独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 山口 智彦】スマートマテリアルグループ 木原 秀元 研究グループ長らは、光と熱の作用により、可逆的に結晶相―アモルファス固体相の相変化し、これを光記録に応用できる有機材料を開発した。
この材料は、コールタールから得られるアントラセンという有機物を原料とし、有機合成反応を用いて化学修飾して得られる。アントラセンは、紫外光を照射することにより2つの分子が結合して二量体になり(光二量化反応)、さらにその二量体は高温(約200 ℃)に加熱すると結合が切れて元の分子に戻る(熱戻り反応)ことが知られている。
今回開発したアントラセンを原料とする有機材料は同様の光反応を起こすが、元の状態では室温で安定な結晶相であるが、紫外光を照射して二量体になると室温でアモルファス固体相になり、複屈折などの光物性が大きく変化する。この性質を利用すれば、無機材料を使用しない新しい相変化型光記録メディアの記録層などに応用できると考えられる。
なお、この研究成果は、2013年3月7日に米国化学会発行のACS Applied Materials & Interfaces誌オンライン版に掲載された。(ACS Appl.Mater.Interfaces 2013, 5, 2650-2657.)
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図1 開発した光記録材料の相変化によりパターンが記録できる
(a) パターンの原版として用いた金属製のしおり、(b) ガラス基板上で薄膜化した材料に、原版を通して紫外光を照射して書き込んだパターン |
有機材料は、金属材料に比べ軽量かつ柔軟であり、溶媒に溶けやすく加工プロセスが簡便であるという優れた利点も持っている。また、合成的手法により材料の物性を緻密にチューニングできる点でも優れている。特に、近年、有機トランジスタや有機太陽電池、有機ELなどオプトエレクトロニクスの分野で、有機材料への期待がますます高まっている。このような有機材料の特性を十分に発揮させるために、その相状態(固相、液相、結晶相、アモルファス相など)をいかに制御するかが1つの重要なポイントとなっている。例えば、室温において、結晶相とアモルファス固体相を光によって制御できれば、これらの相における光物性の違いを利用して、相変化型光記録メディアの記録層などへの応用が期待できる。しかし、実際にはそのような目的にかなう有機材料はほとんど知られていなかった。
産総研はこれまでに、光化学反応を起こす有機分子に着目し、それらの分子を化学修飾することによって、さまざまな機能を発揮する有機材料を開発してきた。例えば、光異性化反応を起こすアゾベンゼンを基に、室温下で可逆的に固体―液体の相変化をする材料を開発し、光接着剤などへの応用を提案した(2010年12月2日、2012年4月6日産総研プレス発表)。今回は、光二量化反応と熱戻り反応の両方を起こすアントラセンを、材料の鍵となる部品として用いて、可逆的な相変化を示す有機材料を開発した。
なお、本研究開発の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業「基盤研究(C)光二量化反応に基づいた有機化合物の可逆的な相構造制御とその応用に関する研究」(平成23~25年度)によって実施した。
今回開発した有機材料は、試薬として入手可能な出発物質から2段階の簡単な反応で合成でき、得られた材料は室温で結晶相を示した。この材料を融点(約150 ℃)以上に加熱しながら紫外光を照射すると、2つの分子のアントラセン部分同士が結合して二量体を生成するが、この二量体は室温に戻しても結晶化せずにアモルファス相のまま固化する。一方、この二量体は100 ℃付近までは安定であるが、約200 ℃まで加熱するとアントラセン部分をつなぐ結合が切れて元の材料に戻り、再び結晶相となる(図2)。
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図2 開発した有機材料(a)と紫外光照射により得られる二量体(b)の化学構造 |
この材料は、結晶相とアモルファス固体相では、光の反射率や複屈折が異なるため、それらの違いを情報記録として書き込むことや読み出しすることができる。実際に、今回開発した有機材料を加熱溶融して薄膜化し、パターン原版を通して紫外光を照射して原版のパターンを転写できるかを調べた。
紫外光を照射した薄膜を、偏光方向が直角になるように重ね合わせた2枚の偏光板で挟み、可視光を用いて観察したしたところ、原版のパターンを正確に再現したパターンが観察された(図3a)。通常、2枚の偏光板を偏光方向が直角になるように重ね合わせると光は透過できない。また、2枚の偏光板の間に複屈折性のない物質を置いても、光は透過してこない。しかし、2枚の偏光板の間に結晶や液晶などの複屈折性を示す物質を置くと、光の一部が偏光板を透過するため明るく観察される。この材料の薄膜では、複屈折性のない部分(アモルファス固体相)と複屈折性を示す部分(結晶相)がそれぞれ暗部と明部になりパターンを形成している。紫外光によるパターン書き込み時とは異なり、読み出し時にはアントラセンの光二量化が起こらない可視光を使えるので、読み出しによるパターンの破壊は起こらない。一方、このパターンを書き込んだ薄膜を200 ℃に加熱すると、全体が元の材料に戻って再び結晶化するためパターンを消去できた(図3b)。パターンを消去したあとの薄膜に、同じ光書き込み操作を行うことにより、繰り返しパターンを作製することも可能であった(図3c)。
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図3 相変化により記録したパターンを消去して、別のパターンを記録できる
(a) 一度目のパターンを書き込んだところ、(b) 薄膜(a)を200 ℃に加熱してパターンを消去したところ、(c) 薄膜(b)に別のパターンを書き込んだところ |
上記の光パターンの書き込みと消去のメカニズムを図4に示す。今回開発した有機材料は室温で安定な結晶相を示す(状態A)。この材料を融点以上に加熱すると溶融してアモルファス相になるが、そのまま冷却すると通常の物質のように元の結晶相(状態A)に戻る。しかし、溶融状態で紫外光を照射すると二量体が形成され、この二量体は室温に戻しても結晶化せずにアモルファス相のまま固化する(状態B)。このように、紫外光照射の有無によって2つの相ができるが、それぞれの相における光物性の違いによりパターンを記録できる。一方、状態Bの二量体を約200 ℃まで加熱すると熱戻り反応により元の材料が再生し、冷却すると結晶相(状態A)に戻る。このような、光と熱を用いた可逆的な反応を利用しているため、室温では情報記録の長期保存が可能であり、しかも書き込みと消去が繰り返し行えるのが特徴である。
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図4 開発した有機材料が室温で安定な2つの相(結晶相とアモルファス固体相)の間で可逆的に相変化するメカニズム
図を簡単にするためにをとして示した |
現在実用化されている相変化型光記録メディアの記録層には金属材料が使われているため、その製造にはスパッタリング装置などの大型の設備が必要である。これに対して、記録層に有機材料を使用できれば、溶液塗布や溶融プレスによって記録メディアを製造できるので大型の装置を導入する必要がなくなる。
なお、原料となるアントラセンだけでは、今回のような可逆的な相変化を起こせない。相変化のような機能を発揮すると予想される分子構造は、これまでに産総研が蓄えてきた光機能性有機材料に関する知見を活かすことによりデザインできたものである。
光記録材料として実用可能とするためには、加熱時に起こる酸化分解反応を抑えてパターンの書き換え繰り返し特性を向上させるとともに、書き込み時の高温による物質の拡散を抑え、微細なパターンの書き込みを可能にする必要がある。そのために、有機合成的手法を用いて化学構造の最適化を図るとともに、酸素を除いて密封加工するなど薄膜化プロセスの改善も行っていく予定である。また、光情報記録以外にも、この相変化材料の特性を活かしたフォトリソグラフィーなど、さらなる応用展開を進めていく予定である。
独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノシステム研究部門 スマートマテリアルグループ
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