地域の力でタマネギをブランド化する!?
地域の力でタマネギをブランド化する!?
2019/11/30
地域の力でタマネギをブランド化する!?食品の機能を科学的に分析
「食の宝庫」とも称される北海道では、北海道産食品の機能性を見つけてブランド化につなげていくプロジェクトが進められている。生産者と自治体が研究機関、食品メーカーなどと連携し、新たな特産品をつくることで地域を活性化させる取り組みだ。産総研も核内受容体分析技術による機能性分析でこのプロジェクトに参画している。
体によい、健康によい栗山町のタマネギ
北海道は日本最大の農産物生産地として知られ、消費者は「食の宝庫」としてのイメージを持っている。農産物だけでなく魚介類も、北海道産は一段と高い価格で売られているのが一般的で、食の分野では、「北海道」がブランドとして確立されていると言ってよいだろう。
その北海道産の農作物で、「北海道」というブランドに加え、食材としての機能に着目し、独自のブランド価値を創造した野菜がある。北海道の栗山町で生産される「くりやま健康たまねぎ さらさらレッド」がそれだ。「さらさらレッド」は、多くの消費者が食材に対して期待する「体によい、健康によい」に着目し、そのニーズを満足させる機能をもつよう開発されたタマネギだ。今ではこの機能は消費者に受け入れられ、ブランド価値を含めた価格で飛ぶように売れていると言う。
タマネギは古くから健康によい食品であると言われてきた。現在ではそれが科学的に分析され、タマネギに含まれるケルセチン(ポリフェノールの一種)が生活習慣病の予防に効果があることがわかっている。栗山町の「さらさらレッド」はこのケルセチンに注目して開発されたタマネギで、一般のタマネギに比べ2~5倍のケルセチンが含まれており、より高い生活習慣病への予防効果が期待できる。
この「さらさらレッド」を町の特産品にしようと、栗山町と生産者、委託農家が中心となりプロジェクトが立ち上げられた。その結果2006年に3トンだった年間生産量は現在200トンにまで増加した。今では全国の百貨店でも販売されているほか、ネットで注文を受けて全国に配送しており、栗山町の「さらさらレッド」はご当地ブランドのタマネギに成長したのである。
タマネギをこのようにブランド化できたのは、生産者と栗山町が一体となり努力したことが大きいが、それを裏で支えたのが産総研北海道センターの機能性分析だ。同センターが核内受容体分析技術を用いて、「さらさらレッド」には健康によい成分が多く含まれていることを科学的に裏付けたのである。
どうすれば消費者に納得してもらえる?
品種改良で「さらさらレッド」を作出したのは、植物育種研究所の岡本大作社長である。岡本は、ある種苗メーカーの研究者だったが、一般的に農作物の品種改良は「病気や寒さに強い」「形や大きさが揃いやすい」といった生産者側の扱いやすいさが重視されていた。しかしそれに疑問を感じ、育てやすさよりも、“おいしくて体によい”という、消費者のニーズを満たす野菜をつくりたいという思いから、2003年に独立、植物育種研究所を設立した。そして自身にタマネギの品種改良の技術と経験があったこと、日本でも海外でも多くの料理に使われ消費量の多い野菜であることから、タマネギの品種改良の研究をスタートさせた。
研究開始にあたって岡本は、300種以上のタマネギを世界中から集め、同条件で栽培。それらのすべてについてケルセチン含有量の分析を行った。
「その結果、品種によってケルセチンの含有量にばらつきがあることがわかりました。そこで、含有量が多い品種同士を交配し、よりケルセチンの多い、より健康によい品種を作出しようと考えたのです」
タマネギは葉物野菜などに比べて、種から育てて種を得るには2年と長い。そのため、品種改良に長い時間が必要となる。しかもタマネギは消費量が多いため、流通価格も安い。品種改良を始めた頃、周囲の反応は「健康によいからといって、人はタマネギに高いお金を払わないだろう」と冷ややかなものだった。しかし、岡本は健康によければ価格が少し高くてもほしい人は必ずいる、と考えていた。
実際に販売してみると、岡本の読みどおり、健康に関心をもつ人は多く、販売量も増加し、生産量も年々拡大していった。健康によくておいしい野菜に対するニーズは確実にあったのである。
しかし、岡本はこれで満足しなかった。
「健康によいといっても、本当にそうであるのか消費者にはわかりませんし、納得もしてもらえません。このタマネギが本当に健康によいものであることを説得力をもってアピールするにはどうしたらよいのかと、考えるようになりました」
健康タマネギの機能性が科学的に裏付けられた
転機は2012年に訪れた。経済産業省北海道経済産業局と公益財団法人北海道科学技術総合振興センター(ノーステック財団)から、「さらさらレッド」の機能性分析試験を受けてみないかと打診されたのだ。
ノーステック財団は北海道の産業の振興と地域経済の発展を目指し、研究開発から事業化までの一貫した支援を行っている公益財団法人である。
「私は北海道産の農産物に付加価値をつけ、北海道の農業や食品産業を盛り立てていきたいと考えていました」
そう語るのはノーステック財団の佐藤謙一である。
「そのひとつの方法として、コレステロールを下げたり、血糖値を上げにくくにしたり、生体リズムを整えたり、北海道の食品の中にそのような機能をもつ食品はないか、科学的な分析を通してこれらを見つけていけないか、というプロジェクトを始めました。高い機能性をもつことが科学的に示せれば、ブランド化のきっかけとなり新しい市場をつくれるだろうと考えたのです」
このプロジェクトの中では、さまざまな機能性分析法が用いられているが、機能発見のために最初に行われる試験系のひとつが、産総研北海道センターが得意とする核内受容体分析技術である。
岡本は核内受容体分析技術を用いた「さらさらレッド」の機能性分析を提案されたのだが、当時そんな言葉は聞いたこともなかった。
「核内受容体分析試験は、食品などに含まれる物質が体内に入ったときの実際の細胞への効果を調べるものだと聞きました。成分が含まれているというだけでは本当に人間の体内で作用するのかまではわかりませんが、この評価法を使うと実際に細胞レベルでの作用がわかるというのです。しかし、通常は薬品の開発に使われている技術だと聞き、最初は野菜には関係がない世界のものだと感じました」と言う。
しかし、岡本は北海道経済産業局の熱意に押され、タマネギの機能性分析を受けることにした。
「結果を見て本当に驚きました。同じタマネギでも、品種によって明らかに異なる結果がでていたのです。そして『さらさらレッド』に関しては、その成分が血糖値のコントロールなどにも関わっている核内受容体と結びついたことがはっきりと示されていました」
産総研北海道センターが、「さらさらレッド」がもつ機能性を最先端の技術で明らかにしたのだ。普通のタマネギとの違いに科学的な根拠があることは、消費者に対しても生産者に対しても有用な情報となった。「さらさらレッド」の販売は、これを機に勢いを増すことになる。
核内受容体を利用した機能性分析
核内受容体とは細胞内のタンパク質で、ホルモンなど特定の物質とだけ結びつく性質を持っている。対応する物質との結合が引き金になって、さまざまな細胞の機能や代謝などを調節する「スイッチ」の役割をもつものだ。「さらさらレッド」の場合は、その成分がこの核内受容体のうち血中の糖や脂質のコントロールなどの作用を示すことがわかっている核内受容体に強力に結びつくことがわかったのだ。
「例えば女性ホルモンの分泌量が減ると、その分作用も小さくなり、骨粗鬆症になったり善玉コレステロールが減ったりする原因となります。一般に『それを補うには大豆を食べるとよい』と言われていますが、大豆に含まれるイソフラボンが核内受容体と結びつくからです。つまり、ある成分を含んだ食品を食べることで、体の機能を調節できる可能性があるわけです」
そう笑顔で話すのは、長く核内受容体の分析技術を研究してきた北海道センター所長の扇谷悟だ。
扇谷と生物プロセス研究部門の森田直樹が開発に取り組んでいる「核内受容体レポーターアッセイ」は、対象の物質の中にヒトの核内受容体を活性化させる成分が入っているかどうかを、簡便かつ高感度で調べる技術である。ヒトの核内受容体は48種類あるが、現在、産総研のアッセイは、そのうち29種の核内受容体について一度に評価でき、日本で最大規模を誇る。
評価方法は、まず、サルやヒトの細胞を培養し、そこにヒトと同じ核内受容体の遺伝子を導入することで、ヒトの体内の核内受容体と同じようにはたらく細胞をつくるところから始める。細胞内には発光たんぱく質遺伝子も導入しておく。
「調べたい核内受容体すべてについて、同じように細胞をつくり、そこに食品なり食品由来の物質なりを入れて、どの核内受容体が活性化するかをみるわけです。活性化すれば細胞が発光するようになっており、光の強度によって物質の含有量が多いか少ないかも測定することができます」
現在、アッセイの研究開発やサンプルの分析を担っている森田は、そう説明する。
細胞に作用したからといって、ヒトがそれを食べたときに効果があるという保証はない。しかし、本当にヒトが食べて効果があるか——例えば、実際に血糖値が下がるのか、コレステロールが下がるのか——などを調べるには、動物実験やヒト介入試験を行う必要があり、それには大きなコストがかかる。
「製薬メーカーとは異なり、中小の食品メーカーや農業生産者がいきなりそのような高額の分析をするのは困難です。しかし、この機能性分析試験によって、その食品には体内の機能調節にかかわる物質が含まれているとわかるだけでも、食品の高付加価値化のきっかけにはなると思います。低コストで評価できるこの方法は、そこで十分お役立ていただけると考えています」(扇谷)
研究室での「実験」から社会での「実証」へ
北海道経済の活性化の糸口をつかもうと、ノーステック財団はこれまで、産総研の核内受容体レポーターアッセイ技術を用いて、北海道のさまざまな農産物の機能性を調べてきた。
「タマネギに大豆、黒米をはじめとする北海道産の米、最近種類が増えているカラフルポテト、健康食品にも使われているクマザサやアイヌが伝統的に食べていたヤブマメなど、地域おこしにつながりそうな食品は、たくさん試しました」と、佐藤は言う。
すべての分析を担当してきた森田も「予想通りの結果がでることもありますが、その中で思ってもいない核内受容体が反応すると、えっ、この野菜にこんな機能性が?と楽しくなります」と笑う。
そういった取り組みによって、本州と同じ品種であっても、北海道産の農産物の方が機能性が高いと言えそうな例も発見できたという。
「さらさらレッド」については、産総研の分析で好結果がでた後に、北海道情報大学の協力を得て、実際にヒトが食べて効果が出るのかを調べるヒト介入試験を実施した。その結果も「効果あり」。「さらさらレッド」が健康によいことは、科学的に明らかになった。
地域産業の活性化に貢献することが産総研地域センターの使命
産総研北海道センターはノーステック財団と連携して、さまざまな北海道産の食品の機能性試験を行ってきた。この連携により、産総研北海道センターの研究の裾野が大きく広がったという。
「それまで外部のサンプルを分析するのは特定の食品メーカーとの共同研究のときぐらいでしたが、今はノーステック財団が食品関連企業や第一次産品の生産者に話をし、機能性に対する興味をもってくれた方々を紹介してくれます。このようなかたちで地域と連携し、地域産業の活性化に貢献することは、産総研の重要な役割です」と扇谷は言う。
気軽に機能性を評価できるこの技術は評判も広がり、北海道のみならず、全国、例えば遠く沖縄県から、シークヮーサーやもずくなどの特産品の分析を依頼されたこともある。地域の特産品に新しい機能がみつかればアピールポイントが増え、イメージアップにつながることも期待でき、地域活性化にもつながっていくという視点からの依頼だった。
佐藤は、農産物の機能性を科学的な客観性をもって評価することがとても重要だと考えている。
「会社の規模が小さく自社で分析できない場合でも、科学的なエビデンスがあれば私たちがコーディネートしていくことができます。このような広範な核内受容体を用いた食品の機能性評価ができるのは、産総研を含め世界に数機関しかありません。産総研にはぜひこれからも協力をお願いしたいと思っています」
扇谷も、これからも北海道のために積極的に分析に協力したいと力を込める。
「北海道センターは産総研の地域拠点であると同時に、北海道にある研究機関のひとつでもあり、この地の他のいろいろな機関と連携して、北海道のためになる仕事をすることも、私たちがここに存在する意義のひとつだと考えています。私たちの分析をきっかけに、製品化につながり、市場が拡大し、生産者と消費者がともに喜んでいただければ本当に嬉しいですね」
産総研北海道センターとしては、今後、より多くのサンプルに対応できるよう、分析体制を増強していきたいと考えている。
「核内受容体分析は食品の隠れた機能を調べるのに役立ちます。産地や栽培条件、保存条件が違ってもそれぞれ異なる数値が出ることがあります。簡便に、かつ一度に多くの機能性を同時に調べることができますので、差別化を進めるのにはとても有効な方法だと思います。ぜひ機能性分析を試し、食品の高付加価値化にお役立てください」と言う森田は、地域の特産品の新しい価値を見つけることを楽しみにしながら、北海道の産業活性化の力になりたいとの強い思いを秘め、分析技術のさらなる改良を進めている。
株式会社植物育種研究所
代表取締役
岡本 大作
Okamoto Daisaku
北海道科学技術総合振興センター
(ノーステック財団)
アドバイザー
佐藤 謙一
Sato Kenichi
北海道センター
所長
扇谷 悟
Ohgiya Satoru
生命工学領域
生物プロセス研究部門
総括研究主幹
森田 直樹
Morita Naoki
その食品がヒトの体にどう働くのか? その機能を知りたい方はぜひ一度ご連絡を。
産総研
北海道センター
産学官連携推進室
農工連携支援チーム
産総研
北海道センター
生命工学領域
生物プロセス研究部門
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