国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)先進コーティング技術研究センター【研究センター長 明渡 純】エネルギー応用材料研究チーム 片岡 邦光 主任研究員、秋本 順二 研究チーム長、微粒子スプレーコーティングチーム 明渡 純 研究チーム長(兼任)は、酸化物の単結晶を固体電解質部材とする小型全固体リチウム二次電池を開発した。
リチウム二次電池は、高いエネルギー密度をもつことから、さまざまな機器で使用されており、エネルギー密度の向上や安全性確保、長寿命化が期待されている。中でも安全性の観点から、可燃性の有機電解液に替わり、不燃性である硫化物や酸化物の無機固体電解質を用いた全固体リチウム二次電池の開発が進められているが、特に素材として安定性の高い酸化物系固体電解質材料は、リチウムイオン導電率や内部短絡(ショート)、電極と固体電解質の界面の接合強度などの課題があった。
今回、酸化物系固体電解質材料であるガーネット型酸化物について、現在世界最高のリチウムイオン導電率をもつ単結晶を初めて合成し、固体電解質部材に用いた。また、産総研独自の常温製膜技術であるエアロゾルデポジション法(AD法)により正極を固体電解質表面に作成して、強固に接合した電極-電解質界面を実現した。これらにより、今回開発した全固体リチウム二次電池は、従来の全固体リチウム二次電池よりも高い安全性と信頼性をもつため、医療用途などへの応用が期待される。
なお、この技術の詳細は、2017年2月15~17日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催される第16回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2017)にて発表される。
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現行のリチウム二次電池の構成(左)と今回の全固体リチウム二次電池の構成(右) |
リチウム二次電池は、高いエネルギー密度をもつことから、小型電子機器から大型の蓄電池システムまで、さまざまな機器に搭載・使用されている。次世代のリチウム二次電池には、エネルギー密度の向上や安全性確保、長寿命化が期待されている。中でも安全性の観点から、可燃性の有機電解液に替わり、固体電解質を用いた全固体リチウム二次電池の開発が進められている。固体電解質材料としては、無機固体電解質材料と有機ポリマー材料が広く知られており、特に無機固体電解質材料は不燃性であるため、発火することがない高安全性を特徴とした全固体リチウム二次電池の実現に向けて開発が行われている。現在、有力な無機固体電解質材料は、硫化物系と酸化物系の二種類がある。硫化物系固体電解質材料は酸化物系固体電解質材料よりも一桁程度リチウムイオン導電率が高く、可塑性に優れた固体であるため電極と固体電解質の界面の接合が容易に形成できるが、大気中に暴露すると有毒な硫化水素ガスを発生するため、実際の使用には堅牢な封止加工が必要であり、生産コストの上昇にもつながる。一方で酸化物系固体電解質材料は、化学的な安定性が高く、環境適合性の点で優れるが、従来技術では、リチウムイオン導電率が有機電解液より低いこと、隙間なく十分に稠密な固体電解質部材ができず金属リチウムの貫通により内部短絡してしまうこと、さらに 電極と固体電解質の界面の接合が強固でないこと、などの課題があり、実用レベルの電池性能は得られていなかった。
産総研は、これまでリチウム二次電池用の正極用、負極用の新しい酸化物系材料開発に取り組んできた(2004年11月22日、2010年10月25日、2014年1月27日 産総研プレス発表)。また、有機電解液と同程度のリチウムイオン導電率をもつ酸化物系固体電解質材料の開発を目指し、ガーネット型結晶構造の酸化物(ガーネット型酸化物)材料の研究に取り組み、特に、有機電解液より低いリチウムイオン導電率や、稠密性の不足による金属リチウムの貫通に起因する内部短絡の課題を解決するため、固体電解質部材の単結晶化技術の開発を進めてきた。さらに、電極と固体電解質を強固に接合するためAD法(2004年5月20日 産総研プレス発表)を応用した全固体リチウム二次電池の開発を進めてきた(2010年11月5日 産総研プレス発表)。今回、それらの技術を組み合わせて、新しい全固体リチウム二次電池を目指す開発に取り組んだ。
今回の技術では、フローティングゾーン溶融法(FZ法) を用いてこれまで合成が困難と思われていた固体電解質材料であるガーネット型酸化物単結晶を合成した。FZ法の条件を工夫して、世界ではじめて安定な単結晶成長を実現した。得られた単結晶を用いて作製した固体電解質部材は、従来の焼結体よりも稠密であり、金属リチウムの貫通を防ぐことができる。短絡試験の結果、10 mA/cm2の大電流でも内部短絡せず、信頼性が高いことがわかった。また、25 ℃で導電率10-3 S/cmを超える、現時点で酸化物系固体電解質材料では世界最高のリチウムイオン導電率を示した。これは有機電解液と同等以上のリチウムイオン導電率である(図1)。
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図1 今回開発した単結晶固体電解質部材(a、b)とその電気化学特性(c、d) |
(c) は25 ℃での交流インピーダンス測定の結果で、電気抵抗を測定したものである。電気抵抗値(グラフ中、円弧成分末端のインピーダンス実数成分)を、測定試料厚と面積で規格化した逆数が導電率であり、10-3 S/cmを超えている。(d)は25 ℃での定電流直流試験の結果で、10 mA/cm2という高い電流密度でも内部短絡せず正常に動作できていることを示している。 |
さらに、電極と固体電解質の接合が強固でないというこれまでの課題を解決するためAD法を応用した。ガーネット型酸化物単結晶を用いた固体電解質部材を基材として、正極のニッケル系酸化物材料をAD法により製膜し、密着性が高い電極-電解質界面を形成した。負極には金属リチウムを使用した。これらにより25 ℃で可逆的な充放電が可能で、短絡・発火の危険性がほぼ全くない高い安全性と高い信頼性を併せ持つ、直径5 mm、厚さ0.7 mm小型全固体リチウム二次電池を開発できた(図2)。
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図2 今回開発した小型全固体リチウム二次電池(a)とその構成(c)、
および作動温度25 ℃での充放電サイクル特性(b) |
今後は、コア技術である固体電解質単結晶の製造技術について、企業との連携によって、量産化と品質安定化の研究開発を進め、さらに量産性に優れた単結晶育成技術への展開についても検討を行う。長寿命で高い安全性・信頼性が必要とされる医療用途をはじめとするマイクロバッテリーの応用分野で、関連企業との連携により、2020年ごろまでの実用化を目指す。