安心して日常を楽しむために
安心して日常を楽しむために
2023/01/18
安心して日常を楽しむために大規模イベントなどの感染リスクを技術で評価・予防対策する
新型コロナウイルスの感染拡大が繰り返される中、スポーツやエンターテインメントのイベント開催時の段階的な制限緩和が進んでいます。日常を取り戻し、安全に楽しめるイベントができる日に向けて産総研では高度な計測技術やAI解析技術などを活用してスタジアムやアリーナで現地調査を行い、感染リスクを評価。信頼できるエビデンスが、感染抑止の指針作りに役立てられています。
エビデンスに基づく規制緩和を目指して
「2020年2月に新型コロナウイルス感染症の問題が発生したとき、これは感染症専門家の仕事であり、自分たちにできることはないと思っていました」と保高は振り返ります。その後、内藤とともに大学、企業、医者など多様な専門家からなる有志研究チーム(MARCO)の一員として大規模集会における感染リスク評価の検討をする中で、2020年10月に日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)から「スタジアムで感染リスクの調査ができないか」と持ちかけられたとき、「産総研のさまざまな技術をつなげればきっと社会課題を解決できる」と判断し、すぐに動き始めました。
「Jリーグは、スタジアムで観戦することのリスクを把握し、実施している対策や制限の効果を議論するためのエビデンスを必要としていたと思います」(保高) どの部分をどれくらい抑えればリスクがこれだけ下がる、という定量的な議論をするためには、感染対策とその効果をモデル化したり、実際に測ったデータを集めたりする必要があります。
「実証調査についてはやろう、とすぐに決断しました。他にどんなデータを取得すれば良いかという議論の中で、人流解析を行っている研究者がいると思い出し、これまで接点のなかった大西に相談を持ちかけました」(内藤)
大西は、公的研究機関として産総研がやるべき仕事だと実証調査への参加を快諾。こうして2020年11月にFC今治のホームで開催されたJ3リーグで初めての現地調査を実施。目前の課題に向かってチームを組んだボトムアップ型の領域融合研究がスタートしました。
人の動きやCO2濃度を計測して感染リスクを“見える化”
実証調査はそれぞれの強みを生かして進めることになりました。内藤が率いるグループはもともと化学物質などのリスク評価においてCO2濃度を使って換気の状態を測っていました。この考えを用いればCO2濃度を測ることで、人の混み具合や活動度を推し量ったり、換気の状態を把握したりすることができます。また、大西の研究である、レーザーレーダーによる人の移動(人流)の計測をすることで、実際に人と人がどれくらい密接しているかを評価できます。混雑の具合を計測し、飛沫などによる感染リスクを評価しています。
ラボメンバーの坂東が担当しているマイクロホンアレイとAIを用いた音声調査では、観客の非意図的な歓声が出ている時間や手拍子などをしている時間が評価できます。今後スタジアムでの声だし応援という「日常」を取り戻すためにも、現状、サポーターの方が声を出さずに応援をしていることを定量的に示す大事なデータです。また、大西らは、ビデオカメラとAIを用いてマスク着用率を調べる技術を新しく開発し、日本で初めて大規模イベントの調査に適用しました。
このように、産総研の高度な計測技術を“感染リスク評価”という視点で集めて仕組みを作ることで、目前の社会課題の解決へつながるエビデンスを提示することができるようになりました。
これらの調査は継続して実施され、2021年の4月に政府の技術実証として実施された2試合で調査した結果、座席間隔の確保、マスク着用、消毒、手洗いなどの対策を実施することで、実施しない場合と比べて感染リスクが94 %削減されると評価しました。
どのような条件が整えば声だし応援が可能になるか
日本サッカー協会との連携協定を締結し、2021年12月に入場者収容率100 %で開催されたサッカー天皇杯やFIFAワールドカップアジア最終予選、6月に声だし応援の段階的導入が始まったJリーグの試合など、開催条件がさまざまに変化する中で現地調査を重ねてきました。(一連の調査結果はプレスリリースをご参照ください)
声だし応援については、試合前に事前のリスク評価を行い、2022年6月時点での試合開催の条件だった「観客は100 %入場、声だし応援なし」と比べて、観客数を半分に抑え、座席配置やマスク着用率などのいくつかの条件がそろえば、感染リスクは現状条件の半分程度に抑えられると評価しました。実際の試合で調査すると、声だし応援エリアのマスク着用率は99.7~99.8 %。座席の格子配置を守っている割合は94.5~97.0 %など、観客がしっかりとルールを遵守していることが分かりました。
「Jリーグでは試合日の試合日の約一カ月前にチケット販売が始まるので、現地調査や評価のスピードが求められます。AI解析の自動化を進めるなどの対策をとり、結果を急ぐ場合には、声だし応援のマスク着用率は翌日Jリーグに連絡、調査結果を一週間後に公開するという、普通の研究ではありえないスピードで進めていることもあります」と大西は語ります。
産総研の現地調査は2022年7月末までに、サッカー、野球、バスケットボール、コンサートなど、さまざまなスポーツやエンターテインメントのイベント計77回にのぼっており、今後もさらに調査対象を拡大していきます。
研究者がデータと評価を提供し事業者や政府・自治体が判断する
感染リスク評価で最も難しいのは、結果を誤解なく社会に出していくことだと保高は言います。「同じ評価結果を出したとしても、世の中がそれをリスクが高いと捉えるか、低いと捉えるか、受け止め方は人それぞれ、またその時の感染状況や世の中の雰囲気によっても変わります。日本は現在、エビデンスベースで徐々に緩和を進めており、欧米に比べ動きが遅いとも言われています。もちろん私たちもできるだけ早く日常を取り戻したいと思っていますが、あくまでも産総研の役割はエビデンスを出し、意思決定の材料にして頂くこと。そのエビデンスをどう受け止め、どういう対策をとるか決めるのは政府や事業者です。研究者として、私たちの調査結果や評価結果がすぐにJリーグなど事業者のガイドライン改定や意思決定に活用され、さらに次のステップに進んで、異なる課題に取り組むというスピーディーな動きは非常に刺激的です」
産総研は今後も感染リスクの計測評価研究をさらに深化させ、エビデンスの蓄積と公開を通して社会に貢献していきます。
本記事は2022年9月発行の「産総研レポート2022」より転載しています。産総研:出版物 産総研レポート (aist.go.jp)
新型コロナウイルス感染リスク
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ラボ長
保高 徹生
Yasutaka Tetsuo
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副ラボ長
大西 正輝
Onishi Masaki
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副ラボ長
内藤 航
Naito Wataru
産総研
新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ