独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】スマートマテリアルグループ 吉田 勝 研究グループ長と秋山 陽久 主任研究員は、温度一定の室温状態で、光を照射するだけで液化と固化を繰り返し起こす材料を開発した。
この材料は、糖アルコール骨格と複数のアゾベンゼン基を組み合わせた液晶性物質を用いたもので、加熱や冷却をしなくても、波長制御した光を照射するだけで液化と固化を繰り返す新しい光反応性材料である。一般的な室温環境では、光の作用だけで選択的かつ可逆的に単一物質の固体-液体転移が起こる初めての例である。この材料を利用することで、再利用・再作業ができる光制御接着剤など、従来はなかった高機能材料の実現が期待される。
この技術の詳細は、2012年4月6日(日本時間)、ドイツの科学誌「Advanced Materials」にオンライン掲載される。
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紫外線を照射すると固体粉末が融けて液滴となり、可視光を照射すると再度固まる |
情報機器や家電、輸送機器などには、多種多様な有機系材料が広く使われており、高機能化・軽量化など一層の性能向上が期待されている。これらの有機系材料は、その成型時に液体状態から固体へと加工するのが一般的である。通常、このような操作では、原料を加熱して融かす方法が用いられるが、溶剤に溶かした後の乾燥による固化や、液体の原料を化学結合させて固化する方法も利用されている。一方で、持続発展可能な社会を構築する上で重要な「省資源・省エネルギー化」のためには、液体-固体や固体-液体の相転移のような基本的な物性変化を、可逆的かつ精密に制御する技術が強く望まれている。しかし、これまで加熱や冷却を行わずに、室温で光照射だけで液化-固化の変化を繰り返すことができる単一物質の例はなかった。
産総研では光反応性の有機系材料の研究を活発に行ってきた。これまで、室温において結晶状態から光照射によって溶融し、加熱することで元の固体に戻る材料を作り出している(2010年12月2日 産総研プレス発表)。今回、通常の室温条件で、液化-固化の可逆的な物理変化を光だけで制御することを目的に研究を進め、容易に入手できる糖類を基本骨格とし、光反応性のアゾベンゼン基を分子内に多数導入した多分岐型の化合物では、可逆的な光液化と光固化が可能であることを見出した。
本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業「基盤研究(C)(平成21~23年度)」による支援を受けて行ったものである。
今回用いた材料は、多分岐型の化合物である。もともとは同一分子内に複数の光反応性部位をもつ液晶性材料として産総研が開発し(2009年8月論文発表)、現在は光で書き換えする色劣化のないカラー表示・記録材料のための添加剤として利用されている。
材料の光反応性の部位にはアゾベンゼン基を用いている。アゾベンゼンは、光で棒状構造と折れ曲がり構造の間で可逆的に変化(異性化)を起こす(図1)ことが知られているが、結晶状態では、結晶性が高く、構造変化に必要な自由体積空間が少ないため、この異性化反応を示す例は稀である。さらにこの材料は、複数のアゾベンゼン部位の末端部分を、中央で密に繋ぎ合わせた構造ももっている(図2左)。合成直後は粉末(固体)として得られるが、熱処理を行うと加熱状態で液晶状態をとることが知られている。この液晶性の発現は、分子中央の密につながれた部分によって、結晶化しやすいアゾベンゼン部位同士の均一な分子配列を阻害するためと考えられる。また、液晶温度以下の室温では、同様の均一分子配列阻害効果によって、結晶状態に比べて、いくぶん結晶性に劣る液晶ガラス固体、もしくは不均一な結晶様固体状態をとっていると考えられ、固体状態でもある程度の自由体積空間、すなわち光反応性を保持していることが期待された。
実際に光反応性を調べた結果、固体状態でも良好な異性化反応性を保持していることがわかった。具体的には、黄色粉末である原料に紫外光(LED光源:中心波長365 nm、光量 40 mW cm-2)を照射すると、異性化反応の進行に伴ってオレンジ色へと色変化が起こるとともに徐々に液化し、最終的には完全に液化した。続いて、この液体に可視光(LED光源:中心波長510 nm、光量 20 mW cm-2)を照射すると、アゾベンゼン部位が異性化して分子全体として元の棒状構造に戻ることに伴い、再び初期の黄色に戻りながら固化が起こった。この光液化と光固化の反応は何度でも繰り返し行うことができる。
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図1 アゾベンゼンの光による構造変化 |
図2 今回用いた化合物の光による構造変化
(置換基数が6の場合) |
合成には、容易に入手できる糖アルコールを光反応材料の基本骨格として利用し、これに複数の光反応性のアゾベンゼンをエステル結合させる方法を用いている。これは、非常に簡便に合成でき、原料の入手も容易なため、大量合成にも適している。糖アルコールとしては、複数の水酸基をもつトレイトール、D-マンニトール、キシリトールダイマーなどを用いた。比較のために、水酸基の数が少ないメタノールとエチレングリコールの誘導体も合成した。これにより、アゾベンゼンの置換基数がそれぞれ1、2、4、6、8個の化合物を合成し比較検討したが、1、2置換体は光反応を起こさず、光液化するのは置換基数が4以上の場合であった。
この新しい光反応材料はさまざまな用途が期待できるが、その応用例の1つとして、繰り返し脱着できる光反応接着剤が考えられる(図3)。実際の接着力の光による変化を、試験的に調べた結果を示す(図4)。液化させた材料をガラス板2枚で挟み込み、固化させた後におもりを支えるという簡易な方法で、引っ張りせん断強度を測定したところ、その値は50 N cm-2であった(膜厚は、およそ6 µm)。その後、ガラス板越しに紫外光を照射して光液化させて測定したところ、その値は0.3 N cm-2以下になったことから、接着力は光で大きく低下し、ほぼなくなることがわかった。次に、この光溶融した液体に可視光を照射して再度固化させた後に、引っ張りせん断強度を測定したところ、初期値の50 N cm-2であって、光固化によって接着性能を回復したことが確認できた。
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図3 接着と脱着 |
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図4 簡易接着性能実験の様子 |
開発した材料の特徴は、ごく一般的な条件の室温下において、液化・固化の変化を波長の違う光を照射するだけで制御できることにある。光による接着制御をはじめ、新しい特性に適した応用分野での幅広い用途開発を進めたい。また、合成法が量産化にも適していることから、外部への試料提供や共同研究を実施していきたい。併せて、さらに性能を向上させた新しい光反応材料の探索と開発も行っていく予定である。