発表・掲載日:2014/01/27

チタン酸化物負極材料(HTO)の粒径制御技術を開発

-粒径制御により高容量化を実現-

ポイント

  • 次世代リチウムイオン電池用酸化物負極材料の特性を改善
  • 酸化物重量当たりの充放電容量を約250 mAh/gに高容量化
  • 従来の製造プロセスの簡単な改良で実現可能

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 淡野 正信】結晶制御プロセス研究グループ 永井 秀明 主任研究員、片岡 邦光 研究員、秋本 順二 研究グループ長は、リチウムイオン二次電池用の負極材料であるチタン酸化物H2Ti12O25(以下「HTO」という)の充放電量を高容量化できる粒径制御技術を開発した。

 この技術ではHTO 合成の原料であるチタン酸ナトリウムNa2Ti3O7粉体を粒径制御することで、HTOの酸化物重量当たりの充放電容量を約250 mAh/gに高容量化できる。これは、粒径制御しないHTOを用いた場合の225 mAh/gを上回る。また、従来の製造プロセスの簡単な改良により高容量化、レート特性の改善ができることから、電気自動車、ハイブリッド車などの電動車両用リチウムイオン二次電池の高容量化・低コスト化につながるものと期待される。

 なお、この技術の詳細は、2014年1月29~31日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催される第13回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2014)にて発表される。

粒径制御したHTO、粒径制御しないHTO、現行の負極材料であるチタン酸リチウムLi4Ti5O12の充放電曲線の比較図
粒径制御したHTO、粒径制御しないHTO、現行の負極材料であるチタン酸リチウムLi4Ti5O12の充放電曲線の比較 (対極:金属リチウム、電流密度:10 mA/g)


開発の社会的背景

 最近、大型のリチウムイオン二次電池が車載用や定置型電源用として注目を集めている。これらの用途では、電池の入出力特性、エネルギー密度の向上とともに、安全性確保や長寿命化、低コスト化が重要であり、負極に酸化物系材料を使用したリチウムイオン二次電池が期待されている。しかし、現行の負極材料であるチタン酸リチウム(Li4Ti5O12)は酸化物重量当たりの充放電容量が175 mAh/gと低いため、チタン酸リチウムと同程度の電圧で、200 mAh/gを超える高容量の酸化物負極材料が望まれている。

研究の経緯

 産総研は、これまでに低温合成プロセスの一つであるソフト化学合成法を適用したチタン酸化物の合成とその構造・物性評価に関する研究に取り組んできた。その中で、石原産業株式会社と共同で、現行材料と同程度の電圧で200 mAh/gを超える高容量の新規チタン酸化物負極材料であるHTOを開発した(2010年10月25日産総研プレス発表)。その後、HTOのさらなる高容量化や入出力特性の改良を目指して、粒径制御技術や製造プロセスの研究開発に取り組んできた。

研究の内容

 今回の技術は、原料の骨格構造の特徴を保持しつつ化学組成を変化させる、ソフト化学合成法を用いた。原料であるNa2Ti3O7粉体の粒子形態が最終生成物であるHTOの粒子形態に強く反映されることを利用している。まず、従来の製造プロセスに容易に組み込める粒径制御技術である粉砕技術を用いてNa2Ti3O7粉体(平均粒径約2 µm)の粒径制御を行った。粒径制御したNa2Ti3O7粉体を熱処理して骨格構造を安定化させ(平均粒径約0.2 µm)、60 ℃で酸処理を行ってHTOの前段階の物質であるH2Ti3O7とした。その後、200~300 ℃程度に加熱することで、粒径制御したHTOを作製できる。図1に粒径制御したHTOの充放電サイクル特性を示す。室温で、1サイクル目の充電容量は307 mAh/g、放電容量は249 mAh/gであり、充放電効率は81 %であったものの、5サイクル目で充電容量244 mAh/g、放電容量243 mAh/gと、充放電効率がほぼ100 %の可逆性の高い充放電特性が確認され、それ以降のサイクルでは安定な充放電を示した。

粒径制御したHTOの充放電サイクル特性図
図1 粒径制御したHTOの充放電サイクル特性
(温度:25 ℃、対極:金属リチウム、電流密度:10 mA/g)

 この粒径制御したHTOの充放電容量は、結晶構造解析から導出されたHTOの理論容量(274 mAh/g)の約90 %であり、また、化学的に挿入・脱離可能なリチウム量から見積もった容量(256 mAh/g)にほぼ等しいことから、粒径制御を行うことでHTOの潜在能力を引き出せたものと考えられる。

 また、実用に近い電極組成(活物質83 %、導電助剤10 %、結着剤7 %)の電極を試作して25 ℃で評価したところ、1時間率(1C)相当の220 mA/gの電流密度で200 mAh/gを超える充放電容量が維持されていた(図2)。さらに、図3に示すように粒径制御によってレート特性の改善も見られ、例えば、充電レートが1Cの場合には、粒径制御なしでは164 mAh/gであったものが、粒径制御によって210 mAh/gと200 mAh/gを超えていた。これらのことより、今回開発した粒径制御技術によりHTOの充放電容量とレート特性を改善できた。

試作した電極を用いた充放電曲線図
図2 試作した電極を用いた充放電曲線
(温度:25 ℃、対極:金属リチウム、電流密度:220 mA/g)
充電および放電測定の開始時を容量0として表示している。

試作した電極を用いた充電レート特性図
図3 試作した電極を用いた充電レート特性
(温度:25 ℃、対極:金属リチウム、放電:0.2 C、容量220 mAh/gとして計算)

今後の予定

 今後は、HTOの開発で連携している石原産業株式会社と協力して量産化技術を確立し、電池メーカーをはじめ産業界へのサンプル提供の準備を進める。



用語の説明

◆リチウムイオン二次電池
正極材料としてコバルト酸リチウムなどのリチウム遷移金属酸化物、負極材料の黒鉛系炭素材料、および非水系電解液から構成される二次電池で、現在使われている二次電池の中で最も高い作動電圧(3-4 V)を持つ。充電時に正極から負極へ、放電時に負極から正極にリチウムイオンが移動することによって電池として作動する。1990年代初めに実用化され、電池の体積あるいは重量当たりに取り出すことができる電力量(エネルギー密度)が他の二次電池に比べて格段に大きいことから、携帯電話、ノートパソコンなどのモバイル機器のバッテリーとして広く使われている。[参照元へ戻る]
◆充放電容量
二次電池の充電・放電時に貯めたり取り出したりできる電気量(mAh あるいはAhで表記)。正極材料や負極材料に関しては、材料の重量当たりの充放電容量として、mAh/g、あるいはAh/kgとして表す。この値が大きいほど性能が良い。リチウムイオン二次電池の負極材料では、充電容量・放電容量は、負極材料に可逆的に挿入・脱離可能なリチウム量にそれぞれ対応している。[参照元へ戻る]
◆レート特性
充放電時の電流値を電池容量に対する相対的な比率(レート)として表した場合の電池特性。電池ごとの特性条件を比較しやすいようにするための評価方法であり、高いレートでも十分な性能が出せる電池ほど優秀といえる。[参照元へ戻る]
◆チタン酸リチウム
スピネル型の結晶構造をとり、Li[Li1/3Ti5/3]O4という化学構造式の化合物。この化学組成1モル当たり、1モルのリチウムが挿入・脱離できる。約1.55 Vに電位平坦部があり、酸化物重量当たり175 mAh/gの容量で、可逆的に充放電することから、高電位負極材料として注目されている。一方、構成元素として含有しているリチウムは、結晶構造を構築するためには必須であるものの、充放電には寄与していない。[参照元へ戻る]
◆エネルギー密度
電池から取り出すことができる電力量であり、電圧(V)と容量(Ah)の積で表される。単位体積当たりの場合は体積エネルギー密度(Wh/L)、単位重量当たりの場合は重量エネルギー密度(Wh/kg)で表す。この値が大きいほど性能が良いことを示す。[参照元へ戻る]
◆ソフト化学合成法
無機化合物の合成方法の一つで、原料化合物の骨格構造の特徴を保持したままで、化学組成を変化させる合成手法である。そのため、通常の合成方法では安定に存在できない化合物を合成することができる。主としてアルカリ遷移金属酸化物に適用することができる。通常の無機合成が1000 ℃近辺の高温で行われるのに対して、500 ℃以下の温和な温度条件で合成することから、1980年代頃から「ソフト化学」と呼ばれるようになった。高温の合成では得られない結晶構造を持つ材料を合成することができ、新たな機能性セラミックスの設計・開発には有効な手法である。[参照元へ戻る]
◆1時間率(1C)
レート特性のように、容量値に対する放電時あるいは充電時の電流の相対的な大きさを基準として表す場合に用いる単位。ある容量を持った電池が1時間で放電完了電圧あるいは充電完了電圧に至る電流値を1時間率(1C)としている。[参照元へ戻る]

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