料理をするようにシリコン量子ビットをつくる。
産総研デバイス技術研究部門 加藤公彦さんの日常。
【クリーンルームでのデバイス開発の研究_産総研ラジオ2023春】
クリーンルーム。ホコリを極力なくすために作られた部屋です。朝から晩まで、勤務時間のほとんどをクリーンルームの中で過ごす研究者がいます。「お昼ごはんの時間を固定して確保するよりも、作業時間を優先して自分の時間を組み立てたい」と話す加藤さん。装置ごとに違うという「終了音」を聞き分けて、クリーンルームの中を行ったり来たりする毎日を送っています。そんな加藤さんに、クリーンルームでの作業内容の解説や、「研究とは」という問いに答えてもらいました。ぜひ下記の動画をみてから、記事をお楽しみください。
(2023年4月21日配信 産総研ラジオ2023春 より抜粋の上、一部読みやすいように修正しています。)
量子コンピュータとシリコン量子ビット
広報加藤さんの所属であるデバイス技術研究部門ではどんな研究をしているんですか?
加藤私はデバイス技術研究部門の新原理デバイス研究グループというところに所属しています。量子コンピュータに関する研究や、今までコンピュータやスマートフォンに使われてきたLSI(Large-Scale Integration :大規模集積回路)が従来とは違う新しい原理で動くように、高性能なデバイスを作っていこうという研究をしているグループです。 最近だと、動画にでてきたシリコン量子ビットの作製が一番大きなテーマです。
広報なるほど。シリコン量子ビットの研究もしているし、他の高性能な半導体の研究も同時にやっているんですね。
加藤そうです。同時にやっています。
広報では、基礎知識的に量子コンピュータについて聞きます。今までのコンピュータと何が違うんですか?
加藤結構違うと思います。今までシリコンを使ったLSIとかはその中にある電子や、電子が流れている電流を情報媒体に使っていました。量子コンピュータだと「量子スピン」という量子力学の効果を新たな情報媒体として使います。
広報もっと小さいということですか?
加藤小さいというか、量子にはスピンという不思議な状態があって、いろんな状態を同時に持つことができます。そうすると、非常に膨大なデータを同時に並列で計算できて、膨大なデータを高速に処理して答えを導くことができます。
広報従来のコンピュータは0と1しか表せないとよく聞きますが、量子コンピュータの場合はもっとこれが複数ということですか?
加藤そう(他の数字が増える)ではなく、0と1がいろいろ重なった状態を同時に持てるということです。0だけの状態、1だけの状態ではないということです。
広報…なにか重なっていろんな状態を表せるということなんですね…それによって今までにできなかった計算とか、より複雑な計算ができるようになるんですか?
加藤そうですね。いろんなものを並列で計算しなといけない場面…例えば、応用分野だと新しい薬を創る創薬の分野では、たくさんの原子で組み合わさった分子、その中には電子とか色々あるわけですが、それらの状態を全部計算しなければなりません。今までのコンピュータでは、これらを1個1個計算していかないといけないところ、(量子コンピュータでは)全部並列で計算することができて、最後の答えを(短時間で)出してくれる可能性があります。
広報それはすごいですね。それで、量子コンピュータの心臓部と言っていいですかね?量子ビットというパーツがあって、それを作る方式が今回の動画だとシリコン量子ビットですが、他にも色々あるんですよね?
加藤色々ありますね。私たちがやっているシリコンの中のスピンを使うものもあれば、他にも超伝導を使うもの、あとは光イオンをつかったものなど、色々なものが世界中で提案されていますね。
広報どの方法も試している途中ということですか?
加藤どんどん新しいものを作って性能を見て提案する、というのを世界中で競争している感じです。
シリコン量子ビットのいいところ
広報他の作り方と比べてシリコン量子ビットにはどういう特徴があるんですか。
加藤一番大きな特徴は、とにかく小さくできることです。シリコン量子ビットのサイズって1個1個で見ると、数10ナノメートルから100ナノメートルとか、それぐらいのサイズです。かなり小さいです。小さいということは小さな面積の中にたくさんの量子ビットを作り込んでいくことができます。
広報なるほど。
加藤あともう一つの特徴は、作る時の製造技術です。シリコンの微細な構造を作っていくプロセスは、すでにスマホやコンピュータの中のLSIをつくるために開発された、かなり高度な技術があります。そういうのもうまく使いながら量子ビットを作ることができるんじゃないか。そうすると、小さいというメリットに加えて製造するための高度な技術があるので、たくさんのものを作った時にもバラつきなく同じように動いてくれる量子ビットを作れるんじゃないかと、シリコン量子ビットにはそんなポテンシャルがあるんじゃないかなと思っています。
広報今までの知見をかなりの部分を活用するということですね。
加藤はい、使えるところはどんどん使っていこうという考えです。
新クリーンルーム「COLOMODE」
広報なるほど。そしてその試作を産総研つくばセンターにあるCOLOMODEという名前のクリーンルームで重ねているんですね。加藤さんが動画の中で「今では3個4個並行で処理を動かすのが当たり前になってきた」と話されていましたが、COLOMODEができたのは何年くらいまえでしょうか。
加藤最近です。2022年度にできたので、ちょうど1年前くらいから使い始めています。
広報COLOMODEができる前はどのように試作作業をしていたんですか?
加藤それまでは、COLOMODEと同じ建物の1階に別のクリーンルームがあってそこで作業をしていました。その中で、サイズにしたら今の半分、2インチ(5センチくらい)のシリコンウエハを使って試作をしていました。サイズも違いますが、やはり装置の構成がまったく違っていて、今は全部自動なんです。カセットにウエハを入れて、ロボットが全部運んでくれるんだけれども、それまでの使っていた装置は、自分たちでピンセットを持ってウエハを持って、1枚膜をつけて、洗って…という処理を(手作業で)繰り返していました。そうなると作る人がつきっきりでそこで作業していなければならなかったので、並行して作業ができませんでした。
広報並行作業ができるようになって、かなり効率が良くなったと。
加藤そうですね。効率がかなり良くなったことがひとつ。そして大きいのは安定して動くようになったことです。手作業でやると同じものを作るってなかなか難しかったんですが、安定した装置で何度やっても誰がやっても同じようにプロセスができるようになりました。そうすると、自分たちがやりたい研究、いろんな試したいなってことを数多く試せるようになりました。
広報すごく多機能な電子レンジやオーブンレンジがいっぱいある厨房ができたから、すごく効率的にいろんな料理を試せるようになったみたいな感じですかね。
加藤動画の中では炊飯器って言ってましたね。炊飯器も高性能だし、IHクッキングヒーターも温度管理や時間管理できることが当たり前になってきて、圧力鍋も電気で動くなど、コントロールできるものがひととおり揃っているイメージです。
広報ほったらかしにできるということですね。
加藤そうですね、使いたいレシピを入れてスイッチを押しておけば装置が安定して頑張って作業してくれます。
広報なるほど。レシピと言えば、動画の21秒くらいのところが一例になるかもしれません。これは何をする装置でしょうか。
加藤これはレジストという膜を塗ったり、あとは光を当てて露光したりして、ウエハを現像するための装置です。
広報操作のパネルの画面が一瞬見えますが、ここがまさにそのレシピを呼び出しているのでしょうか。
加藤そうですね。この画面でいうと左のほうに3個(1~3番)、色が変わっている四角があります。これは3枚のウエハに、それぞれどんなレシピを流してくださいっていうのを設定しています。これでスタートを押すと、1枚1枚ロボットが運んでくれて設定しておいたレシピどおりに作業してくれます。
広報これがまさに並行作業で、こっちで現像とか感光の下処理している間に、感光させる装置を別のウエハで稼働させられるということですね。そうすると試作もスピードアップしたんでしょうか?
加藤そうですね。スピードもアップしたし、あとちょっと強調しておきたいのは、プロセスを装置に任せられるようになったので、研究者が他のことに時間が使えるようになってきたんですよね。なので、新しいものを考えるための時間が取れるようになったりとか、もう試作をしながら他のところで測定をして分析をしたりとか、そういうことに時間が使えるようになりました。デバイス1個ができあがる時間も確かに速くなったけれども、トータルでできることが増えて、時間の使い方が変わってきたのは大きいです。
デバイス製造プロセスの難しいところ
広報トータルでかなり効率よくいろいろ試せるようになっているってことですね。でも、そうは言ってもデバイス作成自体に時間はかかるわけじゃないですか。動画で1個の量子ビットのチップが完成するまでに最短2週間、大体1カ月かかるみたいな話がありました。それはもう仕方のないことなんですか。
加藤それは仕方がないかもしれないですね。というのも、1個のデバイスは、数十とか百とかいう工程を経て、初めてできるんですよね。洗う工程、膜を付けるという工程があって、感光剤を塗る作業、光を当てる作業、現像する作業…そういうものを組み合わせていくと、すぐ百くらいの工程になります。なので、休まず動いたとしても時間がかかってしまいます。
広報なるほど。そういう時間がかかるもので、かつ作業の後戻りができないってのもこのプロセスの特徴なんですよね。
加藤そうですね。膜をつくって削って…というはなしをウエハ加工に関する作業でよく言いますが、膜をつくるときも部分ごとにつけているわけではないんです。ウエハ全体に同じ膜をつけて、リソグラフィーといって感光剤をパターニングして、それを保護する膜として使い、そこに守られていないところだけ削ります。そのため、プロセスとしてはその装置は狙ったところだけ削ろうとしているわけではなく、ウエハ全体で削ろうとしています。それを自分たちが考えたレイアウトで削らないように保護している。しかも、サイズが数10ナノメートル。1個1個見るわけにはいきません。そういうのを組み合わせて何10とか100とかっていう工程を経てできあがってきます。例えば、途中で1個を膜を作る時の液剤や装置のコンディションがおかしかったとか、レシピ間違えて違う膜をつけてしまったら、そのウエハはその時点で失敗です。
広報あと、温度や湿度でもアウトプットに差がでるという話でした。
加藤温度管理も大切です。部屋自体もクリーンルームなので温度や湿度が管理されていますが、今回残念ながらうつっていませんが、装置のなかにもう一つ恒温の部屋を作って温度管理をする装置もあります。小数点以下の温度変化で金属は伸び縮みします。そうすると半導体を作っている装置のちょっとしたズレがでてきてしまうので、そういうのを少しでもなくすために温度を均一にしているんです。
広報後戻りができないってことは、途中でひとつでも取り返しのつかないことをやってしまうと、後の工程をいくら頑張ってもだめってことですよね。それはどうやってそうならいようにしているんですか。
加藤そこはいろいろ工夫をしていますが、例えば、実際にデバイスを作るウエハだけじゃなくてモニターウエハを(カセット中に)いれることがあります。これを入れておくことでプロセスが終わったときに、モニターウエハを抜き取ってみて確認しています。膜がついているかな、ちゃんと削れているかな、というのを確認しながら慎重に進められます。
広報料理に無理やり例えると、味見しているみたいな。
加藤そんな感じですね。
広報モニターウエハの数も限られていると思いますが、モニターウエハばかりだと作りたいデバイスのウエハが少なくなりますよね。
加藤そこは研究者の腕の見せどころかも知れません。プロセス一連の中で抜き取ってみていく話をしましたが、別の使い方もします。最後までプロセスを進め、素子は完成したつもりだけれど、測ってみたら予想外のことが起きることもあります。それが物理現象として予想外のことなのか、プロセスがおかしくて予期せぬことがおきてしまったのかはわからない。そういうときに、見直しみたいな形で抜き取っていたものをとっておいて検証することもあります。
広報複雑で長い工程だからこそ、どこで問題が起こったかを特定するのにも工夫が必要だということですね。
加藤はい。そうですね。
加藤さんの研究スタイル
広報先程、手作業をあまりやらずに設計に集中するのが研究者にとっていいこと、という話をしていました。
加藤そう思います。良いことだと思うし、私自身も最近気がついたというか感じていることでもあります。これまでは、さきほど少し説明したように、手作業のクリーンルームで1個1個ウエハを使って作業していました。そういう細かい作業も嫌いじゃないんですよね。そういうことができるのが自分のアピールポイントだとずっと思っていたんですよ。でも、こういう新しいクリーンルームができて、プロセスは装置が安定してやってくれる。スイッチを押したら自分の時間ができる。そうすると、研究者は新しいことを考えていかないといけない、そういうところに頭を使って、考える時間をきちんと確保することは本当に大切だな、とこの1年感じ始めています。
広報なるほど。発見があったんですね。ところで、加藤さん、シリコン量子ビットの開発を始めたのはどのくらい前からですか。
加藤シリコン量子ビットについては日が浅いです。産総研に入ってからなのでこの数年という感じです。
広報その前はどういう研究をしていたんですか?
加藤広い意味で半導体という分野にはずっといます。今はデバイスでいろんなプロセス、長いプロセスを作って一つのものを作っています。昔はもっと材料寄りでした。半導体デバイスはいろんな材料、金属や半導体とか絶縁膜が組み合わさって作られています。その中の、例えば絶縁膜のひとつにフォーカスをあてて研究していました。いろんな膜をつけて、1枚つけたやつを分析して、また1枚つけて分析して…という研究スタイルだったこともあります。
広報膜単体での特性というか、性能向上のための研究をしていたんですね。それが、最近の半導体や量子ビットの研究ですと、全体設計に関わるようになったということですか?
加藤そうですね。1個1個の材料をやっていて、頭の中ではこの技術って半導体のこういう部分につかう膜だよね、というのを考えながらやっていました。そういう研究を続ける中で半導体全体の研究をしてみたいと思うようになりました。その流れで、新しいものを設計して全部のプロセスを組み合わせて形作れるようになっていければいいな、と研究をシフトしていきました。
研究とは…
広報なるほど…すこし加藤さんが見えてきました。最後、加藤さんにとって「研究とは」というのを聞かせてください。
加藤はい。挑戦できる場、です。
広報かっこいい…!これはどういう思いが込められていますか。
加藤研究という仕事でも私生活でも、いろんなことを挑戦したみたいと思う、でも自分がそんな強い人間ではないので、特に私生活だととりあえず現状維持でいいかとかちょっとリスクがあるからやめておこうとなることが多いんです。けど、研究ってやっぱり誰もやっていないところを突き進んでいく仕事じゃないですか。なので(研究という仕事に)後押しされながら、挑戦できるように自分を奮い立たせてくれるというか、挑戦するための勇気を与えてくれる。そんな思いを込めて書きました。
広報新しくできたCOLOMODEという自動処理が進んだクリーンルームは、加藤さんにとって挑戦しがいのある環境ができあがったぞ、やるぞ、みたいな感じですか。
加藤勇気をだして一歩一歩踏み込んでいってやろう、という感じです。
広報なるほど…。ここまでは、デバイス技術研究部門の加藤公彦さんに話を聞きました。ありがとうございました。
加藤ありがとうございました。