独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】結晶制御プロセス研究グループ 秋本 順二 研究グループ長、計測フロンティア研究部門【研究部門長 秋宗 淑雄】ナノ移動解析研究グループ 後藤 義人 研究グループ長は、石原産業株式会社【代表取締役社長 織田 健造】(以下「石原産業」という)と共同で、リチウムイオン二次電池用の新規な高容量チタン酸化物負極材料H2Ti12O25を開発した。
この材料は構成元素としてリチウムを含まない上、現在使われている酸化物系負極材料であるチタン酸リチウムLi4Ti5O12と同程度の電圧(リチウム基準で約1.55 V)を有し、酸化物重量あたりの充放電容量でチタン酸リチウム(175 mAh/g)を上回る225 mAh/g程度の高容量が可能である。また、含有する水素が水素結合によって骨格構造を形成していることから、充放電の際のリチウムの挿入・脱離反応に影響されない安定した構造となっている。さらに、構成元素としてリチウムを含まないためコスト的に有利である。このことから、電気自動車、ハイブリッド車などの電動車両用リチウムイオン二次電池の高容量化と長寿命化、さらには低コスト化につながるものと期待される。
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図1 今回開発した新規チタン酸化物負極材料(H2Ti12O25)と現行のチタン酸リチウム負極材料(Li4Ti5O12)の充放電曲線(対極:金属リチウム、電流密度50 mA/g)
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リチウムイオン二次電池は高いエネルギー密度や高電圧、高サイクル寿命などの優れた特性をもつため、携帯電話やノート型パソコンをはじめとする携帯型情報端末機器や産業用機器の中で広く用いられている。今後は、自動車・輸送機器、電力貯蔵・負荷平準化、産業用機械・工作機械などにおける大型リチウムイオン二次電池の本格的な使用が予想されるため、日本の電池メーカーを中心に積極的な研究開発や生産投資が行われている。
車載用などのリチウムイオン二次電池には、入出力特性、エネルギー密度の向上ばかりでなく、安全性確保と長寿命化が求められており、このような観点から、負極に酸化物系材料を使用することが検討されている。しかし、現行材料であるチタン酸リチウムを使用した場合には、電池のエネルギー密度が低い、という問題があった。このため、現行材料と同程度の高い電圧という特長をもち、かつ高いエネルギー密度を確保するためには、高容量な酸化物系の代替負極材料の開発が強く望まれていた。
産総研は、これまでに低温合成プロセスのひとつであるソフト化学合成法を適用したチタン酸化物の合成とその構造・物性評価に関する研究に取り組んできた。その中で、新規チタン酸化物H2Ti12O25を見いだし、その合成方法とリチウムイオン二次電池電極材料への適用について検討を行ってきた。
一方、石原産業はチタニア(酸化チタン)製造では国内最大手であり、主用途である顔料用途に加え、電子材料、化粧品、導電材料、光触媒などの用途に適した多様なチタニア関連材料の開発、製造を行っている。その中で、チタニア製造技術を生かした新規材料として、チタン酸リチウムの開発およびユーザー展開を進めてきた。
今回、産総研と石原産業は特許実用化共同研究(平成20年~平成22年)により、産総研で見いだされた新規チタン酸化物について、水素の化学的結合状態の解明や、二次電池の負極材料としての化学的評価、電気化学的評価を行うとともに、その工業的な製造技術の開発に取り組んだ。
現在、リチウムイオン二次電池の負極材料としては、黒鉛系炭素材料が最も一般的に使用されている。炭素材料は、リチウム基準で電圧が約0.2 Vと低く、正極としてコバルト酸リチウムなどを使用すると電池を高電圧化(約3.7 V)でき、高いエネルギー密度が達成できる。一方、寿命などの信頼性に関しては、炭素材料を負極とした電池では、例えば60 ℃以上の高温環境下で長時間使用すると容量が低下するといった問題があった。これに対して、リチウムの可逆的な挿入・脱離反応が知られているチタン酸リチウムLi4Ti5O12を負極活物質として使用した場合、安全性が高く、また長寿命化が可能なことから、次世代の高電位負極材料として検討されている。しかし、このようなチタン酸化物のリチウム基準の電圧は約1.55 Vと高く、リチウムイオン二次電池の特長である高い電圧が得られない。またチタン酸リチウムは、リチウムの挿入・脱離反応に寄与しないリチウムを構成元素として含有しているため、今後、大型リチウムイオン二次電池の普及に伴ってリチウムの使用量が大幅に増加し、それによるコストの上昇が危惧されている。
産総研が見いだした新規チタン酸化物H2Ti12O25は、チタン酸リチウムと同程度の電圧をもつことから、負極材料として高い安全性が期待され、さらにチタン酸リチウムに比べて高容量であることから、高いエネルギー密度の電池が得られる。また、チタン酸リチウムのように構成元素としてリチウムを含有しないので、電池の低コスト化も期待される。
この新規チタン酸化物は、出発原料の骨格構造の特徴を保持しつつ、化学組成を変化させる手法であるソフト化学合成法によって合成した。出発原料としてチタン酸ナトリウムNa2Ti3O7を使用し、はじめに60 ℃の温度条件で酸処理を行い、前駆体であるH2Ti3O7を作製し、その後、200~300 ℃程度の温度で加熱することで、目的とする新規チタン酸化物H2Ti12O25が作製できる。
図2に新規チタン酸化物の熱重量分析の結果と1H固体NMRスペクトルを示す。重量減少から見積もられる脱水量は、H2Ti12O25の化学組成と矛盾しなかった。また、固体NMRスペクトルから、含有する水素が水素結合で結晶構造中にしっかり固定化され、容易に脱離されないことがわかった。2本のピークが観測されることから、構造中に2種類の占有サイトがあることもわかった。さらに、乾式自動密度計を用いて測定した密度は3.50 g/cm3であり、水素を含有しているにもかかわらず、チタン酸リチウム(3.49 g/cm3)とほぼ同等の密度であった。
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図2 新規チタン酸化物の(a)熱重量分析および(b)1H固体NMRスペクトル
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この新規チタン酸化物の充放電サイクル特性を、同条件で試験した現行材料であるチタン酸リチウム(石原産業製LT-017)の結果とともに図3に示す。室温で、新規チタン酸化物は、1サイクル目の充電容量255 mAh/g、放電容量210 mAh/gであり、初期の不可逆容量は認められるものの、10サイクル目で充電容量216 mAh/g、放電容量214 mAh/gと、ほぼ可逆的な充放電容量が確認された。また、50サイクル後も充電容量213 mAh/g、放電容量212 mAh/gであり、チタン酸リチウムと同等の良好なサイクル特性を示し、200 mAh/gを超える高容量を維持していた。これは、新規チタン酸化物が構成元素として水素を含むことは電極材料としての問題とはならないことを示す。また、現行材料に対して30 %程度の高容量化が可能である。
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図3 新規チタン酸化物およびチタン酸リチウム(石原産業製LT-017)の室温における充放電サイクル特性(対極:金属リチウム、電流密度50 mA/g)
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今回開発した新規チタン酸化物を負極活物質とし、正極にマンガン酸リチウムを使用したリチウムイオン二次電池を試作し、その充放電特性を評価した結果を図4に示す。この構成で、可逆的な充放電が可能であり、開発した新規チタン酸化物が負極として問題なく機能することが明らかとなった。
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図4 新規チタン酸化物を負極として試作したリチウムイオン二次電池の充放電特性
(正極:LiMn2O4、負極:H2Ti12O25)
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今後は、石原産業より電池メーカーをはじめ産業界へサンプル提供を行い、実用化への課題を明らかにし、さらに化学組成、結晶構造、粉体特性の最適化を行い、主として入出力特性の改善を行う予定である。