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【ナゾロジー×産総研 未解明のナゾに挑む研究者たち】「最初はライトセーバー作ろうと思ってた」静電気を“見えるように”したニ人の科学者

【ナゾロジー×産総研 未解明のナゾに挑む研究者たち】「最初はライトセーバー作ろうと思ってた」静電気を“見えるように”したニ人の科学者

Collaboration

【ナゾロジー×産総研マガジン未解明のナゾに挑む研究者たち】「最初はライトセーバー作ろうと思ってた」静電気を“見えるように”したニ人の科学者

研究者2人の写真

    2025年6月4日掲載
    取材・文 けい, 海沼賢, ナゾロジー編集部

     静電気は身の回りに溢れており、特に冬になるとドアノブを触ってバチッ、と痛みを感じることで苦手意識を持っている方も多いでしょう。
     静電気が嫌な理由は、どこにどのくらい電荷が溜まっていて、いつ飛んでくるのか、目に見えないので予測が難しいところです。
     しかしそんな「静電気」を見えるようにしてしまった研究者たちがいます。
     ナゾロジーと産総研マガジンのコラボ企画として、今回お話を聞く研究者はセンシング技術研究部門の菊永 和也(きくなが かずや)さんと寺崎 正(てらさき なお)さんです。 菊永さんと寺崎さんは、目に見えない静電気を可視化する世界初の静電気発光センシング技術を開発しました。
     今回はインタビューを通して二人の研究者の思考や日常を垣間見つつ、先進的な技術はいかにして実現されたのかを見ていきます。

    こちらの記事は、科学を好きな人を増やすメディア、ナゾロジーでも同時公開されています。ナゾロジーの記事はコチラ!

    Contents

    産総研、そして静電気と出会うまで

    ――本日はよろしくお願いします。今回は静電気を見えるようにしたという興味深い研究についてお話を伺っていきます。
    この研究は電気工学と化学という異なる研究分野が合わさって実現したということですが、お二人はどのような学生時代を過ごして、どうやってこの研究に至ったんでしょうか? まずはお二方の簡単な経歴を伺いたいです。

    菊永元々学部では電気電子工学が専門だったんですけれども、大学院では電気というよりは超伝導材料などの物性を調べて、新しい材料を開発するということをやっていました。

    ――大学院では別の研究をされていたんですね。そこからどのようにして産総研に入られたのでしょうか。

    菊永当時の大学の先生が、産総研の研究者とつながりがあり、「ちょっとテーマは大きく変わってしまうんだけど、産総研の採用試験を受けてみないか?」と声をかけていただいたことがきっかけで、その後入所させていただきました。静電気を対象に研究を始めたのはそこからです。

    ――なるほど、寺崎さんはどうですか?

    寺崎私は元々化学屋さんで、バイオミメティクス(生体模倣)というものを大学の頃はやっていました。その中で光電変換といって光を電気に変えるという研究をやっていました。

     あとアクティビティとしては学生当時から食べ歩きが大好きで、色々なお店のレビューをしています。論文数よりも圧倒的に多いです(笑)。ただ食べ歩いてばかりであれなので、ダイエットと食べ歩きをどう両立するかっていうところが私の二番目のテーマでして。学生当時は140キロぐらいあったのですが菊永さんと初めてお会いしたときには65キロぐらいまで痩せていましたね。

    ――(笑)。

    寺崎私も知り合いのつてを頼ってというところはあるのですが、当時物質研というところが太陽電池に関する先進的な仕事をされていたんですね。産業的なこともやりつつ新しいことも出来るのではないかと思い産総研に行くことにしました。

    ――お二人とも大学の先生やお知り合いを経由して産総研を知り、入所されたのですね。

    菊永そうですね。今は技術研修とかリサーチアシスタントとして、学生の身分でありながら産総研の研究者と一緒に研究をしていただくっていう制度があります。こういったものから産総研を知って体験していただくということもできますね。

    ――ではそんな静電気のプロに、いい機会なので色々聞いてみたいことがあります。まずよく下敷きを使って髪を浮かせたりする実験があるじゃないですか。でも塩ビのパイプを擦ってビニール紐に近づけると、逆に離れてふわふわ浮いたりするじゃないですか。こういう静電気の引き付けたり遠ざけたりする性質はどちらを持つのかってどうやって決まっているんですか?

    菊永これは「帯電列」という、プラスになりやすい物質から、マイナスになりやすい物質を順に並べた一覧があり、その接触した状況によって変わってきます。この帯電列は実験的に調べて並べたものになっています。

     例えばテフロンと塩化ビニールを擦るとテフロンがマイナスになって塩化ビニルがプラスになるという見方です。

    帯電列の一覧

    ――帯電列ですか、そういうものがあるんですね。

    菊永先ほどの例では塩化ビニルがプラスになったんですけど、今度は塩化ビニルとアクリルを擦ると塩化ビニルがマイナスになってアクリルがマイナスになります。なので、何と何を擦るかで同じものでもプラスになったりマイナスになったりするというのが静電気ですね。

    ――同じ物質でも電荷の正負が変わるということですか。

    菊永その通りです。結局、静電気の正体を掴みづらいのは電気的極性がプラスになったりマイナスになったりすることに加えて、その分布がどうなっているかというのが大きいと思います。さらに言えば湿度によって発生した静電気(帯電)の量が減ることがあって環境要因でも変化するんです。これらが常に状態がふわふわしていて掴みづらい理由だと思います。

    静電気はどうやって逃がす?意外と効果的なのが観葉植物!?

    ――あと静電気といえば、日常生活では特に冬の時期にパチッとして痛いので困ってる人も多いと思うんですよね。故障や事故の原因にもなるので、なにか静電気を逃がす良い対策があれば教えていただきたいのですが。

    菊永車から降りるときや椅子から立ち上がるときもそうですけど、動作をする前になにか金属を掴んで接触するといいですね。これはなぜかというと、私達の日常の中だと何かに接触した際もそうですが、そこから離れたとき静電気が溜まる量が多くなるからです。これを剥離帯電と言います。

     あとは静電気が溜まる原因としては靴と服の組み合わせです。特にゴム製の靴を履いているとよく静電気が溜まります。

    ――靴がコンデンサーみたいな状態になるってことですね。ナイロンの絨毯とかをゴム底の靴で歩いたらすごく静電気が溜まるとか。

    寺崎研究の際には逆に静電気を溜めないといけないんですけど、私は菊永さんの体が静電気を溜めやすいっていうのは知ってて。実験とかするときに菊永さんを見てると「ああ、こうやって静電気を溜めればいいんだ!」って思いますね。私はむしろ汗かきなので、静電気が立たないんですよね。

    ――研究をする側は、逆にそういう苦労もあるんですね(笑)。

    寺崎さきほど環境によっても静電気の溜まり方が違うという話がありましたが、梅雨と冬だと梅雨の方が溜まりづらいんですね。なので私は静電気対策としては湿度を上げておくのがいいんじゃないかと思います。

    ――加湿器などを置いておけばいいということでしょうか。

    菊永そうですね。結構生産現場なんかでも湿度を上げて対策することはあります。それでも取り切れないこともあります。

    ――さきほど金属を掴むってお話も出ましたが、静電気を逃がしたいなと思ったときには、どれくらいのサイズの金属に触れておけばいいのでしょうか。ネジなんかでも逃がせたりするのですか?

    菊永それは容量の話になってきますね。ちっちゃいネジなんかだと全然逃げないです。机のフレームだけでも厳しいですね。基本はアースされているものに掴まるといいかなと思います。

    ――そうなんですね。

    菊永ただ実はアースをすると静電気によって壊れる恐れもあります。体に静電気が溜まった状態でアースしたものに触れると、電気が一瞬でアースした側に流れるのでそれでバチッとなるんです。これがアースしてない状態だと電気が溜まっていないので電位差が生じないので、バチッとならないんですね。なんでもアースすればいいという考え方は違います、ということを知っておいていただきたいです。

    ――それは知らなかったです。

    菊永それと静電気を扱う現場でよく聞く話なんですけど、絶縁体にアースをされていることがあるんですよ。でも絶縁体って基本的には電気が流れないので、アースした部分しか電荷が逃げないですよね。絶縁体はどこにでも電荷が溜まるので、静電気が溜まった状態が解消されないんです。

     この概念があまり伝わっていないというか、こういう対策では電荷を逃がせていないよという話を現場でよくします。日常生活で静電気を逃がす話に戻ると、金属に触って椅子から立ち上がるっていうのは電荷を逃してるんですけど、絶縁体に触って立ち上がっても電荷は移動しないんですよね。

    ――なるほど、では木とか触りながらやってもあまり意味がないと。

    菊永あ、木はですね、実は静電気の業界から言うと導体なんで電気を通すんですよ。これは木の中に水分が含まれているからです。

    ――そうなんですか?じゃあ観葉植物なんかは、もしかしたら静電気を逃がすのにいい場所かもしれないですね。

    菊永いいかもしれないですね。

    2人の知を合わせて見つけ出した「発光材料」

    コロナ放電の照射により静電気発光フィルムが発光する様子

    ――それではいよいよ研究の話を聞いていきたいと思います。まずは「静電気の可視化」という課題に取り組むようになったきっかけを教えていただきたいです。

    菊永先ほども少し話しましたが、静電気ってその辺にあってみんな知っているようで、なかなか分からないというようなものなんです。日常生活だとまあ「バチッとして痛いね」ぐらいなんですけれども、これが産業界になってくると結構厄介で。

     半導体関係で言えば、電子部品は数ボルトとかで駆動してるんですよね。一方で静電気ってすごく電圧が高くて何キロボルトとかあるんです。そういった電圧がかかると電子部品が壊れてしまいますし、壊れてしまうだけならまだしも例えば電子部品がたくさん使用されている自動車が不意に動かなくなるとか、そういったことも出てくる可能性もあります。

    ――産業の観点で言えば重大な問題ですよね。

    菊永もちろん対策もしているのですが、それも「問題が起こったら何か対策する、一旦はなんとかなったけどまた別の問題が出てくる」と、そういったことの繰り返しがずっと行われていたのが静電気の業界でした。結局、「静電気が見えないのが一番問題だよね」っていうところから、静電気をいかに見て測るかといったところに落とし込んで研究をしていきました。

    ――ずっと見えない敵と戦わざるを得なかったわけですね。旧来の技術が特に問題だった点は何だったのでしょうか。

    菊永静電気って時間と共に変化してしまうんですよね。ですので、なるべく状態を変えずにセンサなどで測定し、パソコン画面上などで人間が認識できるようにする状態にするというのが一般的でした。それも結構ハードルが高くて、空間分解能が全然足りないし結局「数値で出てくるけれど、感覚的にわからない」みたいな、そういったことがあったんです。

     なので今回開発した技術は、静電気とぶつかったときに光る材料を使って肉眼でも見えるようにしたという点が、非常に大きなブレイクスルーになりました。

    寺崎「知ってるようで実はよく知らないっていうのが一番怖いんじゃないか」って自分もずっと思っていて。静電気の可視化というのはそうした思い込みが課題だと思って取り組んだものでした。あと、産業界の方が来られて研究を見ていったときに「直接静電気を見ることができるような技術ってないですよね?」と諦めまじりの笑顔で言って帰っていったことが印象に残っていて。

     私が蛍光体に関するバックグラウンドを持っていたので、菊永さんのような静電気の研究の人が来たときに私からすれば「逆に電荷がやってきて光らないことがあるんだろうか?」という疑問が出発点になりました。

    ――異分野の人だからこそ気づけた視点ということですか。

    寺崎電荷があれば発光体は光るというのが定説だと思っていたので、菊永さんと話を進めまして電荷がやってきて光る材料を探索することにしました。これ今でも覚えているんですけど「最初はこの材料系ですかね」といって8個くらいですか、持ってきた材料のうち1個が滅茶苦茶光って。喜びに喜んでその日のうちに飲みに行ったのを覚えています。

    菊永あのときはすごく興奮していましたね(笑)。

    寺崎ここから徹夜で実験しましたとかならすごくかっこいいんですけど(笑)。

    ――ええ!(笑)光る材料を特定するのはすごく大変な道筋だったのかなと思ってましたけども、割と最初に当たりを付けたところに答えというか、いいものがあった感じなんですか?

    寺崎そうですね。菊永さんが静電気の専門家で、どれくらいの電荷が来ているという情報については聞いていましたので、「その量で機能しそうな発光材料ってなんだろう?」という観点で絞り込めた状態からスタートできたのは大きいと思います。このように他の専門家だけが聞いていたら逃しそうな情報を拾えるというのが産総研の強みだと私は思っていますね。

    研究の今後と未来の研究者に向けて

    静電気発生器からの電荷の放出により、静電気発光材料が発光する様子

    ――指を蛍光体に近づけると発光するという実験の様子を動画で公開されていると思うのですが、それをみたときに結構指と蛍光体が離れているように見えたんですよね。あの距離でも光るものなんですか?

    菊永それは私達も驚いたことなんです。「なんで光ってるんだ!?」って。

    ――え、そうだったんですか!?

    菊永静電気当てたらバァーって光らないかなと思い指を近づけたら「めっちゃ光る!」って。その後考察していったら「静電気が発生しているところと指との間で電気が流れているんだろうな」という仮説が立ったのですが色々試してみるとそうとしか説明がつかなくて。こういう現象があり得るんだっていうのをこの発光材料を見つけて初めて知りました。

    ――では動画に関しては最初からああいったものを作ろうと思ったのではなく、結果的にそうなった、というわけなんですね。

    菊永そうなんです。あれに関してはどちらかというと静電気で光るライトセーバーを作るというのが一番最初の目論見でした(笑)。

    寺崎で、間違いなく驚くたびに飲みに行って話し合ってますよね。「あれ起こったことって本当かな?」みたいな話をして(笑)。

    菊永そうそう(笑)。説明がつかないというか、常識と外れることが多くて、「え、こんなことある!?」みたいな。ずっとそうやって悩みつつ驚きつつ、そして楽しみつつやっています。

    ――お話を聞いているだけでも普段楽しんで研究をされていることが伝わってきます。ちなみに静電気の可視化の研究に関して、今後の展望ってなにかあったりしますか?

    菊永産業界で使うというのが一つのゴールです。対象物も色々あるのですが面白いと思うものの一つに車などのモビリティがあります。車が走っていくと空気と摩擦していって車体に静電気が溜まるようになるんですが、そのせいで空力が変わってしまうという報告があります。

     そのため静電気除去シートとか貼ったりすると効果があるようなんですけど、あれも静電気がどこに溜まっているのかよくわからないので、大体この辺という当たりをつけて貼っているようです。

     でもそういう問題も、静電気を可視化することでもっと効果的利用できるようになるかもしれません。

    ――静電気の可視化で燃費をよくできるというのは期待が膨らみますね。では最後にお二方から、研究者の道を志す人や科学に興味がある人にもし何かメッセージなどあればお願いします。

    菊永研究職というのは、結構驚きの連続もあるんです。基本的にはしっかり考えて実験することが多いんですけど、予想と違うことが起きるとワクワクしながら実験しています。このように楽しんで実験やってるときが研究者やっててよかったなと思いますね。とにかく研究職は楽しいよ、ということを伝えられたらいいかなと思います。

    寺崎小さい頃ってみんなワクワクして生きていると思うんですよね。色々なことに対してなんでだろうなって考えたり。でも「考えても分からないからやめてしまおうかな」とか、「生きていく上では役に立たない」みたいなことを言われちゃうとか。

     でも多分その小さな身の回りのワクワク感が今の研究の原動力に繋がっていると思っています。科学のことを考えるときも一つの方向から見たら分からなくても、なぜだろうなという気持ちで他のところから見ると当たり前のことのように思えたり。人生も同じだと思うんですけども。なぜだろうな?という気持ちは是非失わないでほしいです。それが皆さんの人生のワクワクに繋がっていくと思います。

    研究者2人の写真

     

    私達にとって研究者の生活を知る機会というのはあまりないかもしれません。
    今回お話を伺ったお二人ともとても遊び心があり、ワクワクしながら研究に向かっていて、その上でお互いの専門を活かして一人では出来なかったかもしれない大きな課題を克服することに成功しました。
    かなりあっさり解決したように話して頂きましたが、実際はかなり裏で苦労や試行錯誤があったようです。でもそれ以上に新たな発見の衝撃や喜びが強調されていて、研究の楽しさや魅力を存分に伝えてくださいました。
    私達も時には他の誰かの力も借りながら、なぜだろう?という心を忘れずに、身近な課題に向き合っていきたいですね。

     

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