国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)環境創生研究部門【研究部門長 尾形 敦】佐藤 由也 主任研究員、堀 知行 主任研究員、羽部 浩 研究グループ長は、株式会社 アイエイアイ【代表取締役 石田 徹】(以下「IAI」という)三輪 輝彦 主務、赤地 拓澄 研究員、静岡大学【学長 石井 潔】二又 裕之 教授、静岡県工業技術研究所【所長 望月 一男】(以下「静岡工技研」という)室伏 敬太 上席研究員、沼津工業技術支援センター【センター長 大川 勝正】(以下「沼津工技セ」という)高木 啓詞 主任研究員らと共同で、タンパク質を多く含む食品加工廃水を原料に、水耕栽培に使用できる有機液肥を安定・効率的に製造する技術を開発した。
近年、化学肥料ではなく有機肥料を用いた農業が社会的に関心を集めているが、水耕栽培用の有機肥料はほとんど開発されていない。これは、植物が利用できる硝酸態の窒素栄養分を、化学的な手法以外で生産することが難しいためである。環境負荷低減の観点から、IAIでは食品加工廃水を原料とし、微生物を用いた方法で硝酸態窒素有機液肥を生産していたが、液肥製造装置内でどのような微生物が働いているのかは未解明であり、安定的な維持管理法が確立できていなかったため、産総研、静岡大学、静岡工技研、沼津工技セと共同で、製造装置内の重要微生物の解明と運転条件の最適化に取り組んだ。その結果、Comammox菌とよばれる、近年発見されたユニークな微生物によって効率的に硝酸態窒素が生産されていることが明らかになり、さらにこの微生物が安定的に装置内で維持されていることがわかった。この研究による開発は、廃棄物を原料に有価物である液肥を創り出すものであり、環境問題解決に資する取り組みである。
なお、この開発の詳細は、オランダの学術誌「Water Research」に2021年3月26日に掲載された。
Comammox菌による食品加工廃水からの効率的な液肥生産
現在、環境問題には大きな注目が集まっており、特に廃棄物が自然環境に与える悪影響には厳しい目が向けられている。持続可能な社会を創るために重要な要素の一つは、それらの廃棄物を効率的に再利用したり、有用な物質に変換したりする技術の開発である。このような背景の下、IAIでは水産加工廃水を原料とした、有機液肥製造技術の開発に取り組んできた。
近年、新しい農業の方法として水耕栽培が注目を集めているが、水耕栽培用の有機液肥はほとんど開発されていない。多くの植物は窒素分として硝酸イオンを吸収するため、水耕栽培には硝酸態窒素を含む液体肥料が理想的である。しかし、JAS(日本農林規格)では化学的手法による肥料の生産は認められておらず、それ以外の方法では硝酸態窒素を生産することが難しい。一方で硝酸イオンは、アミノ酸からアンモニア(アンモニア化)、アンモニアから硝酸イオン(硝化)と、微生物の作用によって二段階の変換反応で得られる(図1下)。アミノ酸の元となるタンパク質は、水産加工場などから出る食品加工廃水に豊富に含まれるため(図1左上)、IAIでは、この廃水を原料に、微生物を使った液肥製造装置を作製した。この装置は2つの反応槽で構成され、アンモニア化反応と硝化反応を別の反応層で進めている。これは、それぞれの反応を担うのが別種の微生物であり、それぞれに必要な条件を個別に整えることで効率的に液肥を製造するためである(図1下)。しかし、装置内には数千種以上の微生物が存在し、それらの内どれが重要な微生物かはわかっておらず、液肥製造反応を担う重要微生物を安定的に維持する方法は不明であった。
産総研は、次世代シークエンサーを用いた大規模な菌叢解析技術を確立し、これまでに、廃水処理プラントや自然環境などを対象にさまざまな菌叢を解明してきた。これにより、水処理プラントでの重要微生物の特定や、土壌環境での有害物質分解メカニズム解明などを行ってきた。そこで産総研とIAIは、静岡大学、静岡工技研、沼津工技セと共同で、液肥製造装置内の重要微生物を産総研の保有する微生物解析技術などによって特定し、その情報を基に運転条件を最適化して、装置を安定・効率化することを目指した。
なお、本開発は、静岡県の「先端企業育成プロジェクト推進事業(2016~2018年度)」による支援を受けて行った。
図1: 食品加工廃水からの液肥製造工程
IAIの液肥製造装置を長期間(合計で1年以上)運転したところ、継続して安定的に高濃度の液肥を生産できた(1日100 L以上、硝酸態窒素濃度=約250 mg-N/L)。運転開始からの70日間について、装置内の菌叢解析を行ったところ、装置の2つの反応槽には別の菌叢が形成されていることがわかった(図1上中央)。
アンモニア化反応は多くの微生物が担うことができるが、硝化反応は限られた微生物だけが可能であり、液肥製造プロセスの要となる反応である。そのため、硝化反応を担う反応槽Bについて、詳しく重要微生物の解析を行った。図2左下に示したPCoAプロット(微生物組成の変化を表す図)は、菌叢の類似性を表している。点同士の距離が近いほど、微生物の組成(種類と存在量の割合)が似ていることを表す。70日の装置の運転期間で、液相では微生物の組成が大きく変わっていた。しかし、反応槽内には微生物が付着する足場として担体を入れていたが(図2上中央)、担体に定着した菌叢は長期間にわたって変化が少なく、担体によって有用な微生物が安定的に維持されていることが示された。なお、硝化反応は2段階に分かれており、通常は、アンモニアを亜硝酸塩に変換する「アンモニア酸化細菌」と、亜硝酸塩を硝酸塩に変換する「亜硝酸酸化細菌」の二者により進められる(図2右上)。しかし微生物解析の結果、これら従来型の硝化微生物は見つからず、代わりに、近年発見されたComammox菌 (Complete ammonia oxidationの略)と呼ばれる、単独で2段階の硝化反応を一挙に行うユニークな微生物が多く存在し主要微生物であること明らかになった(図2左上、下中央)。
また、反応槽内では液相ではなく担体に多く存在しており、担体に付着してバイオフィルム内に安定的に維持されているとわかった(図2下中央)。さらに、Comammox菌と共存する微生物を明らかにするために、微生物間相互作用解析をおこなったところ、酸素に弱い嫌気性微生物が共存していることがわかった(図2右)。Comammox菌は生育するために酸素が必要であるが、酸素濃度が低い環境を好むことが考えられ、酸素の濃度の調整がComammox菌の維持に重要な要素であることが明らかになった。
従来型の二種の微生物による硝化反応よりも、Comammox菌一種による硝化反応のほうが窒素分のロスが少なく効率的なことがわかっている。また、一種のみを管理するほうが装置の維持管理が容易であるため、Comammox菌を扱うメリットは大きい。一方で、Comammox菌の培養は難しいため、発見から数年が経過したが、産業的にはほとんど利用されていなかった。しかし、今回の開発によって、重要性がわかっていながら実用化できていなかったComammox菌を安定的に利用する技術が確立でき、それを廃棄物からの有価物生産に応用することができた。
図2: Comammox菌は担体に付着して安定的に維持されていた
さらに、産総研、IAI、静岡大学、静岡工技研、沼津工技セは、液肥製造装置を実用規模に大型化(約7倍)し、製造した液肥を用いて、安定的にトマトを水耕栽培できることも確認している。
今後は、今回開発した技術で製造した液肥の性状の解析を進める。また、液肥製造装置や水耕栽培ユニットは、IAIによって事業化などを進める予定である。