発表・掲載日:2021/07/21

原子層制御により磁気メモリー素子の平坦性および磁気安定性を改善

-次世代不揮発性磁気抵抗メモリーMRAMの開発を加速-

ポイント

  • 原子層レベルで制御されたタンタルを下地に用いることで磁気記憶層を平坦化することに成功
  • 磁気安定性および電圧磁化制御効率の劣化要因となる原子拡散を抑制
  • 超低消費電力な次世代磁気抵抗メモリーMRAMの実現に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)新原理コンピューティング研究センター【研究センター長 湯浅 新治】不揮発メモリチーム 山本 竜也 研究員、野﨑 隆行 研究チーム長らは、原子層レベルで制御されたタンタルを用いることで、磁気抵抗メモリー(以下、「MRAM」)の磁気安定性を飛躍的に改善する技術を開発した。

電圧により強磁性金属からなる磁気記憶層の磁化を制御する電圧磁化制御技術は、MRAMの消費電力を低減するキーテクノロジーとして注目されている。情報書き込みに電圧を用いる電圧書き込み方式MRAM(以下、「電圧駆動MRAM」)の磁気記憶層は厚みがおよそ1 ナノメートル(100万分の1ミリメートル)と非常に薄いため、配線工程で400˚C近い高温にさらされた際に電極材料と混ざり合い、記憶特性の指標である磁気安定性や電圧磁化制御効率(以下、「制御効率」)が大きく低下してしまうことが課題となっていた。今回、磁気記憶層としてコバルト鉄ボロン(CoFeB)合金を用い、CoFeBとほとんど混ざり合わない酸化マグネシウム(MgO)を拡散防止層として金属電極との間に挿入することで、磁気安定性や制御効率を低下させる要因となる原子拡散をブロックすることに成功した。また、わずか1原子のタンタル(Ta)層をCoFeB層の下地として用いることで積層膜の平坦性が劇的に改善され、磁化の向きがそろった磁気記憶層を形成できることを見いだした。今回開発した磁気記憶層を用いた電圧駆動MRAMは書き込み時の電流を極限まで抑えることができるため、現在主流である電流書き込み方式MRAM(以下、「STT-MRAM」)に比べて駆動電力を大幅に低減でき、超低消費電力な次世代MRAMの実現につながると期待される。なお、この技術の詳細は、2021年7月21日付(中央ヨーロッパ夏時間)で学術誌Acta Materialiaにオンライン掲載される。

概要図

今回開発した磁気記憶層の透過電子顕微鏡写真(上)と記憶層中の磁化の模式図(下)


開発の社会的背景

磁気抵抗メモリーMRAMは、書き込まれた情報の維持に電力を必要としない不揮発性メモリーであり、読み書きが高速で書き換えの耐久性にも優れているため、IT機器の省電力化の観点から注目を集めている。特に、磁気トンネル接合(MTJ)素子からなる記憶素子への情報書き込みに電圧駆動MRAMを使用すれば、現在製品開発の主流となっているSTT-MRAMに比べてさらに数桁駆動電力を下げることができるので、電圧駆動MRAM の開発はSociety 5.0やブレインモルフィックシステム実現に向けた記憶素子の省電力化の鍵を握っている。しかし、その実用化に向けて磁気安定性および制御効率の改善が求められていた。

 

研究の経緯

産総研は、これまで電圧による磁化制御の研究開発において、MTJ素子の磁化反転制御の書き込み安定性評価(産総研プレス発表 2015年12月10日)や回路シミュレーションによるメモリー動作検証(産総研プレス発表 2016年12月5日)に取り組み、電圧駆動MRAMの実用化研究で世界をリードしてきた。さらに、2017年には単結晶基板上にエピタキシャル成長した単結晶MTJ素子において、電圧駆動MRAMの実用化ターゲットを満たす磁気安定性および制御効率を達成することに成功している(産総研プレス発表 2017年12月1日)。しかしながら、量産プロセスにおいて製造コストを削減するためには多結晶MTJ素子を用いるのが望ましく、量産成膜装置での新材料およびプロセスの開発が求められていた。

電圧駆動MRAMは電圧によりMTJ素子の磁化を制御して情報を記録し、トンネル磁気抵抗(TMR)効果で情報の読み出しを行う。情報の不揮発性を保つためには磁気記憶層の磁気安定性が重要であり、エラーなく高速に読み出しを行うためには大きなTMRが必要である。これら2つの特性改善のため、多結晶MTJ素子は積層膜を作製した後に熱処理を行う必要があるが、電圧駆動MRAMの磁気記憶層は1ナノメートル(100万分の1ミリメートル)と非常に薄いため、異種元素がわずかに混じるだけで一転して特性が劣化してしまう。産総研はこれまでに、多結晶MTJ素子において2×10-5以下の書き込みエラー率を達成しているが(産総研プレス発表 2017年7月12日)、この時の熱処理温度は250˚Cと比較的低温であり、半導体トランジスタ(CMOSトランジスタ)の配線工程で想定される400˚Cの熱処理に耐える素子は実現できていない。実際のところ、金属電極上に直接磁気記憶層を作製した場合、電極材料からの原子拡散を完全に防ぐことは事実上不可能である。今回、量産成膜装置を用いて材料開発を行い、400˚C熱処理後もTMRが大きく、高い制御効率を保持する多結晶MTJ素子の開発に取り組んだ。

なお、本研究開発は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)が推進する「電圧駆動不揮発性メモリを用いた超省電力ブレインモルフィックシステムの研究開発(JPNP16007)」の委託業務の結果得られたものであり、一部、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(JP18K14118)の支援を受けて行った。

 

研究の内容

今回開発した多結晶磁気記憶層の断面の透過電子顕微鏡写真および元素マッピングを図1に示す。これまでは金属電極上に直接CoFeB層を作製していたが、今回は拡散防止層となる1ナノメートル程度のMgO層の上にCoFeB層およびトンネル障壁層となるMgO層を作製した。これらの積層膜は作製後に300˚Cで熱処理を行っているが、上下の金属電極として用いたTaの拡散は2つのMgO層でブロックされている。しかし一方で、図1(上)に示すように、MgO層上のCoFeBは親和性が低いため、層構造が凸凹になっている。そこで、親和性改善のために極薄いTa層を下側のMgO層とCoFeB層の間に挿入した。TaのCoFeBへの混合を最小限に抑えるため、原子層レベルで膜厚を制御して検討を進めた結果、図1(下)に示すように、わずか1原子のTa層の挿入で顕著な平坦性改善効果が得られた。

図1

図1 磁気記憶層の透過電子顕微鏡写真と元素マッピング

続いて、作製した磁気記憶層の磁化の測定を行った結果を図2に示す。Ta層を挿入しなかった場合には、CoFeB層の凸凹形状を反映して磁化の向きがそろいづらく、磁場を面直・面内いずれの方向に印加した場合でも磁化の変化は緩やかになる。一方、Ta層挿入により平坦化された磁気記憶層では、面直方向に関しては小さな磁場で非常にシャープな磁化の変化が得られており、CoFeB層内で磁化が面直方向にそろった状態が安定化されている。

図2

図2 磁気記憶層の磁化測定結果。赤線および黒線はそれぞれ磁気記憶層の面直および面内方向に磁場を印加することで得られた測定結果を示す。

上部電極をCoFeB層に置き換えてMTJ素子を作製し、TMRおよび制御効率の評価を行った結果を図3に示す。従来のMTJ素子は金属電極上に直接磁気記憶層を形成するので400˚Cでの熱処理によりTMRが劣化し、制御効率はほぼゼロとなる。一方で、今回開発したMTJ素子は400˚C熱処理後も250˚C熱処理時の60%近い制御効率を維持しており、TMRに関してはCoFeBの結晶化が促進されたことにより2倍以上の増大が見られた。このように、MgO/CoFeB/MgOサンドイッチ構造に原子層制御したTaを適用することで、磁気安定性、TMR、制御効率、熱処理耐性の全てについて従来のMTJ素子を上回る特性が得られた。

図3

図3 原子層制御されたTaを用いたMTJ素子とこれまでの素子の特性比較

今後の予定

今後は、磁気記憶層の電圧書き込み特性の評価を行い、メモリー素子としての動作検証を進めていく。また、今回開発した磁気記憶層およびプロセス技術は電圧駆動MRAMだけでなく、電流書き込み方式MRAMにも応用可能である。今後は原子層制御の技術を新材料へ幅広く展開し、MTJ素子のさらなる特性改善に向けて研究開発に取り組んでいく。


用語の説明

◆磁気抵抗メモリー
電源を切っても情報が失われないメモリー。既存の半導体メモリーであるDRAMやSRAMは揮発性メモリーで待機時のリフレッシュ動作やリーク電流によるエネルギー消費が深刻な問題となっており、磁気抵抗メモリーの導入が有効と考えられている。MRAM以外にも抵抗変化メモリー(ReRAM)、相変化メモリー(PRAM)、強誘電体メモリー(FeRAM)などさまざまな磁気抵抗メモリーが提案されている。磁気抵抗メモリーの導入により電子機器の待機電力低減が期待されるが、一方で現状の磁気抵抗メモリーは半導体メモリーよりも書き込みエネルギーが数桁大きく、駆動電力の低減が課題となっている。[参照元へ戻る]
◆MRAM、電圧駆動MRAM、STT-MRAM
不揮発性メモリーの一種で、MTJ素子を記憶ビットとして用いる。MRAMの記憶書き込み方式として、磁界を用いる方式(トグルMRAM)、電流を用いる方式(STT-MRAM)、電圧を用いる方式(電圧駆動MRAMまたはVC-MRAM)などがある。電圧駆動MRAMはまだ基礎研究段階であるが、現状の不揮発性メモリーの課題である駆動電力を低減する可能性のある次世代メモリーとして期待されている。[参照元へ戻る]
◆磁気安定性
微小磁石の体積をV、単位体積当たりの磁気異方性をKU、ボルツマン定数をkB、絶対温度をTとすると、ある温度での磁化方向の安定性は磁気的エネルギーの熱エネルギーに対する割合であるKUV/kBTの大きさで評価される。これを熱安定性定数と呼び、例えばMRAMのメモリー要素として用いるには、10年以上の情報保持の指標として50~60程度の熱安定性定数が必要とされている。メモリーの大容量化はVを小さくすることに相当するため、メモリー素子を微小化しても一定の磁気安定性を維持するには磁気異方性エネルギーを大きくする必要がある。[参照元へ戻る]
◆電圧磁化制御効率
厚さが数原子層程度の超薄膜金属磁石に酸化マグネシウムなどの誘電層を介して電圧をかけると、磁化の向きやすい方向が変化する。一般に、安定方向を決めるエネルギーは電圧に対して線形に変化するため、その効率は単位面積当たりのエネルギーの変化量を電界強度で割った値で定義される。これが電圧磁化制御効率であり、変化効率が高いほどより低電圧で磁化方向を制御できる。また、素子サイズが小さくなるほど大きな効率が必要となるため、電圧駆動MRAMの大容量化を進める上で最も重要な性能指標の1つである。[参照元へ戻る]
◆酸化マグネシウム(MgO)
マグネシウム(Mg)と酸素(O)の原子が岩塩型結晶構造に格子配列した酸化物絶縁体。2004年に産総研は、結晶MgOをトンネル障壁に用いたMTJ素子が巨大なTMR効果を示すことを初めて実証した。その後の世界規模の研究開発を経て、現在ではMRAMの記憶素子やハードディスク磁気ヘッド、磁気センサー素子として広く実用化されている。[参照元へ戻る]
◆磁気トンネル接合(MTJ)素子、トンネル磁気抵抗(TMR)効果
膜厚が数ナノメートルの磁石/絶縁層/磁石からなる構造をMTJ(Magnetic Tunnel Junction)素子と呼ぶ。MTJ素子の両端に電圧をかけると量子力学的効果により絶縁層を通して微小なトンネル電流が流れる。その流れやすさが両側の磁石の磁化の相対角に依存して大きく変化する現象をトンネル磁気抵抗(TMR)効果という。一般に磁化が平行で低抵抗、反平行で高抵抗となる。一方の磁化の向きを固定し、他方(磁気記憶層)の磁化の向きを反転させて情報の記録を行う。[参照元へ戻る]
◆ブレインモルフィックシステム
情報伝達を担うニューロンと情報保持を担うシナプスの働きを電子回路や人工素子で模倣し、脳が行う高効率な演算処理をハードウェアで実現するシステム。現在主流のノイマン型コンピューティングシステムだけではSociety 5.0において予想される情報処理量の爆発的増大に対応することは困難であり、ブレインモルフィックシステム等の新しい物理原理に基づいた高速かつ超省電力な非ノイマン型コンピューティングシステムの開発が求められている。[参照元へ戻る]
◆半導体トランジスタ(CMOSトランジスタ)
CMOS(相補型金属酸化膜半導体)トランジスタは、ゲート電極にかける電圧によってソース電極とドレイン電極間に流れる電流のオンオフが制御できる半導体デバイスである。コンピューターの論理回路デバイスとして広く応用されている。MRAMでは、MTJ素子と1対1で配置し、記憶ビット選択のためのスイッチング素子として用いられている。[参照元へ戻る]

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