国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)環境管理研究部門【研究部門長 田中 幹也】環境微生物研究グループ 稲葉 知大 研究員、堀 知行 主任研究員らは、共焦点反射顕微鏡法を用いたバイオフィルムの非破壊での観察技術と、次世代シークエンサーを用いた微生物の大規模同定技術とを組み合わせて、水処理膜が閉塞する原因を解析した。
バイオフィルムにより水処理膜が閉塞する原因や発生機構については、モデルは提唱されているものの、実環境での水処理膜の状態の解析は技術的に困難であるため、不明な点が多かった。今回、蛍光プローブを併用した共焦点反射顕微鏡法により、水処理膜上のバイオフィルムを構成する細胞由来高分子を可視化した。また、次世代シークエンサーを用いて、バイオフィルム中の微生物を一度に数十万種レベルで同定した。これらから、膜閉塞の原因物質と原因微生物を解析した。
これらの手法を用いて、水処理システムへ流入する廃水の有機物濃度が膜閉塞に与える影響を調べた。その結果、廃水中の有機物が多い場合は、バイオフィルム中での異種細菌の捕食被食関係が原因となって生じる死細胞膜脂質が水処理膜上に蓄積するという、従来のモデルとは異なる膜閉塞発生機構の可能性を見出した。
なお、この成果の詳細は、2017年2月23日(英国時間)に、国際学術誌npj Biofilms and Microbiomesにオンライン掲載される。
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共焦点反射顕微鏡法により可視化された膜を閉塞する物質と微生物 |
近年、世界的な水不足の深刻化に伴い再生水に対する社会ニーズが急速に高まっている。膜分離活性汚泥法(MBR)(図1)は、微生物の集合体である活性汚泥と処理水との分離を膜により行う水処理再生の中核技術であり、標準活性汚泥法よりも狭いスペースで良好な水質が得られるという利点がある。
一方で、水処理膜閉塞の検知や制御が最大の課題であるが、その原因や機構の詳細は分かっていないため、膜を透過する水量や廃水側と処理水側との圧力の差である膜間差圧を指標として水処理膜の交換時期を予測し、膜の洗浄方法も次亜塩素酸を用いるといった画一的な対処がなされている。
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図1 膜分離活性汚泥法のシステム概略図 |
産総研では、水資源の循環利用と安全・安心技術の開発を目指した、アジア戦略「水プロジェクト」の中で、MBRの処理性能と汚泥微生物群集の関係を明らかにし、微生物学的知見に基づいたMBRの高活性維持管理技術の確立を目指してきた。その一環として、水処理膜閉塞の検知・制御技術の開発を目標に、水処理膜上でのバイオフィルム形成に関与する微生物を解析するなど、膜閉塞の発生機構について研究を進めてきた。
有機物濃度の異なる2種類の人工的に廃水を模擬したモデル廃水を用いてMBRシステムを連続運転した(モデル廃水中の有機物濃度450 mg-CODCr/Lを低負荷、900 mg-CODCr/Lを高負荷と呼ぶ)。これらのモデル廃水による膜閉塞の過程を調べるため、共焦点反射顕微鏡法によって水処理膜上のバイオフィルムを非破壊で可視化した。膜間差圧は膜閉塞の指標であるが、膜間差圧の異なるいくつかの時点でバイオフィルムを観察したところ、高負荷時には膜間差圧とバイオフィルムの厚みに正の相関が観察された(概要図)。一方、低負荷時には明らかな相関が見られず、有機物濃度が異なると、違った機構で膜が閉塞すると考えられた。さらに、膜閉塞の原因物質を特定するため、蛍光プローブを使用して細胞由来高分子ごとに可視化したところ、低負荷時には多糖が、高負荷時には脂質が主要な構成成分として検出された(図2)。
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図2 膜閉塞の原因となるバイオフィルム中の細胞由来高分子 |
低負荷では脂質より多糖の方が存在量は多く、高負荷では圧倒的に脂質の存在量が多い。 |
こうしたバイオフィルムの厚みや構成成分の違いは、バイオフィルムを形成する微生物の種類が異なると考え、次世代シークエンサーによりバイオフィルム中の微生物を大規模に同定した。その結果、有機物濃度が違うと、バイオフィルムを構成する主要な微生物種が異なることが分かった(図3)。
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図3 バイオフィルムを構成する微生物の存在割合 |
低負荷時、高負荷時ともに、主にγ-プロテオバクテリア綱の微生物がバイオフィルムを形成していた(図3、青色)。しかし、γ-プロテオバクテリア綱の微生物種を詳細に調べると、低負荷時には、細胞外に多糖を分泌してバイオフィルムを形成するAlishewanella属細菌が主要な微生物種であることがわかった。この結果は、低負荷時のバイオフィルムでは多糖が主な構成成分であるという共焦点顕微鏡による観察結果とよく一致していた(図2)。
一方、高負荷時には、γ-プロテオバクテリア綱のPseudomonas属細菌が主要な微生物種であること、膜間差圧が過度に上昇すると、Pseudomonas属細菌の細胞質を摂取し、細胞膜脂質を食べ残す菌食性細菌Bdellovibrio属細菌(図4、紫色のδ-プロテオバクテリア綱に所属)が増えていることがわかった。これらの結果から、共焦点顕微鏡で観察されたように高負荷時のバイオフィルムに蓄積された脂質は、菌食性細菌に捕食された微生物の死細胞膜脂質に由来することが強く示唆された。そこで、今回、バイオフィルム中の異種細菌間の捕食被食関係が膜閉塞を直接的に引き起こすという新たなモデルを提唱した(図4)。この膜閉塞モデルや今回の結果から、例えば、低負荷の場合は多糖や微生物細胞の除去に有効な分解酵素や次亜塩素酸、高負荷高差圧の場合は脂質の除去に有効なアルカリ性薬剤や界面活性剤を用いると効果的に水処理膜を洗浄できると考えられる。
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図4 今回提唱した高負荷時の膜閉塞発生過程のモデル |
今後は、今回の手法を、有機物濃度や廃水種が異なる個別のMBR運転に適用して、膜閉塞を引き起こす成分や微生物に関する情報を蓄積していく。これらの知見を用いて、適切なMBRの運転管理手法や、水処理膜の維持管理手法の提示を目指す。