水素を大量貯蔵し、再生可能エネルギーを使いやすく!
水素を大量貯蔵し、再生可能エネルギーを使いやすく!
2017/07/31
水素を大量貯蔵し、再生可能エネルギーを使いやすく!福島県の再生可能エネルギー率100%計画を支援
❶ 変動幅の大きい再生可能エネルギーを安定供給できる技術を開発。
❷ 貯蔵と利用の両輪の技術開発で早期の社会実装へ。
❸ 福島県の目標、2040年までに再生可能エネルギー率100%を支援。
太陽光や風力などの再生可能エネルギーは、地球温暖化対策など環境問題解決の有効な方策であるとともに、天然資源の乏しい日本にとっては貴重なエネルギー資源だ。しかし、それらの発電量は気象条件に左右され、安定供給が難しい。
そこで、太陽光や風力から発電した電力を低コストで大量貯蔵することで、電力の安定供給を可能とし、再生可能エネルギーの活用を一段と進めようという挑戦が始まっている。それが、電力の大量貯蔵を実現する水素キャリア製造技術や、貯めたエネルギーを安全に使うための燃焼利用技術など、再生可能エネルギーの貯蔵と活用のためのトータルなシステムの開発だ。
水素キャリア技術は再生可能エネルギー普及の切り札
再生可能エネルギーの活用は、地球温暖化対策にも、資源の少ない日本のエネルギー供給にも貢献する。しかし、太陽光発電も風力発電も日照時間や風力などの気象条件で発電量が大きく変動してしまうことが一因となって、普及はあまり進んでいない。発電量の変動幅が大きく、供給が不安定な電力に依存するのは、工場などの事業所だけでなく、一般家庭でもリスクが高い。
そのような中、東日本大震災で原子力発電所被災を経験した福島県は、再生可能エネルギーの導入拡大に大きく舵を切った。 2040年頃には、県内エネルギー需要の100 %相当量を再生可能エネルギーでまかなうという目標を掲げたのだ。
2014年4月、産総研は、震災からの復興に対する貢献と東北からの再生可能エネルギー関連の新技術創出を目指して、福島県郡山市に再生可能エネルギーの最先端研究拠点、福島再生可能エネルギー研究所(FREA)を開設した。産総研は、このFREAでの活動を通して、福島県が進める再生可能エネルギー普及計画に貢献しようとしている。
「再生可能エネルギーは非常に不安定なエネルギーです。時間ごと、季節ごとに、発電量が大きく変動するため、電力不足が生じやすく、また、せっかく気象条件に恵まれて発電できても電気が余ってしまう状況が生まれることもある。それが大きな課題です」 FREAで水素キャリア技術の開発チームを率いる辻村拓は言う。
電力系統は想定する最大・最小発電能力に基づき設計される。したがって発電量の変動幅がある程度の範囲内に収まっていなければ、電力系統は電力を安定に調整できない。例えば風力による大量の発電が期待できる強風の日でも、系統の能力を超えるのであれば、あえて風車を止めて発電量を調整しなければならない。
この非能率な状況を改善するには、二つの方法が考えられる。まず、大型の蓄電池を開発して、発電した電気を大量に蓄える方法である。蓄電池の技術は確実に進化しているが、大型化させたり数を増やしたりすると、その分コストがかさむという課題が残る。
もう一つの方法は、FREAで取り組んでいる、発電した電気によって水を分解し、生成した水素を水素キャリアとして安定化してタンクに貯蔵する方法だ。
「大量に液体を貯蔵するには大きなタンクが必要ですが、このタンク貯蔵は蓄電池のようにサイズとコストが比例せず、むしろ大きくなるほどコストは下がります。そのため、事業的にも受け入れられやすい方法ではないかと考えました」
有望なキャリアはアンモニアと有機ハイドライド
水素という燃焼性の高い物質を、いかに安全に貯蔵できるかという点も重要だ。FREAでは、水素を燃焼性が低く安全性の高い「水素キャリア」に変えて貯蔵する技術の開発を進めている。
「水素キャリア」とは、水素を別の物質と化学反応させ安全性と利便性を高めたもので、さまざまな種類があるが、FREAでは近い将来有望だと考えられる2つのキャリアを代表として使用している。
一つは、有機物と水素を結合させる有機ハイドライド。もう一つは、水素を大気中の窒素と結合させてつくるアンモニアだ。アンモニアは常温常圧では気体であるが、少し加圧すると液体になる。しかし、この二つの方法にもそれぞれ異なる課題がある。
有機ハイドライドの場合は液体としての安定性は高いが、それゆえ水素を取り出すときに大きなエネルギーを加えなくてはならない。「カーボンフリーのエネルギーなのに、脱水素の段階でCO2を大量に出すことになっては意味がありません。そこでディーゼルエンジンなどの熱機関と組み合わせ、未利用だった排熱の活用を試みています。ただし、熱機関と組み合わせる場合には、特に水素を安全に燃焼させる技術が重要になります」
一方、アンモニアの課題は燃えにくさにある。アンモニアの燃焼性はガソリンの1/6ほどしかなく、それを効率よく燃焼させる技術が求められる。現在は天然ガスなどを混合し燃焼させているが、これまで蓄積されてきた燃焼技術や設計技術をうまく生かすことで、将来的にはアンモニア100 %でも効率的に燃やせる見通しが立っているそうだ。
「アンモニアは液化すると非常にコンパクトになり、1 kgあたりの水素含有量は他の物質に抜きんでています。有機物を使わないのでカーボンフリーですし、アンモニア自体の用途も多いので、水素を分離して燃料とせずとも、そのままアンモニアとして使える点もメリットです」と辻村は説明する。
最大級の実証設備で一日も早い実用化を目指す
水素キャリアを燃料として用いるときは、そこから水素を取り出して燃焼させる。FREAでは、製造や貯蔵の技術に加え、安全に効率よく水素を取り出し、安心して使えるようにする技術の開発にも取り組んでいる。利用までを視野に入れている理由は、少しでも早い社会実装を目指しているからにほかならない。
FREAの水素キャリア研究の最大の特徴は、個別の要素技術の研究だけでなく、トータルな研究開発を重視している点にある。早期の社会実装が目的だからこそ、数十MWhもの電力貯蔵が可能な世界最大規模の実証設備を用意し、水素キャリアの製造から利用(燃焼)までを一貫したシステムとして構築しているのだ。
「大きなスケールになることで新たな課題も見えてきます。課題は実験過程にあるのか、デモ装置にあるのかを把握するために、試験管に戻して検証し直しながら、実証実験と基礎研究の両輪で動かしています」
また、そこで課題が解決できても、FREAの一事例のデータだけでは一般化することはできない。そのため、さまざまな事例を再現できる大型システムのシミュレーターを開発している。実際に変動する電力量を入力値として、変動する水素の製造量を予測できる精緻なシミュレーターは、世界でもほとんど例を見ない。小さなスケールだけに留まっていては実用化につながらず、大きな施設の個別の解でも一般化できないという状況からFREAは一歩を踏み出し、着実に実用化を進めているのだ。
「問題はシステムなのか、サイズなのか、エネルギー変換なのか、それとも電極や触媒なのか。ユーザー側の要望はどうか。多様な問いが常に生じることで、開発チームのモチベーションは上がり、研究内容にバラエティも生まれています」と辻村は言う。
実証実験により、技術的な課題も明確になる。例えば、大きな電気分解装置に変動する大電流をかけると、電力量に追従して水素も変動して発生する。
「システムには配管やストレージも備わっているため、電力と水素の製造量はそれほど連動しないと考えていたのですが、予想外の結果になりました。こうなると水素キャリアに変換する段階で、大きく変動する水素の量に対応する触媒技術などが必要になる。実証実験により実用化へのハードルはかなり高いことがわかりました」
触媒は化学プラントなどでも一般的に使われているが、プラントの場合は入力値に変動がないように精密に制御されている。しかし、このように発生する水素の量が大きく変動するのであれば、それを緩和する触媒か、変動幅を受け止められる触媒をつくらなくてはならない。現在は新材料の開発も視野に入れ、変動に対応できる触媒の開発を進めている。
上流から下流、小規模から大規模まで関連技術を網羅
水素キャリアチームは技術開発の上流から下流までを網羅し、小規模から大規模なスケールまでを扱うことで水素キャリアに関連するさまざまな課題を総ざらいしている。
「高い目標を掲げた福島県の思いに、私たちはできるだけ応えていきたい。私たちの技術を地元の企業に使いこなしていただくことで、2040年に再生可能エネルギー率100 %にするという世界一の目標を達成していただきたいと考えています」
福島県でこの研究を行っている意味を、辻村をはじめ、開発チームのメンバーは強く自覚している。
水素キャリアは多くの企業にとって、実用化までに時間がかかる、ハードルの高い技術に見えるかもしれない。
「水素キャリアの技術はこれまでの技術の蓄積の上に成り立っています。熱利用や配管、材料などの技術には従来のものを応用できる部分も数多くあり、現在も福島県や隣県の多くの企業と共同研究を行っています。ぜひ一度FREAに実物を見に来てください。水素キャリアを実用化し福島県や東北地方で活用するために、ともに協力していきましょう」と辻村は結んだ。
再生可能エネルギー研究センター
水素キャリアチーム
研究チーム長
辻村 拓
Tsujimura Taku
産総研
福島再生可能エネルギー研究所
再生可能エネルギー研究センター