発表・掲載日:2012/11/15

半導体炭化ケイ素(SiC)に微量添加された窒素ドーパントの格子位置を決定

-超伝導体で明らかにする半導体SiCのナノ微細構造-

ポイント

  • 超伝導X線検出器を搭載したX線吸収微細構造分光装置(SC-XAFS)の公開を開始
  • 炭化ケイ素中の微量窒素ドーパントの格子置換位置を実験と第一原理計算から決定
  • 低電力損失のパワーデバイスの実現などを通じて省エネルギー社会実現に貢献

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)計測フロンティア研究部門 大久保 雅隆 研究部門長らは、大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構【機構長 鈴木 厚人】(以下「KEK」という)物質構造科学研究所、株式会社イオンテクノセンター【代表取締役社長 石垣 祐紀】(以下「イオンテクノセンター」という)と共同で、超伝導検出器を搭載したX線吸収微細構造分光装置(SC-XAFS)を開発し、ワイドギャップ半導体である炭化ケイ素(SiC)の機能発現に必要な、イオン注入された窒素(N)ドーパント(微量不純物原子)の微細構造解析に成功した。

 ワイドギャップ半導体パワーデバイスは、電力損失の低減により、二酸化炭素排出の抑制に貢献すると期待されている。代表的なワイドギャップ半導体材料であるSiCを使ってデバイスを作製するには、ドーパントをイオン注入により添加して、電気的特性を制御するドーピングを施す必要がある。注入されたドーパントは、結晶中で所定の格子位置を占める必要があるが、これまで格子位置を決定できる微細構造解析手法はなかった。今回、SC-XAFSにより、SiC結晶中の微量NドーパントのX線吸収微細構造(XAFS)スペクトルを測定し、第一原理計算との比較からNの格子位置を決定した。SC-XAFSは、従来不可能であったNなどの微量軽元素が計測できるので、SiC、窒化ガリウム、ダイヤモンドなどのワイドギャップ半導体、モーター用磁性体、スピントロニクスデバイス、太陽電池などの計測分析への応用が期待される。

 この成果は、2012年11月14日(英国時間)にNature出版グループの学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載される。

産総研が開発した超伝導X線検出器と、それを搭載しKEK フォトンファクトリーのビームラインに設置されたSC-XAFSの写真
SiC中の微量Nドーパントの識別に使った産総研が開発した超伝導X線検出器(左)と、それを搭載しKEK フォトンファクトリーのビームラインに設置されたSC-XAFS(右)


開発の社会的背景

 SiCは、一般的な半導体よりバンドギャップが広く、化学的安定性、硬度、耐熱性などに優れているため、高温動作可能な次世代の省エネルギー半導体として期待されている。近年、大型の単結晶基板が作製できるようになり、ダイオードやトランジスタといったデバイスの市販が実現したものの、半導体をデバイスに仕上げるために必要なドーピングが不完全で、本来SiCがもつ省エネルギー特性を完全には活かせていない。

 ドーピングは、微量不純物を母材の結晶格子中に入れ(置換)、電子が主に電気伝導に寄与する半導体(n型半導体)あるいは正孔が主に電気伝導に寄与する半導体(p型半導体)にする工程である。SiCは化合物であるため結晶構造が複雑であり、シリコン(Si)よりはるかにドーピングが難しい。さらに、ドーパントはホウ素、窒素、アルミニウム、リンといった軽元素であり、それらがSiC結晶中のSiサイト、あるいは炭素(C)サイトをどのように占めているかを計測する手段がないという問題があった。例えば、透過型電子顕微鏡では、母材を構成する軽元素と微量軽元素ドーパントの区別が困難である。ドーパントの格子位置を決定するには、元素特有の特性X線から特定元素のX線吸収微細構造を測定し、その元素の周りの原子配置や化学状態を調べられるX線吸収微細構造分光法(XAFS分光法)が有効である。しかし、これまで、母材中に大量に存在するSi、Cと微量軽元素の特性X線を識別することはできなかった。微細構造解析手段がないことは、ワイドギャップ半導体開発における障害であった。

研究の経緯

 産総研は、工業製品の研究開発や科学の研究に使われる先端計測技術の開発、共用公開、標準整備を進めている。その一環として、超伝導計測技術を活用したSC-XAFSの開発に取り組み、2011年に装置を完成させた。Nは原子番号がCより1つ大きく、特性X線のエネルギーは392 電子ボルト(eV)であり、Cの277 eVとの差は115 eVである。最新の半導体X線検出器のエネルギー分解能は50 eV程度であり、この差より小さい。しかし、この分解能では、軽元素の量が多い場合には区別できるが、ドーパントのような微量軽元素の特性X線は、母材を構成する多量の軽元素からのX線に埋もれて識別できない。これに対して、産総研の開発した超伝導X線検出器は、半導体X線検出器の理論限界を超える分解能をもち、SiC中のNドーパントのXAFSスペクトルを測定できる(産総研TODAY Vol.12 No.3)。

 このSC-XAFSは、KEKフォトンファクトリーのビームラインBL-11Aに設置し、2012年から、産総研先端機器共用イノベーションプラットフォームナノテクノロジープラットフォーム事業 微細構造解析プラットフォームといった制度にて共用公開を始めている。ほかにこの種の先端計測分析装置をもつのは米国のAdvanced Light Sourceだけであり、主要な技術である超伝導検出器の開発まで行えるのは産総研だけである。イオンテクノセンターは、SiCなどへのイオン注入技術や熱処理技術を開発して、ユーザーに提供してきた。

研究の内容

 図1(a)は、超伝導アレイ検出器の各素子のエネルギー分解能値をヒストグラムにしたものである。半導体の50 eVという限界を超える最高10 eVの分解能を有する超伝導アレイ検出器により、大量にあるCと微量のNを識別し(図1(b))、第一原理計算との比較が可能な精度のXAFSスペクトルを取得することができた(図2(a))。

 500 ℃の温度でNドーパントをイオン注入したSiCウェハー、およびイオン注入後に1400 ℃と1800 ℃で熱処理したウェハーのXAFSスペクトルを測定した(図2(a))。実験結果は、NがCサイトを占めていると仮定したFEFFによる第一原理計算結果(図2(b))と一致しており、Nは、イオン注入された直後から、ほぼ完全にCサイトを占めていることが確認された。SiCへのドーピングでは500 ℃という高温でのイオン注入が必要であるという経験的事実は知られていたが、その理由は不明であった。今回明らかになったその理由は、高温での熱処理前にNがCサイトを占めておく必要があることである。さらに、400 eV以下におけるスペクトル形状から、イオン注入直後の結晶構造が乱れた状態では、CとNの間に化学結合が生じていると考えられる。高温での熱処理によって結晶の乱れが回復するとともに、この化学結合は消失し、ドーピングに望ましいNとSiの化学結合のみが残るようになる。このように、SiCへのドーピングでは、熱処理によりドーパント原子の格子置換を促進するだけでよいSiの場合とは全く異なる微細構造変化をともなうことが明らかになった。

 今まで測定例がなかったSiCにイオン注入された微量Nドーパントの格子位置を決定することができた。また、Nドーパントと母材のSiやCとの化学結合状態の変化が明らかになった。SC-XAFSと第一原理計算を組み合わせることにより、これまで不可能であった、結晶中に存在する微量軽元素の検出と微細構造解析が可能なことを実証した。

酸素の特性X線に対する超伝導X線検出器のエネルギー分解能とSiC中の微量ドーパントであるNを検出した例の図
図1 (a)酸素の特性X線に対する超伝導X線検出器のエネルギー分解能
(b)SiC中の微量ドーパントであるNを検出した例
大量に存在するSiC中のCのピーク(C)と微量なNのピーク(N)を識別することができる。
(b)の挿入図は縦軸がリニアスケールとなっており、Nは微量であることが分かる。

XAFSスペクトルの図
図2 (a) Nを500 ℃のSiCにイオン注入した直後の熱処理がない場合と、その後高温で熱処理したSiCウェハーのXAFSスペクトル、(b) NがSiサイトを置換した場合とCサイトを置換した場合の第一原子計算から予測されるXAFSスペクトル
(a)の実測値のスペクトルの形状と、(b)に示したSiCの代表的な2つの結晶構造タイプである3Cと4Hの構造に対する計算スペクトルの形状の比較において、実験結果はCサイト置換を仮定した計算結果と一致している。

今後の予定

 SiC半導体のドーピングプロセス最適化への貢献が期待される。また、SiCに加えて微量軽元素が機能発現を担っているほかのワイドギャップ半導体や、磁性材料などの微細構造解析に応用する。さらに、超伝導X線検出器の分解能や微量軽元素検出能力の向上を図り、SC-XAFSがカバーできる不純物濃度領域を拡大する予定である。



用語の説明

◆超伝導
ある種の金属、合金、化合物などの温度を下げていくと、ある温度で電気抵抗が急激にゼロとなる現象。[参照元へ戻る]
◆X線吸収微細構造
あるしきい値以上のエネルギーを有するX線は、原子に吸収される。そのエネルギーを吸収端エネルギーと呼ぶ。横軸をX線のエネルギー、縦軸を吸収率としてグラフを描くと、吸収端近傍に微細な構造が現れ、それをX線吸収微細構造と呼ぶ。その構造は、電子準位間の遷移確率や、X線を吸収した原子の周りの原子配置を反映する。逆に実験で得られた微細構造から電子状態や原子の周りの微細構造を知ることができる。[参照元へ戻る]
◆ワイドギャップ半導体
電子構造上、電子が占めることができない状態のエネルギー幅が、シリコン(Si)半導体より2倍程度大きい半導体。SiC、窒化ガリウム(GaN)、ダイヤモンドが一般的。[参照元へ戻る]
◆ドーパント
デバイスの動作に必要な電気特性を発現させるために導入される微量不純物元素。[参照元へ戻る]
◆イオン注入
必要とされる不純物元素をイオン化し、電場で加速して半導体材料基板などに打ち込む不純物導入法。[参照元へ戻る]
◆ドーピング
ダイオードやトランジスタといった半導体デバイスを作製するために、半導体の電気伝導特性を制御すること。[参照元へ戻る]
◆第一原理計算
計算対象となる物質系を構成する元素の原子番号と系の構造を入力パラメータとし、実験結果を参照しないで系の電子状態を求める計算手法。[参照元へ戻る]
◆透過型電子顕微鏡
薄膜化した試料へ加速した電子線を照射し、透過した電子線を結像する装置。電子線の波長は極めて短いため、高い分解能での観察が可能である。また、電子線は試料との相互作用が大きいため、発生する電子線やX線を分析することにより、試料の元素組成や化学構造を分析することが可能となる。[参照元へ戻る]
◆電子ボルト
エネルギーの単位。記号 eV。真空中で1ボルトの電圧で加速された電子1個が得る運動エネルギー。[参照元へ戻る]
◆FEFF
米国のワシントン大学のJ. Rehr教授のグループが開発したXAFS用の第一原理計算プログラム。XAFSスペクトルと電子構造の計算を同時に行う非経験的自己無撞着実空間多重散乱計算コードである。[参照元へ戻る]

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