発表・掲載日:2017/02/23

活性汚泥による水処理膜の閉塞を新たな手法で解析

-共焦点反射顕微鏡と次世代シークエンサーによる解析の組み合わせ-

ポイント

  • 共焦点反射顕微鏡法により、水処理膜が閉塞する過程を非破壊で観測
  • 次世代シークエンサー解析により、バイオフィルム中の微生物を大規模に同定
  • バイオフィルム中の脂質が、水処理膜閉塞の原因となる現象を発見


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)環境管理研究部門【研究部門長 田中 幹也】環境微生物研究グループ 稲葉 知大 研究員、堀 知行 主任研究員らは、共焦点反射顕微鏡法を用いたバイオフィルムの非破壊での観察技術と、次世代シークエンサーを用いた微生物の大規模同定技術とを組み合わせて、水処理膜が閉塞する原因を解析した。

 バイオフィルムにより水処理膜が閉塞する原因や発生機構については、モデルは提唱されているものの、実環境での水処理膜の状態の解析は技術的に困難であるため、不明な点が多かった。今回、蛍光プローブを併用した共焦点反射顕微鏡法により、水処理膜上のバイオフィルムを構成する細胞由来高分子を可視化した。また、次世代シークエンサーを用いて、バイオフィルム中の微生物を一度に数十万種レベルで同定した。これらから、膜閉塞の原因物質と原因微生物を解析した。

 これらの手法を用いて、水処理システムへ流入する廃水の有機物濃度が膜閉塞に与える影響を調べた。その結果、廃水中の有機物が多い場合は、バイオフィルム中での異種細菌の捕食被食関係が原因となって生じる死細胞膜脂質が水処理膜上に蓄積するという、従来のモデルとは異なる膜閉塞発生機構の可能性を見出した。

 なお、この成果の詳細は、2017年2月23日(英国時間)に、国際学術誌npj Biofilms and Microbiomesにオンライン掲載される。

共焦点反射顕微鏡法により可視化された膜を閉塞する物質と微生物の図
共焦点反射顕微鏡法により可視化された膜を閉塞する物質と微生物


開発の社会的背景

 近年、世界的な水不足の深刻化に伴い再生水に対する社会ニーズが急速に高まっている。膜分離活性汚泥法(MBR)(図1)は、微生物の集合体である活性汚泥と処理水との分離を膜により行う水処理再生の中核技術であり、標準活性汚泥法よりも狭いスペースで良好な水質が得られるという利点がある。

 一方で、水処理膜閉塞の検知や制御が最大の課題であるが、その原因や機構の詳細は分かっていないため、膜を透過する水量や廃水側と処理水側との圧力の差である膜間差圧を指標として水処理膜の交換時期を予測し、膜の洗浄方法も次亜塩素酸を用いるといった画一的な対処がなされている。

膜分離活性汚泥法のシステム概略図
図1 膜分離活性汚泥法のシステム概略図

研究の経緯

 産総研では、水資源の循環利用と安全・安心技術の開発を目指した、アジア戦略「水プロジェクト」の中で、MBRの処理性能と汚泥微生物群集の関係を明らかにし、微生物学的知見に基づいたMBRの高活性維持管理技術の確立を目指してきた。その一環として、水処理膜閉塞の検知・制御技術の開発を目標に、水処理膜上でのバイオフィルム形成に関与する微生物を解析するなど、膜閉塞の発生機構について研究を進めてきた。

研究の内容

 有機物濃度の異なる2種類の人工的に廃水を模擬したモデル廃水を用いてMBRシステムを連続運転した(モデル廃水中の有機物濃度450 mg-CODCr/Lを低負荷、900 mg-CODCr/Lを高負荷と呼ぶ)。これらのモデル廃水による膜閉塞の過程を調べるため、共焦点反射顕微鏡法によって水処理膜上のバイオフィルムを非破壊で可視化した。膜間差圧は膜閉塞の指標であるが、膜間差圧の異なるいくつかの時点でバイオフィルムを観察したところ、高負荷時には膜間差圧とバイオフィルムの厚みに正の相関が観察された(概要図)。一方、低負荷時には明らかな相関が見られず、有機物濃度が異なると、違った機構で膜が閉塞すると考えられた。さらに、膜閉塞の原因物質を特定するため、蛍光プローブを使用して細胞由来高分子ごとに可視化したところ、低負荷時には多糖が、高負荷時には脂質が主要な構成成分として検出された(図2)。

膜閉塞の原因となるバイオフィルム中の細胞由来高分子の図
図2 膜閉塞の原因となるバイオフィルム中の細胞由来高分子
低負荷では脂質より多糖の方が存在量は多く、高負荷では圧倒的に脂質の存在量が多い。

 こうしたバイオフィルムの厚みや構成成分の違いは、バイオフィルムを形成する微生物の種類が異なると考え、次世代シークエンサーによりバイオフィルム中の微生物を大規模に同定した。その結果、有機物濃度が違うと、バイオフィルムを構成する主要な微生物種が異なることが分かった(図3)。

バイオフィルムを構成する微生物の存在割合の図
図3 バイオフィルムを構成する微生物の存在割合

 低負荷時、高負荷時ともに、主にγ-プロテオバクテリア綱の微生物がバイオフィルムを形成していた(図3、青色)。しかし、γ-プロテオバクテリア綱の微生物種を詳細に調べると、低負荷時には、細胞外に多糖を分泌してバイオフィルムを形成するAlishewanella属細菌が主要な微生物種であることがわかった。この結果は、低負荷時のバイオフィルムでは多糖が主な構成成分であるという共焦点顕微鏡による観察結果とよく一致していた(図2)。

 一方、高負荷時には、γ-プロテオバクテリア綱のPseudomonas属細菌が主要な微生物種であること、膜間差圧が過度に上昇すると、Pseudomonas属細菌の細胞質を摂取し、細胞膜脂質を食べ残す菌食性細菌Bdellovibrio属細菌(図4、紫色のδ-プロテオバクテリア綱に所属)が増えていることがわかった。これらの結果から、共焦点顕微鏡で観察されたように高負荷時のバイオフィルムに蓄積された脂質は、菌食性細菌に捕食された微生物の死細胞膜脂質に由来することが強く示唆された。そこで、今回、バイオフィルム中の異種細菌間の捕食被食関係が膜閉塞を直接的に引き起こすという新たなモデルを提唱した(図4)。この膜閉塞モデルや今回の結果から、例えば、低負荷の場合は多糖や微生物細胞の除去に有効な分解酵素や次亜塩素酸、高負荷高差圧の場合は脂質の除去に有効なアルカリ性薬剤や界面活性剤を用いると効果的に水処理膜を洗浄できると考えられる。

今回提唱した高負荷時の膜閉塞発生過程のモデルの図
図4 今回提唱した高負荷時の膜閉塞発生過程のモデル

今後の予定

 今後は、今回の手法を、有機物濃度や廃水種が異なる個別のMBR運転に適用して、膜閉塞を引き起こす成分や微生物に関する情報を蓄積していく。これらの知見を用いて、適切なMBRの運転管理手法や、水処理膜の維持管理手法の提示を目指す。



用語の説明

◆共焦点反射顕微鏡法
照射光が試料により反射された反射光を共焦点顕微鏡で検出、可視化する観察手法。蛍光染色剤や蛍光タンパク質などを用いないで、試料を未処理のまま非破壊で可視化し、立体構造を観察できる。[参照元へ戻る]
◆バイオフィルム
風呂場や排水溝のぬめり、歯垢などに代表される、微生物の集団が形成する構造体の総称。一般にバイオフィルム状態の微生物は物理的剥離や薬剤に対する抵抗性が上がっているとされ、水処理膜上ではバイオフィルムの高密度な構造が膜閉塞の原因になると考えられている。[参照元へ戻る]
◆次世代シークエンサー
従来に比べ、飛躍的に解析速度が向上したDNA塩基配列解読装置。複数の試料に含まれる微生物の種類を1試料あたり数万から数十万種、合計で数十から数百万種の微生物を同時並行的に同定できる。[参照元へ戻る]
◆水処理膜
マイクロメートルからナノメートルサイズの細孔をもち、廃水中から粒子や細菌、ウィルスなどの不純物を除去するための膜を水処理膜と呼ぶ。細孔の大きさにより、精密ろ過膜、限外ろ過膜、ナノろ過膜、逆浸透膜などに分けられる。[参照元へ戻る]
◆蛍光プローブ
特定の物質に結合して蛍光を発する分子、もしくは特定の物質に結合する分子を蛍光色素で標識したものの総称。目的の分子だけを選択的に検出・可視化することを可能にする。[参照元へ戻る]
◆細胞由来高分子
バイオフィルム内の微生物が、自らの細胞外に分泌する高分子化合物や細胞自体に由来する高分子化合物。多糖やタンパク質、核酸、脂質などがあり、バイオフィルムを覆うように存在して、バイオフィルムの密度や強度、薬剤に対する耐性を上げているとされる。これらの高分子化合物は、蛍光プローブにより個別に検出・可視化できる。[参照元へ戻る]
◆捕食被食関係
食う食われるの関係とも表現され、今回は他の微生物を食べる微生物種と、食べられる微生物種の関係を指す。今回、この微生物同士の食物連鎖が膜閉塞の原因となるモデルを提唱した。[参照元へ戻る]
◆死細胞膜脂質
死んだ微生物の細胞膜に由来する脂質。今回の研究成果では、微生物を食べる微生物によって捕食された被食微生物の死細胞に由来する膜脂質を指す。[参照元へ戻る]
◆膜分離活性汚泥法(MBR)
英語ではMembrane bioreactorと言い、MBRとも略される。廃水の微生物処理と膜分離を組み合わせた廃水処理方式で、きれいな処理水が得られる水処理再生技術として世界的に導入が進んでいる。膜分離活性汚泥法では主に精密ろ過膜と限外ろ過膜がろ過膜として用いられる。[参照元へ戻る]
◆標準活性汚泥法
微生物複合体である活性汚泥を用いて廃水中の有機物を除去した後、汚泥を沈降させて処理水を得る浄化方法を一般に標準活性汚泥法と呼ぶ。最も一般的で、普及している廃水処理方式である。[参照元へ戻る]
◆次亜塩素酸
一般的に殺菌・消毒剤として知られる物質で、膜閉塞を引き起こすバイオフィルム除去のため、水処理膜の洗浄にも広く使用されている。[参照元へ戻る]
◆アジア戦略「水プロジェクト」
 水資源の安全確保と有効利用に関するグローバル技術開発の拠点化を目指し、2012年に産総研で立ち上げられた研究プロジェクト。現在産総研内の7つの研究ユニットが一体となり活動を推進している。水プロジェクトHP [参照元へ戻る]
◆CODCr
化学的酸素要求量(Chemical Oxygen Demand: COD)は、水中に存在する有機物を酸化剤によって分解した時の酸素消費量を示す数値で、水質の指標となる値の一つである。CODCrは特に酸化剤として二クロム酸カリウムを使用して得られたCOD値であることを示しており、一般に値が高いほど水質が悪化している。[参照元へ戻る]
◆細胞質
微生物の中でも単純な構造を持つ細菌では、細胞膜に囲まれた領域を細胞質と呼ぶ。細菌の細胞質には生育・増殖に必要なDNAやタンパク質などが内包されており、菌食性細菌の一部は被食細菌の内部で細胞質を捕食して増殖する。[参照元へ戻る]



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