国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)環境創生研究部門【研究部門長 鳥村 政基】環境機能活用研究グループ 佐藤 由也 主任研究員、羽部 浩 研究グループ長(研究当時)は、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構【理事長 細野 哲弘】(以下「JOGMEC」という)濱井 昂弥 金属環境事業部担当調査役、林 健太郎 金属資源技術研究所研究員(研究当時)らと共同で、米ぬかを栄養源にした硫酸還元菌の活性を用いて、重金属を含む鉱山廃水を安定的に浄化する廃水処理装置の運転管理技術を確立した。
日本国内には、稼働を休・停止した鉱山跡地が多く存在し、そこでは重金属を含む酸性の鉱山廃水が発生する場合がある。このような場所では、環境への悪影響を防止するために、廃水処理が続けられている。一般に鉱山廃水は、専用の設備や化学薬品を使って中和処理されるが、近年は、微生物活性を利用した低コスト・低環境負荷の処理技術に注目が集まっている。JOGMECは、農業廃棄物であるもみがらと米ぬかをそれぞれ微生物の担体と栄養源として活用し、硫酸還元菌の働きによって重金属を沈殿除去する装置の開発を行ってきた。しかし、装置内でどのような微生物が働いているかは未解明であったため、装置の安定的な維持管理方法が確立できていなかった。そこで、産総研とJOGMECは、処理装置に不可欠な微生物の特定と運転条件の最適化に取り組んだ。その結果、ある硫酸還元菌のみが嫌気度の低い環境に対して例外的に強く、この菌の活性を維持することが、安定な廃水処理に重要であることを明らかにした。この技術は、低コスト・低環境負荷で重金属を含む廃水を浄化できるため、鉱山廃水だけでなく産業廃水への応用も期待できる。
なお、詳細は、オランダの学術誌「
Journal of Hazardous Materials」に2021年9月6日に掲載された。
もみがら・米ぬかと微生物による鉱山廃水からの重金属除去方法
環境問題は常に人々の関心事であり、特に廃棄物が地域の自然環境に与える影響には厳しい目が向けられている。採掘を休・停止した鉱山跡地からは、重金属を含む酸性の鉱山廃水が流出し続けることがあり(図1)、その処理を将来にわたって継続しなければならない。しかし、廃水の中和処理には専用の設備と化学薬品が必要であり、そのコストおよび環境負荷の低減が大きな課題になっている。
このような背景の下、JOGMECは低コスト・低環境負荷の鉱山廃水処理技術(パッシブトリートメント)の開発に取り組み、農業廃棄物であるもみがらと米ぬかをそれぞれ担体と栄養源として微生物活性を利用する鉱山廃水処理装置を作製した。
JOGMECの装置内では、異なる2種類の微生物が主に活動している。その1つは有機物の分解菌であり、装置の上部で米ぬか由来の高分子有機物を他の微生物が栄養源にしやすい低分子有機物に分解する。もう1つは硫酸還元菌であり、有機物を栄養源にして硫酸を硫化物イオンに変換する硫酸還元反応を担う。硫化物イオンは重金属と反応して金属硫化物となり、これによって重金属は装置内部で沈殿して除去される。また、それらの微生物はもみがらに定着して増えるため、もみがらは微生物を装置内に維持するための担体として機能する。
しかし、装置内には数千種以上の微生物が存在しており、特に、複数種類ある硫酸還元菌のうちどの微生物が重要な働きをしているのかが不明なため、装置を安定的に維持する方法は未解明であった。また、硫酸還元反応の管理では、嫌気度(酸化還元電位値)が指標となるが、嫌気度が同じでも装置の処理性能が一定でない場合があり、その理由は分かっていなかった。
図1 鉱山跡地から流出を続ける鉱山廃水
産総研は、次世代シークエンサーを用いた大規模な菌叢解析技術を確立し、これまでに、廃水処理プラントや自然環境などを対象にさまざまな菌叢を解明してきた。これにより、水処理プラントでの重要微生物の特定(産総研プレス発表2017年2月23日、2019年5月13日、2021年3月30日)や、土壌環境での有害物質除去メカニズムの解明(産総研プレス発表2020年9月15日)などを行ってきた。そこで産総研とJOGMECは、鉱山廃水処理装置内の重要微生物を産総研の保有する菌叢解析技術によって特定し、その情報を基に運転条件を最適化して、装置を安定・効率化することを目指した。
装置内の重要微生物の特定と装置の運転条件の最適化を目的に、7つの異なる条件でJOGMECの鉱山廃水処理装置を200日以上運転し(図2)、その処理性能と装置内の菌叢とを比較した。
図2 鉱山廃水処理装置の運転条件
最適化する運転条件として、装置運転前の準備期間の必要性に着目した。硫酸還元菌は嫌気条件で活発なため、硫酸還元菌を使った水処理法では、処理を開始する前に装置を数週間静置し、内部を嫌気環境にするのが一般的である。しかし、この準備期間には水処理ができない欠点があり、準備期間の必要性も検討されてこなかった。
はじめに、従来どおり準備期間を設ける条件(図2の条件4)と準備期間を設けずに最初から鉱山廃水処理を行う条件(条件3)とを比較した。その結果、いずれの条件でも硫酸還元菌は装置内で増加しており、200日間以上にわたり重金属を除去できる能力があることが分かった(図3)。このことから、少なくとも今回試した条件においては、運転前の準備期間は省略可能であり、処理の開始を数週間早められることが分かった。
図3 運転準備期間の有無の水処理性能への影響
次に、装置に流入する鉱山廃水の速度に着目した。流入速度が遅いほど廃水処理にかける時間が長いため、装置の性能は安定する。一方、流入速度が速いほど一定期間に多くの廃水を処理できる。そこで流入速度が異なる複数の条件を比較したところ(図2の条件1~4、7)、流入速度が最も速い条件(条件7)では、運転期間が200日目頃に重金属の除去性能が低下した。
その原因を明らかにするために菌叢を調べたところ、廃水の流速が最も速い条件では他の条件とは違い、硫酸還元菌A(Desulforegula sp.)の増加が見られた(図4中央、硫酸還元菌A)。この硫酸還元菌Aを調べたところ、分解が進んでいない有機物だけを栄養源とするユニークな性質を持つことが分かった。流速が速すぎると、装置内で有機物の分解菌が米ぬかを分解する時間が足りなくなり、分解が不十分な有機物が装置内にたまったため、硫酸還元菌Aが増加したと考えられる(図4左)。また、他の多くの硫酸還元菌は分解が進んだ低分子有機物を好むため、このような環境は増殖に適さなかったと考えられる。
一方、他の条件で存在量が多かったのは硫酸還元菌B(Desulfosporosinus sp.)である。一般的に硫酸還元菌は嫌気的な環境を好み、酸素がある好気条件では著しく活性が低下する、または増殖できなくなる。この硫酸還元菌Bは嫌気度が高い条件だけでなく、嫌気度が低い条件でも増殖しており、硫酸還元菌Bが多く存在した装置では廃水処理性能が維持されていた。このように、環境変化に強い硫酸還元菌Bこそが鉱山廃水処理装置の鍵となる微生物であり、安定的に処理性能を維持するためには、この微生物を多く維持することが重要であることが分かった。
反対に、流速が速い条件では、分解が進んでいない有機物がたまることで硫酸還元菌Aが増加したが、この菌は嫌気度が低い環境に弱いため、運転200日目頃に嫌気度が低下すると、重金属の除去性能が維持できなくなったのである(図4右)。
さらに、装置に添加する栄養源の米ぬかの量についても比較・検討し、運転条件の最適化を行った。具体的には、装置に添加する米ぬかの量が異なる3つの条件を比較し(図2の条件4〜6)、200日以上の運転に必要な米ぬかの量を明らかにした。
図4: 鉱山廃水流入速度が速いときの水処理性能低下メカニズム
鉱山廃水処理装置では、装置内の硫酸還元菌の種類を制御できれば、長期的な安定運転が期待できる。
また、本研究では鉱山廃水の重金属処理を行ったが、重金属は各種製造業における工場廃水などの産業廃水にも含まれている。JOGMECの鉱山廃水処理装置は、もみがら・米ぬかと微生物で重金属を処理する低コスト・低環境負荷の技術であり、産業廃水処理への展開も期待できる。
現在、JOGMECでは今回開発した装置を大規模化した実証試験を行っており、その装置内の微生物について、産総研とJOGMECは共同で解析を行う予定である。また、米ぬか以外の有機物を使った装置の開発も進め、さまざまな条件の廃水への適用を進めていく。