発表・掲載日:2004/11/22

リチウムイオン二次電池の低コスト化実現に道を拓く

-新規高電圧・高容量リチウムマンガン酸化物正極材料の開発に成功-

ポイント

  • リチウムイオン二次電池において、これまで、既存正極材料であるコバルト酸リチウムに対して、放電電圧と容量の両方の観点から比肩しうるマンガン酸化物材料は得られていなかった
  • 今回、新規リチウムマンガン酸化物正極材料を、ナトリウム化合物を原料とした低温溶融塩中でのイオン交換合成法を適用して作製することにより、平均放電電圧3.61V、初期放電容量168mAh/gを達成
  • マンガンの一部をチタンに置換することによって、さらに高容量化(177mAh/g)が可能
  • 資源量が豊富で安価なマンガン酸化物およびチタン酸化物を利用することから、正極材料価格を約1/5に低減することが可能となり、リチウムイオン二次電池自体も約30%の低コスト化が見込まれる

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【部門長 神崎 修三】は、ユビキタスエネルギー研究部門【部門長 小林 哲彦】と共同で、リチウムイオン二次電池の性能を決定づける構成材料である正極材料について、ナトリウム化合物を原料として使用した低温溶融塩中でのイオン交換合成法を適用することにより、4V以上の高い放電電圧と高容量のポテンシャルを有するリチウムマンガン酸化物系の新規正極材料を開発した。この新規正極材料は、現在リチウムイオン二次電池で最も広く用いられているコバルト酸リチウム(容量:約160mAh/g、放電電力量:約630mWh/g)と同程度の初期放電容量168mAh/gおよび放電電力量606mWh/gを可能とし、マンガンの一部をチタンに置換することによって、さらに高容量化(容量:177mAh/g、放電電力量:635mWh/g)を図ることもできる。

 リチウムイオン二次電池は、各種携帯型電子機器用の電源として10年ほど前より急速に普及し、さらに、今後は燃料電池自動車、ハイブリッド自動車用などの大型の用途への応用が期待されている。従来、リチウムイオン二次電池用の正極材料は、主としてコバルト酸リチウムが使われていたが、コバルト原料の資源量および価格高騰の問題から、代替材料の開発が必要とされていた。

 これに対し、産総研では独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】(以下、「NEDO技術開発機構」という)の委託事業「燃料電池自動車等用リチウム電池技術開発-高性能リチウム電池要素技術開発(平成14~18年度)」の下で、高効率製造技術のひとつである低温製造プロセスを電池素材製造に適用し、新規正極材料開発の研究開発を行ってきた。

 本新規リチウムマンガン酸化物正極材料の4V領域の放電電圧は、既存のコバルト酸リチウムより0.3V程度高く、また、マンガン酸化物系化合物の中で最も高い作動電圧である。これは、今回、低温溶融塩中でのイオン交換合成法の処理条件を最適化することで、原料であるナトリウム化合物を起源として残存し、リチウムイオンの挿入・脱離反応を阻害するナトリウムについて、大幅な低減に成功したことによって得られたものである。本材料をリチウムイオン二次電池に適用することにより、正極材料価格を約1/5に低減することが可能となり、電池自体も約30%の低コスト化が見込まれる。

 今後は、今回得られた材料に対して粒径制御、化学組成の最適化を行い、さらなる充放電特性の改善、高容量化を目指すと共に、低コストの素材製造プロセスの確立を行っていく。なお、本成果は、今月27~29日に国立京都国際会館(京都市左京区)において開催される第45回電池討論会において、発表する予定である。



研究の背景

 リチウムイオン二次電池は、小型で高い電圧が得られるため、現在、携帯電話、ノートパソコンなどの携帯型電子機器のほとんどにバッテリーとして搭載されており、また、今後は自動車搭載用などの大型電池としても実用化されるものと期待されていることから、その重要性はますます高まっている。リチウムイオン二次電池は、その構成材料である正極と負極の間でリチウムイオンをやりとりすることで充放電を行うが、電池性能を決定づける最も重要な部材が正極材料である。リチウムイオンをどれほど収容・供給(挿入・脱離)できるかで放電容量が決まり、また、使われる材質とその結晶構造によって得られる電圧が異なってくる。このため、これまで層状岩塩型構造をとるコバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、スピネル型構造をとるリチウムマンガンスピネル(LiMn2O4)などのリチウムイオンを含む遷移金属酸化物の研究開発が進められてきたが、現行のほとんどのリチウムイオン二次電池においては、コバルト酸リチウムが採用されている。しかし、最近のコバルト原料価格の高騰や電池の低コスト化の要求に応えるため、資源的に豊富で安価なマンガンを使用した新規正極材料開発が強く望まれていた。

 リチウムマンガンスピネル系正極材料は最も有力な候補であるが、放電容量は120mAh/gとコバルト酸リチウムの放電容量(160mAh/g)より著しく小さく、これ以外の代替材料開発の必要性は依然として強い。中でも、結晶構造の特徴として一次元のトンネル構造をとるアルカリマンガン酸化物を出発原料とした、高容量のリチウムマンガン酸化物については、これまでに多くの検討がなされている。しかし、出発原料中に含まれる異種アルカリイオンを完全にリチウムイオンに交換することが困難な場合が多く、また、いずれも放電電圧が、コバルト酸リチウムと比べて約1V以上低く、代替の材料としての使用には適合しなかった。

研究の経緯

 産総研・先進製造プロセス研究部門では、ユビキタスエネルギー研究部門と共同で、平成14年度より経済産業省、平成15年度以降はNEDO技術開発機構より委託を受け、研究題目「燃料電池自動車等用リチウム電池技術開発-高性能リチウム電池要素技術開発-ベースメタル元素を活用した新規酸化物正極材料開発」の下、高効率製造技術のひとつである低温製造プロセスを電池素材製造に適用し、コバルト酸リチウムと同程度の性能を有する新規リチウムマンガン酸化物系正極材料の開発を進めてきた。

 低温製造プロセスは、素材製造工程の低コスト化を図る上で重要な技術であると同時に、新規機能性セラミックスの設計・開発に有用な手法である。今回は、放電電圧は3V級ながら、高容量で、急速の充放電が可能であることが報告されていた、トンネル構造を有する新規リチウムマンガン酸化物Li0.44MnO2に着目し、その高電圧化のための素材合成技術の開発を実施することにより、本成果を得たものである。

 本成果は、安価で資源的に豊富なマンガンおよびチタンを主成分とする酸化物系で構成されることから、原材料酸化物の価格で比較すると、既存のコバルト酸リチウムの約1/5の価格で正極材料が作製可能となり、リチウムイオン二次電池自体についても約30%の低コスト化が見込まれる。

研究の内容

 今回、新規リチウムマンガン酸化物Li0.44MnO2の高電圧化が可能となったのは、リチウムイオンの挿入・脱離反応を阻害する、出発原料を起源として残存するナトリウム量の大幅な低減に成功したためである。作製は以下の合成プロセスで行った。はじめに、目的とするトンネル構造をとる、出発原料であるナトリウムマンガン酸化Na0.44MnO2について、炭酸ナトリウムと二酸化マンガンを空気中900℃で加熱することによって合成する。得られた黒色粉体は、硝酸リチウムと塩化リチウムの混合物を空気中280~330℃で加熱した低温溶融塩中で処理することによって、構造を維持したままで、ナトリウムとリチウムのイオン交換を行う。この時、加熱温度が280℃より低いと、出発原料中のナトリウムがリチウムに完全に交換されず、構造中に残存する。一方、加熱温度が330℃よりも高い場合は、構造を維持できず分解してしまう。このように、溶融塩中でのイオン交換処理条件を最適化することによって、これまで問題であった、残存するナトリウム量を、Na/Liの比で0.01以下(従来の1/5以下)と大幅に低減することに成功した。

 正極材料としての放電電圧を明らかにし、また、本物質の高容量化のポテンシャルを解明するために、得られた黒色粉体を正極として、金属リチウムを負極としたコイン型リチウム電池を試作し(図1)、2.5~4.8Vの電圧範囲、電流密度5mA/g、30℃での初期放電特性(図2)を調べた結果、平均放電電圧3.61V、放電容量168mAh/gという高い特性を有することが明らかとなった。さらに、今回の合成プロセスで初めて動作可能となった4V以上における特性は、既存のコバルト酸リチウムより0.3V程度高く、また、マンガン酸化物系化合物の中で最も高い作動電圧である。

試作したコイン型電池とその構造図
図1 試作したコイン型電池とその構造
開発した新規リチウムマンガン酸化物のチタン置換体Li0.44Mn0.78Ti0.22O2を正極材料として試作したコイン型電池(2032セル)

本開発品の電池特性とチタン置換による高容量化の図
図2 本開発品の電池特性とチタン置換による高容量化
開発した新規リチウムマンガン酸化物のチタン置換体Li0.44Mn0.78Ti0.22O2を正極材料として試作したコイン型電池(2032セル)

 さらに、マンガンの一部をチタンに置換することで、さらなる高容量化が可能であるということを見出した。特に、チタンを22%置換したLi0.44Mn0.78Ti0.22O2の場合(図3)、初期放電容量は177mAh/gという非常に高い特性を有することが示された(図2)。また、10サイクルの充放電後においても、放電容量は167mAh/gであり、サイクル特性も非常に良好であった。

 今回、開発した正極材料を、放電容量および放電電力量の観点から、既存材料であるコバルト酸リチウムおよびリチウムマンガンスピネルと比較した(図4)。

 本新規正極材料は、今回の開発により、高電圧・高容量化に道が拓かれたことから、より大型で高性能なのものが必要とされる燃料電池自動車やハイブリッド自動車などの車載用の電池への応用が期待される。

開発した新規リチウムマンガン酸化物チタン置換体Li0.44Mn0.78Ti0.22O2黒色粉体の写真
図3 開発した新規リチウムマンガン酸化物チタン置換体Li0.44Mn0.78Ti0.22O2黒色粉体

4V級正極材料の性能比較図
図4 4V級正極材料の性能比較
開発した新規リチウムマンガン酸化物Li0.44MnO2およびそのチタン置換体Li0.44Mn0.78Ti0.22O2は、リチウムマンガンスピネルLiMn2O4を遙かに凌駕し、コバルト酸リチウムLiCoO2に匹敵する 性能ポテンシャルを有している

今後の予定

 本成果の新規高電圧・高容量リチウムマンガン酸化物について、さらに粒径制御、化学組成の最適化を行い、実用化に向けて炭素負極を使用した場合での検討を行うと共に、さらなる充放電特性の改善を目指していく。



用語の説明

◆リチウムイオン二次電池
現在使われている二次電池の中で最も高い作動電圧(3-4V)を有し、正極材料のコバルト酸リチウムなどのリチウム遷移金属酸化物、負極材料の黒鉛系炭素材料、および非水系電解液から構成される二次電池。充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極へリチウムイオンが移動することによって電池として作動する。1990年代初めに実用化され、電池の体積あるいは重量当たりに取り出すことができる電力量(エネルギー密度)が他の二次電池に比べて格段に大きいことから、携帯電話、ノートパソコンなどのモバイル機器のバッテリーとして広く使われている。[参照元へ戻る]
◆イオン交換合成法
アルカリ遷移金属酸化物などに対して、出発原料のもつ結晶構造を維持したままで、構成元素であるアルカリイオンを異なるアルカリイオンに置き換える合成方法。通常、水溶液中、或いは300℃以下の溶融塩中で行う。通常の無機合成が1000℃近辺の高温で行われるのに対して、合成温度が低く、低コストの製造プロセスとして注目されている。また、高温の合成では得ることができない結晶構造をもつ材料を合成することが可能であり、新規機能性セラミックスの設計・開発には有用な手法である。[参照元へ戻る]
◆コバルト酸リチウム
現在使われているリチウムイオン二次電池のほとんどに正極材料として採用されている。放電電圧は約4.0Vで容量は150-160mAh/gと非常に良好な性能を示す。しかしながら、コバルト金属の資源量が乏しく(世界のコバルト埋蔵量:約960万トン)、また、価格が他の遷移金属であるマンガン、チタンなどと比べて高く、さらに今年に入ってから価格の高騰が問題となっていた。[参照元へ戻る]
◆層状岩塩型構造
コバルト酸リチウムやニッケル酸リチウムが有するABO2型の無機化合物に多く出現する結晶構造。酸化物イオンを介して遷移金属層とリチウム層が交互に積層した結晶構造。充放電に伴って、リチウムイオンの脱離・挿入反応が容易であるといわれている。[参照元へ戻る]
◆スピネル構造
天然の鉱物(スピネル:MgAl2O4)に代表されるAB2O4型の無機化合物に多く出現する結晶構造。リチウムマンガン酸化物系では、最も代表的な構造であり、マンガン酸化物の形成する骨格構造の隙間に、リチウムイオンのトンネル構造が3次元的に交差している。リチウムイオンの脱離・挿入反応に伴って、格子体積の変化が大きいことが問題とされている。[参照元へ戻る]
◆リチウムマンガンスピネル
正極材料として資源量が豊富であり(世界のマンガン埋蔵量:約68,000万トン)、約4.0Vの放電電圧を有することから、コバルト酸リチウムに代わる正極材料として注目された。しかしながら、容量が100-120mAh/gと小さく、また60℃での充放電において、マンガンイオンが電解液中に溶け出し、さらに炭素負極上に析出することで、特性が著しく劣化することが問題であった。[参照元へ戻る]
◆トンネル構造
結晶構造の特徴として、遷移金属酸化物などが構成する3次元の骨格構造の隙間に、アルカリイオンが一次元的に配列した構造を言う。ナトリウム、カリウムを含むマンガン酸化物によく出現する結晶構造である。リチウムイオンの伝導経路が、一次元的であることから、出発原料であるナトリウムイオン等が構造中に残存すると、良好なイオンの伝導が阻害されてしまうことが問題であった。[参照元へ戻る]

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