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環境循環プラスチックの誕生

環境循環プラスチックの誕生

2025/05/28

環境循環プラスチックの誕生 微生物由来のポリマーをブレンドして、既存のポリ乳酸を改良

研究者たちの写真
    KeyPoint 環境負荷軽減のために、生分解性のバイオプラスチックの利用拡大が求められている。現在最も多く使われているバイオプラスチックは乳酸を重合して作るポリ乳酸だが、強度と生分解性が十分ではなく、利用が限られていた。2024年3月、産総研と神戸大学は、株式会社カネカと共同で、ポリ乳酸に独自のポリマー「LAHB(ラーブ)」をブレンドすることにより、ポリ乳酸の性能向上に成功したと発表した(2024/03/26プレスリリース)。その研究がスタートしたのは2008年に遡る。バイオプラスチックの性能向上を目指して、研究者たちはどんな研究に挑戦し、それぞれの成果を融合させていったのだろうか。その足跡を追った。
    Contents

    進化工学で生まれたポリマー「LAHB」

     地球環境を保全していくためには、資源を使いまわして廃棄物を減らし、循環させる生産経済システム「サーキュラーエコノミー」への転換が強く求められている。(産総研マガジン「サーキュラーエコノミーとは?」 )

     サーキェラーエコノミーを実現できる材料として注目されているのがバイオプラスチックだ。(産総研マガジン「バイオプラスチックとは?」)

     現在、バイオプラスチックとして広く使われているプラスチックはポリ乳酸である。ところが、このバイオプラスチックは力学的にもろく、また工業用コンポストのような高温多湿な環境でないと微生物による分解作用が起こらないため、生産と利用が限られていた。これらの課題を解決して、バイオプラスチックの普及促進を図ろうと、国のプロジェクトをはじめとして多くの研究が進められてきた。

     2024年3月に産総研がプレスリリースした研究の端緒となったのは、ポリ乳酸にブレンドされた新しいポリマーLAHBの合成であった。その名前のとおり、乳酸(LA:Lactic Acid)と3-ヒドロキシブタン酸(3-HB)をモノマーとした共重合体だ。この合成を行う酵素は天然のものではなく、進化工学によって人工的に作り出されたものである。

     新しい酵素を作ったのは、信州大学 アクア・リジェネレーション機構の田口だ。「プラスチックのようなポリマーを合成する微生物は天然に存在します。ところが、なぜか乳酸を含むポリマーを作る微生物は見つかっていなかったのです」と説明する。「この世の中にないものを作り出したい」という好奇心から、2000年ごろから、乳酸を含むポリマーを微生物に作らせるための酵素の開発に乗り出した。

     「私たち人間は、生命が誕生してから約38億年の進化の末にこのような形になりました。進化は自然に起こりますが、とんでもなく時間がかかります。そこで、進化を加速して起こそうというのが進化工学です」と、田口。LAHBの合成では、酵素の遺伝子に人工的に突然変異を起こして、3-HBだけでできるポリマーに乳酸を入れ込む酵素を誕生させた。この酵素を微生物に作らせることに成功して、2008年にLAHB生産菌を誕生させたのだ。

    化学合成されるポリ乳酸(左)と、微生物が合成するLAHB(右)

     微生物が合成するLAHBは、その分子量や乳酸の含有率、乳酸と3-HBの並び方の違いによって、無限の種類を作ることができるため、田口はその作り分けや量産を視野に入れた研究を続けた。そして2021年、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業として、事業化を見据えたプロジェクトを進めることになった。このプロジェクトには、すでにバイオプラスチックの事業化に成功している株式会社カネカが、LAHBに期待して参加した。

     この段階になると、LAHBとポリ乳酸をブレンドして、その特性を評価できる人材が必要になる。ここで、知人に紹介されたのが産総研マルチマテリアル研究部門の今井だった。

     「微生物が生産するポリマーをポリ乳酸にブレンドする研究はカネカがすでに行っていましたが、乳酸を含むポリマーを混ぜるのは初めてでした。何が起こるかワクワクしていましたね」と、田口は当時を振り返る。

     特性評価を依頼された今井も、「すでに私たちが評価できる量を生合成できることに驚きました。プラスチック研究をする中で、石油由来からバイオ由来へとシフトしていく時流を感じていたので、こういうテーマに出会えたことはありがたいと思いました」と、当時の気持ちを話す。

    バイオプラスチック「ポリ乳酸」の弱点を克服

     今井はコンポジット(複合材料)のスペシャリストだ。過去、さまざまなポリマーにセラミックスの粒子や炭素系の材料を混ぜて、その改質を行ってきた経験がある。今回は、ポリ乳酸とLAHBというポリマー同士のブレンドを作製し、それをフィルムにして打ち抜いたダンベル型の試験片で、引張試験を行った。

    左はホットプレス、中央は「ポリ乳酸/LAHBブレンド」のフィルムをダンベル型に打ち抜いた試験片。右はダンベル型試験片を用いた引っ張り試験。

     引っ張り試験の結果、ポリ乳酸だけの試験片では数%しか伸びずに破断してしまうのに対して、「ポリ乳酸/LAHBブレンド」は、200 %を超えるまで伸ばすことができた。これは「LAHBを混ぜればポリ乳酸のもろさが大幅に改善される」ことを示す結果であった。

    引っ張り試験の結果を表したグラフ
    引っ張り試験の結果。ポリ乳酸の伸びは少ないが、「ポリ乳酸/LAHBブレンド」は大きな伸びを示している。
    出典:2024/03/26プレスリリース

     ポリ乳酸のもう一つの課題である生分解性についても、評価を行った。ポリ乳酸は工業用コンポストのような高温多湿の環境でないと容易に生分解されない。一方、微生物が合成したLAHBは、土壌や海洋といった温度の低い環境でも完全に生分解されることが分かっていた。

     「生分解されるときに消費される酸素を指標にして、ポリ乳酸/LAHBブレンドの分解がどの程度進むかを調べました。その結果は、元々生分解されるLAHBだけでなく、ポリ乳酸も生分解されていることを示していました。LAHBをブレンドしたことで生分解されにくいはずのポリ乳酸にまで分解が及んでいたのです」と、今井は説明する。

     そのメカニズムは次のように考えられる。まず、「ポリ乳酸/LAHBブレンド」中のLAHBが微生物によって生分解され、そこに集まった微生物の分解作用がポリ乳酸にまで及ぶ。このようなLAHBの役割はこれまでに報告がなく、今井らの研究チームは「分解スイッチ」と呼んでいる。

    ポリ乳酸/LAHBブレンドの生分解度を表したグラフ
    ポリ乳酸/LAHBブレンドの生分解度。実験開始50日頃から生分解が始まり、60日以降はポリ乳酸も分解されている。
    出典:2024/03/26プレスリリース

    改質のメカニズム解明に向けて

     こうしてLAHBをポリ乳酸にブレンドすることで、ポリ乳酸の弱点だったもろさや生分解性の課題が解決した。今井は「引っ張り試験の結果からわかるように、力学特性が良くなったばかりでなく、生分解性も良くなりました。それでいて透明性は損なわれていません。普通、何らかの特性を上げようとすると、ほかの特性が落ちたりするものなのですが……。こんなにいいことづくめとは驚きました」と話す。

     今井はこのような特性が生まれたメカニズムを解明しようと、研究を進めた。ポリ乳酸とLAHBがどのように混ざっているのか、その構造を詳しく観察したところ、LAHBがポリ乳酸の海の中で島のように分散している様子が捉えられた。

     「この島のサイズは約20 nm、可視光の波長より小さいので、ポリ乳酸/LAHBブレンドは透明だったのです。ポリ乳酸とLAHBが混ざりやすいことを示しています」と、今井は見ている。

    実用化を見据えたLAHBの探索

     ポリ乳酸/LAHBブレンドの実用化は近いのだろうか。田口はこう見ている。

     「LAHBだけでプラスチックを代替しようと考えると、生産量を多くしなければなりません。しかし、主流として使われているポリ乳酸の改質剤としてなら、少量生産でも使ってもらえる可能性があります。それでも事業化には生産施設の開発が必須ですから、そのノウハウを持っているところの協力を求めなくてはならないでしょう。また、LAHBによってさまざまな特性を持つポリ乳酸を作れるようになれば、ポリ乳酸の使い道自体が広がります。今後は、プラスチックユーザーとの連携も考えていきたいです」

     そのために、どのようなLAHBをどのくらい生産しなくてはならないかは、今井が行っているポリ乳酸/LAHBブレンドの特性評価によって明らかになるというわけだ。

     こうして実用化に向けたフェーズに入り、今度は今井がLAHBをオーダーする側になった。それに応えてLAHBの生産を担当するのは、信州大学 アクア・リジェネレーション機構で田口とともに研究している高だ。高が研究に合流したのは2021年からだが、微生物の扱いに非常に長けている。「LAHBはいろいろ作り分けられるといっても、微生物が合成するものですから、わずかな条件の違いで、できるものにバラつきが出てしまいます。今井さんから頼まれているLAHBを、一定のクオリティで作ろうと奮闘しています。実用化に向けて課題を解決していく研究は面白いですね」と、高は笑顔を向ける。

     高に対する今井の信頼も厚い。「微生物の条件を整えるよりも、試験管内のように人工的な環境で化学合成したらいいと思われるかもしれませんが、過去の研究では、化学合成では微生物が作るようなLAHBを作ることが難しいことが分かっています。だからこそ、高さんを頼りにしています」と、微生物の力がなくては成立しない「バイオものづくり」の特性を強調した。

     「高さんが生産プロセス研究で、今井さんがプロダクト研究でイノベーションを起こしてくれれば、事業化できると思っています」と田口。田口が25年前にスタートさせたポリ乳酸の研究は、今井や高の研究によって成熟し、今や研究室を飛び出して実用化への道へ進もうとしている。

    循環型バイオプラスチック材料を表した図
    本研究が目指す循環型バイオプラスチック材料
    力学特性が向上した「ポリ乳酸/LAHBブレンド」であれば、利用の幅が広がる。また、生分解性も高まり、微生物によって二酸化炭素(CO2)と水に分解されるため、自然環境中に残ることがない。排出されたCO2は、光合成によって吸収され、再び、ポリ乳酸/LAHBブレンドの材料であるバイオマスに戻る。この循環により、「ポリ乳酸/LAHBブレンド」は、将来的に、負の影響を外部に及ぼさない「サーキュラーエコノミー(循環経済)」の一端を担っていく。
    出典:2024/03/26プレスリリース

    マルチマテリアル研究部門
    セラミック部材プロセス研究グループ
    上級主任研究員

    今井 祐介

    Imai Yusuke

    今井 祐介研究グループ長の写真

    信州大学
    アクア・リジェネレーション機構
    教授(特定雇用)

    田口 精一

    Taguchi Seiichi

    田口 精一教授の写真

    信州大学
    アクア・リジェネレーション機構
    助教(特定雇用)

    高 相昊

    Koh Sangho

    高相昊助教の写真
    産総研
    材料・化学領域
    マルチマテリアル研究部門
    • 〒463-8560 愛知県名古屋市守山区桜坂四丁目205番地
    • M-mmri-webmaster-ml*aist.go.jp
      (*を@に変更して送信してください)
    • https://unit.aist.go.jp/mmri/
    信州大学
    アクア・リジェネレーション機構

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