さりげなく日常を見守り支えるテクノロジーの実現へ
さりげなく日常を見守り支えるテクノロジーの実現へ
2022/11/02
さりげなく日常を見守り支えるテクノロジーの実現へ個人最適化で健康な時間をより長く
いつまでも健康でいたい。その目標を達成するためには適切な運動や食生活の実践など、「分かってはいるけどなかなかできない」という行動を続けていかなくてはなりません。そこで、日常生活の中で得られるデータに付加価値をつけ、個々人に合ったヘルスケアサービスを実現しようと、サイバー空間でのデータ分析やシミュレーションを駆使した先駆的な領域融合研究を展開しています。
健康寿命を延ばすための真の課題とは?
平均寿命が男女ともに80歳を超える日本は、少子高齢化の課題先進国と言われています。その中でも最大の課題は、健康寿命と呼ばれる、外出や家事、運動などを制限なく行える状態と、平均寿命の差が約10年にも及ぶことです。「いつまでも健康に過ごしたい」そんな人々の希望を実現するために研究を進めるのが次世代ヘルスケアサービス研究ラボです。
「要介護の主な原因は、認知症、脳卒中、高齢による衰弱(フレイル)などです。これらを予防するには、運動をすること、食事に気をつけることが効果的だと誰もが分かっているのに、なかなか実行できません。そこに健康寿命延伸に向けた課題があると考えています。課題は大きく二つあり、一つは目に見え体感して分かる問題が起きるまで本人が気づかず、疾病の早期発見が難しいこと、もう一つは健康維持・増進のモチベーションが上がらないことです。この2点にアプローチし、一人ひとりに適した介入やサービスを行う必要があります」とラボ長の小峰秀彦は言います。
車の運転データから認知機能の低下を推定
一つ目の課題である、疾病の早期発見のために、年に1回の健康診断といった「病気発見や健康維持のための行動」ではなく、日常生活の中でさりげなくモニタリングしたデータを用いて病気発見や健康維持につなげよう、というコンセプトを掲げています。日常生活の中で計測した簡易なデータを、実験室で計測した精密なデータや医療情報のデータと関連付けることで付加価値をもたせ、病気の早期診断に活用しようという発想です。
例えば認知症。認知症は不可逆の疾病であり進行を止める薬はありますが改善する薬がありません。いかに早期発見できるかが非常に重要です。産総研では、認知機能の低下が進んだ人の運転データと、脳画像や認知機能検査などの医学的な診断データを関連付けることによって、ハンドル操作やブレーキ操作の日頃の運転動作から認知機能の低下が推定できるアルゴリズムを開発しています。
他にも、転倒リスクを評価する研究では、歩数計で使われるような簡単な加速度センサに、実験室レベルの高度な歩行分析データを関連付けることによって、普段の歩き方のデータから転倒リスクを推定しています。
個人の心理特性に合わせてモチベーションを上げる
二つ目の課題であるモチベーションの維持・向上については、心理学的な手法を取り入れた独自のアプローチをしています。
ヘルスケアの課題は、健康に良いと分かっていてもその取り組みを続けることが難しいところです。これはある意味、生物としての人間にとっては自然なことですが、おなかいっぱい食べたい、疲れた身体を休ませたいという欲求にのみ従うと、それは健康に悪い行動となります。一方で、腹八分目の食事をする、毎日運動をするという健康に良い行動は欲求を制限するため、ある種の「不快」を伴うものだと小峰は言います。
「誰だって『不快』なことはやりたくありません。このロジックを逆転させる仕組みがないと、健康に良い行動を取ろうとしません。そこで産総研では一人ひとりの個人属性や環境要因、パーソナリティなどの心理特性を考慮して、個人にあった支援や介入の研究を行っています」
個人情報を秘匿しながらサイバー空間でデータ分析
次世代ヘルスケアサービス研究ラボは、個別の要素技術の開発にとどまらず、デバイス開発からデータ分析、支援・介入にいたるまで一気通貫の研究をしている点が大きな特徴です。その中で、AI技術、生理学、心理学、センサ技術など多分野にわたる研究を展開しています。
「ヘルスケア分野の研究で常に問題となるのは、個人情報の取り扱いです。そのため、個人情報が分からない状態にしてデータ分析ができるプラットフォームの構築に取り組んでいます。具体的には、フィジカル空間(現実空間)で得たヘルスケアデータを個人情報が分からない形でサイバー空間(仮想空間)に移して、データ分析やシミュレーションを行います」
現在、大学や自治体と連携して収集した約3万件の健康・医療データからデータベースを構築し、サイバー空間で解析を行い、将来の疾病予測や個人に適合した介入方法を「健康webサービスアプリ」で提供するための研究が進行中です。
分野を超えたインパクトを生む領域融合研究への大きな期待
自分の専門分野だけではできないことも、異分野との連携によって初めて実現できるケースは往々にしてあります。小峰はヘルスケアの課題が融合研究課題と明確に位置づけられたことによる変化をこう話します。
「ヘルスケアで求められる技術は、センサやAI、医学や心理学など多岐にわたります。大学や企業が単独で取り組むのは難しく、総合力のある産総研の強みが発揮できると思います。ただし、産総研においても、これまでは分野や組織の壁が少しはあったと思います。今回組織として融合研究を行うぞ、とメッセージが出たことで、その壁が低くなったと思います。これまでの研究分野を超えるようなインパクトある成果が生まれる可能性を感じています」
ヘルスケアの課題は、身近であり、かつ自分ごととして捉えやすい社会課題の一つです。一方で身近だからこそ信頼のおける多様なアプローチが求められる複雑な面もあります。このような課題こそ総合力で取り組む産総研の強みが生きるチャンスです。特別に頑張らなくても日常生活をさりげなく支えて健康になれるような世界の実現を目指し、健康寿命延伸に貢献していきます。
本記事は2022年9月発行の「産総研レポート2022」より転載しています。産総研:出版物 産総研レポート (aist.go.jp)
情報・人間工学領域
ヒューマンモビリティ
研究センター
副研究センター長
小峰 秀彦
Komine Hidehiko