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バイオテクノロジーの道を拓いた産総研の特許輸出 第1号
2008/10/01
私たちの食生活と密接に関わっている天然甘味料。砂糖の主原料となるしょ糖、みずあめの主成分である麦芽糖、果物や蜂蜜に多く含まれる果糖、医療用にも使われるブドウ糖など、様々な種類があります。今となってはピンと来ない方も多いかもしれませんが、かつて、お菓子が「ぜいたく品」だった時代がありました。 そもそも砂糖は、北海道や沖縄など栽培できる地域が限られているサトウキビやテンサイから作られるため、国内生産量は限られており、1960年代頃までの日本では、その消費量の多くを輸入に頼っていたため、砂糖は非常に高価だったのです。その一方、戦後の食糧難を解消しようと国を挙げてサツマイモの栽培に力を入れた影響で、当時、サツマイモが大量に余ってしまう状況を引き起こしていました。豊富に採れるサツマイモを活用して、高価な砂糖の代わりになるような天然甘味料を作ることは出来ないだろうか?そんなところから1962年、日本の各省庁で競うように天然甘味料の研究開発が始められたのです。
当時、サツマイモのデンプンからブドウ糖を作り出す技術は既に確立されていました。しかし、ブドウ糖には砂糖と比較すると6〜7割程度の甘みしかありません。これに対し、果糖は天然甘味料の中では最も甘く、特に温度の低い時に感じられる甘みは、砂糖の1.7倍にもなるのです。ブドウ糖をいかに果糖に転換するか、それが課題でした。 産総研(当時、前身の発酵研究所)で発酵の研究に従事していた高崎義幸博士率いるグループは、ブドウ糖を果糖に異性化(イソメライゼーション)する手法の開発に取り組み、微生物酵素「グルコース・イソメラーゼ」を用いる方法を採用しました。 グルコース・イソメラーゼは「放線菌」という細菌が、植物に含まれる「キシラン」という物質から生産する酵素です。温度とpH(水素イオン指数)を調整したブドウ糖溶液にこのグルコース・イソメラーゼを投入し、化学反応させることで、ブドウ糖の50%が果糖に転換し、「異性化糖(果糖ブドウ糖)液糖」となるのです。
1965年、発酵研究所はグルコース・イソメラーゼの製造法のベースとなる特許を取得。1970年までに関連する4つの特許を取得し、工場での異性化糖の基本製造方法を確立しました。グルコース・イソメラーゼをブドウ糖の異性化に用いるこの方法は、非常に経済的な手法でした。グルコース・イソメラーゼの生産に必要なキシランは、米や麦のワラや小麦ふすまなど、通常なら捨ててしまうような原材料に多く含まれており、また放線菌も土壌に生息しているもの。ブドウ糖もサツマイモなどから大量生産できるからです。 この方法にいち早く注目したのはアメリカ企業でした。当時「キューバ危機」によって砂糖の国際価格が高騰し、代替甘味料を求めていたのです。1966年、産総研(当時、工業技術院)とアメリカの食品製造大手メーカーとの間で契約が交わされました。旧通産省の特許輸出第1号となったこの契約を皮切りに、次々に世界各国のメーカーと契約を交わし、また国内の酵素メーカーもそれに追随するなど、グルコース・イソメラーゼによる異性化糖の製造は、飛躍的に伸びていきました。
1975年頃をピークに3億円超の特許料を記録するなど、総額で14億円もの特許料収入を産総研にもたらしたグルコース・イソメラーゼによる異性化糖の生産技術。この記録は現在でも産総研の特許料収入のうちでトップに当たります。 現在では、健康志向の広がりから、糖質の少ない甘味料が次々に生み出され、異性化糖が天然甘味料の主役とは言えなくなりつつあるのは確かです。しかし現在でも、世界で生産される砂糖の生産量に対し、約1割を超える量の異性化糖が生産されており、様々な食品に使われ、私たちの食生活を豊かなものにしています。 産総研が先鞭を付けた異性化糖の生産技術。それまで醸造学や発酵学の枠組みの中で活用されていた技術が、大きなビジネスチャンスをもたらす酵素利用工学へと進化し、現代におけるキーテクノロジーである再生医学や創薬科学など、バイオテクノロジーへと発展する礎になったと言っても過言ではないでしょう。
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