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農業DXとは?

農業DXとは?

2023/05/24

#話題の〇〇を解説

農業DX

とは?

―スマート農業を超える農業全体の変革―

科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由

    30秒で解説すると・・・

    農業DXとは?

    農業DXとは、ITやロボットを活用した農業のスマート化だけでなく、食や健康の領域まで視野に入れた概念です。個別の農業生産(営農)に加えて、流通や販売、マーケティング、ブランディング、廃棄物処理、CO2排出対策なども含めた農業全体を、最先端の科学技術やデータ利活用を通じて変革しようとするものです。農業の生産性向上や農業従事者のQoW(労働の質)向上、収益向上につながり、さらには農業従事者の人材確保に貢献したり、生産物に付加価値をつけたりできる可能性を秘めたこの技術群は、農業全体ならびに、食の安全・安心、安定供給に変革を起こすのではないかと期待されています。

    日本の農業は、高齢化や就農人口の減少という大きな課題に直面しています。また、食料自給率は4割を下回り、特に家畜飼料については7割以上を輸入に頼っています。海外に依存せず、安定して必要な食料を確保し続けることは安全保障上も重要な課題です。これらの課題に対し、高効率な生産方法、付加価値向上のための新しい取り組みや新規就農者の経験不足を補う技術開発などが農業に求められています。農業DXはこうした問題を解決するための鍵となるでしょう。
    農業DXに必要な要素技術は、センシングや通信、AI、自動運転、ロボット、ドローン、バッテリー、リサイクル、バイオ、材料工学など非常に多岐にわたります。農業DXの現状と実用化に向けた取組みについて、センシングシステム研究センターの福田隆史総括研究主幹に聞きました。

    Contents

    農業DXの概要とその技術

    農業DXとは

     日本の農業従事者は高齢化し、減少の一途をたどっています。また、食料自給率も低いうえに、気候変動の影響でこれまでの農業の常識が通用しないことも増えてきており、食料安全保障の達成も重要になっています。

     このような背景もあり、農業を科学技術の力で変革する動きが出てきました。ITやデジタル技術、ロボットなどを農業に応用したスマート農業が始まり、完全に管理された環境下で、野菜の栽培や畜産物の育成が行われています。しかし、スマート化によって生産工程だけを効率化しても、農業という産業全体からみると十分とは言えません。個別の農業生産(営農)に加えて、流通や販売、マーケティング、ブランディング、廃棄物処理、CO2排出対策なども含めた農業全体を、最先端の科学技術やデータ利活用を通じて変革する必要があり、農業DXが重要になってきています。

     個別技術として発展してきたセンシング技術やAI技術をさらに改良するとともに連携させ、データを収集し総合的に解析することで、現状把握や将来の予測などにつなげることが農業DXの重要な使命です。

    図
    農業DXの概要

    農業DXの重要技術

     農業DXは極めて広い概念ですが、技術開発として大きく以下の2つに分けることができます。

     1つは、営農者(農業生産者)の利便性や収益性を向上させるための技術です。例えば、遠隔監視できる自動走行トラクター。トラクターの監視は自宅でも可能なため、少ない人数で広い農地を耕すことができます。また、農地に出て作業する時間を節約できれば、営農者の働き方自体も変えることができるかもしれません。さらに、農産物の栽培に最適な土壌や水分、気温などのデータを収集、蓄積、可視化することで、経験の浅い人でも熟練者と同様の農作業ができるようになります。また、収集したデータをAIに組み込み、栽培の手順を示すようなナビゲーションシステムが開発されれば、簡単に農業に取り組むことができるようにもなると考えられます。

     もう1つは、農業における電力やCO2の削減、リサイクルなど、「循環経済の要素となる農業」の確立をめざす技術です。例えば、野菜生産であれば、種まき、栽培、収穫、出荷、販売、消費、廃棄物処理などのプロセスがありますが、各プロセスで必要なデータを収集し分析することで、エネルギー効率が高く、CO2排出を抑えた持続可能な農業や流通を実現できるようになります。加えて、トレーサビリティ(いつ、どこで、だれによって作られたのかを明らかにすること)を確保し、食の安全性やフードロス削減にも貢献できます。さらに、消費データを生産にフィードバックすることで農業計画を最適化することも可能です。

    産総研の具体的な技術

     農業DXに必要な要素技術は、センシングや通信、AI、自動運転、ロボット、ドローン、バッテリー、リサイクル、バイオ、材料工学など非常に多岐にわたります。

     産総研で開発している技術の一つに、果実に触れることなく収穫時期を判断できるセンサがあります。赤外線分光法を応用したこの非侵襲型(対象物を傷つけずに測定する)センサは、果実に触れることなく糖度や酸度を測定でき、トマトや果物で実際に使用されています。

     ほかにも、2022年に大きな被害が発生した鳥インフルエンザなどの防疫を目的とした、高感度ウイルスセンサの開発が挙げられます。微量なウイルスを検知し、一定量を超えるとアラームを出すこの技術は、畜舎などの空間全体の防疫に貢献できると考えています。さらに、光触媒を使ってウイルスを不活性化し、きれいな空気を畜舎に送り込む装置の開発にも取り組んでいます。

    写真
    ダクト配管によって畜舎の空間全体に清浄な空気を循環させ、防疫に役立てている(栃木県大田原市)

    工業的視点を農業に取り込み、新たな地平を開く

    工業的視点を農業の現場へ

     農業と工業の大きな違いは、再現の容易さです。工業製品を製造する工場では、同じ条件を作り出すことが比較的容易にできますが、農地では地域によって土壌や地形、気候、水質などの条件が大きく異なり、また時期によっても変動します。農業は各地域に密着しており、標準化がとても難しい産業です。

     研究開発の進め方の面では、時間感覚が大きく異なります。工業に関する研究開発は、比較的短期間のサイクルで実験の結果を確認したり、同時に複数の方法を試したりすることができるので、より良いものを次の生産に反映させていくことができます。一方で、農業に関する研究は農作物の生育にあわせて行うため、実験結果をフィードバックするためには、作物によっては数年単位の時間を必要とします。

     このような違いがある中、産総研はより精密に生産管理ができる仕組みの提案を行っています。工業的な観点と技術を使うことで、局所的かつ時間を区切ったセンシングが可能になります。そして、そのデータを適時にフィードバックすることによって最適の対応を行うことが可能となります。これによって、畑ごとの出来不出来、というようにある程度の枠でデータを収集してきた農業を、畝ごとに、苗ごとに生産管理する農業に革新することが可能となります。今までの農業にはなかった、個体ごとの管理や制御を行おうとする考え方を持ち込み、収量と品質の両面を共に向上させることを目指します。

    農業DXを実現するための協力体制とこれから

     特定の値を正確に計測するセンシング技術はすでに多数ありますが、それらを組み合わせたり、使いやすい形に統合したりすることによって、これまで気づいていなかった新しい知見やデータの意味を見いだし、予測やナビゲーションに生かしていくことがこれからの課題です。

     産総研は、食料・農業・農村に関する研究開発を行う農業・食品産業技術総合研究機構や、2023年4月に福島県に設立された福島国際研究教育機構と協力して農業DXに取り組んでいきます。これからも農業DXに関心のある多くの関係企業や組織とともに、新しい分野を切り開いていきたいと考えています。

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