有害な廃棄物を資源に変える新しい窒素循環システムに挑む
有害な廃棄物を資源に変える新しい窒素循環システムに挑む
2022/10/19
有害な廃棄物を資源に変える 新しい窒素循環システムに挑む
アンモニアの大量合成が可能になったのは約100年前。アンモニア生産量に比例して人の活動により投入される窒素化合物は約10倍に増加し、最も回復が困難な環境汚染原因の一つとなっています。そこで産総研が目指すのは、産業活動を維持しながら窒素化合物を環境に放出しない技術を確立すること。単に窒素化合物を無害化するのではなく、科学技術の力で地球上に窒素循環システムを創出します。
限界を超えた窒素廃棄物に警鐘を鳴らすプラネタリーバウンダリー
産業が発展し生活が豊かになるにつれて、人為的な活動から排出される環境汚染物質は増大していきます。地球が許容できるギリギリのラインはどこなのか、この限界を示すのが「プラネタリーバウンダリー」です。これによると窒素化合物は、二酸化炭素(CO2)やリン以上に地球の限界を超えており、国際社会の深刻な課題となっています。
川本徹は、窒素に関する社会課題を次のように語ります。「地球上における窒素化合物の生産量は、この100年間で約10倍に増えました。代表的な窒素化合物であるアンモニアは、肥料や化学製品の原料などとして使われていますが、排ガスや廃水として放出されると、悪臭、PM2.5、富栄養化、硝酸汚染などさまざまな環境問題を引き起こします。そのため、EUは窒素廃棄物の削減目標を設定し、国連環境計画(UNEP)も削減を呼び掛けています。一方、日本は現状では厳しい規制はされていませんが、手をこまねいているわけにはいきません。20年後30年後を見据えた、革新的な窒素循環技術の確立が急務です」
目指すのは、人間が利用するアンモニア量を大きく減らすことなく、現在の産業活動を維持しながら地球環境を守ることのできる技術です。
プルシアンブルーによる吸着からアンモニアの回収、再利用へ
チームは、産業活動で排出された有害な窒素化合物をアンモニアに変換し、分離・回収、再び産業活動で利用するサイクルを構築することで、新しい窒素循環システムを実現しようとしています。その核となる技術が2016年に発見した、青色顔料のプルシアンブルーによるアンモニアの吸着です。
悪臭の原因にもなるアンモニア。高濃度のアンモニアだけでなく、人には臭いがわかりづらい、薄い濃度のアンモニアまで吸着するプルシアンブルー吸着剤を用い、実証試験を行いました。その結果、豚舎の悪臭除去はもちろん、肥育環境の改善など優れた効果をあげることができました。
現在、研究は次のステップに進み、大きく二つの研究が進められています。その一つ、排ガスの資源化に取り組む南公隆が楽しそうに語ります。
「2019年から養豚場の堆肥化施設で実証試験を開始しています。排ガスから吸着したアンモニアを洗浄して回収し、再利用できるようにするのが新たな研究テーマです。吸着材の耐久性、洗浄方法や回収方法などを多角的に検討しています。一連の実証試験に協力してくれている畜産農家さんは、当初は豚舎の悪臭除去が最大の関心事でしたが、現在は環境問題にも興味を持ってくれて、窒素分の高い肥料を作りたいというニーズも聞こえ始めました」
アンモニアは工業的に安価に製造が可能なため、購入するよりも利点がなければ再利用は進みません。このように回収する土地の近くで必要な分だけ再利用する“地産地消”は窒素循環システムの一つの形かもしれません。肥料として、燃料として、あるいは他の用途で、現場のさまざまなニーズに応えられる技術開発が急がれます。
下水や産業廃水からも資源を回収
排ガスと並行して廃水からアンモニアを回収する技術開発も進んでいます。こちらは産業廃水で実証試験をする段階にきています。
「原子レベルでプルシアンブルーの組成を変え、排ガス用と廃水用で作り分けています。下水や産業廃水にはアンモニウムイオンのほかさまざまなイオンが含まれていますが、他のイオン濃度が高くても、私たちの開発した材料を使うとアンモニアを選択的に回収できます。既存の廃水処理施設にアンモニア吸着装置を取り付ければ、活性汚泥槽にかかる負荷を軽減することも可能と考えています」
現在は、回収後の再利用法に適した材料の作り分けや、水中で安定して効果を発揮する装置の開発などに取り組んでいます。
窒素資源循環の全体像を描く
窒素資源循環は、分離・回収だけでは実現できません。NOxなど窒素化合物をアンモニアに変換する技術、N2Oを分解して無害化する技術、アンモニアを燃料や原料として利用するための燃焼技術など、新しい窒素循環システムに必要な技術をそれぞれ研究していかなければなりません。
「領域融合によって、身の回りの研究者だけでなく所内全体に取り組みを知ってもらえる機会が増え、以前よりも窒素循環の全体像を描けるようになりました。特に燃料アンモニアとしての利用はCO2を排出しない脱炭素燃料であり、社会的な要請も高いシナリオの一つです。協力してくれる仲間を増やしていくことが大切だと考えています」(川本)
研究室と実証試験の現場を飛び回る南は、「私の研究者としての目標は、基礎研究を社会実装に結びつけること。まさに今、産総研が発見した面白い材料を、生産現場の困り事から地球環境問題まで幅広い課題解決につなげる研究ができ、非常に充実しています」と語ります。川本は、「窒素循環の研究は、やることが山ほどあって人手が足りない状況です。まだ競争相手が少ない今は、社会課題を解決する方法をたくさん発見できる面白い時期と言えるでしょう。窒素循環の技術が、今後ますます重要になっていくのは間違いありません。窒素化合物に関する話は、今具体的に困っている案件を持っている人も多いです。その解決をはかりながら技術を積み重ね、最終的に循環を達成していきたいと考えています」
産総研は窒素化合物による環境汚染から地球を守るという大きな目標に向かって、科学技術の力で着実に歩んでいきます。
本記事は2022年9月発行の「産総研レポート2022」より転載しています。産総研:出版物 産総研レポート (aist.go.jp)
材料・化学領域
ナノ材料研究部門
首席研究員
川本 徹
Kawamoto Tohru
材料・化学領域
ナノ材料研究部門
ナノ粒子機能設計グループ
主任研究員
南 公隆
Minami Kimitaka