楽しさを追求し、技術で未来を切り拓く
楽しさを追求し、技術で未来を切り拓く
2025/01/17
楽しさを追求し、技術で未来を切り拓く 研究一筋のキャリアに光を当てる上級首席研究員制度
今年度、産総研は研究者のキャリアパスの最高位となる「上級首席研究員」を新設した。上級首席研究員は執行役員と同等の位置づけであり、産総研全体の研究開発や人材育成などの方針策定にも助言の役割を担う。研究一筋の研究者に新たなキャリアパスが開かれたことで、研究現場のモチベーションアップや、さらなる研究力の向上が期待される。(2024/11/01お知らせ)
制度設立に関わった村山宣光副理事長と、第1号に任命された後藤真孝上級首席研究員に、新制度への想いや、任命につながった研究の軌跡、目指すべき研究者像を聞いた。
研究者が自分のキャリアに誇りを持てるように
──上級首席研究員制度はどのような経緯で誕生したのでしょうか
村山この制度を設けたきっかけは、理事長の石村さんの一言でした。「研究一筋で頑張ってきた結果として、それに見合った役員相当のポストが用意されていないのは、研究所として偏りがあるのではないか」という問題提起があったんです。
私は研究開発責任者として、制度の新設を大きな意義を持つミッションと捉え、他の役員や人事担当者とも議論を重ねながら全力で制度設計に取り組みました。後藤さんのように、産総研のプレゼンス向上に大きく貢献しながら若手をけん引してこられた研究者が役員相当の役職まで歩める道を示したことで、研究者がより自分のキャリアに誇りを持てる環境を整えられたと考えています。
後藤上級首席研究員の第1号に任命いただき、大変光栄で嬉しく思っています。決して私一人の力ではなく、仲間や協力者とともに取り組んできた研究を高く評価していただいた結果だと受け止めています。これを励みに今後もみんなで力を合わせて研究を頑張っていきたいと思います。
また、産総研には研究者を大切にする文化が根付いており、上級首席研究員制度の設立は、この文化を広く発信する上でも、重要なメッセージになると感じています。
メディアコンテンツ産業を活性化する技術を開拓
――後藤さんが上級首席研究員に選ばれた理由を教えてください
村山選考は半年以上かけて慎重に行いました。これまで、産総研での研究職のトップキャリアは「首席研究員」でしたが、37名の首席研究員の業績を精査した結果、総合的に見てパフォーマンスの高い後藤さんが最もふさわしいという結論に至りました。また、後藤さんの研究と深く関わるメディアコンテンツ産業へのアプローチは、産総研の成長分野になると私たちは考えており、大きな評価ポイントになりました。この分野をぜひ盛り上げていただきたいと思います。
後藤音楽情報処理という研究分野を評価していただき、本当に嬉しく思います。振り返ると、高校生の頃「音楽から楽譜を起こす装置が欲しい」と考えたのが私の研究の原点かもしれません。大学の卒業研究で音楽情報処理の研究を立ち上げ、音楽の音響信号を解析して拍(ビート)を見つける「ビートトラッキング」の研究で博士の学位を取得しました。
その後、産総研の前身のひとつである電子技術総合研究所に入り、音声認識の研究に携わりました。音楽解析で培った音響信号のリアルタイム処理技術を応用し、音声認識では不要だと軽視されていた「え~」、「あ~」などの言い淀みを検出して次の言葉を提案するインタフェース「音声補完」を開発したところ、高い評価をいただきました。(2001/09/20プレスリリース)
この間も上司の理解を得て音楽情報処理の研究も続けており、2000年にはJSTの「さきがけ」に研究提案が採択され、音楽情報処理が私のメインテーマとなりました。その後、音楽の解析対象として、歌声に注目した研究にも着手しました。歌声は音楽と音声の両方の側面を持つために、音楽情報処理と音声認識のいずれの立場からも扱うのが難しく、その両方を研究してきた経験と技術の蓄積が強みになると考えたのです。
大きな転機となったのは2007年の「初音ミク」の発売です。その少し前にサービスが始まった「ニコニコ動画」との相乗効果で、歌声合成がメインボーカルの楽曲を多くの人たちが楽しむ世界初の文化が誕生していく様子を目の当たりにしました。この流れの中で、私たちは技術の蓄積を活かして、歌声合成をより自然に歌わせる「ボーカリスナー(通称: ぼかりす)」という技術を開発し、そのデモ動画をニコニコ動画で2008年に公開しました(2009/04/27プレスリリース)。すると想像以上の大きな反響があり、その後、ヤマハ株式会社との共同研究を経て製品化に至りました。
村山私自身はメディアコンテンツ分野に疎い部分があるので、後藤さんにぜひこの分野を含めて産総研全体の研究戦略を立てるにあたって相談に乗っていただきたいと思っています。そうした面でも、上級首席研究員の貢献に大いに期待しています。
後藤ありがとうございます。私自身、技術の力で未来を切り拓きたいという気持ちを常に持ち続けています。「ぼかりす」で注目を集めてから、研究における連携や協同の幅が大きく広がりました。研究開発で社会に貢献するためには、企業と連携して技術を移転していくのが王道の流れです。私たちはそれに加えて、インターネットを通じてユーザーや企業に直接技術を使っていただき、フィードバックを受けながら改良していく、社会とダイレクトにつながりを持った研究開発にも10年間以上いろいろと挑戦しています。
最近では、コロナ禍に立ち上げた「Kiite Cafe」というWebサービスが人気です(産総研マガジン 音楽発掘サービス「Kiite」の新機能「Kiite World」)。これは、ニコニコ動画で公開されている歌声合成の楽曲を、他のユーザーと一緒に視聴できるもので、多くの方々に楽しんでいただいています。他のユーザーが画面上のアイコンとして見えている状態で、「誰かの好きな曲を他の人たちが気に入るまさにその瞬間」を見ることができ、「一緒に」聴くことが非常に楽しい体験になるんです。企業等と連携してイベントも開催され、そのときはペンライトを振るアイコンが画面一杯に溢れます。今後も、技術の力で新たな音楽体験を生み出す研究開発をみんなで楽しみながら、未来を切り拓いていきたいです。
研究者のパフォーマンスを組織の力で最大化する
――産総研の「研究者を大切にする文化」について教えてください。
後藤私が入所後も音楽情報処理の研究を楽しく推進できたように、若手の自主性や情熱が大切にされていると感じます。最近では、若手研究者の採用がテニュアトラック型(任期付)ではなくパーマネント採用に切り替えられました。これは研究所としては大きな決断だったのではないでしょうか?
村山「働きやすい」というと月並みではありますが、研究者がより良い環境で力を発揮し、社会に役立つ成果を出す可能性を高めていくための取り組みを、常に模索しています。テニュアトラック制度については長年議論されてきましたが、こちらも石村さんの一言をきっかけに廃止を決断し、実現しました。その結果、多くの優秀な方が産総研の門をたたいてくださるようになりました。
後藤研究者としてキャリアを重ねるにつれ、一人ではできない大きなプロジェクトに挑戦できるようになります。ここでも、多様な研究分野のプロ同士がお互いの技術を持ち寄って試行錯誤し、インパクトのある成果を生み出したり産業界に貢献したりできるという産総研の素晴らしい文化を実感しています。私たちも、人間らしい外観を備えた二足歩行ロボット「HRP-4C(未夢)」の研究グループと連携し、「ぼかりす」の技術を発展させて歌うロボットを開発した経験があります(YouTube 産総研チャンネル 歌声合成技術VocaListenerで歌うHRP-4C未夢_楽曲「PROLOGUE」)。この世界初の取り組みは社会的インパクトも大きく、展示会や報道等でもすごく反響がありました。
村山そうしたシナジーを産総研内でいかに多く生み出していくかが課題です。産総研のミッションは明確で、社会課題の解決と産業競争力の強化に組織力を生かして挑戦し続けることです。一方で、研究者にとっては、トップダウンで与えられるテーマよりも、自ら発案した課題に取り組むことが強いモチベーションとなるでしょう。それぞれの創意工夫が、組織の目指す方向性と響き合うことが理想ですね。
プロフェッショナルとして新たな価値を生み出していく
――研究成果で社会貢献していくために、研究者にはどのような姿勢が求められるでしょうか。
村山研究者に求められる能力は年齢によっても変わりますが、特に若い方たちには、プロの研究者としての研究力を身に付けていただきたいです。これは私の持論でもありますが、第一に責任を持ってやり抜くこと。研究力を自分の血液にするくらい確たるものを見つけて欲しい。その力があって初めて企業との連携、社会貢献につながる研究ができるようになります。
後藤若手研究者の皆さまには、ぜひ、「未来開拓型・価値創造型の研究開発」を目指してほしいと思っています。顕在化している問題には、すでに多くの研究者が取り組んでいます。しかし、未来に起きうる問題を先取りした研究開発を行えば、チャンスが広がると同時に、その分野の第一人者となる可能性も高くなります。私たちもそうした研究を心がけていて、例えば、音楽の中で歌声を扱う技術が未成熟で未来のフロンティアになると予想して先行して研究開発をしていたところに、「初音ミク」のようなきっかけで世の中が注目し、歌声情報処理という新しい分野の開拓につながりました。あとは、専門分野の中にいると他の人と似た発想になりがちです。そこで自分とまったく違うテーマに取り組む他の研究者との会話や、講演など、出来るだけ視野や興味を広く持つとチャンスも増えてくると思います。
村山プロの研究者として、後藤さんはこれまでも十分に魅力を発揮してくださっていますが、今後もメディアコンテンツ系の研究者のシンボルとなる存在として、若い方たちに背中を見せていってください。
後藤メディアコンテンツ分野の研究ができることだけでなく、産総研で研究することの幸せを多くの人に発信できればと思います。産総研には、恵まれた環境を活かして楽しみながらすごい研究に打ち込んでいる人が多いと感じます。研究者が楽しそうにしていることで、同じ志を持つ人が集まりさらに楽しいことが始まる。そうした流れを今後も広げていきたいと思います。
副理事長
研究開発責任者
村山 宣光
Murayama Norimitsu
情報・人間工学領域
上級首席研究員
後藤 真孝
Goto Masataka