海洋生分解性プラスチックとは?
海洋生分解性プラスチックとは?
2022/07/13
海洋生分解性プラスチック
とは?
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
海洋生分解性プラスチックとは?
プラスチックごみによる海洋汚染が深刻化する中、植物などのバイオマス資源を原料とする「バイオマスプラスチック」と、微生物などの働きによって最終的に水と二酸化炭素に分解される「生分解性プラスチック」が注目を集めています。生分解性プラスチックは、従来、微生物が多く存在するコンポストや土壌での分解を想定して開発されてきましたが、近年は、海洋へ流出した後も生分解性を有する「海洋生分解性プラスチック」の研究開発、国際規格開発が進められています。
海洋へ流出したプラスチックごみの環境汚染が世界的な問題となる中、産総研ではイノベーションにつながる製品や代替品の開発とその社会実装に取り組んでいます。中でも注力する海洋生分解性プラスチックの普及に向けた取り組みについて、標準化オフィサーの国岡正雄、バイオメディカル研究部門生体分子創製研究グループ主任研究員の中山敦好に聞きました。
海洋生分解性プラスチックが必要とされている理由
海洋生分解性プラスチックとは
微生物の働きによって、最終的に水と二酸化炭素に完全分解されるプラスチックを「生分解性プラスチック」といいます。そのうち、海洋での生分解性にたけたプラスチックを「海洋生分解性プラスチック」といい、近年、プラスチックごみによる海洋汚染が問題視されていることから、環境中にどんどん増えていく海洋ごみを減らす観点でその普及に期待が寄せられています。
もうひとつ、「バイオマスプラスチック」も注目されているプラスチックです。こちらはバイオマス資源を使ったプラスチックです。石油を使わないので、資源の循環につながります。
気をつけたいのは、「バイオマスプラスチック」は、現時点では微生物の働きによって分解する「生分解性プラスチック」ではないものもあるということです。より環境にやさしいプラスチックを作り出すために、バイオマスプラスチックであり、かつ生分解性プラスチックの研究開発が続けられています。
なぜ海洋生分解性プラスチックが必要なのか?
1950年以降、世界で生産されたプラスチックは83億トンを超えており、そのうち63億トンがごみとして廃棄されています。そして、現状のペースでは、2050年までに120億トン以上のプラスチックが埋め立て・自然投棄されるとの予測が立っています。
海洋に流出しているプラスチックごみの量は、世界全体で年間800万トンあり、このまま対策をとらなければ、海洋に漂ったり、海岸、海底に滞留したりするプラスチックごみの重量は、2050年には魚の重量を上回るとの推計もあります。
プラスチックは、安価で軽く、丈夫で加工がしやすいことから、さまざまな製品に使用されています。しかし、プラスチックの多くは石油由来であり、かつ自然界で完全に分解されることはありません。プラスチック資源循環社会の構築とともに、海洋プラスチックごみによる汚染の防止を進めることが求められています。
そして今、プラスチックごみによる海洋汚染問題解決の切り札として期待されているのが「海洋生分解性プラスチック」です。
海洋生分解性プラスチックの普及率は?―開発の現状と問題点
現在、国内プラスチック生産量(年間約1000万トン)のうち、国内で流通している生分解性プラスチックは約2300トン(0.02%)と少なく、海洋生分解性プラスチックにいたってはわずかしかないのが現状です。
海洋生分解性プラスチックが普及するための課題の一つは、環境条件にあわせて分解速度が変わる海洋生分解性プラスチックの開発です。海洋生分解性プラスチックには、プラスチックとして使用されている間は丈夫で、できるだけ長く使用できることが求められます。さらに、使用済みとなり、なんらかのきっかけで海洋中に出た場合、早い段階で生分解することが求められます。漁具やブイなど海洋中に流出しやすいプラスチック製品はさまざまありますが、製品化した際の用途や特性を考えた素材開発が必要です。
もう一つの課題は、製品の信頼性の担保です。開発コストが高いため、ポリエチレンを原料とした安価なものも「海洋生分解性プラスチック」と偽って流通している現状があります。偽物は形状がなくなるまで分解しても水と二酸化炭素にはならず、マイクロプラスチックとなってしまう問題が残ります。
このような、いわゆる「不完全な」海洋生分解性プラスチックと、「正規」の、微生物の力によって水と二酸化炭素にまで分解される海洋生分解性プラスチックが、きちんと区別され、正しく評価された上で、認証される制度の設置が必要です。
海洋生分解性プラスチックの普及に向けて
環境条件にあった分解速度を持つ素材の開発
産総研では、強度が高いナイロン系の生分解性プラスチックや生分解性エラストマー(常温でゴム弾性を示す高分子物質)の開発を進めています。
また、光による応答などを使ったスイッチ機能を持った材料の開発も進んでいます。スイッチ機能とは、使用する用途に合わせて外部刺激をトリガーとし、生分解の速さや開始されるタイミングを制御する機能のことです。現在、産総研では光をスイッチ機能として研究を進めています。
産総研で開発する生分解・光スイッチは、光が当たっている条件下では分解せず、光が当たらなくなると分解が始まるようなスイッチ機能のことです。陸上では、農業用マルチフィルムとして使用すれば、収穫後に土壌中に鋤き込んではじめて生分解が進行する、海洋では、漁業で使用する漁網などに使用すれば、たとえ海洋ごみとなっても表面が汚れて光が当たらなくなると生分解が進行すると考えています。
標準化に向けた世界共通基準の策定
プラスチック製品はグローバルに取引されていますので、信頼性を担保して市場を健全化するためにも、世界共通の標準が必要です。評価法の標準化には、誰もが使えることも大切になります。
精度を追い求めた結果、高度で高価な機械の使用が必須になり、実用場面で再現できないのでは意味がありません。偽装品や低性能品を排除して市場を健全化するためにも、精度高く、再現性の高い評価法の開発が求められます。
ISO(国際標準化機構)には、既に欧州からいくつかの海洋生分解評価法が提案されており、ISO規格も発行していますが、新興国が多いアジア諸国の実情に合わないといった課題があります。
現在、陸上から海洋に流出したプラスチックごみの発生量を国別に推計したランキングにおいて、東アジア・東南アジアの国が上位を占めています(日本は30位)。実情に合った評価法を日本が開発して標準化を提案し、ISO規格として広く利用されることで、アジア諸国での生分解性プラスチックへの置き換えが進むとよいと考えています。
海洋生分解性プラスチック標準化コンソーシアム
2021年10月、産総研は、「海洋生分解性プラスチック標準化コンソーシアム」を設立しました。このコンソーシアムでは、生分解性プラスチックなどの製造やその分析評価にかかわる民間企業に対し、産総研が情報共有および議論の場を提供します。
海洋生分解性プラスチック評価技術などの最新トピックの提供や、産業界が抱える技術課題やニーズの抽出、産総研が有する技術・知見を活用した新たな材料・製品の社会実装に必要な標準化を推進することで、持続可能な社会の実現および産業競争力の強化を図ります。
海洋生分解性プラスチックの標準化を核とした、産総研との共同研究、また参加企業同士のコラボレーションを通じた持続可能な社会、持続可能な企業活動実現に向けた活動に、ぜひご協力ください。