパワー半導体素材の開発も必要です。SiCやGaN(窒化ガリウム:オン状態の導通損失が低く、スイッチ切り替えの動作が高速であり、高速通信用としての利用が多い)よりさらにバンドギャップの広い素材として、ダイヤモンドが挙げられています。パワー半導体は、ダイヤモンドを素材にすることで、SiCからさらに性能を向上させることが可能です。しかし、ダイヤモンドについてはウエハの元となる結晶をどう作るか、パワー半導体デバイスをどう作るかなど、まだ研究開発要素が多い段階です。圧倒的な性能を示す可能性を求めて、基礎研究を進めています。
産総研は、パワー半導体に関して、素材の開発から、パワー半導体デバイスの設計や試作、実装やモジュール技術から電力変換器実証に至る、基礎から応用まで幅広い技術開発を一貫体制で行っている、世界でもまれな研究所です。
2030年カーボンニュートラルという政府の宣言のあと、パワー半導体の注目度がさらに高まったと感じています。今後はいままで以上に、ウエハメーカーやデバイスメーカーなどとの連携を深めて、開発を進めていきます。