小型・軽量化とA I 技術でインフラ診断が進化する
小型・軽量化とA I 技術でインフラ診断が進化する
2023/01/11
小型・軽量化とAI技術でインフラ診断が進化する高精度で低コストなX線非破壊検査システム
高度成長期に建設された社会インフラの老朽化が進んでいます。目視できない所で劣化が進むと重大な事故につながる恐れがあるため、産総研では効率的にインフラの診断ができるX線非破壊検査技術を開発。X線源の小型軽量化や、革新的なX線検出器の開発に加え、検査技術全体の高度化により、インフラ診断の高効率化や自動化を目指します。
急速に老朽化が進むインフラをいかに効率よく検査するか
1955年頃から1970年頃にかけて高度成長に沸いた日本。高速道路、鉄道、橋梁、ダムなどの建設ラッシュが起こりました。こうして一気に整備されたインフラの多くが建設後半世紀を超え、老朽化したインフラの維持管理が大きな社会課題となっています。
そこで、インフラ診断技術研究チームでは、X線、赤外分光、物理探査、超音波プローブ、マイクロ波などを用い、多角的に非破壊検査の技術開発を進めています。そのうち、X線非破壊検査技術に取り組んでいるのが加藤英俊と藤原健です。
「高度成長期に建設されたインフラは数が膨大なため、すべてを点検することはできません。そこで、効率よく検査して必要な箇所だけ交換やメンテナンスをすることが望まれています。X線を使えば、コンクリートに覆われた鉄筋の劣化や、配管の腐食や摩耗による減肉などを調べることができます。しかし、従来のX線源は大きくて重く、電源用の配線も必要なため使える場所が限られ、しかも検査には大変なコストと手間がかかります。そうした課題を解決するのが私たちの目標です」(加藤)
X線源の飛躍的な小型軽量化でロボット搭載が可能に
ここ数年、産総研ではインフラ診断に特化したX線非破壊検査技術の研究開発に力を入れてきました。加藤は、2014年にX線源の飛躍的な小型軽量化に成功。産総研が開発したカーボンナノ構造体X線管を用い管電圧120 kVを出力できるうえに、重さは2.5 kg以下、大きさはCDケースサイズで厚さ70 mm以下、長寿命、USB電源や乾電池で駆動できるものです。さらに、2016年には管電圧を200 kV以上に出力性能を上げ、同時に藤原が高エネルギーX線源に対応できる高感度X線検出器を開発。これにより、小型で軽量、高出力なロボットに搭載できるX線検査装置が実現しました。
この研究で2019年度の文部科学大臣表彰を受賞した加藤。現在はX線源のさらなる高度化と、さまざまなインフラ検査に適用できる検出手法の開発に取り組んでいます。
「インフラ構造物は巨大なものが多く、厚みが増すほどX線が透過しにくくなるため、管電圧と管電流をさらに上げる必要があります。また、ロボットに搭載しても扱いやすいよう、いかにX線源を小型軽量化するか、いかに装置をシンプルな機構にするかも重要です」
化学プラントでは、高温の状態や危険物質が含まれたものが配管を通過しているため、配管などの設備不良は大きな事故につながります。ロボットによる点検技術が求められています。加藤たちが開発したX線検査装置は、このような配管を自走して検査することができ、コストと人員の大幅な削減が可能となります。
インフラ検査の対象を広げる革新的な後方散乱X線検査技術
通常、X線非破壊検査とはX線源とX線検出器で対象物を挟んで内部を見るものです。しかし実際には“挟めない”インフラが数多く存在します。例えば、木やゴムで覆われた踏切内のレール、防火カバーで覆われたトンネル、川に架かる大型橋梁などです。その課題を解決しようと、藤原は“挟まない”X線非破壊検査技術の開発に取り組んでいます。
「この技術は、後方散乱X線検査というもので、懐中電灯で照らすようにX線を広げて対象物に当て、どう跳ね返ってきたかを超高感度X線センサで検出する手法です。液晶テレビが映る仕組み(格子上にはりめぐらせた制御線のタイミングを制御して電気信号を送ると、縦横の交差する場所の画素が点灯して文字や映像を表示する)を利用して超高感度X線センサを開発し、反射するわずかなX線の位置や強度を読み取って画像化します。今、全国に約3万3000カ所ある踏切内レールのメンテナンスが喫緊の課題となっていることから、私たちはレールに乗せられる車両型の後方散乱X線検査装置を開発しました。さらに、AI技術と融合した画像判定装置の開発も進めています。人間の目で“何となく見える”レベルの粗い画像でも、AIを活用すれば高精度に判定できます」
藤原はこの技術をトンネル検査にも適用したいと考えています。トンネル検査ではスピードが課題です。現状では10 cm角を測定するのに約2秒と、長大なトンネルを見るには時間がかかり過ぎます。理想は、点検車に装置を乗せて走るだけで検査ができること。藤原は大幅なスピードアップに挑んでいます。
領域融合の挑戦的な研究で社会実装を目指す
インフラ診断技術研究チームでは非破壊検査、センサ、IT、材料開発、構造設計、物性評価など幅広い分野の専門家が集まっています。
「産総研がインフラ診断技術を全所的なテーマに掲げたことで、他の研究分野との連携が非常にやりやすくなりました。特に、第一線のAI研究者が一緒に取り組んでくれるのは大きなメリットです。また、センサの感度を上げるには、新たな材料が必要なため、材料開発の研究者とも新たな連携が生まれています。こうして挑戦的な研究開発ができるようになったことで、企業が関心を持ち、共同研究や実証試験のチャンスが広がると期待しています」
加藤は、社会実装に向けた展望を次のように語ります。
「新しい技術を社会実装するには、実際に検査する企業に技術の導入を決断してもらう必要があります。しかし、検査の方法をすぐに変えることは難しいため、産総研のような研究所が試作品を作り、実際に試すところまでやることの意義は大きいと考えています」
社会インフラの損傷は重大な事故につながり、社会的影響も甚大です。それを未然に防ぐインフラ診断の研究開発を通して、産総研は安全・安心な社会の土台をしっかりと支えています。
本記事は2022年9月発行の「産総研レポート2022」より転載しています。産総研:出版物 産総研レポート (aist.go.jp)
サステナブルインフラ研究ラボ
インフラ診断技術研究チーム
主任研究員
加藤 英俊
Katou Hidetoshi
サステナブルインフラ研究ラボ
インフラ診断技術研究チーム
主任研究員
藤原 健
Fujiwara Takeshi