農工連携で「新しい農業」をつくる!
農工連携で「新しい農業」をつくる!
2018/04/30
農工連携で「新しい農業」をつくる! 産総研と農研機構が起こす農業イノベーション
産総研と農研機構、ともに国立研究開発法人である両機関には、それぞれの担当分野で基礎から実用化までの研究開発を一体的に推進し、成果の最大化を図り、国際競争を勝ち抜く産業力の強化に貢献することが求められている。
2018年3月、両機関は、農林水産業が全国一の北海道で、生産性向上と付加価値創造を目的に、「アグリテクノフェアin北海道」を共催した。 これを機に両機関の理事長に、最先端技術を企業や農林水産業の現場に橋渡しする取り組みや課題について話していただいた。
人手不足など課題の多い今こそ農工連携のチャンス
—松岡「アグリテクノフェアin北海道」は、農業等の第一次産業や、それらを活用した食品加工業、流通業等関連産業などの生産性向上、付加価値の創造などを目的に、産総研と農研機構の先端研究シーズを関連企業の皆様へ橋渡しする機会とするものです。両機関が日本の第一次産業・アグリビジネスの発展に向け、最先端技術を企業や農林水産業の現場に橋渡しするためにどのような取り組みをしているのか、そこに至る課題認識も含めてお話しください。
井邊農研機構は農業・食品産業技術を中心に研究開発を行っています。農業をはじめとする第一次産業では高齢化が非常に進み、担い手の減少が問題になっている一方で、生産規模の拡大が進んでいるという現状があります。私たちは、これを農業の構造改革を進めるチャンスだと考えています。人手不足に対応するにはロボットの導入やICT(情報通信技術)の活用などによる作業の無人化が必要であり、そのためには異分野との連携が不可欠になります。農研機構にもAIの研究者はいますが、自前ですべての研究ができるわけではありませんから、産総研はじめICTやAIの得意な研究機関、民間企業との連携が非常に重要であると考えています。
また、日本の農業分野では法人の生産規模が非常に小さく、自前で研究開発する能力がないという課題があります。私たちはそのような生産者と組み、私たちの、あるいは大学や民間の技術を生産者とつなぐ橋渡しの役割を果たす必要があります。近年はこのような現地での取り組みを最重要課題と考え、私たちの成果を現地に移植し、生産者や食品産業の皆さんとともに実証実験に取り組むことも増えています。こういった取り組みは全国約500カ所、テーマも500以上に上ります。農研機構には地域農業研究センターが5カ所ありますが、中でも北海道農業研究センターは、農研機構の研究成果を現地に発信していくフロントラインの中心的な役目を担っています。食品産業については、研究開発機能をもつ大手メーカーとの共同研究を行うとともに、そういった機能をもたない中小メーカーともニーズに沿った研究を進めています。
中鉢産総研は2001年に当時の15の国立研究所と計量教習所が統合されて、現在の産業技術総合研究所となりました。グリーンテクノロジー、ライフテクノロジー、インフォメーションテクノロジーを中心に、産業技術を開発し、企業に橋渡しすることを重要なミッションの一つとしています。産総研といえば鉱工業関連技術に取り組んでいるイメージが強いのか、ライフテクノロジー分野の認知度は低く、第一次産業を営む方々との接点はまだあまり多くありません。しかし、井邊理事長もおっしゃったように、最近は第一次産業でも、ICTやIoT、AIなど、これまで鉱工業やエレクトロニクスのコア技術だと思われていた技術のニーズが高まっており、新たな農工連携の機会が出始めているフェーズにあると思います。
農工連携ということでは、産総研の北海道センター内の植物工場でイヌの歯周病薬の材料となる遺伝子組み換えイチゴを栽培するなど、アグリテクノロジーの研究も進めています。今回のアグリテクノフェアは、第一次産業の盛んな北海道で、私たちにはどのような技術があり、どのようなソリューションを提供できるかを農研機構とともに示す、非常に意義のある機会だと考えています。
井邊私たちが異分野融合を進める背景には、農政の動きもあります。これまでの農業は補助金で支えられてきた面がかなりありますが、今は農業でも一般産業の視点が重視されるようになってきました。他の産業界との結びつきは、これからより重要になっていくでしょう。2017年12月に農研機構は日本農業法人協会と経団連との間で「農業技術革新連携フォーラム」を開催しましたが、このようなことを通じて一般産業、あるいは異分野との結びつきをより一層強めていく必要があると考えています。
中鉢産総研はバイオテクノロジーの研究も行っており、IoTやAIだけではなく、育苗や育種のところでもお手伝いできるのではないかと思います。
先端技術の社会実装には連携が不可欠
—松岡2008年11月に産総研と農研機構は、共同研究などによる研究開発や研究交流を促進する協定を締結し、連携を進めてきました。産学官の連携や国際競争力の向上という点ではどのような取り組みをしているのでしょうか。
井邊独立行政法人になって以来、農研機構は研究開発成果の社会実装の強化に取り組んできました。しかし、人員や予算などの研究資源が限られている中で、すべてを自前でやっていくことには限界があるため、他機関とそれぞれ得意な分野をもち寄って共同研究をすることが原則になっています。連携はある意味で農研機構のモットーにもなっているのです。
シーズについては大学や理研といった基礎研究を行う機関と組んで橋渡しし、私たちの成果をどのように社会実装していくかという面では、さまざまな民間企業や生産者と連携していくことが考えられます。産総研と私たちの立場は共通するところがありますので、お互いの経験を生かしながら一緒に進めていきたいと考えています。
特に農業は、これからは規模を拡大する中で生産コストを下げ、国際競争力を高めていく必要があります。そのためには先ほども申し上げましたが、ロボット技術やIoT、AIなどが不可欠でしょう。
また、日本の農産物はおいしいと他国からのニーズも高いので、その得意なところを生かし、さらに品種開発を進めたりバイオテクノロジーで付加価値を高めたりすることで差別化を図っていくことが重要だと考えています。バイオテクノロジーによる差別化の例としては、産総研との連携によるアレルゲン除去卵の開発が実を結びつつあります。このような農産物の付加価値を高める方向の連携が、この先、私たちの生命線になるでしょう。
中鉢基礎研究や発明をイノベーションに結びつけていくには、学界から始まる科学の成果を産官学連携によってテクノロジー化し、それを社会に変革をもたらすものに変えていく仕組みがなければなりません。さらに言えば、産学官「金」とも言われるように、金融界のお力添えも必要かもしれません。そのようなリソースを投じて社会に反映させていく役目を、農研機構、産総研、大学、そして産業界は担っていると思います。
そんな中で、産総研では産業界のニーズをもっと聞こうということで、イノベーションコーディネータという企業連携の専門部隊が、さまざまな企業を訪問しています。彼らは、北は北海道から南は沖縄まで、今この瞬間も企業を訪問してニーズをお聞きし、答えを出すという活動をしています。個々の企業ニーズに合う技術を提供するために、私たちはオール産総研でソリューションを探し、それで足りないところは大学や他の研究機関、あるいは海外との連携も含めて答えを探す、ということをやっています。
また、産業界に関しては、ニーズをより早く聞くために、「冠ラボ」と称した企業研究室を産総研内に設置し、自社の研究所のように産総研を使っていただいています。現在、8つの冠ラボが活動中です。
そして、大学はイノベーションの芽を育てる大切な機関ですので、そこでの知見をいち早く取り入れるため、大学内に「オープンイノベーションラボラトリ(OIL)」という産 総 研の研究所を設置する取り組みを進めています。現在、東京大学、京都大学、名古屋大学など7つの大学に設置しており、例えば名古屋大学であれば天野浩先生の窒化ガリウムの研究室と組む、東北大学であれば新規材料の開発期間を短縮する計算科学のラボをつくるなど、大学と産総研の互いの強みを融合させる連携を行っています。
こういった大学の先端的な成果をいち早く取り入れて産業化に向けて橋渡しをすることは、国際競争力を高めることにもつながっていくと考えています。
バイオテクノロジーで農業革新を
—松岡2018年1月には、政府がバイオ技術の活用戦略として、民間企業が参加する共同研究プロジェクトの推進、産学官連携を整備して生物や植物を活用した新素材を製造業や医療分野の成長につなげていくこと、そして人材育成支援などを盛り込むことを発表しました。ゲノム編集技術の発展により、薬や化粧品に利用できるカイコや、杉花粉の花粉症を改善する効果をもつコメなど、さまざまな新しい生物資源も生まれていますが、今後の農業の発展に関して感じていることをお話しください。
井邊今、「ゲノム編集」という画期的な技術が広がりつつあります。これはターゲットとなる遺伝子のみを選択的に改変できるもので、現在、農業分野でも農研機構を中心に、日本のさまざまな作物においてゲノム編集が可能だということを実証しつつあります。この技術の活用法の一つとして、私たちの遺伝子品種改良センターは米の収量の増加を提案しています。現在、ゲノム編集したイネの新しい系統を、いよいよ自然の条件下で実証実験する段階にきているのですが、最新データによると、実際に米の収量が増加することが明らかになっています。
また、先ほど話に出たアレルゲン除去卵ですが、これはニワトリの遺伝子をゲノム編集して、ある1つのアレルゲンの遺伝子を欠損させた卵を産ませるという研究です。このようにゲノム編集技術は新しい農産物をつくる方法の一つであり、さまざまな方面の農業革新に結びつくと期待しています。
ただ、こういった研究が産業に結びつくまでには長い道のりがあります。ニワトリの例では、まずは7種類のアレルゲン遺伝子をもたないニワトリを確立させ、次にそのニワトリが産む卵がそのアレルゲンをもたないことを確認する。さらに、そのニワトリや卵が本当に人間にとって安全なのかを検証する。そして、企業に使っていただく段階では、除去したアレルゲン以外のアレルゲンをどうするかなどの問題も踏まえて製品の材料にしていただく。そこで初めて産業化に結びつくわけです。新しい農産物は産業化するまでに非常に多くのクリアしなければいけないステップがあります。その長い道のりの中で、多様な仕事に関して産総研と連携していけたらと考えています。
中鉢農研機構の扱う第一次産業は非常に歴史が長く、野生動物を捕らえるところから考えると、縄文時代に端を発するとも言えるでしょう。植物からデンプンや糖をつくるメカニズムも今日まで生き続けています。一方、農作業の労力は、その時代の技術を取り入れて変化し、かつては人力か家畜で行っていた作業を、近代以降はトラクターなどの機械を用いるようになりました。そして現在では、IoTやAI、ロボット技術、広い意味での情報技術や遺伝子組み換え技術など、産総研の有する技術との多様な組み合わせが可能となっています。まさに今は、連携するのによいフェーズだと言えるでしょう。
農研機構の長い歴史をもつ技術と、私たちの近代以降の技術が組み合わさることで、何かが起こるという期待感が私にはあります。それがうまく実現できれば、社会を大きく変えていける可能性もあるように思います。
ただ、先ほど井邊理事長もおっしゃったように、新しい技術の成果を使っていくときに、それが人間にどのように役立つかは吟味が必要であり、その検証も併せて進めていく必要があるでしょう。アレルゲン除去卵については創薬への適用の可能性が考えられており、それはすでに現実の取り組みになり始めています。新しい成果が出ると、そこを中心にさまざまな新しい産業が出てくるわけですね。私たち国立研究機関への社会の期待は、新しい技術をいかに新しい産業につなげるかという点にあると思いますので、出てきた成果を大きく育てるところまで確実に取り組んでいく必要があると考えています。
農工連携が期待される3分野
—松岡お互いのもつ知見を生かし連携を進めることは、社会の要請に応えていくことにもなりますね。それではより具体的に両機関が連携できる分野はどのようなものがあるでしょうか。
井邊私たちは次の3つの連携分野があると思っています。1つ目は何度も話に出ているロボットやAIです。この分野に関しては、すでに農業現場でGPSガイダンスつき農業機械や自動操舵の農業機械が販売されています。GPSガイダンスつき農業機械の方は2008年から2016年の間に8600台が販売され、購入地域は8割程度が北海道です。また、自動操舵の農業機械は販売数約3000台のうち、9割が北海道です。この分野では北海道の生産現場で連携を進めていけるでしょう。
2つ目はバイオです。この分野はゲノム編集等さまざまな可能性を秘めていますが、反省点もあります。遺伝子組み換え技術は世界的には農業イノベーションとして大きな位置を占めており、すでに世界で4億ヘクタール規模の生産が行われています。しかし残念ながら、日本では遺伝子組み換えに関する社会的コンセンサスが形成されておらず、作物は生産できていません。ゲノム編集はこれを踏まえ、社会的理解を積極的に求めながら進めることが前提になると思います。
そして3つ目はスマートフードチェーン、すなわち食品の生産から商品として販売されるまでのプロセス全般のシステム化です。育種から始まり、栽培、収穫、加工、それから私たちのお腹の中に入る健康のところまで一気通貫でシステム化するイメージです。この中で、流通プロセスにおいて生じる温度ギャップが衛生管理の面から非常に問題になっており、このあたりの課題解決を産総研と一緒にやっていきたいと考えています。
中鉢私も農研機構と産総研が連携することで、今はまだ私たちも気づいていないような可能性が出てくると考えています。北海道はフード・コンプレックス国際戦略総合特区に指定されているので、それを追い風にスマートフードチェーンについても進めていきたいですし、科学的なエビデンスを伴う機能性食品なども開発できればよいと思います。
持続可能な社会の構築のために
—松岡社会的課題の解決のために、特に2015年に採択された国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に向けて取り組まれていることをご紹介いただけますか。
井邊SDGsには科学技術が社会的貢献を果たせるということが明示されており、私たちもそれを意識して、農業や食品等の産業と技術革新をつないでいきたいと考えています。
特に私たちが取り組むべきテーマに気候変動があります。例えば温暖化による米の品質や収量の低下があり、それに対する適応策を考えていく必要があります。一方で、農業自体が温室効果ガスを発生させている面もあり、その発生を抑制することも取り組んでいくべき課題です。
さらに、私たちは陸上の生物の多様性にも貢献できると考えています。農研機構の農業環境変動研究センターでは気候変動や生物多様性に関する研究を行っていますが、それは生物多様性も農業にかかわっているからです。天敵や病害虫抵抗性品種により農薬を使用しない環境保全型農業により、生物多様性が非常に富んでいる地域で生産された農作物は、里山や生物多様性に関心のある消費者にとって非常に高い付加価値がつくと思います。大規模化が難しい地域で農業を活性化するには、生物多様性などの環境問題に取り組むことも一つの方法となると考えています。
中鉢産総研の初代理事長である吉川弘之先生は、2001年の産総研発足時、産総研は持続可能な社会のためにあるということを明確に憲章に示し、職員も「社会の中で、社会のために」の方針のもとで研究活動をしてきています。それもあって、グリーンテクノロジー、ライフテクノロジー、インフォメーションテクノロジーを研究分野の柱に据えているわけですが、これらの進展により科学や技術はSDGsの達成に貢献することができると考えています。
技術が複雑化し、多様化している現代においては、社会を変える技術開発は、研究者個人の力だけではなかなかできません。一人の研究者が大発明をするのも重要ですが、これからはそれ以上に、連携できる人が社会を変えていくのではないかと感じています。私たちもそうですが、企業の皆さんにも自前主義を捨てていただき、国立の研究機関はもとより、国際連携、地域連携や学界、産業界、金融界との連携など、さまざまなパートナーと連携していく必要があるのではないでしょうか。
今こそ、知を結集して人類共通の問題に取り組むべき時だと、私は考えています。何千年何万年の知見を蓄えている農研機構と私たちのナレッジとで、何か新しいものを生み出し、日本の発展のために役立てられればと願っています。
—松岡SDGsに対する両機関の取り組みは非常に重要であり、その中ではお互いの連携が必要になってくることが、今後いくつも出てくるでしょう。
本日のお話を通じて、両機関ともに連携の重要性を強く意識していること、連携により単に技術をつくるのでなく、新しい農業をつくること、そして技術を社会に定着させることが重要だと考えていることがよくわかりました。今後も両機関が力を合わせ、さらなるイノベーションの創出と社会的課題の解決に邁進してくことを期待します。本日はどうもありがとうございました。
国立研究開発法人
産業技術総合研究所
理事長
中鉢 良治
Chubachi Ryoji
国立研究開発法人
農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)
前理事長
井邊 時雄
Imbe Tokio
国立研究開発法人
産業技術総合研究所
理事 兼
生命工学領域
領域長
松岡 克典
Matsuoka Katsunori