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- さがせ、菌の「お国自慢」
いま地産微生物が熱い!
- おらが町産の乳酸菌がお腹と地域を助ける救世主に!?
講談社ブルーバックス編集部が、産総研の研究現場を訪ね、そこにどんな研究者がいるのか、どんなことが行われているのかをリポートする研究室探訪記コラボシリーズです。
いまこの瞬間、どんなサイエンスが生まれようとしているのか。論文や本となって発表される研究成果の裏側はどうなっているのか。研究に携わるあらゆる人にフォーカスを当てていきます。(※講談社ブルーバックスのHPとの同時掲載です。)
2017年11月30日掲載
取材・文 深川峻太郎
世界でも珍しい四国の「お茶文化」
前回の「お遍路の科学」に続いて探検を命じられたのは、またしても四国方面の研究である。今回のテーマは「地産微生物」。人をソワソワと落ち着かない心持ちにさせる字面だ。つい、地面の下から何やらワラワラと涌いてくる光景を想像してしまう。なぜか「微生物」と聞くと警戒心を抱いてしまうのは私だけではないだろう。
だが、これは危機管理とか公衆衛生とかの話ではない。正式なテーマは「農産物・環境より新たに分離した乳酸菌の機能性食品への応用の可能性」である。なーんだ、乳酸菌か。それなら体に良さそうなので安心だ。というわけで、産業技術総合研究所の健康工学研究部門(四国センター)でその研究を手がける堀江祐範さんにお話をうかがいました。
「私はもともと食品微生物が専門なので、地域資源である微生物を食品産業にどのように活用するかというテーマを掲げました。地場の菌を使うのは、お酒でよく行われていますよね。あれは地元の酵母をお酒づくりに活用しているわけですが、それと同じようなことを乳酸菌でもやれるのではないかと考えたんです。産業に使える地産乳酸菌を見つけて、その抗酸化性やアレルギー軽減効果、抗肥満効果などの機能性を明らかにすれば、地域の食品産業を支援できるのではないかと思いました」
聞けば、香川県と徳島県は糖尿病の罹患率全国1~2位を争う地域だそうだ。誰もが反射的に「うどん……」と呟きたくなるところだが、その因果関係は定かではない。いずれにしろ、健康に良い地産乳酸菌が見つかれば、地元民の健康増進にも寄与できるであろう。あと、もし運動不足で糖尿病が多いなら、地元のみなさんもお遍路をすればいいのに……と思ったが、それはまた別の話(というか前回の話)である。
ともあれ、そこで堀江さんが目をつけたのが、四国特産の「微生物発酵茶」だ。これは「後発酵茶(こうはっこうちゃ)」とも呼ばれ、同じ茶葉を使う不発酵茶(緑茶)、半発酵茶(ウーロン茶)、発酵茶(紅茶)のいずれともつくり方が違う。ウーロン茶や紅茶は茶葉自体に含まれる酸化酵素によって発酵させるので、微生物とは関係ない。
「簡単にいうと、微生物発酵茶はお茶の漬け物みたいなものです。いちばん有名なのは、中国の雲南省でつくられるプーアール茶。微生物でお茶を発酵させる文化は世界でも珍しく、雲南省のほかにはタイとミャンマーの国境地帯ぐらいにしかありません。しかしなぜか日本にも4種類の微生物発酵茶があるんです(図1)。不思議なことに、そのうち3種類が四国にあるんですよ。愛媛県の石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)、高知県の碁石茶(ごいしちゃ)、徳島県の阿波晩茶(あわばんちゃ)。もうひとつは、富山県のバタバタ茶です」
バタバタ茶のネーミングだけノリが違うのがものすごく気になるが、今回は四国の話なのでそこは追求しない。四国の中で香川県だけ微生物発酵茶がないのも気になるが、これはうどんとは関係なく、このお茶は標高の高いところでつくられるので、あまり高い山のない香川には縁がなかったらしい。
さて、その4種類とタイの「ミャン」という微生物発酵茶の製造工程が図2である(ちなみにミャンは「食べるお茶」だそうだ)。大まかに分類すると、そのつくり方には3つのパターンがある。
A:真菌(カビ)の好気発酵だけ=バタバタ茶、プーアール茶
B:乳酸菌の嫌気発酵だけ=阿波晩茶、ミャン
C:真菌と乳酸菌の2段階発酵=石鎚黒茶、碁石茶
AとBは外国にもあるが、Cの2段階発酵は日本、それも四国にしかない。きわめて独特な文化だ。その2つのうち、碁石茶は高知県がブランド化に取り組んでおり、「道の駅」などでも販売しているが、愛媛県の石鎚黒茶は生産者の高齢化が進み、生産量も減っているとのこと。それもあって、堀江さんは石鎚黒茶を研究の中心に据えた。われわれ探検隊にも「酸味があるので好き嫌いは分かれますが」といいつつ振る舞ってくださったが、たしかにふつうのお茶とは違う独特の香りと風味だ。私は好きだったので「これ、売れるんじゃないかな」と呟いたが、もちろん責任は取りません。それに、この研究で重要なのは味よりも機能性である。
「調べるのは、お茶自体の機能性と、お茶から分離した乳酸菌の機能性です。まずお茶自体の機能性ですが、現時点では抗酸化活性をほかのお茶と比較したデータが取れました(図3)。グラフの傾きが大きいほど抗酸化力が高いと思ってください。いちばん高いのは、発酵していない緑茶。次が2段階発酵の石鎚黒茶と碁石茶、嫌気発酵だけの阿波晩茶はやや低いですね。好気発酵だけ、つまり乳酸菌を使わないバタバタ茶は、ほとんど抗酸化活性がありません。おそらく、発酵中に抗酸化物質が消えてしまうのだと思います」
前回の「お遍路の科学」では、「酸化ストレス」のことを教わった。酸化ストレス(活性酸素が引き起こすストレス)が高いと、生活習慣病などになりやすい。つまり抗酸化力が高いほど基本的には「健康に良い」といえるわけだ。
「緑茶の抗酸化活性が高いのは、カテキン類を多く含んでいるからだと考えられます。しかし次のグラフ(図4)で示したように、微生物発酵茶はどれもカテキン類が減っていました。これだけカテキン類が減っているのに、石鎚黒茶と碁石茶の抗酸化活性がそれほど減っていないのが興味深いですね。また、微生物発酵茶は緑茶と比べてカフェイン量も激減しています。それに加えて、カテキン類はお茶の渋みの素なので、それが少ない微生物発酵茶のほうが緑茶よりお子さんにも飲みやすいのではないでしょうか」
つまり、2段階発酵の石鎚黒茶と碁石茶は、緑茶よりも飲みやすい上に、抗酸化活性もそこそこ高いわけだ。では、そのお茶から分離した乳酸菌のほうには、どんな特徴があるのだろうか。堀江さんらが、石鎚黒茶、碁石茶、阿波晩茶から分離した乳酸菌の一覧表が図5だ。一見してちょっと頭がクラクラしたが、「Lactobacillus」が乳酸菌のことだから、名前の後半だけ注目すればよい。重要なのは赤字で表記された「Lactobacillus plantarum」である。これが3種類の微生物発酵茶に共通していた。
乳酸菌にも「お国柄」があった!
「plantarum(プランタラム)という名前が示すとおり、これは植物性の乳酸菌です。ザワークラウト、ピクルス、チーズ、ぬか漬け、キムチなど植物を原料とするいろいろな発酵食品から分離されますね。プロバイオティクス(人体に良い影響を与える微生物。いわゆる善玉菌)としての報告もあります。私たちは、石鎚黒茶と阿波晩茶のプランタラムを4年連続で採取し、その性質を分析しました」
その分析結果を下の図で見てみよう。菌の同定に使う16S rRNA遺伝子配列で調べると、両者は同じ菌だ。しかしさらに詳しく分析すると、栄養源として使える糖の種類に違いがあった(図6)。
「それぞれ、49種類の糖のうちどれを使えるか調べました。この図で黄色いのが使える糖、紫色が使えない糖。ご覧のとおり、石鎚黒茶のプランタラムには使えて、阿波晩茶のプランタラムには使えない糖があることがわかったんです。1993年頃に採取されたものも見ましたが、同じような結果でした。地域独自の乳酸菌が継続的に存在するのです」
差があったのは、使える糖の種類だけではない。堀江さんによると、一般的に植物性乳酸菌は腸管への付着性が低いそうだ。たとえその乳酸菌に免疫活性化や整腸作用などの機能があったとしても、腸管に付着しなければ飲んでも通り過ぎて出て行ってしまう。そして、阿波晩茶のプランタラムは腸管に付着する力がかなり弱かった。しかし石鎚黒茶のプランタラムは、腸管にくっつく力が強いことがわかったそうだ。碁石茶との比較研究はまだ実施していないとのことだが、やるじゃないか石鎚黒茶の乳酸菌!
「とりあえず四国の乳酸菌に地域特性があることはわかったので、さらにこの研究を進めていきたいと思います。土地ごとの地産乳酸菌を調べれば、どんな食品に使えるかを考えられるでしょう。そのためには、乳酸菌の持つさまざまな機能性の有無を見分けるマーカーを提案していきたいですね。抗肥満効果を見たいならこれ、抗アレルギー効果を見たいならこれ、という指標があれば、新しい乳酸菌を見つけた企業などに使ってもらえると思います。いまはまだ、集めた菌をどうしていいか迷っている企業もありますので。また、学術的な見地からも、日本や世界の各地にどんな乳酸菌があるのか興味深いところです」
たしかに、同じ四国の中でもこんなに違うのだから、日本国内だけでも相当な多様性があるのだろう。乳酸菌なんてどれも同じだと思っていたことを深く反省した。彼らも生き物なのだから、土地ごとにいろんな進化を遂げるのは当然だ。そこにはまだ、学術研究の広大なフロンティアが残されているのだった。
乳酸菌を「ダイ・ハード」にする意外な食べ物
さて、乳酸菌の地域性に関する研究と同時に、堀江さんはその乳酸菌を「いかにおなかに届けるか」という研究も進めている。石鎚黒茶のプランタラムは腸管への付着力が強いが、それ以前に胃を無事に通過しないと腸には届かない。しかし胃液は強い酸性だ。だからこそ細菌の感染を防げるわけだが、善玉菌は腸まで届けたい。だからこそ、胃で溶けずに腸で溶けるカプセルに乳酸菌を入れた商品も開発されている。
しかし堀さん は、それを食品を使ってやろうと考えた。乳酸菌を腸に届ける役目を果たすのは、なんと「こんにゃく」だ。微生物の探検に来て、まさかこんにゃくの話を聞くことになるとは。意外な展開である。
「たまたま岡山県の味噌屋さんとこんにゃく屋さんとお話をする機会があって、どちらも家庭内消費量が落ちていることもあり、新しい商品開発に積極的だったんです。発酵食品の味噌は乳酸菌が入っていますし、こんにゃくは低カロリーで整腸作用もあるので、一緒に何かできないかと考え、岡山県の『きらめき岡山創成ファンド』に応募して採択していただきました。県内の中小企業の研究開発や販路開拓を支援するためのファンドです」
味噌に含まれる乳酸菌も、やはり地産微生物である。そこでこの研究では、まず岡山県産の味噌から乳酸菌を分離し、その有用性を検討した。熟成期間の異なる数種類の味噌から分離して調べたところ、腸管への付着性が高かったのは、熟成期間の短い「若い味噌」から分離した「OK1501」と名付けられたプランタラムだった(図7)。ちなみに「OK」は「岡山」のことである。なんか、かっこいい。で、それをこんにゃくとどのようにコラボさせるのであろうか。
「こんにゃくはコンニャクマンナンという繊維が絡み合った食品なので、そこに乳酸菌を染み込ませられると思いました。また、こんにゃくは強いアルカリ性ですから、胃酸と中和されることで乳酸菌へのダメージを減らせるでしょう。腸まで生きたまま乳酸菌を届けられる可能性があるわけです。そこで、まずは植物性乳酸菌ではなく、腸管に付着しやすいとされる市販の動物性乳酸菌をさまざまな直径のこんにゃくに染み込ませて、人工胃液に浸してみました。すると、こんにゃくなしではすぐに乳酸菌が全滅してしまうのですが、こんにゃくと一緒だと30分ぐらい生き延びたんです(図8)」
しかし食べた物は2~3時間ほど胃の中に滞在するので、30分では物足りない。堀江さんは、「こんにゃくの表面積を大きくして乳酸菌がからみやすくすればよいのではないか」と考えた。
こんにゃくの、表面積。
科学の研究は、人間に思いがけないことを考えさせるものである。しかし、どうすればこんにゃくの表面積が大きくなるのか、想像もつかない。
「製造工程で発泡させて、表面積の大きい『泡入りこんにゃく』をつくってもらいました(図9)。これに乳酸菌をからめて人工胃液に浸したところ、生き残る時間が2時間まで延びたんです(図10)。浸す前の10%程度まで減りはするのですが、一部でも生き残れば、腸管でまた増殖してくれますからね。全滅しないことが大事なんです」
ここまでは動物性乳酸菌を使う実験だったが、この結果を受けて、次は岡山産の植物性乳酸菌OK1501で同じ実験を実施。一般的には動物性乳酸菌のほうが胃酸に強いはずなのだが、OK1501はその名のとおり、じつに「OK」な結果を出してみせた。動物性乳酸菌の2時間後の生存率は約1割だったのに、こちらは2時間後でも6割近くが生存していたのである(図11)。やるじゃないか岡山の乳酸菌!
「ここまでの実験はうまくいって、技術も確立できたので、あとは製品化を待つばかりです。泡入りこんにゃくは真珠ぐらいの小さいサイズなので、こんにゃく会社としては、タピオカのように飲み物に入れて飲んでもらうことも考えているようですね」
タピオカのような、真珠大の乳酸菌入りこんにゃく。これは新しい。今回の探検で試食できなかったのが残念だ。いずれ商品化されて私たちの手元に届いたとき、この記事を読んだあなたは、ちょっとした蘊蓄を傾けて周囲の尊敬を得られることだろう。「このこんにゃく、泡を入れて表面積を広げてるんだぜ」と。いや、もちろん、真に尊敬されるべきはあなたではない。ひとつのテーマを考え抜いた挙げ句に、そんなことを思いついちゃう、研究者である。