地中熱とは?ヒートポンプなど活用例、日本での普及に向けた取り組み
地中熱とは?ヒートポンプなど活用例、日本での普及に向けた取り組み
2022/05/11
地中熱
とは?
―ヒートポンプなど活用例、日本での普及に向けた取り組み―
科学の目でみる、
社会が注目する本当の理由
地中熱とは?
地下十数メートル以深の地中温度は地表の気温変化の影響を受けにくく、おおむね一定に保たれています。この熱エネルギーを「地中熱」と呼んでいます。これは建物の冷暖房などに利用されています。地中に穴を掘り、そこに熱交換器を入れ、ヒートポンプによって、地上の外気温が高い(暑い)季節には、屋内の熱を地中に運んで排熱、冷房し、逆に外気温が低い(寒い)季節には、地中の熱を屋内に運んで暖房します。地中と地上の温度差を利用するため、無駄がなく、省エネ効果が非常に高い技術です。日本ではまだ普及が進んでいませんが、再生可能エネルギーの一つとして期待されています。
地中熱利用は昔からある技術ですが、世界に広がったきっかけは1970年代のオイルショックでした。灯油を使わずにすむ暖房として、特に北欧、スイス、アメリカで広がりましたが、日本ではあまり知られず、地質の複雑さもあって普及が遅れ、東日本大震災以降にようやく注目が集まりました。省エネ効果が大きい、CO2を排出しない、環境を汚染しないなどメリットは多く、再生可能エネルギーとして有望と考えられるようになりました。 産総研では地中熱利用のさまざまなシステムと、どこが地中熱利用に適しているのかということの研究、評価を進めています。その中心として研究を行う再生可能エネルギー研究センター地中熱研究チーム、内田洋平チーム長が熱い思いを語ってくれました。
地中熱と地熱ってどう違うの?
「地中熱利用」と似たような言葉で「地熱発電」があります。これは地中2,000 m~3,000 mという奥深くで、高温(200 ℃~300 ℃)の水蒸気を利用し、蒸気でタービンを回して行う発電技術です。
一方、地中熱利用は、地表から20 mから100 mくらいの間の地中の温度が10 ℃~25 ℃程度で一定であることを利用し、住宅の冷暖房や給湯、道路の融雪、農業用ハウスの冷暖房などに使うものです。方法はいくつかありますが、ここではクローズドループ式のヒートポンプシステムを例にあげましょう。 地面に穴を堀り、地中にU字チューブで構成された熱交換器を設置します。チューブ内は水もしくは不凍液で満たされ、液体をポンプで循環させ、熱を運ぶしくみです。
地中熱利用には優れた点がたくさんあります。まず、エアコンなどに比べて消費電力が少なくすむこと。東京など首都圏において地下50 mの温度は16~17 ℃で一定ですから、夏に外気温が35 ℃だとすると、そのまま地上へ排熱するよりも温度の低い地中へ排熱した方がヒートポンプの負担はずっと小さくなります。冬に暖房するときも、外気温が0 ℃や氷点下の空気から熱を集めるより、暖かい地中熱を集めた方が効率的です。
またCO2を出さないことも大きな利点です。一般の暖房システムと比べると4、5割は減らすことが可能です。しかも熱交換器を設置する場所は地中なので騒音とも無縁です。ヒートポンプは屋内を含め、どこにでも置くことができますから、エアコンの室外機を目につくところに置けないような歴史的町並みのある町でも利用できます。
日本ならではの難しさを解決し、強みを活かす
日本での地中熱利用の状況を見てみると、2011年の東日本大震災を機に急増しました。 注目の高まった再生可能エネルギーの中でも、太陽光発電に継ぐ伸び率を示し、かつてない広がりを見せました。
全国の普及状況を見ると、地中熱利用システムの普及は、北海道、東北が多いことがわかります。これは住宅暖房に使う灯油を減らせることが、大きな要因と考えられます。
これまでの導入例としては、先進的な一般住宅のほか、公共施設、工場、大型家具店、外食産業のレストラン、学校の温水プール、道の駅の融雪設備などが挙げられます。福島県では猪苗代町の町役場で導入されるなど行政での導入も始まっています。私の勤務する福島再生可能エネルギー研究所(FREA)のある郡山市では、市と産総研の共同研究で、喜久田ふれあいセンター内の入浴施設に導入しました(ここでは地中熱利用システムの展示もしています)。
しかし、本格的な普及はこれからです。これまで日本で地中熱利用の普及が遅れたのは、地質が、アメリカやヨーロッパ諸国のような熱伝導率がよい岩盤でなく、泥、砂、粘土、砂利などが混在しており、熱伝導率の低さもさることながら掘削の労力コストが割高なことが大きな要因と考えられています。
一方で日本の地質で有利な点もあります。日本の砂や泥の多い柔らかい地層は隙間が多く、豊富な地下水を有しています。
地下水が流れていることは、夏にはヒートポンプで地中に廃棄した熱が同じ場所に留まらず、地下水が他の場所へ運んでくれることを意味します。逆に冬に地中で熱を集める場合は、常に地下水が熱を供給してくれることになります。日本の地中熱利用は地下水の流れを理解して計画していくべきだと考えています。
掘削技術に関しては、青函トンネルや東京湾アクアラインといった巨大プロジェクトに象徴されるように、日本の技術力は世界でもトップクラス。その技術とノウハウは熱交換器設置工事の掘削にも活かされ、困難を乗り越えてきました。
日本における地中熱利用技術は、日本同様、地質が岩盤でなく、地下水が多い東南アジアなどで応用できる強みも持っています。実際、産総研はタイやベトナムの大学や研究所との共同研究にも携わっています。今後、日本発の地中熱利用がアジアに広がることを期待しています。
今後の普及に向け、実効性のある研究が進む
産総研では、今後の普及に向け、地中熱についてのさまざまな研究をしています。
具体的にはまず、地中熱を利用したシステムを導入する指標となる情報を提供する「地中熱ポテンシャルマップ」 を整備しています。地下水の分布なども含め、地中熱利用に適している地域がどこかを示した地図で、産総研のWebサイトでも公開しています。地域の研究機関や大学との共同研究も積極的に取り組んでいます。
ポテンシャルマップの高度化にも踏み込んでいます。その地域の地中の熱物性を示すだけでなく、地中熱利用に必要な熱交換器の長さを示すようにしました。これによってポテンシャルマップは、地中熱の可能性だけでなく、開発の可能性を示すことになります。
実際の地中熱利用をする場合には、「見かけの熱伝導率」(地層や岩石の空隙中の水が流動している状態での熱伝導率)を測定することが欠かせません。これがわからなければ、その場所で必要な熱交換器の長さや数が判断できないからです。
従来、見かけの熱伝導率を測るには、実際に熱交換器を設置、センサーを付け、熱応答試験をする必要がありました。しかしそれだけで300万円~400万円というコストがかかってしまいます。
地方自治体などが地中熱の利点を知り、導入の気運が盛り上がることがよくありますが、費用がネックとなり断念されることも多かったのです。
そうした中、産総研と共同研究をしている福島県の事業共同組合から、建築物を建てるときに義務づけられている地質調査で開ける細い穴(地質調査孔)を利用できないか、というアイデアが出てきました。そこで方法を考え、試してみたところ、調査データとして十分使えそうなことがわかっています。この方法が確立すれば、事前の熱応答試験は70万円程度で可能になり、地中熱利用にもはずみがつくと考えています。
さらに、産総研では、熱応答試験をしなくても、見かけの熱伝導率を推計できる方法を開発中です。これまで蓄積した地質や地形のデータ、地下水の流動シミュレーションなどを総合して推定しようというもので、これが実現すれば、格段に地中熱利用が進むと思います。
こうした調査に加えて、従来とは異なる地中熱交換システムの開発にも取り組んでいます。日本は南北に長く、地形や地質が複雑で、地域による差が大きい国であり、各地域に最適化した熱交換システムが必要だからです。産総研はさまざまな企業とタッグを組み、地下水移流型システム、自噴井利用型システム、シート式システム、タンク式システムなどを送り出しました。 今後も多くの企業の参加に期待しています。
地中熱利用は、昔からあるシンプルな技術ですが、持続可能性の追求、カーボンニュートラルといった現代の潮流にフィットしています。資源は地中の熱だけで、いつでもどこでも使え、天候や気象に左右されません。ZEB(ゼロ・エネルギー・ビル)やZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)などの実現にも寄与できます。実際、太陽光発電と組み合わせ、効果を高めている例もあります。
ただ、地中熱利用は外から見えにくく、目立ちません。そのために注目されないという状況がありました。ですから今後も、研究と合わせて多くの方に知っていただく努力を続け、発展につなげたいと考えています。