発表・掲載日:2020/09/15

岩の中で生き続けた微生物が岩塊からの重金属類汚染を食い止める

-汚染物質であるセレンの環境流出を防ぐ、セレン不溶化処理技術の開発に前進-

ポイント

  • トンネル掘削などで生じる岩塊の中でセレンの不溶化(還元)を担う微生物を発見
  • セレン還元微生物に栄養源を与えることで、セレン不溶化を促進
  • 岩塊からのセレン溶出を阻止する新しい低環境負荷の環境浄化技術の開発に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)環境創生研究部門【研究部門長 尾形 敦】環境生理生態研究グループ 青柳 智 研究員、堀 知行 主任研究員は、太平洋セメント株式会社【代表取締役社長 不死原 正文】(以下「太平洋セメント」という)中央研究所【中央研究所長 高野 博幸】第2研究部 建設マテリアルチーム 森 喜彦 研究員、七尾 舞 研究員と共同で、トンネル掘削工事などで発生する岩塊中に生きた微生物が存在すること、さらにそれらが岩塊に自然に含まれる有害で処理困難な重金属類のセレンを不溶化することを見いだした。

掘削で生じた岩塊(掘削ずり)に含まれる重金属類のセレンが雨水などでイオン化して環境基準を超えた濃度で溶け出し、地下水などを汚染する恐れがあるため、汚染を防止するために環境にやさしいバイオレメディエーションの開発が求められている。今回、岩塊内にセレン還元微生物が生き延びて存在することを突き止めた。また、乳酸を栄養源として与えると、それらの微生物を活性化でき、効率的にセレンを不溶化できることを初めて見いだした。今回の成果により、微生物を用いた新しい低環境負荷のセレン不溶化処理技術の開発、さらには地下水汚染防止にもつながることが期待される。

なお、この成果の詳細は、2020年9月13日(英国夏時間)に国際学術誌「Journal of Hazardous Materials」にオンライン掲載された。

図

トンネル掘削工事で生じた岩塊(掘削ずり)中の微生物によるセレン不溶化メカニズムの概略図


開発の社会的背景

セレンは天然に存在し、人にとって必須の微量元素の一つであるが、多量に摂取した場合には健康被害を引き起こす有害物質で、水質汚濁防止、土壌汚染対策に係る環境基準指定項目となっている。

高速道路や鉄道などのトンネル建設工事で大量に発生する岩塊(掘削ずり)(図1)は、循環型社会の実現に向けて、再利用すべき資材として捉えられている。しかし、一部の掘削ずりには自然由来の重金属類(セレン、ヒ素、ホウ素、鉛、カドミウム、銅、亜鉛など)※)が含まれ、これら重金属類のイオンが溶け出すことがある。そのため、重金属類が地下水などに溶け出さないように、不溶化処理などの対策が必要である。特に6価セレンは化学的な処理では還元されにくく、不溶化処理が困難である。一方で6価セレンを還元する微生物は、土壌や堆積物などの自然環境中に広く存在するため、これらの微生物を用いたバイオレメディエーションが期待される。しかし、これまで掘削ずりの中に微生物が存在するかどうかすら不明で、微生物による掘削ずりのセレン不溶化は全く検討されてこなかった。

※)誤記がありましたので、以下のとおり訂正しました(2024年8月22日)。
 訂正前:重金属類(セレン、ヒ素、ホウ素、パラジウム、カドミウム、銅、亜鉛など)
 訂正後:重金属類(セレン、ヒ素、ホウ素、鉛、カドミウム、銅、亜鉛など)

図1

図1 掘削で生じた岩塊(掘削ずり)の破砕物

 

研究の経緯

産総研では、水資源の循環利用と安全・安心技術の開発を目指したアジア戦略「水プロジェクト」の中で微生物学的知見に基づいた廃水処理・再資源化における高活性維持管理技術に関する研究を進めており、難分解性有害物質の安定処理機構解明(2018年6月15日産総研プレス発表)などに取り組んできた。今回、その一環として、産総研の次世代シーケンサー解析などを用いた環境微生物研究で蓄積された知見と、太平洋セメントの重金属類不溶化技術の開発実績とを、連携・発展させて、世界的にも環境汚染が深刻化するセレンの不溶化に関わるセレン還元微生物の同定とその活性化を目指した。

 

研究の内容

日本国内の掘削地(NとM)で採取された環境基準以上のセレン汚染掘削ずり試料に、6価セレンと乳酸(セレン還元微生物の栄養源)を添加して嫌気環境に14日間静置した。比較のため、セレンのみ添加、乳酸のみ添加、無添加の実験系を用意した。その結果、セレンと乳酸の両方を添加した掘削ずりはいずれも、溶存セレン濃度(不溶化されていないセレンの濃度)(図2、紫色)と乳酸濃度の顕著な減少が観察された。セレンのみを添加した実験系での溶存セレン濃度の減少は乳酸添加を同時に添加したときと比べて低かった(図2、青色)。また、乳酸のみを添加した実験系で試料にもともと含まれていたセレンの減少が観察されたが、乳酸を添加しない無添加の実験系ではセレンの減少は見られなかった。以上から、乳酸の添加によりセレン還元(不溶化)が促進されたことが明らかとなった。

図2

図2 掘削で生じた岩塊(掘削ずり)に栄養源を添加し嫌気環境に静置した時の溶存セレン濃度の変化

セレンの還元・不溶化は掘削ずり中の微生物によって引き起こされたと考え、次世代シーケンサーにより合計で400万の微生物を特徴付けて、セレン不溶化に関わるセレン還元微生物の同定を試みた。掘削ずり中には数千種の微生物が存在していたが、溶存セレン濃度(図2)と乳酸濃度の減少が観察された系では微生物群集の顕著な変化が観察された(図3)。特にClostridia綱(図3、オレンジ色)に属する微生物が著しく増加していた。

図3

図3 掘削で生じた岩塊(掘削ずり)に存在する微生物組成の変化

増加した微生物種を詳細に調べると、Clostridia綱のDesulfosporosinus burensis細菌の相対存在量は初め0.022%−0.025%だったのが実験終了時には63.716%−67.584%と大幅に増加していた。さらに、他のDesulfosporosinus属細菌やSymbiobacterium属に近縁の微生物、セレン還元能を持つDesulfitobacterium hafnienseの増加が観察された。これらの微生物のほとんどについてはセレン還元を行うという報告はなく、今回の検証により初めて、乳酸酸化とセレン還元の共役反応によりセレン不溶化に関与することが明らかになった。さらに、掘削地Mの岩塊で顕著な増加が観察されたPelosinus fermentansは、乳酸を発酵により分解することが知られており、発酵的代謝で生じた還元力を6価セレンに渡すことでセレン不溶化を担っていることが示された。これらの結果は、掘削ずりに存在する多種多様なセレン還元微生物が乳酸添加で活性化され、さらに複数のセレン還元メカニズムが同時に働くことによって、掘削ずりのセレンが効率的に不溶化されたことを示している。

 

今後の予定

今後は、掘削で生じた岩塊(掘削ずり)に生息するセレン還元微生物の知見をもとに、実際の現場での不溶化処理条件を最適化していく。これにより、掘削ずりからのセレン溶出を阻止する新たなバイオレメディエーションの確立を目指す。


用語の説明

◆セレン不溶化
セレンは地殻に広く分布しており、自然環境中のセレンの形態は6 価のセレン酸(SeO42-)や4価の亜セレン酸(SeO32-)で、これらが混在していることが多い。6価セレン、4価セレンはいずれも水溶性だが、0価のセレンは不溶性となる。一般的な化学還元剤での処理は6価セレンをまず4価に還元してから0価へ還元する2段階で行われるが6価から4価の還元反応は非常に起こりにくい。[参照元へ戻る]
◆掘削ずり
トンネル工事で切り崩した岩片のこと。高速道路や幹線鉄道の整備を目的とした長距離の山岳トンネル工事建設では大量に発生する。岩片は破砕され、盛土資材などとして再利用されるが、事前に有害重金属類の不溶化対策が実施される。[参照元へ戻る]
◆環境基準
環境基本法に基づいて、大気、水質、土壌の汚染や騒音に対して、「人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」として定められる。セレンは水質汚濁防止法および土壌汚染対策法に基づいて、事業所などからの排水や土壌などから溶出される許容濃度などが規定されている。平成22年(2010年)の土壌汚染対策法の一部改正・施行により、自然由来の有害物質が含まれる汚染土壌なども法の対象となった。[参照元へ戻る]
◆バイオレメディエーション
微生物や植物などを用いて有害物質などで汚染された環境(土壌、地下水など)の無害化・修復処理をする技術のこと。現位置で汚染物質を分解・除去でき、化学的分解や掘削除去と比較して、環境負荷の低い環境浄化技術である。[参照元へ戻る]
◆セレン還元微生物
セレン酸(SeO42-)や亜セレン酸(SeO32-)を還元する代謝でエネルギーを獲得し、生育できる微生物のこと。水溶性のセレンを0価セレンまで還元して不溶化できる。これまでに土壌や堆積物などの環境試料から多様なセレン還元微生物が分離培養されている。[参照元へ戻る]
◆アジア戦略「水プロジェクト」
水資源の安全確保と有効利用に関するグローバル技術開発の拠点化を目指し、2012年に産総研で立ち上げられた研究プロジェクト。現在、産総研内の7つの研究ユニットが一体となり活動を推進している(https://unit.aist.go.jp/env-mri/water/)。[参照元へ戻る]
◆次世代シーケンサー解析
従来に比べ、飛躍的に解析速度が向上した、遺伝子の塩基配列の解読装置のこと。複数の試料に含まれる微生物の種類を1試料あたり数万から十数万、合計で数千万種の微生物を同時並行的に同定できる。[参照元へ戻る]
◆嫌気環境
酸素が存在しない環境のこと。[参照元へ戻る]
◆相対存在量
全体(100%)に対して占める個々の割合(%)のこと。[参照元へ戻る]
◆共役反応
ここでは微生物による電子供与体(ここでは乳酸)の酸化と電子受容体(ここではセレン)の還元が組み合わさった反応のこと。微生物が生育・生存するためのエネルギーを獲得する代謝のひとつ。[参照元へ戻る]
◆発酵的代謝
ここでは乳酸を分解して、酢酸、プロピオン酸、二酸化炭素を生成し、エネルギーを得る微生物代謝のことを指し、酸素を必要としない微生物による代謝のひとつ。[参照元へ戻る]

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