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世界を救うスーパー植物を創りたい!

世界を救うスーパー植物を創りたい!

2017/04/30

世界を救うスーパー植物を創りたい!植物遺伝子制御技術が生み出す無限の可能性

研究者の写真
    KeyPoint 遺伝子のはたらきを コントロールする転写因子をまとめて制御する。
    VP16法は、これまで不可能だった転写抑制因子のはたらきをとめる。
    VP16法は、ゲノム編集を利用した育種を加速させる手段になる。
    Contents

     

     植物の性質や形状などの制御には、すべて遺伝子が関与する。その遺伝子のはたらきは、 アクセル役の転写活性化因子とブレーキ役の転写抑制因子がバランスをとりながらコントロールしている。産総研はこれら転写因子のはたらきをまとめて抑え、植物に特別な形質を与える技術を開発。さらに、シロイヌナズナの転写抑制因子ほぼすべてにあたる、約300種類について、ブレーキをアクセルに変えた植物を生み出した。
     この成果は、単にシロイヌナズナというモデル植物に限られた話ではない。これを野菜など食用植物に応用できれば、開発効率は大きく向上し、温暖化や天候不順による野菜不足などの事態を避けられるばかりか、将来的な食糧問題を解決しうる品種の開発にもつながる。さらには工業原料生産やバイオマス燃料にも使われ、エネルギー問題、環境問題に貢献できる“スーパー植物”の作出も期待される無限の可能性を秘めた技術なのだ。

    遺伝子の“司令塔”転写因子をコントロール

     植物と一言でいっても、花の色は多彩で葉の形状は多様、樹高もさまざまなら、適応する環境もそれぞれ異なり、無限とも言えるほどの種類がある。花や葉の形を決め、果実をいつ実らせ、乾燥や低温などの環境にどう耐えるか。こうした生体の形状や機能、性質の制御には、すべて遺伝子という生体の設計図が関わっている。

     しかし、面白いことに設計図である遺伝子は、存在するだけではその機能を適切に発揮することができない。

     「遺伝子がはたらくタイミングや度合いは、転写因子という物質(タンパク質)によってコントロールされています。そのはたらきは、車でいえばアクセルとブレーキに当たるものです。遺伝子に刻まれた情報をアクセルで発現させ、必要に応じてブレーキをかけてストップさせる。転写因子が司令塔となることで、植物は日々の環境変動に適応しながらうまく成長し、生存しているのです」

     そう語るのは、産総研生物プロセス研究部門で“スーパー植物”の研究に取り組む藤原すみれだ。藤原はアクセルとブレーキにあたる転写因子(それぞれ転写活性化因子、転写抑制因子という)のはたらきをコントロールすることで、通常はなかなか得るのが難しい、強い特性をもった植物を効率的につくりだそうとしているのだ。

     なぜか?それは、この研究が人類の課題を解決することにつながる可能性があるからだ。

    転写因子をまとめて抑制して、強い特性を生み出す

     産総研は、この植物の転写因子研究で世界トップレベルの実績がある。特に知られているのは、アクセル型の転写因子をまとめてブレーキに転換する「CRES-T法」だ。

     「この方法は、転写活性化因子のはたらきを“まとめて” 抑制する点が画期的でした」と藤原。遺伝子の作用の確認は、ある遺伝子が壊れたときに植物に起きた変化を観察して行うが、植物の遺伝子には重複が多く見られ、一つの遺伝子が壊れても他の遺伝子がそのはたらきを補ってしまうことが多い。つまり、遺伝子の作用を把握するためには、ある作用を引き起こす遺伝子のはたらきをまとめて抑えなければならないのだ。

     そのような植物の性質と、特定の遺伝子をうまく狙って壊す技術が最近までなかったことから、遺伝子の作用の特定は非常に難しいものだった。

     「まとめて抑制できるCRES-T法の登場で、ようやく多くの転写活性化因子のはたらきを見つけられるようになりました。これによって遺伝子や転写因子に関する研究は一気に進み始めました」

     また、CRES-T法ができたことで、それまでの手法ではなかなか得られなかった、強い特性をもった植物の作成が可能になった。この技術は、耐塩性や低温耐性、乾燥耐性の高い植物など、すでにさまざまな植物の作出にも応用されている。

    VP16法の利用ですべての転写因子が制御可能に

     しかし、CRES-T法にも弱点がある。アクセルをブレーキにする技術なので、もともとブレーキとして機能する転写抑制因子には適用できない。そこで藤原が取り組んだのが、CRES-T法の逆バージョンの技術の利用だった。

     藤原は「VP16法」という手法を植物に適用。転写抑制因子にVP16と呼ばれる活性化ドメイン(ポリペプチド)を付加することで、通常は何らかの遺伝子の発現を抑えている転写抑制因子のはたらきをまとめて抑えられることを示した。つまり、いくつもの転写抑制因子の変異体を何度も掛け合わせてようやく得られるような強い特徴をもつ植物を、VP16法で生み出せるのだ。

    VP16を付加して転写抑制因子を転写活性化因子に転換した植物をつくる方法
    VP16を付加して転写抑制因子を転写活性化因子に転換した植物をつくる。全遺伝子の約10 %が転写因子をつくる遺伝子だとされ、その転写因子の約15 %が転写抑制因子だと考えられている。

    切実な人類の課題を解決しうる無限の可能性

     研究に用いたシロイヌナズナには約300種類の転写抑制因子があるが、まず、各転写抑制因子にVP16法を適用した約300系統のシロイヌナズナを網羅的に作成して種を採取。全系統を通常条件下で栽培したときに、何が起こるかを観察してそれらのデータを完備した。

    転写抑制因子のはたらきをコントロールして乾燥耐性を獲得したシロイヌナズナ(右)は、通常のシロイヌナズナ(左)
    転写抑制因子のはたらきをコントロールして乾燥耐性を獲得したシロイヌナズナ(右)は、通常のシロイヌナズナ(左)に比べて、乾燥環境でも茎がしっかり伸びている。

     同時に、それらの系統を低温、乾燥といった特殊な条件下で栽培し、各種の環境に対する耐性系統を探した。凍結させても凍らない、2週間水をやらなくても枯れないなど、既存の方法では、簡単に特定できなかった特徴をもつ系統も見つかったという。

     「約300種の系統とデータが網羅されたことで、『早咲きの品種を開発したい』『省スペースで種子を増産したい』『砂漠でも育つ穀物を』などの目的に対し、その形質をもつ品種をつくるためのターゲット遺伝子を探しやすくなりました。有用植物の開発効率は大幅に上がるでしょう」

     地球上には資源・エネルギー問題や食糧問題、環境問題など、多くの問題があるが、植物は、食糧として重要なだけでなく、バイオマス燃料にもなる。また、二酸化炭素を吸収して地球温暖化の進行を抑えたり、土壌に水を蓄えて水害を予防したり、環境問題に対しても力を発揮する。

     「スーパー植物の開発により、それらの問題の解決や、より健康で豊かな生活の実現に貢献する。それが私たちのミッションです」と藤原は笑顔で話す。

    シロイヌナズナは種をまいてから、育ち、再び種を採取できるようになるまでのライフサイクルが約2~3カ月と短く、DNA配列がすべて解読されている。そのため、遺伝子の研究ではまずシロイヌナズナが研究材料として使われ、その後ほかの植物の育種へ応用することが多い。

     VP16法で得られた、約300系統のシロイヌナズナの知見は、転写抑制因子の機能の解明といった基礎研究の進展にも貢献できる。産業への応用にしても、単位面積当たりの収量増、温暖化などに対応した品種開発、耕作不適地の利用、植物工場での生産効率化など、非常に広範囲への応用が期待される。

     さらに、このVP16法は、近年注目を集めている「ゲノム編集」という、思い通りに遺伝子を改変する技術を利用した育種を加速させる手段としても期待されている。ゲノム編集を育種に応用するには、まずどの遺伝子をゲノム編集で破壊すべきかを把握しなければならない。今までは地道に手探りで、もしくは手当たり次第に進めるしかなかった、目的とする形質の付与に必要な遺伝子を発見する作業を、各段に効率よく進められるようにするのが、藤原らが整備した系統とそのデータである。

     日本国内ではゲノム編集技術の法整備はこれからだが、遺伝子組換えとは別に分類されれば、企業の抵抗感が小さくなる可能性もあるという。その意味でも開発された植物遺伝子制御技術は、企業にとってゲノム編集技術をさらに活用しやすくする魅力的な成果だと言えるだろう。

     「ゲノム編集の実用化が近い現在、スーパー植物の作出と知財化は“早いもの勝ち”の状況と言えます。『こんな植物ができたら』という夢がある方は、ぜひ一度ご相談ください。これまでの品種改良という概念を大きく変える成果が期待できます。企業の皆さまが欲しい特性を最大限に引き出したオーダーメイドの植物を生み出し、社会に貢献していきたいと思っています」

    生物プロセス研究部門
    植物機能制御研究グループ
    主任研究員

    藤原 すみれ

    Fujiwara Sumire

    藤原 すみれ主任研究員の写真
    産総研
    生命工学領域
    生物プロセス研究部門
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