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1,000℃の高温を正確に測る!

1,000℃の高温を正確に測る!

2020/09/30

1,000℃の高温を 正確に測る! 世界最高精度の 白金抵抗温度計を開発

白金抵抗温度計の写真
    KeyPoint 製品製造、品質管理、安全管理など、産業現場では高精度な温度測定・制御が求められる。しかし、1,000 ℃付近の高温域で高精度に安定的な計測ができる温度計はこれまで開発されていなかった。産総研と株式会社チノーは、この高温域を1/1,000 ℃の精度で安定的に計測できる新しい白金抵抗温度計を開発した。この世界トップレベルの温度計開発により、製品製造の安定化・品質の向上、研究現場における温度管理の信頼性確保などに大きく貢献することが期待されている。
    Contents

    1,000 ℃の高温を、正確に測りたい

     温度測定というのは、生活から産業現場まであらゆるところで活用されている「センサ」技術である。特に、産業現場での温度測定は、製品を安定して製造し、同時に品質管理を行うための重要な手段である。物質の熱容量や熱伝導、電気抵抗、磁性、化学反応の制御などの正確な温度測定には、高精度な機器が求められる。

     「温度測定において高温域は安定的な計測が難しく、 2016年に産総研が新しい白金抵抗温度計を開発するまで、660 ℃以上の温度は最高レベルの精度で計測することはできませんでした」

     温度センサの開発や評価など温度標準研究グループのプロジェクトを仕切っている中野享はそう語る。ここで言う最高レベルの精度とは1/1,000 ℃。しかし、それまで660 ℃以上の温度域では1/100 ℃程度の精度しか実現できていなかった。

     「白金抵抗温度計は半導体製造の現場や化学プラント、宇宙・航空分野などで広く利用されていますが、その現場では、測定精度が製品の品質に直結します。精度が低ければ目指す品質に達せず、歩留まりが悪くなり、すべての工程が無駄になることさえあります。産業界を中心に、高温域を高精度に測定できる温度計のニーズは高まっていました」

    なぜ測定が不安定になるのか

     2015年、産総研は、長く温度計の開発で連携を続けてきたチノーと共同で新しい白金抵抗温度計の開発を開始した。担当したのは、それまで13年間、産総研で温度標準の開発や高精度化に取り組んできたウィディアトモ ジャヌアリウスだ。

     当時、白金抵抗温度計の高精度化は世界的に成果が出ず、諦めムードも漂い始めていた。しかし、ウィディアトモは多様な温度計を手掛け、多くの物質を扱ってきた経験から、どの部分を改良すればよいか、当たりをつけることができたという。

     「物質は熱によって変形したり融けたりします。高温の測定が安定しないのは、まさにそのためです。つまり、白金線は高温で伸び、冷めると縮みますが、温度測定を繰り返しているうちに熱で白金線がひずみ、伸びたあとに十分に戻らなくなる。さらに、熱で表面の酸化膜の状態が変わってしまう。それらにより電気抵抗が変わり、測定が不安定になると推測できました」

    熱ひずみを抑え、世界トップレベルの安定性を実現

     白金線をセンサ部に用いた白金抵抗温度計は白金の性質を利用し、測りたい温度の白金の抵抗値を測定し、それを温度に換算して測定するという仕組みのものだ。

     ウィディアトモはセンサ部の白金線の状態を詳しく調べ、実験を繰り返し、抵抗値を安定化させる条件を探し続けた。そして2016年、センサの作製過程で白金線に一定の熱を加え、その後、一定の温度まで下げることで表面が安定することを見いだした。

     一方、熱ひずみの抑制に取り組んでいたチノーも、白金線の上部の伸縮がセンサ部の白金線に伝わらないような、新たな構造の開発に成功した。

     これで本当に抵抗値は変わらなくなるのだろうか。ウィディアトモは熱処理を施した白金線をチノーの開発した構造に適用し、0.01 ℃の水の三重点と、961.78 ℃の銀の凝固点において、高温にしたあと低温に戻して抵抗値を測る熱サイクル試験を実施した。従来の温度計ではサイクルを経るごとに抵抗値が上がり、4回目の熱サイクル試験では抵抗値の変動が0.01 ℃まで達していた。ところが、新しい構造の温度計では試験を繰り返しても抵抗値の変動が非常に少なく、±0.0005 ℃で安定するという成果を得ることができたのだ。

     「これにより、安定して測れる温度が660 ℃付近から1,000 ℃付近まで、一気に300 ℃近く拡大されました。信頼性は世界最高レベルです」と、ウィディアトモは笑顔を見せる。

     この新しい温度計により、1,000 ℃付近の温度標準が史上初めて1/1,000 ℃の精度で保証されるようになった。これは産業界にとどまらず科学全体の進歩に直結する成果である。

     「今後は1,000 ℃以上でも最高精度で計測できる温度計の開発を目指し、産業に科学に、さらに貢献していきます」と中野とウィディアトモは力強く声を揃えた。

    計量標準総合センター
    物理計測標準研究部門
    温度標準研究グループ
    研究グループ長

    中野 享

    Nakano Tohru

    中野 享研究グループ長の写真

    計量標準総合センター
    物理計測標準研究部門
    温度標準研究グループ
    主任研究員

    ウィディアトモ
    ジャヌアリウス

    Widiatmo Januarius

    ウィディアトモ ジャヌアリウス主任研究員の写真
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