国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)環境創生研究部門【研究部門長 尾形 敦】環境生理生態研究グループ 青柳 智 研究員、堀 知行 主任研究員は、太平洋セメント株式会社【代表取締役社長 不死原 正文】(以下「太平洋セメント」という)中央研究所【中央研究所長 高野 博幸】第2研究部 建設マテリアルチーム 森 喜彦 研究員、七尾 舞 研究員と共同で、トンネル掘削工事などで発生する岩塊中に生きた微生物が存在すること、さらにそれらが岩塊に自然に含まれる有害で処理困難な重金属類のセレンを不溶化することを見いだした。
掘削で生じた岩塊(掘削ずり)に含まれる重金属類のセレンが雨水などでイオン化して環境基準を超えた濃度で溶け出し、地下水などを汚染する恐れがあるため、汚染を防止するために環境にやさしいバイオレメディエーションの開発が求められている。今回、岩塊内にセレン還元微生物が生き延びて存在することを突き止めた。また、乳酸を栄養源として与えると、それらの微生物を活性化でき、効率的にセレンを不溶化できることを初めて見いだした。今回の成果により、微生物を用いた新しい低環境負荷のセレン不溶化処理技術の開発、さらには地下水汚染防止にもつながることが期待される。
なお、この成果の詳細は、2020年9月13日(英国夏時間)に国際学術誌「Journal of Hazardous Materials」にオンライン掲載された。
トンネル掘削工事で生じた岩塊(掘削ずり)中の微生物によるセレン不溶化メカニズムの概略図
セレンは天然に存在し、人にとって必須の微量元素の一つであるが、多量に摂取した場合には健康被害を引き起こす有害物質で、水質汚濁防止、土壌汚染対策に係る環境基準指定項目となっている。
高速道路や鉄道などのトンネル建設工事で大量に発生する岩塊(掘削ずり)(図1)は、循環型社会の実現に向けて、再利用すべき資材として捉えられている。しかし、一部の掘削ずりには自然由来の重金属類(セレン、ヒ素、ホウ素、鉛、カドミウム、銅、亜鉛など)※)が含まれ、これら重金属類のイオンが溶け出すことがある。そのため、重金属類が地下水などに溶け出さないように、不溶化処理などの対策が必要である。特に6価セレンは化学的な処理では還元されにくく、不溶化処理が困難である。一方で6価セレンを還元する微生物は、土壌や堆積物などの自然環境中に広く存在するため、これらの微生物を用いたバイオレメディエーションが期待される。しかし、これまで掘削ずりの中に微生物が存在するかどうかすら不明で、微生物による掘削ずりのセレン不溶化は全く検討されてこなかった。
※)誤記がありましたので、以下のとおり訂正しました(2024年8月22日)。
訂正前:重金属類(セレン、ヒ素、ホウ素、パラジウム、カドミウム、銅、亜鉛など)
訂正後:重金属類(セレン、ヒ素、ホウ素、鉛、カドミウム、銅、亜鉛など)
図1 掘削で生じた岩塊(掘削ずり)の破砕物
産総研では、水資源の循環利用と安全・安心技術の開発を目指したアジア戦略「水プロジェクト」の中で微生物学的知見に基づいた廃水処理・再資源化における高活性維持管理技術に関する研究を進めており、難分解性有害物質の安定処理機構解明(2018年6月15日産総研プレス発表)などに取り組んできた。今回、その一環として、産総研の次世代シーケンサー解析などを用いた環境微生物研究で蓄積された知見と、太平洋セメントの重金属類不溶化技術の開発実績とを、連携・発展させて、世界的にも環境汚染が深刻化するセレンの不溶化に関わるセレン還元微生物の同定とその活性化を目指した。
日本国内の掘削地(NとM)で採取された環境基準以上のセレン汚染掘削ずり試料に、6価セレンと乳酸(セレン還元微生物の栄養源)を添加して嫌気環境に14日間静置した。比較のため、セレンのみ添加、乳酸のみ添加、無添加の実験系を用意した。その結果、セレンと乳酸の両方を添加した掘削ずりはいずれも、溶存セレン濃度(不溶化されていないセレンの濃度)(図2、紫色)と乳酸濃度の顕著な減少が観察された。セレンのみを添加した実験系での溶存セレン濃度の減少は乳酸添加を同時に添加したときと比べて低かった(図2、青色)。また、乳酸のみを添加した実験系で試料にもともと含まれていたセレンの減少が観察されたが、乳酸を添加しない無添加の実験系ではセレンの減少は見られなかった。以上から、乳酸の添加によりセレン還元(不溶化)が促進されたことが明らかとなった。
図2 掘削で生じた岩塊(掘削ずり)に栄養源を添加し嫌気環境に静置した時の溶存セレン濃度の変化
セレンの還元・不溶化は掘削ずり中の微生物によって引き起こされたと考え、次世代シーケンサーにより合計で400万の微生物を特徴付けて、セレン不溶化に関わるセレン還元微生物の同定を試みた。掘削ずり中には数千種の微生物が存在していたが、溶存セレン濃度(図2)と乳酸濃度の減少が観察された系では微生物群集の顕著な変化が観察された(図3)。特にClostridia綱(図3、オレンジ色)に属する微生物が著しく増加していた。
図3 掘削で生じた岩塊(掘削ずり)に存在する微生物組成の変化
増加した微生物種を詳細に調べると、Clostridia綱のDesulfosporosinus burensis細菌の相対存在量は初め0.022%−0.025%だったのが実験終了時には63.716%−67.584%と大幅に増加していた。さらに、他のDesulfosporosinus属細菌やSymbiobacterium属に近縁の微生物、セレン還元能を持つDesulfitobacterium hafnienseの増加が観察された。これらの微生物のほとんどについてはセレン還元を行うという報告はなく、今回の検証により初めて、乳酸酸化とセレン還元の共役反応によりセレン不溶化に関与することが明らかになった。さらに、掘削地Mの岩塊で顕著な増加が観察されたPelosinus fermentansは、乳酸を発酵により分解することが知られており、発酵的代謝で生じた還元力を6価セレンに渡すことでセレン不溶化を担っていることが示された。これらの結果は、掘削ずりに存在する多種多様なセレン還元微生物が乳酸添加で活性化され、さらに複数のセレン還元メカニズムが同時に働くことによって、掘削ずりのセレンが効率的に不溶化されたことを示している。
今後は、掘削で生じた岩塊(掘削ずり)に生息するセレン還元微生物の知見をもとに、実際の現場での不溶化処理条件を最適化していく。これにより、掘削ずりからのセレン溶出を阻止する新たなバイオレメディエーションの確立を目指す。