第39回 気になる「電気料金高騰」問題に朗報…アツい日本のクールな切り札「地中熱でエアコン」技術のスゴイ中身
第39回 気になる「電気料金高騰」問題に朗報…アツい日本のクールな切り札「地中熱でエアコン」技術のスゴイ中身
気になる「電気料金高騰」問題に朗報…アツい日本のクールな切り札「地中熱でエアコン」技術のスゴイ中身
講談社ブルーバックス編集部が、産総研の研究現場を訪ね、そこにどんな研究者がいるのか、どんなことが行われているのかをリポートする研究室探訪記コラボシリーズです。
いまこの瞬間、どんなサイエンスが生まれようとしているのか。論文や本となって発表される研究成果の裏側はどうなっているのか。研究に携わるあらゆる人にフォーカスを当てていきます。(※講談社ブルーバックスのHPとの同時掲載です。)
2023年3月9日掲載
取材・文 黒田 達明, ブルーバックス編集部
こんな電気料金に誰がした?
「高いよなあ……」
「高いですねえ……」
電気料金の高騰が、日本列島を直撃している。都内某所にある探検隊のオフィスでも、今月分の電気料金請求書をにらみながら隊長とK田隊員がため息をついている。
「なんでこんなに高いんだ?」
「やっぱりウクライナ戦争の影響で原油や天然ガスが値上がりしていますし、地球温暖化対策のために化石燃料の使用にも制限がかかっていますからね」
「なんとかならないのか?」
「政府の支援策は始まりましたが、ことは世界のエネルギー問題に直結する話ですから、根本的な解決は難しいでしょうね」
エアコンを切ったままのオフィスで、隊長は大きなくしゃみを連発しながらK田に命令した。
「こ、こんなとき、さ、産総研なら、なんとかしてくれるんじゃないのか。いますぐ電話してみろ!」
「そ、そんなあ、ウルトラマンじゃあるまいし……」
しぶしぶ電話をかけたK田が、受話器を置くと声を弾ませて言った。
「隊長! 産総研の人が、いまから来てくれるそうです!」
地熱じゃないよ、「地中熱」だよ
「あなたが産総研のウルトラマン?」
隊長が尋ねると、オフィスに現れたその人は、にこやかに答えた。
「いえ、営業マンです」
渡された名刺には、「産業技術総合研究所 福島再生可能エネルギー研究センター 地中熱チーム 研究チーム長 内田洋平」とあった。
「私たちが開発しているエネルギーを、たとえば冷暖房に利用すると、消費電力を通常の3~4割も削減できます。しかも、二酸化炭素の排出量も4~5割削減できるんです!私は研究をしながら、このエネルギーのことをもっと知ってもらうための活動もしている、自称“営業マン”なんです」
内田さんのいきなりのアピールに、隊長とK田は前のめりになった。そ、そんな都合のいいエネルギーがあるんですか? いったい、それは?
「それは、地中熱です」
地中熱? ああ、地熱のことですね。地熱発電とかに使われる。
「みなさん、そうおっしゃいます。でも、全然違います」
えっ!?
「地熱は、地下2,000~3,000 mほどの深いところがマグマの熱によって200 ℃とかそれ以上になっているのを、発電などに利用するものです。しかし地中熱は、もっとずっと浅い、数十mからせいぜい100 mくらいの地下から採る熱です。温度としては、その土地の年間平均気温よりもほんの少し高いくらいです。地熱が地球深部の活動による熱なのに対して、地中熱は太陽によって温められた地盤の熱なんです」
はあ……。そんな生ぬるい温度で、なんか役に立つんですか?
「発電には利用できません。ですが、バカにしてはいけません。実は縄文人も、地中熱を利用していたことがわかっているんです」
じょ、縄文人が地中熱を?
「彼らが暮らしていた竪穴(たてあな)式住居の遺跡は全国各地で発見されていますが、平均して深さ50 cmほどの穴が掘られていたことがわかっています。なぜ彼らはそんなことをしたのか」
「掘り下げた地面は、夏は涼しく、冬は温かいことを知っていたためと考えられています。地上の気温は季節によって変わっても、地中の温度は、年間を通してほぼ一定だからです。竪穴式住居の穴は、寒冷な北へ行くほど深くなる傾向があることもわかっています」
地中では、熱はものすごくゆっくりと伝わる
へー、なるほど。でも、どうして地中の温度はあまり変わらないのですか?
「この【地下温度の季節変動】の図を見てください」
内田さんはバッグからノートPCを取り出して、1枚のグラフを示した。春夏秋冬、四季ごとの地中の温度が、色分けされた線で示されている。
「どの線も、深さ0 mの地表から地下に向かって滑らかなカーブを描いていますが、深さ10 m以下では、4本の線がすべて平均気温15 ℃のところでひとつに重なっていますね。つまり年間を通して、このくらいの温度なんです。だから地中では、冬は気温より暖かく、夏は気温より涼しい。この気温との温度差を、私たちはもっと賢く利用することができるのです。そのためのしくみが、きょう私がみなさんに知っていただきたい地中熱利用システムなのです」
省エネにも、温暖化対策にも地中熱が有効!
内田さんはオフィスの壁にあるエアコンを指さして言った。
「従来のエアコンは、部屋の中にある室内機と、戸外にある室外機からできていて、それぞれの中にある熱交換器どうしがパイプでつながれています。このパイプの中で冷媒ガスに載せた熱を循環させて、冬は戸外から熱を室内に取り込み、夏は室内から戸外へ熱を排出しているわけです」
それは、なんとなく知っています。
「ところが地中熱利用システムでは、エアコンでいえば室外機の熱交換器にあたるものを地中に埋めてしまいます。地中に埋める部分を「地中熱交換器」と呼びます」
熱交換器を土の中に埋めると、何かいいことがあるんですか?
「大ありです。たとえば冬にエアコンが、室内に25 ℃の温風を出すには、戸外から室外機で熱を集めるわけですが、0 ℃の外気から集めるのと、15 ℃の地中から集めるのとでは、どちらがかかる負荷が大きいでしょうか。夏に35 ℃の外気に熱を捨てるのと、15 ℃の地中に排熱するのとでは、どうですか。地中のほうが負荷はずっと少なくてすむことはおわかりいただけるでしょう」
内田さんはPCの画面を切り替えながら言った。
「つまり、エネルギー消費が少なくてすむんです。実例をご覧に入れましょう」
画面上に、【地中熱ヒートポンプの省エネ・CO2削減効果】と題した、いくつかの棒グラフが現れた。
「オレンジ色の棒グラフは、実際に地中熱利用システムを導入した北海道の住宅や、弘前市(青森県)の公共施設、山口県の中学校で、灯油などを使った冷暖房に比べてどのくらい省エネになったかを示しています。その効果は一目瞭然ですね」
しかも、と内田さんは力を込めて続けた。
「緑の棒グラフは、二酸化炭素の排出量を比較しています。地中熱利用システムは、二酸化炭素を出す量も従来の冷暖房よりうんと少なく抑えられるんです」
グラフに見入りながら、隊長とK田隊員は同じことを考えていた。いままでエネルギー問題といえば、いかに発電するかということばかり考えていたけど、使う電力を減らしても、結果は同じことだ。しかも、そのほうが二酸化炭素の排出量も減らせるなら、いま世界的に必要性が叫ばれている再生可能エネルギーとしても、もってこいだ。地中熱がそんなすぐれものだったなんて、知らなかった……。
日本はとんでもなく「地中熱後進国」だった!
K田が内田さんに尋ねた。
「日本のほかにも、地中熱を利用している国はあるんですか」
すると内田さんは、笑いながら首を振って答えた。
「すでに欧米では、地中熱を使った冷暖房はかなり普及しています。北欧では3~4軒に1軒は入っているといわれています。これは世界でどのくらい地中熱が利用されているかを示すグラフですが、ご覧のとおり日本は、世界でもきわめて利用が少ない国なんです」
ええっ、そうなんですか。
「もともと欧米の住宅ではセントラルヒーティングが一般的で、ボイラーで沸かしたお湯を室内に設置したラジエーターに送って部屋を暖めていました。ところが1970年代のオイルショックを契機に、地中熱が研究されるようになったんです」
あのときは日本でも大騒ぎになったけど、地中熱なんて聞いたこともなかったな……と、オイルショック当時を知る隊長がつぶやく。
「なぜ、日本ではこんなに利用が少ないのか。一つには文化の違いがあります。多くの家庭でセントラルヒーティングが導入されていた欧米では、すでに各部屋にパイプが行き渡っていたので、地中熱への移行はスムーズでした。でも日本の住宅の場合は個別暖房が主流だったため、そうはいかなかったのです」
内田さんが続ける。
「また、地中熱の利用は目立たないことも、普及を妨げていると思われます。なにしろ地中熱交換器は地中に埋まっていますし、室外機のほうもファンが回っているわけではないので、とても静かです。気づきにくいシステムなんですね。すでに導入されている施設で働いている人たちですら、そんなものが使われているなんて知らなかったりするんです。だから話題にものぼりません」
内田さんは、地中熱利用システムが導入されている施設の写真をスライドで見せてくれた。スカイツリーにも採用されているらしい。
「普及が遅れているもうひとつの大きな理由が、地質の違いです。日本では、人が多く住んでいる平野や盆地は、『第四紀層』と呼ばれる約260万年前以降の比較的新しい地質で最上部が覆われています。これは砂・礫(れき)・泥などで構成された軟弱な地質で、その下に、硬い岩盤の層があります。一方、欧米のような大陸の地質は、第四紀層が薄く、数メートル掘れば硬い岩盤に達します。日本は場所によっては1000 m掘っても第四紀層の底に達しません」
日本の地盤が軟らかいのは、穴を掘りやすくて好都合なんじゃないですか?
「逆です。軟弱な層を掘るほうが、硬い層を掘るより難しいんです。軟弱だと掘っていくうちに上の方から崩れてしまうので、その対策が必要になります。また、深さによって地質が変わりやすいので、それに合わせてドリルの刃を交換したり、掘るスピードを調節したりしなくてはなりません。いわば職人技が必要になるんです。まあ、そのおかげで日本の掘削技術は世界一と言われるほど発達してもいるのですが」
苦笑しながら内田さんは続ける。
「地中熱交換器を埋設する場所としても、第四紀層は硬い岩盤層に比べて空隙が多いため、熱伝導がよくありません。熱伝導が悪いと、熱交換の効率を表面積で稼いで確保しなくてはなりませんから、地中熱交換器に使用するチューブが長くなります。それに地質が不均一で複雑に変化しますから、どのくらいのサイズの熱交換器が必要か、詳細な地質調査も必要になるしで……とにかく地盤が軟らかいと、手間とコストがかかるんですよ」
ということは、そもそも日本の地質は地中熱利用に向いていない……?
日本の地下には「お宝」が眠っている!
「最初はみんな、そう思っていました。ところが、実はそうでもなかったんです!」
ここから、内田さんの話はさらにヒートアップしてくる。
「日本の第四紀層の地盤には、空隙が多いと言いましたね。その隙間には、地下水が流れていることが多い。それも大量に。隙間が水で満たされることで、地盤の熱伝導率は大きくなります。さらに、地下水の流れは熱を輸送します。だから地下水が流れている地層の“みかけの熱伝導率”は、岩盤のそれを上回るほど大きくなるんです。つまり、日本の地質ならきわめて効率のよい地中熱利用が可能なんです!」
すると、豊富な地下水をもつ日本はむしろ地中熱利用に適しているのに、そのことが知られてこなかったばかりに、普及が遅れているということですか?
「日本中どこでも適しているというわけではありませんが、地中熱を活用するメリットの大きい地域はたくさんあるでしょう。実にもったいない話です。二酸化炭素を出さないカーボンニュートラルは、全世界の喫緊の課題です。それを推進するための絶好の“お宝”が足元に埋まっているのに、ろくに利用されていないんですから」
嘆かわしい、という表情をして内田さんは一呼吸置き、われわれの顔を見た。
「そこで、私たち産総研の地中熱チームの出番となるわけです。費用のかかる調査をしなくても、地中熱利用に適している場所かどうかを知ることができたら、導入へのハードルはかなり低くなるでしょう。私たちはそうした情報を提供するための手法を研究しているんです」
地中熱の利用のしかたは2種類ある
内田さんによれば、地中熱の利用のしかたは大きく2種類に分けられる。一つが、熱交換器を地中に埋める方式で、これを「クローズドループ」という。地上と地中の熱交換器が閉じた管(クローズドループ)で結ばれ、その中を不凍液や水が循環して熱を輸送する。一般的なエアコンと同じ方式である。
もう一つは、地中熱交換器を埋めるのではなく、地下水を直接くみ上げる「オープンループ」と呼ばれる方式だ。地下水の熱を直接利用できればいっそう熱効率が高くなるうえに、初期費用も抑えられる。ただし、くみ上げた地下水は熱交換後、地中に戻したほうがよい。
また、オープンループには、地盤や地下水を「蓄熱体」として利用する方法もある。これを、「帯水層蓄熱」(Aquifer Thermal Energy Storage)、略して「ATES」と呼ぶ。これは、地中をいわば「熱の電池」として利用するイメージだ。
ATESでは、地下水がたまっている帯水層から水をくみ上げたり、戻したりする2本の管(管A、管Bとする)を、十分に距離をとって設置する。夏の冷房のときは管Aで地下水をくみ上げ、管Bで戻す。すると管B付近の地下水が周辺より温められて、熱が蓄積される。
冬の暖房のときは逆に、管Bでくみ上げ、管Aで戻す。管B付近は夏に温められているので採熱の効率がよく、管A付近は周辺より冷やされるので、次の夏に冷やすときに効率がよくなる、というわけだ。
頭いい! と、内田さんの説明を聞いたK田が思わず口にした。
高額な試験の前にポテンシャルマップを
ここで内田さんが、PCの画面上に地図を示してみせた。
「では、私たち地中熱チームの成果である『地中熱ポテンシャルマップ』を見ていただきましょう」
それは、山形盆地(山形県)の地図に何やら色分けがされたものだった。一つには、「クローズドループ・ポテンシャルマップ」とあり、もう一つには「オープンループ/ATES適地マップ」とある。
「クローズドループ・ポテンシャルマップ」とは、一般的な住宅が冷暖房にクローズループ方式による地中熱利用をする場合、その場所ではどのくらいの長さの熱交換器が必要かを示した地図だ。熱交換器の長さは、その土地の地質の「みかけの熱伝導率」によって計算される。
「地質の『みかけの熱伝導率』を調べるには、実際に掘削して、熱交換器となるチューブを穴に挿入し、チューブの中の循環水を加熱しながら測定する熱応答試験を行う必要があるのですが、この試験には300万から400万円もかかります。それでも試験の結果、ヒートポンプには向かない土地だった、となる場合もあります。しかも、掘削した穴や挿入したチューブの原状復帰はまず無理です。これでは『地中熱を導入しましょう』と持ちかけられても、二の足を踏んでしまいますよね」
確かに、そんな条件ではとても手が出ない……。
「そこで、このポテンシャルマップです。これを見れば、その場所で必要な熱交換器のだいたいの長さがわかるんです。40 mとか50 mくらいの短さですむなら、クローズドループに適した場所といえます」
それなら安心だ。適しているかどうかがわかるだけでなく、熱交換器の長さまでわかるなら、高額な熱応答試験もしなくてすみますね。
「いえ、このマップではおおよその長さしかわからないので、実際にクローズドループを導入するとなったら、やはり熱応答試験は必要です。ただ、もっと簡単で安価にできる方法を民間企業が考案してくれましたので、共同で実証実験を行いました」
どんな方法ですか。
「建物を建てるときは、地盤の硬さを調べる地質調査が義務づけられています。その穴は、通常の熱応答試験が直径30 cmほどなのに対し、直径66 mmしかないんですが、そこに細いパイプを50 mくらい打ち込んで熱応答試験をするんです。これなら70万円ほどですむし、パイプを抜くだけで原状復帰できます。私たちのチームの拠点である福島県の地中熱業者さんの話では、高額な熱応答試験のせいでまとまらなかった商談が、ポテンシャルマップとこの試験のおかげで先に進むようになったそうです」
地下水は埼玉から東京湾まで1万年かけて進む
もう一つのポテンシャルマップは、オープンループに適している地域と、ATESに適している地域をハッチングで示している。
「オープンループ方式が使えるためには、豊富な地下水があって、それをくみ上げられること、そしてくみ上げた地下水を地中に還元できることが条件になります。還元するのは、貴重な水資源である地下水を保全するためです。場所によっては、いくら加圧して水を送り込んでも地中に還っていかないこともあって、そういうところはオープンループ方式には不向きです」
内田さんが続ける。
「また、ATESの場合は、夏に排熱して帯水層にできた温水の塊が、ちゃんと冬までとどまっていることが条件になります。どこかへ散逸してしまうようではダメです」
地下水って、温められたら温かいまま、半年間も同じ場所にとどまっていたりするものなんですか?
「そういう地域は珍しくありません。一般的に、地下水の流れは非常に遅く、一日に数センチくらいしか流れないのが普通です」
さっきのお話のように温度の変化もそうだし、地下水ってものすごく時間の進み方がゆっくりしているんですね。
「そもそも私がこの研究に携わるようになったのは、大学時代に水文地質学という講義で魅力的な先生と出会ったことがきっかけでした。以来、地下水がどう流れているのか、地下の温度はどのように分布しているかなどを各地で調査してきました。日本最大の平野である関東平野の地下水を調べたときは、群馬や栃木の山地で涵養された地下水が、最終的に東京湾に注ぐまでの中間地点にあたる大宮市(埼玉県)で、深さ700 mの地下水の年代測定をしました」
内田さんの話しぶりがまた熱を帯びてきた。
「すると、大宮の地下水は雨水が地面に沁み込んでからおよそ1万年経過した水であることがわかりました。次に、東京湾の近辺で地下水の年代測定をしたら、ちょうど倍の2万年くらいの水でした。つまり、1万年もの時間をかけて、ゆっくりと関東平野を横切っていくわけです」
隊長とK田は不思議な気持ちになった。現代人が日々、忙しく活動している足元の地下深くでは、縄文時代に降った雨水が、気が遠くなるほどゆっくりと海に向かって流れている……地中の見えない世界を透視するような、ロマンを感じる研究だ。
地中熱で新品種のバナナが育った!
ここで内田さんが突然、バッグからバナナを取りだして、「どうぞ」とわれわれに差し出した。ちょっと疲れてきたのでありがたいが、なぜバナナ?
「いま福島県の広野町で、日本で開発された新しい品種のバナナが栽培されはじめています」
内田さんによれば、それは岡山県の田中節三氏が独自の技術で開発したバナナで、耐寒性があり、害虫がつかないので農薬も不要、皮ごと食べられて糖度が高く、味わいはクリーミーな高級バナナだという。「朝陽に輝く水平線がとても綺麗なみかんの丘のある町のバナナ」(愛称:綺麗)と名づけられ、広野町では新しい特産品にするべく、広野町振興公社が2018年から売り出し中なのだそうだ。
「しかし耐寒性があるとはいえ、ハウスの温度を15 ℃以上にキープしないと枯れてしまうんです。燃料費が上がっているいま、冬場のバナナは“灯油をかじってるみたいなもの”と言われていて時代に合わない。なんとか地球にやさしいバナナに変えられないかと、公社の社長さんから相談がありました。そこで、地中熱をバナナ栽培に利用するための実証実験を行いました。地中熱が初めて農業分野へ参入したわけです」
実験では1つのハウスを2つに分け、一方は従来の灯油燃料による暖房、もう一方は灯油燃料と地中熱を半分ずつ使うハイブリッドな暖房にして比較した。ハイブリッドにした理由は、万が一、地中熱がうまく機能しなくてもバナナを枯らさないためだ。
実験の結果は、ハイブリッドは灯油燃料と比較して、ランニングコストは40 %削減、二酸化炭素の排出量は47 %削減された。もしハイブリッドではなくすべて地中熱にすれば、ランニングコストはほとんどかからず、二酸化炭素の排出量もゼロに近くなるはずだという。福島の土の熱でバナナが育てば、まさに「福島産バナナ」の名にふさわしい。
そして地中熱はいま、海外にも進出しはじめているという。
「実は東南アジアには、日本とよく似た地質のところが多いんです。以前にバンコクを調査したとき、ここなら地中熱を利用した冷房が使えるだろうという感触をもっていました。実際、バンコクのチュラロンコン大学の一室に地中熱ヒートポンプを導入してみたところ、通常のエアコンより35%も消費電力をカットできたんです。いまでは地中熱が、国際協力機構(JICA)の事業やアジア開発銀行のイノベーションプロジェクトに採用されて、タイやベトナムでも地中熱の研究開発が始まっています」
地下水を巧みに利用する“日の丸地中熱”が、アジアのエネルギー問題解決に貢献しているとしたら、日本人として少し誇らしい気がする。
「地味だけどすごい可能性が、地中熱には秘められていることが、おわかりいただけたでしょうか」
地中熱にひたむきな情熱を傾ける研究者の顔で説明を続けてくれていた内田さんが、最後に営業マンの顔になった。
「みなさんも、新居を建てる際にはぜひ地中熱の導入をご検討ください。初期費用がかかるようでも、一生のスパンで考えたら太陽光パネルなどと比べて決して高くはないですよ。ではそろそろ、次の訪問先がありますので失礼します」
福島再生可能エネルギー研究センター
地中熱チーム
研究チーム長
内田 洋平Uchida Youhei