国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】末永 和知 首席研究員と同部門 電子顕微鏡グループ 千賀 亮典 研究員は、低加速電子顕微鏡を用いて、リチウムを含む軽元素を原子一つ一つの精度で可視化することに成功した。
リチウムはこれまで電子顕微鏡で観察することは困難とされてきた。今回、リチウム原子を微細な空間に閉じ込め、低加速電子顕微鏡によるイメージングと電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いた元素分析を同時に行うことで、リチウム原子一つ一つを可視化することに初めて成功した。またリチウムと同様に、電子顕微鏡で観察することが難しかった、塩素、ナトリウム、フッ素についても原子一つ一つを可視化できた。
なお、本研究成果は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業および、独立行政法人 日本学術振興会科学研究費助成事業の一環として行われ、この研究の詳細は、Nature Communicationsに2015年7月31日(日本時間)オンライン掲載される。
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今回開発した手法の模式図(左)と実際に撮影したリチウムの単原子像(右) |
リチウムは二次電池をはじめ様々な工業製品で用いられ重要な役割を果たしている元素の一つであり、その構造や振る舞いを詳細に調べることは製品の性能向上には必要不可欠である。原子を調べる様々な方法があるが、直接的に原子の状態や振る舞いを知ることができるという点で電子顕微鏡法が理想的である。通常、電子顕微鏡は試料に電子線を照射し、試料中の原子と衝突することで散乱した電子等を検出して像を形成する。ところがリチウムのような軽い元素は電子顕微鏡で「見る」ことが非常に難しい。これは、リチウムと衝突して散乱する電子の数が他の重い元素に比べて極端に少なく、明瞭な像が得られないためである。
また、軽元素は電子線で原子自体が簡単にはじき飛ばされてしまうという点も大きな問題となっている。そのため、十分な厚みを持った結晶中に複数の原子が縦に並んでいる状態(原子カラム)でなければ、従来の電子顕微鏡法で軽元素を観察することはできなかった(図1)。しかしながら、二次電池のようにリチウムが化学反応を起こしながら物質間を移動するような場合には、リチウムが規則正しく並んでいるとは限らない。こうした「どういう状態かわからない原子」を調べるために、リチウムをはじめとした軽元素を一つ一つ直接「見る」技術が求められてきた。
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図1 従来の電子顕微鏡法による軽元素の観察 |
これまで、産総研は原子一つの精度で元素分析する手法の開発に取り組んできた(2009年7月6日、2010年1月12日、2010年12月16日、2012年7月9日 産総研プレス発表)。また、2種類の元素からなる原子鎖を合成するなど、原子一つ一つを位置制御する技術についても開発してきた(2014年9月16日 産総研プレス発表)。今回は、これら一連の技術を組み合わせて、これまで困難とされてきたリチウムの単原子分析に取り組んだ。
なお、今回の研究開発は、JST戦略的創造研究推進事業「物質や生命の機能を原子レベルで解析する低加速電子顕微鏡の開発」(平成24~28年度、研究代表者:末永 和知)と、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業:若手研究(B)「ナノスペースを利用した低次元材料の原子スケール評価と応用に向けた要素技術開発」(平成26~28年度、研究代表者:千賀 亮典)による支援を受けた。
低加速電子顕微鏡とEELSを組み合わせてリチウム(Li)、ナトリウム(Na)、フッ素(F)、塩素(Cl)の単原子を分析した。これらの元素は反応性が高く、通常は他の元素と結合した化合物の状態で存在する。ところが化合物中のこれらの軽元素を電子顕微鏡で観察しようとすると、軽元素が電子線ではじかれて、化合物は簡単に壊れてしまう。今回、シールド材料としてカーボンナノチューブやフラーレンを用い、これらの中に軽元素や軽元素を含む化合物を閉じ込めて、電子線のダメージを減らした。さらに、単原子を捉えるために化合物を原子一列または二列の幅まで薄くした。図2に、カーボンナノチューブの中に閉じ込めた各種軽元素を含む原子鎖を、従来の電子顕微鏡像(左)と、今回開発した手法による電子顕微鏡像(右)で示した。それぞれの原子鎖の構造モデルと電子顕微鏡像を見比べると、重い元素は明るい点としてはっきり見えるのに対して、軽い原子はほとんど像が見えず、どんな元素か、原子が存在しているかどうかさえわからない。これに対して、今回開発した方法を用いて元素ごとの像と各元素の位置を特定し、従来の電子顕微鏡像と比較すると、重い原子の間に軽元素が存在していることがはっきりとわかる。
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図2 原子鎖に含まれる軽元素の可視化
Cs:セシウム、I:ヨウ素 |
また今回開発した方法では、軽元素位置の特定だけでなく、各原子の化学的な性質も理解できる。例として状態の異なるリチウムについて、EELSで得られるリチウムの信号を比較したところ(図3)、結合相手の数によって信号に違いがあることがわかる。このようにEELSで得られる信号の形やピークの位置から、軽元素の化学的状態(どの元素とどのように結合しているのかという情報)がわかる。これまでは、リチウムの結合相手である別の原子について分析を行い、その結果からリチウムの状態を推測するプロセスが主流であったが、今回の手法では、リチウムなどの軽元素の結合状態を直接分析できる。そのため、化学反応プロセスでのリチウムの状態を従来以上に詳細に理解できる可能性がある。
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図3 リチウム原子の化学的性質の違い |
今回は、電子線のダメージ低減のためにカーボンナノチューブ等のシールド材料を用いたが、今後はよりダメージの少ない条件での計測方法を開発し、シールド材料のない状態での軽元素観察を目指す。これによって化学反応プロセス中の軽元素の直接観察を実現する。