産総研にはどんなセンシング技術があるの?
産総研にはどんなセンシング技術があるの?
2020/09/30
産総研にはどんな センシング技術があるの? センシング技術を集約し、オール産総研で企業と連携
自動車の安全機能向上、自動運転の開発、橋梁・道路などインフラの異常診断、健康な生活を送るための心身の状態の把握、疾病の検知など、“センシング”という技術はさまざまな分野で活用され、社会課題の解決や人々の生活向上に大きく貢献している。産総研でも多様な領域でセンシングに関する研究が行われているが、所内に分散するセンシング技術を横断的に集約、見える化し、企業ニーズに迅速に応えられる体制を構築しようとしている。
センシング技術に対する企業のニーズにオール産総研で応える
──エレクトロニクス・製造領域に「センシング技術連絡会」ができたそうですが、これはどんな組織なのですか?
産総研ではさまざまな領域で、多様なセンシング技術を研究しています。産総研のどこに、どのようなセンシング技術があるかを集約してデータベース化し、オール産総研としてセンシング技術を打ち出していく体制を整えていきたいと考え、連絡会を立ち上げました。2019年に新たに設立したセンシングシステム研究センターに中核を担ってもらい、各領域のイノベーションコーディネータなどにも協力してもらう全所的な取り組みです。
産総研の取り組みの一つは技術を社会に橋渡しすることですが、エレクトロニクス・製造領域の研究内容は産業と直結しており、私たちは常に、どのように技術を橋渡ししていくかという問題に直面しています。先に述べたセンシングシステム研究センターの立ち上げも、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)ですべての人とモノがつながる未来社会に向けて、自動車や工場などの機械システム、道路や橋などのインフラの状態、ウイルスなどの病原体、人々の感じる快適や苦痛など、フィジカルな空間で生じるさまざまな出来事をセンシングして情報化し、サイバー空間に接続することが求められている、という将来展望を踏まえたものです。社会から求められ、かつ日本が強い分野でもあるセンシング技術にしっかり取り組んでいくことが、産総研にとって重要であると考えました
──センシングシステム研究センターが産総研のすべての領域のセンシング技術を網羅するのですか。
センシング技術の範囲は広く、産総研でもさまざまな領域で研究が行われています。一方で、せっかくこのような研究センターをつくるのであれば、エレクトロニクス・製造領域に限らず、すべての領域の技術も含め「こんなセンシング技術がほしい」「こんな技術はできないか」といった外部からのニーズに対してオール産総研でワンストップ対応ができる機能が必要ではないか、という意見が出てきました。
もちろん産総研には総合窓口があり、外部からの問い合わせに対応し、適宜、研究者につないでいますが、どこでどのようなセンシング研究がなされているかは、産総研の人間であっても把握しきれていない現状があります。そこで、エレクトロニクス・製造領域が中心となり、産総研すべてのセンシング技術を把握し、整理して、外部に適切に紹介できるようにしようと考えたわけです。
──企業はニーズにあったものを探すのが楽になるということですね。
産総研にどのようなセンシング技術があるのか、研究者たちもすべてを知っているわけではないため、これまで研究現場では企業のニーズに応えきれなかったケースも数多くあったと思います。それは産総研だけでなく、企業にとっても機会の損失となります。技術の橋渡しを推進するためには、産総研全体のセンシング技術を整理して企業に提供できるシステムが必要でした。
産総研内のセンシング技術を徹底的に調査し集約した
──産総研内のセンシング技術を、どのように把握していったのですか。
まずはそれぞれの領域、それぞれの部門に対し、センシング技術にかかわる研究をしているかというアンケート調査から始めました。そこで上がってきた情報をもとに、研究戦略部のスタッフがつくばだけでなく、全国各地に赴いて個別にヒアリングを行い、技術の把握に努めました。現在はその情報をデータベースとしてまとめ、対象者限定ではありますが、開示もしています。
──データベースを開示する対象は。
現段階ではセンシングシステム研究センターが運営する「FIoTコンソーシアム」の会員企業約50社や、産総研の技術コンサルティングの契約者の一部に、データベースの内容をすべて開示しています。一般の企業にはタイトルだけをオープンにして、内容を知りたい方には個別にコンタクトしていただく仕組みで進めようとしています。今後は産総研の他のコンソーシアムの会員企業への開示も予定しています。
──調査を進める中で、興味深く感じた点はありますか。
もともとセンシングのために開発された技術ではなくても、センシングに使える例が多々あることを再認識しました。
例えば、チップ間をつなぐフレキシブルな配線をつくるとき、この配線をつくるための導電線インクの研究開発に注力します。この導電線インクで実際に配線をつくり基板に実装したうえで曲げてみると、電気抵抗が変わってしまった事例がありました。これは、欲しい機能からみれば失敗です。しかし、曲げると抵抗が変わるのであれば、抵抗値の変化から曲がり具合を知るセンサの材料に使えるかもしれないと発想を変え、風の状態を知る面状センサに応用された例があります。
あるいは、梅雨時に反応が不安定になる材料があり、原因が湿気だったとすれば、湿度センサとして使える可能性もあるわけです。このように、本来の目的には使えなくても、他の用途にセンサとして活用できる例は多くあります。センシング技術に取り組んでいる部署を把握しにくいのは、そのような転用例の多さも一因となっていました。今回私たちは、そういったものも含め、産総研にあるセンシング技術の多くを把握できたのではないかと思っています。
内部連携を進めれば外部連携につなげやすい
──現在はどのような活動をしているのですか。
第一に、産総研内の連携です。もともとは外部のニーズに応えようと始めたプロジェクトですが、実際にどの研究者がどのような研究をしているかを知ったことで、内部連携の重要性に気がついたのです。
産総研内には似たようなテーマの研究をしている人があちらこちらにいますが、領域が異なっていると、他の研究を知る機会はほとんどありません。しかし、データベースによってお互いの研究内容を把握し、必要に応じて連携できれば、研究が加速する可能性は大いにあります。実際、この研究者とあの研究者が連携することで、より高いレベルの成果につながるのではないかと考えられるケースは多々あり、現在私たちは研究者同士の「お見合い」を積極的に働きかけています。
もう一つは、当初の目的通り、データベースを活用したオール産総研ワンストップサービスの提供です。本部だけでなく、各領域・各地域センターにいるイノベーションコーディネータにも活用していただき、外部のニーズを適切な研究者に迅速につなぎ連携を促進していきます。
──研究者同士のマッチングは成果を上げていますか。
まだ始めたばかりですが、情報交換を継続的にすることになったという例も、実際に成果につながった例もあります。また、共同でプロジェクトを立ち上げ、外部資金を申請するという人たちもおり、相互に協力するよい機会になっていると感じます。
──イノベーションコーディネータがデータベースを活用した事例があれば教えてください。
産総研の北海道センターは農業・バイオ系の研究に力を入れており、イノベーションコーディネータも農工連携を意識してマッチングを進めています。現時点で具体的なお話はできませんが、今回、農作物の付加価値を高めるために使えそうなセンシング技術を、イノベーションコーディネータがデータベースから探し、農業事業者とのマッチングを働きかけています。
当領域でも、データベースから企業との連携に適した技術をピックアップし、航空機分野やインフラ系企業へ異常検知技術を中核とする連携につなげており、技術の橋渡しに有効なツールであると実感しています。
「使える」「使われる」センサの開発を目指して
──今後の活動予定は。
まだ把握しきれていないセンシング技術を探し出し、企業のニーズにさらに対応できるよう、データベースを拡充していきます。 また、これからデータベースの公開範囲を広げ、企業の方々にもっと活用していただけるようにしていきます。企業の方には産総研の技術シーズをどんどん発掘してもらい、活用していただきたいですね。
そして、産総研の内部連携を進めるツールとしての機能をさらに強化していきます。多様な分野のプロの研究者がいるところが産総研の強みですが、お互いに組んで研究することで、その強みはより効果的に発揮されるでしょう。
──産総研のセンシング技術の特徴はどのようなところにあるのでしょうか。
センサにはさまざまな種類があり、いろいろな状況で使うことができます。産総研が企業と連携を進めるには、この「使える」という点が非常に重要です。ある状況に対して反応する物質があり、そこから物理量を計測できたとしても、それがすべてセンサとして使えるわけではありません。既存技術に対して優位性がなくては意味がありませんし、コスト面も含めて使う側にメリットがなければいけません。そのような意味で「使える」技術であるかが、私たちには常に問われています。
さらに、その先の未来への希望といってもよいのですが、産総研のセンシング技術であるからには、たとえ現時点では形になっていなくても「これから先に使われる物語」をもっていなくてはなりません。センシングシステム研究センターに「システム」という名前がついているのも、センサをシステム化し、本当に使えるものにしていく、ということを示しています。
──センシング技術が社会課題の解決に貢献する例を、いくつか挙げていただけますか。
高度成長期につくられたトンネルや橋などのインフラは更新の時期を迎えていますが、現在は新しくつくるのではなく、できるだけ維持して長寿命化させる方向で進められています。センサでインフラの危険箇所などを自動診断する技術は、コストをかけずに安心・安全を維持するために非常に役立つはずです。また、センシングして得られたデータをAIで解析して測定精度を上げ、現場で本当に使えるシステムにする研究もいくつも行われています。
さらに、高齢化社会で医療保険制度の健全な運営が困難になっている中で、健康を維持していくことは日本人にとって重要なテーマです。産総研では人間の心身を計測するさまざまなセンサを開発し、健康の増進や維持などに活用できるシステムとして組み上げています。
もっと基礎的な研究分野としては、最高レベルの「測る」技術を開発して、国際標準の高度化にも貢献しています。
産総研はこのように多様で高度なセンシング技術を持っています。そして私たちは企業の皆さまからのニーズに応えて必要な技術や人材をご紹介できる体制づくりに取り組んでいます。センシング技術で解決したい課題があれば、ぜひ産総研にお問い合わせいただければと思います。
エレクトロニクス・製造領域研究戦略部
研究戦略部長
森 雅彦
Mori Masahiko
産総研のセンシング技術を知りたい、活用したい方はぜひご連絡ください!
産総研
エレクトロニクス・製造領域研究戦略部
センシング技術連絡会