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筋肉の声を聴く

筋肉の声を聴く

2020/09/30

筋肉の声を聴く トレーニングやフレイル予防など 健康・福祉に活用

竹井 裕介 主任研究員の写真
  • #少子高齢化対策
KeyPoint 運動能力を向上させたい、体型を維持したい、加齢に伴う身体的機能や認知機能の低下を避けたい──。竹井は筋肉に電気刺激を与えたときの筋肉の収縮「音」で計測する技術を開発。個人の筋量の変化筋肉疲労度などの定量的な測定を可能とし、この課題に挑む。
Contents

筋肉の音から、効果や疲労度がわかる

 筋力の向上は、アスリートだけでなく、体力維持を心がける人や筋力が徐々に落ちていく高齢者などさまざまな人にとって関心の高いテーマだ。しかし、特に個人でトレーニングに励んでいる場合、そのトレーニングが自分に合っているのか、筋力がどのくらいついたかなど、運動の適合性や効果のほどが見えづらい。

 この問題に対し、センシングシステム研究センターの竹井裕介が提案するのが、「筋肉の声を聴く」ことだ。

 「筋肉は動くときにさまざまな音、筋音を発します。従来はこの音を聴診器やマイクロフォンで捉えていましたが、現在はセンサの性能が上がり、高精度な筋音計測をすることで、筋肉のさまざまな状態を知ることができるようになっています」

 最近の研究で、筋音は音というより、筋繊維が収縮・拡大して変形するときに発生する振動(機械的な信号)であることがわかってきた。重いものを持ったときに筋肉がプルプルするのがまさに筋音の一種である。

 筋音研究の歴史は17世紀にまでさかのぼるが、筋電(筋肉が収縮するときに筋繊維から発生する活動電位)に比べ、測定に多種の機器を必要とすることや解析の手間がかかることもあり、19世紀以降、筋肉計測は筋音より筋電が主流となっていた。それが近年、センサや計測器の性能が上がり、より正確な測定が可能となったことで筋音を用いた研究が進んでいる。

 竹井は数年前から筋肉の動きと筋音の関係に関心を持ち始め、加速度センサや高周波音響センサを用いて皮膚表面の変位を計測することで、筋肉が強い力を出すときには高い周波数の筋音が発生し、疲労してくると音が小さくなる、などといったことに注目していた。

電気刺激と組み合わせ、筋音を定量的に評価

 筋音の問題は、計測はできても定量的評価ができないことだった。

 「背筋力測定装置で複数の人に5 kgの重りを持ち上げてもらったところ、腕の力だけを使う人もいれば、腰を入れるなど複数の筋肉を使う人もいて、比較可能なデータは得られませんでした。また、同じ人の筋肉量の変化を見ようとしても、結果は姿勢や体調、精神状態に左右されることがわかりました」

 これでは研究が先に進まない。この技術を筋肉トレーニングの効果的なプログラムづくりや、高齢者のフレイル*1予防に応用するのであれば、再現性が高い測定方法を開発し、個人の意志を介在させない定量的評価を行う必要がある。それには対象の筋肉に定量的なタスクを与え、かつアウトプットを定量的に計測しなければならない。どうすればいいのか?

 ここで竹井が注目したのが電気刺激だった。筋肉に電気刺激を与える装置は、治療器やトレーニング用具などとして広く実用化されている。これらの器具を使って電気刺激を与えると、筋肉は本人の意思とは無関係にビクッと動く。そのような刺激を定量的に与え、筋音を計測することで、個人の意思や姿勢などに左右されない数値が得られると考えたのだ。

 竹井は電気刺激用の2つのゲル電極パッドの間に筋音センサを配し、そのデバイスを上腕部に貼り付けて筋肉のハンマリング(振動計測)試験を行った。モニタには刺激信号が青、筋音信号が黄色に表示されたのだが、刺激を与えるとすぐに速筋が反応のピークを迎え、その後、遅筋が反応していくのがわかった。この手法によって定量的な評価が得られ、筋肉の種類ごとの収縮速度やそれぞれの筋肉の割合などがわかるようになった。これで個人間の比較も、同じ人のトレーニングによる筋量の変化も計測・評価が可能となる。

 「ウォーミングアップの前後では同じ刺激に対して筋音の振幅が増加することや、刺激を与え続けると時間経過に伴って筋肉が疲労して筋音振幅が減り、あるところから一定幅になることなどもわかりました。これらの結果から、個人の特性にあわせた効果的な筋トレが、より高い精度で実施できるようになると考えています」

 実用化に向けた次の課題は、測定する人に付けてもらうデバイスの小型化だ。現在、直径5 cm程度までのダウンサイズが実現している。また、着るだけで筋肉計測ができるスマートウェアの実証実験や、タブレットなどで筋トレ中の波形が見られるアプリと連動したトレーニング用具の開発なども進められている。

 「より多くの人に使っていただけるよう、まずは500円玉サイズ、さらには使い捨て磁気治療器サイズにまで小型化を進めたいと考えています。また、電気刺激で筋肉をかなり大きく収縮させられるため、将来的には歩行支援デバイスなどにも応用できるのではないかと期待しています」

 健康・スポーツから福祉まで、人々の生活向上に貢献できる筋音測定技術の今後の展開が楽しみだ。

筋音センサの写真
現在実用化されている直径約5 cmの筋音センサ

*1: フレイル(Frailty)の日本語訳。健康な状態と要介護状態の中間に位置し、加齢に伴い身体的機能や認知機能の低下が見られる状態。[参照元に戻る]

エレクトロニクス・製造領域
センシングシステム研究センター
ハイブリッドセンシングデバイス研究チーム
主任研究員

竹井 裕介

Takei Yusuke

竹井 裕介 主任研究員の写真
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